2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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福島の現実―福岡百子の声

〈福岡百子は、体調の許す限り被災者と対話をし、その声を世の中に伝えていきたいと望み、ツイッターで被災者の声をつぶやいております。ツイートの中から被災者の声をご紹介します。ツイッターアカウントは「もとシスター人生体験」です。また支援者の一人が、福岡百子が語る福島の現状を海外に伝える動画をYouTubeにアップしています。そちらもご覧下さい。https://www.youtube.com/watch?v=9Y47k_hmFnk
 
 
【被災者の声】
5月30日 (浪江町、主婦、1人暮らし)「帰還宣言されて、 7年ぶりに荒れ地の自宅に帰ってきたけれど こんなに大変だとは思わなかった。 店が無いのも困るけど、 病院が無いのには困ってしまった。この間 犬の散歩をして顔から転び、メガネを壊し、顔はお岩さんのように凄い顔なってしまい。病院に行きたくて電話したら、『予約がないと入れない』とどこの病院からも断られ、結局病院に行くことが出来ず、自宅で1人で耐えて治すしかなかった。救急車以外になす術は無いのか?と、これからの事を思うと、帰還をして良かったのか?と悩む」
 
「近くに町営住宅が出来た。しかし知らない人ばかり、人の雰囲気も昔の浪江とは違う、災害前の親しかった心通じあい、助け合い、支えあった仲間。あの人達はどこに行ってしまったのか? 寂しい、どうしたら良いの? 遠くにいる孫が、婆ちゃん1人でいるの淋しいからと子犬をプレゼントしてくれたけど、キャンキャン啼く声が、疲れた心と体になおうるさく感じてたまらない。」
 
5月31日 (南相馬市浦尻、72歳男性1人暮し)浦尻町の平地は町ごと、津波に流され、彼も家を失い、妻も津波に飲み込まれて亡くなられ、今は彼1人で仮設に住んでます。34戸78人の仮設住宅 自治会長として仲間のために尽くして来られた彼ですが、私が1月に電話で話した時は3世帯(母子家庭と同期の男性と彼)だったのが、6月からは彼1人の1世帯になるとか。
 
「平成31年3月迄仮設に居れるので、居れる間は居ようと思う。この頃よく地震が来る。以前は地震の前の音は聞かなかったのに、最近は地震の前に『ゴ~』と音がする、音の後に揺れが来る。5になったら避難しよう」と思う。車が有るからスーパーに買い物に行ける。1人だけど大丈夫だよ。体は丈夫だから病院に行ったこと無いよ!」
 
明るく返事はしたけれど、大丈夫かな? 1人淋しく思うだろうに。津波で無くなった家、奥さんの事、離ればなれの身内の事、聞くに聴けない。食品宅急便しよう。小高区の友に彼を見守って欲しいと電話しました。せめてもの助っ人に、心の寄り添いに。


by momofukuoka | 2018-06-07 07:29 | 福島の被災地の現状