2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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この新しい年、皆様お1人お1人がお幸せと必要なお恵みに満たされますように。
 
今私達の地球は、地震、津波、原発、台風、山崩れ、洪水、山火事等。そして貧困、飢え、難民、戦争、児童虐待、性犯罪、人身売買、麻薬、暴力、セクハラ、パワハラ、、、悲しい迄に、私達の住む環境はすっかり変わってしまいました。
 
70年前、私が子供の頃は、玄関の鍵は開けっ放しでしたし、子供は田んぼの畦道を走り回り、泥んこになって土壌すくい、いなご取り、道端ではゴム飛び、馬跳び、鬼ごっこ、缶けり、あや取り、ござを敷いてままごと遊び、木葉を集め、飴玉の包み紙を集め紙人形を作り、皆で智恵を尽くして遊んだものです。そしてそれがとても楽しい幸せな時間でした。
 
殺人、誘拐、泥棒、等は縁遠く、子供達はのびのびし、大人もおおらかで、ゆったりとして、落着き、皆が幸せであったように思います。
 
互いにもっと、人間同士の信頼感がありました。隣の人が風邪をひいたと知るとお粥を炊いて持って行ったり、子供が悪さをすると近所のお爺ちゃんが注意をしてくれたり、皆が家族のようでした。互いは他人ではなく親しい肉親のようでした。
 
今のように、テレビ、ゲーム機やお金は無くても、自然が遊び道具に満ちてましたので、自然を使った遊びは、発見、冒険があり楽しく夢中で幸せでした。自然からの学びも多かったです。
 
子供時代、平和で幸せだった日本、何故、50年70年でこんなにも変わり果てた日本になってしまったのでしょう?
 
豊かさとは何なのでしょうか?
 
幸せ、平和とは何なのでしょうか?昔と比べ、社会全体に落ち着きが無くなったような気がします。 人に対する信頼感、尊敬心、孝行の念、感謝の気持ち。音の無い世界、神秘、魂の世界、信仰心。この事を味わってみられるのも役に立つのではないでしょうか? 私達は今、自分にとってはとても大切な1回限りの人生を歩んでおります。2度と訪れることの無い私の人生、皆様の人生です。ですのに皆様は事の重大さを解っていらっしゃらないのではないでしょうか?
 
2度と無い私の命、私の人生。
2度と来無いあなた様の命、あなた様の人生の事です。
 
[今日]とゆう日は、2度と来ないのです。[今日]を如何に生きるか?はとても大切なのです。1日1日があなた様を形つくって行きます。1日1日の生き方が宝石になって行くのです。幸せ創りは1日1日の過ごし方、あなた様の心のあり方によります。1日1日をきらきら輝く宝石創りにしましょう。
 
人生は以外と早く過ぎて行きます。毎日毎日の経験の積み重ね。経験は尊いものです。どんな経験も無駄になることはありません。1つ1つが宝石です。苦しみは紫色の宝石かもしれません。悲しみは真珠。忍耐は濃い緑色。人生の沢山の経験が豊かなカラーとなって輝きます。宝石創りはとても心を幸せにします。
 
やがて私達は人生の最後の日を迎えます。最後の日のその時にあなた様は神様の前に立っている自分に気がつくでしょう。そして宝石そのものになっておられますあなた。まばゆいばかりに輝いておられますあなた。
 
神様はあなた様を抱き締められるでしょう。「よく頑張ったね」と。皆様、毎日を宝石作りで楽しみましょう。苦しみは苦しみ色の宝石です。忍耐は忍耐色の宝石です。涙は真珠。神様が手助けをしてくださいますよ。神様と二人三脚で歩いてくださいね。あなた様は1人ではありませんよ。
 
今年、いろんな事があったとしても、大丈夫、心配しないでね。神様にしっかりとしがみついてくださいね。神様はあなた様を背負って歩きます。
 
神様の胸の中に飛び込んでください。一緒に泣いて、安らいでください。

# by momofukuoka | 2019-01-09 07:20 | 福岡百子からのメッセージ
今年も残り少なくなりました。
 
この機会に、生まれてから今日迄の自分の人生を1つ1つ思い出してみるのも良いのではないでしょうか?母の乳房に養われた時期もありました。幼児期もあり、青年期、成熟期、老年期。
 
みんな誰かの世話になり今日の[私]がここにおります。私を育てる為に、骨身を惜しまず私を守ってくださった沢山の方々。ご両親、恩人、友人方を思い起こし、感謝を心からいたしませんか?
 
人生には涙有り、辛い時期も有りました。[労苦、苦悩]の体験。無駄のように思えたこの時間。しかし全てが無駄になることはなく、私の人格形成に役に立ったようです。苦悩は苦悩する人を知る時間・体験の時でした。貧しさを体験して初めて貧しさ・ひもじさの苦悩を知る。忍耐力、我慢強さ、粘りを苦労から学びました。苦悩は人間を知る学びの時間でもありました。全てが無駄になることはないと、私を練りあげ磨きあげる手段になったと、思いました。
 
年末にあたり、ご自分が経て来た人生を、一生を振り返り、ご一緒に感謝をいたしませんか?
 
[明日]と言う日は未知の世界です。生きてるどうかは判りません。[時]という恵み。神様からの贈り物です。1分1分は神様からの贈り物です。[今]という時間。これから大切に生きましょう。これからの時間を宝物として。2度と手に出来ない神様からのプレゼントですもの。あなた様への神様からの贈り物ですもの。今日と言う日。明日と言う日。1日、1日を輝く自分になりましょう。
 
最近のテレビでもご紹介しておりました、作曲家 権代敦彦氏の《子守歌》をご紹介させていただきます。人は何故生まれてきたのか?がよく解る歌でした。
 
 
《子守歌》(作曲家 権代敦彦氏の解説から)
 
[「オギャーッ」と 赤ちゃんが生まれてくる時の泣き声は、 決してこの世に生まれ出てきた喜びの声ではなく、 羊水に守られていた母の胎から、 この世の中に放り出された悲しみと苦しみの叫びなのだと、聞いたことがあります。(彼は、 生まれた瞬間からこの世の悲しさを全身で表現しているのでしょう。) だから母なる海の音と波の律動の記憶は、誰もがいつかそこへ帰りたい、そんなふるさとなのです。 この記憶を手掛かりに、この「子守歌」は作曲されました。
 
いつかは[帰りたい]と願って生まれてくる、すなわち死ぬために生まれ、生きるのだとすれば、この世での苦しみの時間はそのための準備期間と言えるでしょう。 如何に死ぬかはすなわち如何に生きるかです。
 
そのことを時間をかけ、学び実践する場がこの世に他なりません。゛ 一体何のために生まれてきたのでしょうか?゛ この問いは自分自身に対し誰もが一度は問うものでしょう。]
 
 
東電の原発被災者の苦悩、つまり犠牲になられた福島原発被災者の半端でない苦悩の月日、国からは見放されたような福島原発被災者の日常を思うとき、余りにも過酷過ぎる現実に、《福島の人達に、これ以上苦しみを与えないで!》と産まれた赤子が全身を震わせて泣き叫ぶ様に、私も政府に向かってワーワーと泣き叫びたいです。《福島原発被災者を速く助けてください!救って、まともな生活と日常を与えてください!》と。
 
 
ブログをご覧の皆様。今年も大変お世話になりました。
 
本当にありがとうございました。来年も宜しくお願い申し上げます。いよいよ冬の本格到来です。呉々もお体に気をつけてお過ごしくださいませ。
 
来年は良きお年でありますように。
 
皆様に心からの感謝を申し上げて、神様からの祝福とお幸せを心よりお祈り申し上げております。
# by momofukuoka | 2018-12-04 19:46 | 福岡百子からのメッセージ
「オギャー」  っと赤ちゃんが産まれてくるときの泣き声は、決してこの世に生まれ出てきた喜びの声ではなく、羊水に守られていた母の胎から、この世の中に放り出された悲しみと苦しみの叫びなのだと、 聞いたことがあります。( 彼は、生まれた瞬間からこの世の悲しさを全身で表現しているのでしょう。) だから母なる海の音と波の律動の記憶は、誰もがいつかそこへ帰りたい、そんなふるさとなのです。この記憶を手掛かりに、この「子守歌」は作曲されました。
 
いつかは[帰りたい]と願って生まれててくる、 すなわち死ぬために生まれ、生きるのだとすれば、 この世での苦しみの時間はそのための準備期間と言えるでしょう。 如何に死ぬかは すなわち如何に生きるかです。
 
そのことを時間にかけ、学び実践する場がこの世に他なりません。゛ 一体何のために生まれてきたのでしょうか?゛ この問いは自分自身に対し誰もが一度は問うものでしょう。」
 
私、福岡百子はこの言葉にショックを受けました。あんなに愛らしく優しさいっぱいの赤子が産まれた瞬間に、何故悲壮な迄の全身振り絞った泣き方をするのか?私はずっと何か理由があるはずだ。と思っておりました。
 
産婆さんは「オギャー」という1声に、「元気な赤ちゃんが産まれた」とおっしゃってたように思います。しかし、単なる元気だけではなく、けたたましく泣き叫ぶ赤子、理由があるはずだと思っておりました。初めて胸にストンと解りました。

# by momofukuoka | 2018-11-17 12:12 | 福岡百子からのメッセージ

被災者への手紙

猛暑に悩まされたのがつい最近だったような気がしますが、早やもうすぐ12月ですね。
 
お身体は大丈夫でいらっしゃいますか?
 
長年の避難生活で、心が痛め付けられることの繰返しで、心身病んでしまわれたのではないでしょうか、とご案じ申し上げております。懐かしい故郷に帰らた皆様には変わり果てた故郷にショックが大きかったのではないでしょうか?昔の面影は無く、雑草が生い茂り、猪に荒らされ、スーパーや病院も無く、遠方迄行かねばならない。故郷に帰った仲間は少く、皆樣無口となってしまい心を閉ざされた方も居られますとか。それだけ被災者の皆様は国から裏切られ、周りからは福島人だからと批判され白い目でみられ、余りにも過酷過ぎる避難生活でした。皆様、どんなにか心身お疲れでしょうね。よく今日まで耐えて来られましたね。もう、頑張らないでくださいませ。疲れきったお体を先ずは思いきって、何もかも忘れてひたすら寝てくださいませ。心行くまで、何日も、何週間も寝るだけ寝て、先ずは体力を巻き戻してくださいませ。そうして心身の疲れをとってくださいませ。そしてご自分を褒めてくださいませ。「よく頑張ってくれたね、あなたは大した人だ。もう頑張らなくて良い。ゆっくりとのんびりと行こう」
 
下記は私の好きな言葉です。よろしかったらご参考になさってくださいませ。[頑張らない。背負い込まない。追い詰めない。まあ、いいか。なんとかなる。成るようになる。後は天に任せる。天が全てを計らってくださる。責任は神様がとってくださる。]私も77歳になりました。胃癌末期、膠原病、線維筋痛症等と言われ病弱だった私でしたが、70歳迄は頑張れた体が、今は天候状態に左右され体が動かなくなりました。初めて悟った[老い]と言うこと。[老い]は様々なことに目覚めさせられます。今迄は活動、生産、産み出すこと等に視点が注がれ、それに人生の価値評価を置いてましたが、老いて初めて、[心の世界]今まで見えなかった事がどんどん見えて来ます。若い時は姿形に美を求めます。しかし老いると人の内面の美しさ、人生の経験、老いの美しさが解って来ます。私は樹木が大好きです。芽が出て、青葉若葉、花咲き、紅葉して枯葉となって落ち土の肥やしとなる。私は紅葉~枯葉が美しくていとおしくてたまらない。老いて行く自分に重ね合わさるからです。紅葉し枯れて行くさま、人生の完成の時です。私は老いた自分がいとおしくてたまらない。老いた皆様が1人1人がいとおしくて、輝いて見えます。1人1人の人生。何にも替えがたい宝物です。シワシワ、ヨボヨボ、が美しい、尊い。
 
1人1人の人生には多くの宝物で織り成されて来ました。苦労あり、涙あり、飢え、乾き、忍耐、痛み、、。喜び、幸せも有りました。しかし苦労は多くの成長を私にもたらしたのだと思います。人生とは何なのか?老いて初めて気がつく課題です。この世は仮の宿であった。これから向かう[あの世]が私の永遠の住いであったことを。この世は私を鍛え練る為の、人格を造るための訓練の場であった。ご褒美は[天国]で待ってます。この世でどのように生きたか?が神様から問われます。老いた1人1人は美しい。大切な宝石です。
  
皆様、ご自分に自身もってくださいませね。老いた私達、一緒に輝きましょう。ありのままのあなたが、美しい。
 
寒くなって参りました。下着衣類は有りますか?暖房費は有りますか?毎日の食品は有りますか?辛く苦しいことがございましたなら、遠慮なくお電話をくださいませね。 
お互いにご自分を労りながら、老いの誇りをもって生きましょうね。呉々もお大切になさってくださいませ。
 
いつも皆様を思っております。
 
尚今年、主人の弟様が亡くなられましたので、お年賀状は失礼させていただきます。皆様のご健康とお幸せをお祈り致しております。 
 
 
2018年11月16日あなたの友 福岡百子

# by momofukuoka | 2018-11-17 12:09 | 福島の被災地の現状

福島原発被災者の今

今年も残り少くなりました。来月は早や師走です。子供の時は年月が長く感じたものでしたが年と共に月日の流れが早い事、飛ぶように過ぎて行きます。
 
今年は何と天地異変が多く、沢山の方々が災害に遭われ、今尚苦しんでおられます。1日も早く普通の生活が出来ます様に、助け合いを皆様にも宜しくお願い申し上げます。 
 
さて私事ですが、長い間ブログの原稿書きを休ませて頂いておりました事を、お許しくださいませ。実は危ういかった私の健康でした。原稿書きは無理な状態でした。所が最近、再び健康をいただきました。皆様の熱いお祈りと励ましのお陰様です。本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます。又、毎月、ブロクの原稿を書かせて頂きたいと思います。宜しくお願い申し上げます
 
 
【福島原発被災者の今】
 
福島原発被災者は放射能汚染から逃れる為に避難して7年8ヶ月となりました。国は被災者達に帰還宣言を出しました。しかし被災者の故郷は、決して安全、安心とは言えません。線量の高い所も有ります。何故なら、除染は家屋20M内だけで、しかも水洗いと土を剥ぎ取り、所によっては砂利を敷いただけです。家の中の汚染は責任を持ちません。室内線量が高くても。又、家屋20M外と山の除染はしてないので、雨風が吹くと又、線量は高くなります。

国は被災者に帰還宣言をしました。その為に仮設は順次取り壊しています。被災者はやむ無く仮設を出なければなりません。しかも家探しは被災者任せです。福島近辺の家土地は高騰し求める事が出来ません。
 
故郷は7年以上放置され、家はネズミの住み処。衣類、布団、家具等全ての処分から始めなければなりません。新築するにもお金が有りません。相応の賠償金をもらっていないからです。室内の線量が高い所も有ります。被災者は雑巾がけをして自分で除染しています。 
 
災害後人の手が及ばなかった田畑は荒地と化して開拓地に来たようだという人もいます。猪が庭先迄来て作った野菜を食べて行く、と言います。町、村には食品を売る店、病院も有りません。せめて雑草が刈られ、動物駆除され環境が整ってから、帰還宣言すべきではなかったのではないでしょうか? 
 
原発は放射能を撒き散らして人を家屋を故郷を放射能で汚染して、福島県の産業を駄目にし、沢山の人の人生を、命を奪い、踏みにじってしまいました。親子の絆を奪い、村人同士を仲違いにさせ、平和で穏やかで自然豊かな町々を村々を、何もかも破壊してしまいました。先祖代々築きあげた歴史も文化も何もかも。これが原発の怖さです。
 
被災者は帰還して初めての冬を迎えます。海抜600m~800m山村の被災地に1人暮らしの高齢者。店も無く、隣の家は何kmか先、さぞ寂しく、辛く、寒くどんなに大変でしょう。 
 
東電からのお金はもらっていません。年金の5万円弱で光熱費、医療費、ガソリン代、全てです。未年金者もいます。食費は暖房費は大丈夫でしょうか?私は心配です。80歳~90歳の1人暮しが多いからです。 
多くの被災者方は7~8回引っ越しし、苦難と失望の繰り返しの年月で心身病み疲れ果て、病に伏してしまった人が多いです。「過去を思い出すと具合い悪くなるので、思い出さないようにしている」と言う人もいます。被災者の心の傷は深いです。 
 
私は今こそ福島原発被災者を救って欲しい。被災者の苦悩に寄り添って欲しい。彼等は捨てられた。忘れられた。と思っている人もいます。彼等は疲れ果てています。孤独、寂しさ、苦悩を背負った人達です。
 
私達の電気、照明等の文化生活の陰には犠牲を払った方々が居られる事を、忘れないで欲しいです。感謝の念を福島被災者に持って欲しいものです。
 
そして、日本の国内に原発が有る限り、あなた様の身に、福島原発被災者と同じ事が起こらないとは限りません。もっと原発の事を真剣に向き合ってみては如何でしょうか?安全な太陽光発電等に。そして福島原発被災者のご支援にご協力お願い申し上げます。 
 
全ての人に1人1人に、幸せと1日の糧と心の安らぎがありますように!

# by momofukuoka | 2018-11-01 08:00 | 福島の被災地の現状