2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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猛暑の中、また台風シーズンでもありますが、ご健康はいかがでいらっしゃいますか? うまくこの夏を、健康を害することなく乗り切られますよう、お一人お一人のご健康をご案じ申し上げます。

もうすぐ8月です。亡くなられた方々に思いを馳せる時期にもなりました。今年もたくさんの方々が亡くなられたかと思います。病床で、事故で、思わぬ災害で、また飢餓で、戦争で、また自ら命を絶って・・・。愛する家族、身内、親友・・・。また毎日のように報道されている他殺など。一生に一回の尊い命が大切にされず、無念に去っていく方々の悲しみ、苦しさ、悔しさはいかばかりのことでしょうと、心の痛みを感じます。

戦後70年となり、戦争や原爆投下についての報道が多くなりました。この機会に、「命の大切さ」「原発が自然界や人命を破壊する威力」「平和」「幸せ」「権力と奉仕」・・・等について誰でもが考え、それぞれの「協力」「貢献」「自分の生きがい」「自他の生命の尊厳」等に真剣に向き合う時期と捉えてはいかがでしょうか。そう提案したいと思います。

福島の現実をお知らせしております私としましては、今日も福島で亡くなられた方についてご報告をさせていただきます。この内容は、各町の被災者の方々から伺ったことを、そのままお知らせ申し上げております。


【被災者の声】
「浪江町の請戸(うけど)に共同霊園ができます(請戸は全域が津波で流された町です)。400基のお墓で請戸の人のみが入ります。家内の遺骨と共に4年5か月、仮設で過ごしてきました。せめてできることは、毎朝温かいおしぼりで面影の写真を拭いてやること、遺骨の妻に語りかけながら、4畳半の仮設で一人で過ごしてまいりました。お盆前にお墓に家内を入れようと思います。でも、4年5か月お骨と共に過ごしてきたので、離れるのは寂しい気もします。3.11には毎年祈願祭をしてきました。今後、1年に1回、請戸の人に霊園で会えるようになります。」(浪江町)

「私は浪江町棚塩です。津波で自宅、実家、息子の家(新築2か月で)、工務店をしていた私の仕事場も全部流され、全員死んで、私一人だけになりました。淋しいです。辛いです。どうしてよいかわからないです。仲間とがんばっています。」(浪江町)

「妻は精神的苦痛に耐えかねて、自ら命を絶ってしまいました。自宅は農家です。私も体を崩してしまいました。妻がいなければ、一人で農業をする気にもなれません。一人じゃ対処しきれません。だから除染の仕事に行ってます。帰ってくると風呂で放射能を洗い、酒を飲んで寝るだけです。」(都路)

「私は87歳になりました。仮設の友達がたくさん亡くなったよ。40人くらい亡くなったよ。2、3日前も向かいの部屋の仲間も救急車で運ばれたよ。帰ってこなかったし、遠くから駆けつけてきた娘さんが泣いていたから、もうダメだと思うよ。何せ仮設は蒸し風呂みたいに暑いからね。クーラーを入れ、扇風機を回しても、31度より下がらないものね。川内村は涼しいところだったけどね。」(川内村)

「5年近く仮設住宅で暮らしていたお年寄りたちが、避難解除宣言された時、小高の自宅に帰って大丈夫か、私は心配です。仮設で暮らしていたために足腰が悪くなり、歩くことができなくなっている。今は仲間と支え合い、車に乗せてもらって買い物や病院にも行っています。しかし小高に帰ったら、それぞれの家は離れているし、車も無く、体も思う通りには動かなくなっている。この年寄りたちが小高に帰ったらどうなるかと心配です。」(南相馬)

「50代、60代の人で亡くなる人、自殺者が多いです。50代、60代の人の悩みは大きい。若い人たちはいなくなった。孫も遠くに行った。年寄りの介護、将来への不安、自分の体にも、心臓病や脳梗塞、腰痛など、支障が出始めている。復興住宅に入ったけど、友とも別れ、孤独になった。50代、60代の人に自殺者が多いです。復興住宅の中でも自殺者がありました。仮設では農薬を飲んだ人もいます。被災者の生活は過酷です。不安で心安らぐことがありません。」(南相馬)

皆様、あの大震災で助かった方々です。津波や震災の恐怖の中で、地獄のような生活を経てこられ、やっと助かった方々です。私たちはこの方々を最優先で助けることに、国を挙げて力を注ぐべきではないでしょうか?

オリンピックも大切です。国立競技場も大切です。しかし国として最優先すべきことは、今苦悩している被災者に目を注ぎ、全力で救い上げることではないでしょうか?

被災者を救い上げるために全力で力を尽くしている日本政府の姿を見た時に、外国からの日本政府への評価は上がるでしょうし、「国民の命と生活を最優先する」政府の姿こそ、国民が政府に最も求めている願いではないでしょうか。そのために私たち国民の税金が使われるなら、私たちは納得するでしょうし、そのために資金が不足し、海外への支援額や国立競技場への資金額が多少下がったとしても、海外からの評価は上がるのではないでしょうか? そう私は思うのですが、皆様はどうお感じになられますでしょうか?


【あなたにもできる支援の方法】
①「福島の現実」を知らせる。テレビや新聞では報道しなくなりましたので、解決したと思っておられる方が多いです。現実を知らない方がおられます。あなたのブログやフェイスブック、ツイッター、ファックスで、また仲間の集いの時に、どうぞ「福島の現実」を広めてください。

私、福岡百子のブログ「福島の現実―福岡百子の声」をそのまま拡散していただいて結構ですし、むしろ拡散していただけますよう、お願い申し上げます。コピーをされて、ちらしとしてお配りいただいても結構です。

②ご自分の職業や特技、趣味を生かして。医師、看護師、介護士、鍼灸、マッサージ、アロマセラピー、ヨガ、ダンス、音楽、歌、絵による癒し、手芸、お笑い、仮設の草むしり、足湯、肩たたき、レクリエーション

③贈り物(一人分からでも大丈夫です)
手紙を添えた贈り物(高価でなくてよいです)、日用の茶菓子(疲れた心に癒しとなります)、食品、生活消耗品。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
支援が必要な状況は変わっておりません。皆様の優しいお気持ちをどうぞおよせください
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。体調によりすぐにお返事できない場合もございますが、必ず返信させていただきます)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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# by momofukuoka | 2015-07-31 09:21 | 福島の被災地の現状

大切なことは命と愛

【住民の涙はどうして国に届かないのでしょう】
私は7月6日のテレビの報道を見て、大変驚きました。それは、「9月5日に楢葉町の避難指示解除をする」と国が公示し、楢葉町の松本幸英町長の姿が映し出されたからです。私は6月29日付のブログで楢葉町の住民の方々の苦悩と現実の姿をお伝えしました。除染はいまだ不十分であり、4年半近く空き家にした自宅はネズミの棲家になって、家中カビが生えてしまった。すべての家財道具の処分から始まり、ほとんどの家が改築や建て替え、修復を必要としている。それなのに被災地の大工は不在、建築資材の不足で、被災者は帰るに帰れない。店や病院など生活に必要なライフラインも整っておらず、津波で自宅を流された人のために楢葉町に復興住宅を建てるという話も聞いたが、いまだ完成していない。おまけに全国から除染作業に来る人のための宿舎を何千人分と建てたために治安が悪くなり、安心して自宅に泊まれなくなって困っている――こうした楢葉町住民の叫びを前回のブログで紹介したばかりでした。現地の被災住民の悲痛な魂の叫び声、国への懇願の声と、住民の涙は、どうして国には届かないのでしょうか?

2015年7月6日付の朝日新聞、日本経済新聞、毎日新聞の「ニューストピック」には記されております。
「現地対策本部長の高木洋介経済産業副大臣は『楢葉町は解除の要求を満たしており、復興を早く進めるためには早期の解除が適当』と述べた。」(日本経済新聞)

「約7400人の住民がいる楢葉町の指示解除は、避難指示区域の本格帰還の第一弾となる。政府は避難指示区域のうち、最も放射線量の高い『帰還困難区域』を除いた『居住制限区域』と『避難指示解除準備区域』については、2017年3月までの全面解除を目指している。」(朝日新聞)

「町民の間には、水道水源のダム湖に高濃度の放射性セシウムが沈殿したまま解除されることへの不安が強いが、高木氏は伝達後の記者会見で、『安心は心の問題だと思う』と述べ、町民の間には不信感が高まっている。・・・水道水源のダムの底には1キロ当たり1万ベクレル超の放射性セシウムが沈殿しているとされている。」(毎日新聞)


【神様の思いを聞いてください】
皆様、命の支配者とは誰でしょうか? 命は一人一人が天からいただいた人間の最高の宝物ではないでしょうか? どんな権力者も有力者も、世界を動かすと思われる人物が世に現れたとしても、私たちすべての人間の命は神様からいただいた人間最高の宝物であり、誰もこの神様がくださった宝物を侵害してはならないと思います。今日、私は勇気をもって、かつて私が修道女であったことをお話しいたします。すでにネットで私のことを紹介してくださっている方がありますので、今日は私の体験から、神様が私たち現代人に求めておられます“神様の思い”についてお話しさせていただきたいと存じます。

私は22歳でカトリックの修道院に入り、54歳で修道院を出ました。それは“魂の癒しの場を作って欲しい”という神の啓示を受けてのことで、私は32年間過ごした修道会を後にしました。その時、神様は私におっしゃいました。「神が人間に求めていることは、このことだけです。それは“命を大切にすること、愛し合うこと”、これ以外に大切なことはない。」そしてもう一つ、修道会の門を出る時に神様は私におっしゃいました。「これからは、いろいろなことを体験するでしょう。あなたはそれらの体験によって、本当の友になることができるのです。」この二つの言葉は私を生まれ変わらせてくださいました。神様はまたこうもおっしゃいました。「あなたはこれからはキリスト教のPRをしなくてもよい。ただ主婦として心からもてなし、我が家に来た人が癒されて、明日の力とエネルギーを得て帰っていくことができるような、癒しの家をつくりなさい。」

“大切なことは、命と愛”――このことが理解できた時、私の魂は自由になりました。どんな小さな命も、人間だけでなく、虫も草も石も風でさえ、すべてに命を感じ、いとおしくなり、私の兄弟姉妹のように思えるようになりました。そして、不思議な体験でしたが、相手がどんな身分の方であっても、人種、国籍、宗教を超え、人間対人間として、しかも親しい方として、心から対等に出会える自分に変わっておりました。そして引っ込み思案の私でしたのに、言うべきことは言い、伝えるべきことは伝えることができる大胆さも身についてしまいました。それは、「“大切なことは命と愛”、これ以外に大切なことは無い」と言われた神様のお心が理解できるようになったからです。

私たち人間に、一人一人の“命”をお与えになられた神様は、誰よりも一人一人を愛し、一人一人の命をいとおしく思っておられます。だから一人一人が不幸になることを誰よりも悲しみ、切なく泣いておられるのです。そして私たちに語りかけておられます。「どうしてそんなに命を粗末にするのですか? 他者の不幸を顧みないのですか? 命の作り主は私です。一人一人は私のかけがえのない娘、息子です。」「人々よ、うぬぼれてはならない。へりくだりなさい。」「私の裁きに誰が耐えられるでしょう。小さき者、へりくだる者、虐げられた人に、私は何倍もの報いをあげよう。この世で苦しみ、耐え抜いた人は、勝利を得、輝く人となる。しかし、他者に憐れみを示さず、命を軽んじた人には、その責任を問う。」「小さき人を大切にしてください。」「福島の被災者を軽んじてはならない。むしろ彼らこそ、人類の罪の償いのために、小さいキリストとして、人々の罪の償いをしている偉大な勇者である。むしろ福島原発被災者の忍耐と、人としての強さ、謙虚さに学び、彼らが早く人間らしい生活に戻れるよう、皆で力を合わせて救ってください。破壊ではなく平和を、尊敬心を、優しさと愛を、この地球に戻し、“平和と皆の幸せ”の地球に生まれ変わらせてください。」

以上が神様から皆様へのメッセージでした。神様は私におっしゃいました。「世の中で虐げられておられるすべての苦しんでいる人、戦争の犠牲者、難民、虐げられているすべての人こそ、世の罪を償っている小さいキリストたちである。」


【私たち一人一人の力で】
皆様、この日本を(世界を)作っていくのは、私たち一人一人の力です。国の代表者も人間です。間違う時もあり、限界もあるのが人間です。知恵者は、時には素朴な人、名も無き人の中に輝くことがあり、謙虚な人こそ偉大であり、勇者の場合もあります。“人間の幸せ”とは何かを皆様で問い、もう一度、人生の再生、日本の(世界の)再生を見直しませんか? 経済ばかりが人の幸せではないと思います。“命”や“時”こそ、かけがえのない大切なものであって、“人を大切にする”ことに皆が着眼した時に、自然に人としての秩序も生まれ、一人一人の眼も輝き、家庭も社会も国家も、そして世界も幸せに包まれるのではないでしょうか?
 

福島原発被災者を救うために、まず現実の苦難を知ってください。そして、より多くの方々に真実をお知らせください。大きなことをしなくてよいのです。次回のブログでは、あなたにもできる支援の方法についてご紹介させていただきたいと思います。

今は湿度が高く、体調を崩しやすい時期です。皆様もくれぐれもお体に気をつけてお過ごしくださいませ。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
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# by momofukuoka | 2015-07-11 04:36 | 福岡百子からのメッセージ
今日は復興住宅の入居条件と、大熊町、楢葉町の現状についてお知らせしたいと存じます。また、とても心温まる小さな支援者のことをご紹介させてください。


【復興住宅の入居条件】
5月25日付のブログで、復興住宅への入居手順についてお知らせいたしましたが、復興住宅に入居するために、国が被災者に求めている条件について少し具体的にお話ししたいと思います。被災者は入居前に部屋の間取りとか、窓の大きさとか、あらかじめ部屋を見ておきたいものです。それによって前もって家具の大きさを考え、カーテンのサイズを確認し、照明器具なども時間をかけて準備し、これから入居する家への夢と希望を持ち、引っ越しの準備をしたいと思うのです。しかし被災者の要望を国は何事も受け入れず、被災者は国からの一方的な方針に従わされております。被災者は、鍵が渡されるまで、どんな部屋になっているか、自分の目で確認することができません。自分でどの住宅に住むかを選択することもできず、町が決めたところに住むことになります。同じ広さの復興住宅でも、家賃は収入に応じて10段階に分けられているそうです。家賃は最低額の人で8千円、それにエレベーター代、その他が追加されると聞いております。

最近、復興住宅に引っ越しを始めた大熊町の方から聞いたお話をご紹介したいと思います。5月末に復興住宅が完成し、入居当選の通知が被災者に届きました。6月9日に説明会があり、その後、被災者の収入に応じて家賃の決定通知があり、家賃3か月分をまとめて支払った人に鍵が渡されたということです。そして、鍵をもらったら20日以内に引っ越すようにと言われたそうです。年金生活で、1度に3か月分の家賃を支払えない人もいます。「20日以内に引っ越してください」と言われても、車のないお年寄りは、仮設から遠く、高い運送費のかかる復興住宅に荷物を運ぶことはできません。初めて間取りを見る、備品が一切ついていない(照明器具もガスレンジもカーテンもない)復興住宅に、20日以内に引っ越さなければならないとは、あまりに被災者には気の毒なやり方ではないでしょうか。

通常、私たちが家を探す時には、不動産屋さんで家賃や価格を見て、入居を決める前に家の中を見学し、納得した形で自分の住まいを決定します。入居を決めてから、収入によって家賃が決められるなどということは聞いたことがありません。一般にはあり得ないことを、どうして国は被災者に強いるのでしょうか? 国の方針には誰も逆らえないようです。

原発は国の方針でした。何の罪もない、善良な住民の土地が 、原発事故によって放射能汚染された土地になり、住民はそこから避難せざるを得ませんでした。被災者は言います。「追い出されたのです。私たちは避難ではなく、自分の土地から追い出されたのです。自分の家があるのに、十分住める家なのに、追い出されたのです。だのに、4年4カ月になろうとしているのに、いまだに住む家さえ決められないのです。しかも、これまでに7回も8回も住居が変わり、引っ越しをするたびにお金がかかり、親しくなった友とも家族とも離れ、ばらばらになってしまうのです。もう疲れました。」


【楢葉町の現状】
楢葉町は、帰還宣言前の試し宿泊として、4月6日から7月5日までの3カ月間の自宅宿泊が国から許可されました。しかし住民は一人も宿泊していない、ということです。それは放射能そして楢葉町の治安に対する不安のためだそうです。その理由を少し説明させていただきます。

楢葉町に大手の会社が除染作業員数千人分のプレハブ宿舎を建てたそうです。「1か所に300人~500人の宿舎が何10か所も建ちました。全国から除染作業のためにやってきた人たちが泊まる宿舎です。隣の富岡町は放射線量が高くて泊まれないために、富岡町の除染作業員3000人分の宿舎も楢葉町に作り、楢葉町から富岡町まで作業員が通っています。そのため毎日車の渋滞がすごくて大変です。女性が追いかけられるような事件もあり、治安が悪くなって防犯パトロールも行われるようになりましたが、安心して自宅に泊まれなくなりました」とある被災者は話していました。

「除染作業者のためにはあっという間にプレハブを作ったのに、われわれ楢葉町被災者のための復興住宅は“作る”という予定のみで、いまだ始まってもいないのです。被災者の自宅修理や再建のための大工はいません。建築資材が無いと言われます。被災者の事は後回し、ということです。大工など建設業者は東京オリンピックの方に取られてしまいました。東京の方が高い収入を確実に得られます。被災者の家の修理費や建築費は不確かです。大工は当然高収入のほうを選ぶでしょう。」


【6歳のお嬢ちゃん・4歳の坊やの支援協力】
私が最近体験させていただきました、とても感動した心温まる出来事をご紹介させていただきます。それは今から10日ほど前のことでした。私のスマホに一人の方からメールが入りました。イギリス在住の若い日本人の奥様からでした。「ネットで福島のことを知ったので、支援をさせて欲しい」とのことでした。「一人一人の被災者に、メッセージ付きのお菓子を差し上げたい。6歳の娘・4歳の息子と一緒にメッセージを書いてお菓子に添えて一人一人の被災者に差し上げたい。お年寄りが食べられるもの、何が良いか教えて欲しい。10~20個のお菓子ですが、それでもよいですか? 2キロ以内の送料ならできると思います」との、とてもうれしいお知らせでした。

私は心から感動しました。そして6歳のお嬢ちゃんと4歳の坊やがお母さんと頭を寄せ合って被災者を思い、一生懸命お手紙や絵を描いている姿が目に浮かび、涙が出てきました。何よりも何よりもうれしいプレゼントです。私は早速、被災者の自治会長さんに知らせました。自治会長さんはおっしゃいました。「それは、とてもうれしいことです。飴でもなんでもうれしいです。被災者はお嬢ちゃん、坊ちゃんのお手紙をどんなに喜ぶでしょう。生きる力になるでしょう!」

イギリスに住む若いお母様からのお申し出に、私はとても感動し、私自身のためにも心の癒しと力をいただきました。正直、支援活動を続けております私自身も心身の疲れを感じていたからです。被災者に対する国のあり方、冷酷と思える対応、そして忘れ去られていく被災者のあまりにも過酷な現実をどうすることもできない私自身に、私は苦しみ悩んでおりました。心が疲れ果てていた私でしたが、この6歳のお嬢ちゃんと4歳の坊やとお母さんの姿から、私は再び力をいただきました。たくさんの勇気とがんばる力も。“負けてなるものか!”“命ある限りやり続ける!”“坊や、お嬢ちゃん、おばちゃん頑張るからね! これからもよろしくね”――そうイギリスの親子に感謝しました。

ブログをご覧の皆様、大きなことでなくてよいのです。このご家族のように、温かい思い、優しい行為が、疲れ果てた被災者のお心を癒し、救い、生き抜く力となるのです。お孫さんや、周りの幼いお子様方に、他人を思いやる優しい行為をお伝えいただけませんか? 疲れ果てた福島の被災者を皆様の温かい手で救っていただけませんか? よろしくお願い申し上げます。
“坊や、お嬢ちゃん、本当にありがとう!”


【支援品をお願い申し上げます】
不安定な生活の中、健康を損ない、困窮されている被災者が多くいらっしゃいます。少しの物でも、送ってくださる方のお気持ちを感じられ、たいへん喜ばれます。どうぞよろしくお願い申し上げます。


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# by momofukuoka | 2015-06-29 01:48 | 福島の被災地の現状
【仮設住宅の環境】
皆様、今日は「住まい」ということについてご一緒に考えていただけますでしょうか? 人だけでなく、どんな動物にも、魚にも、鳥にも、草木にも、どんな小さな虫にも、生きていくためには、自分の身を安心して休めるねぐら(住まい、場所、私の家というのが)あると思います。皆様、今日は仮設住宅の現状についてお伝えいたします。この仮設住宅を、「私の家」、毎日生活する「ご自分の家」として、具体的にご自分がそこに住むことを想像して考えていただけますでしょうか?

住まいには、ある程度、息抜きができる空間が必要でしょう。四方窓が無く、穴倉のように太陽の光が入らなかったり、風通しが悪くじめじめしていたり、隣の音が丸聞こえだったり、私の部屋で話す内容が隣の家に筒抜けだったりする住まいで、心安らいで暮らせるでしょうか。それが仮設住宅です。隣から「うるさい」と言われることに怯え、好きな音楽も聞けず、楽器も弾けず、テレビの音量も小さくし、夫婦同士の話し声も小声で、子どもが騒ぐたびに注意を受け、思いっきり声を上げられない、気兼ねをしながらの生活、それが仮設住宅での生活です。

多くの場合、仮設住宅の生活には、家具や布団を押入れに収めても、なおテーブルを囲んで家族が団らんできるスペースがありません。夜、他人に足を踏まれる心配なく、安心して寝ることができるだけの、ゆとりある寝床がありません。何よりも辛いことは、「ここにいつまで住めるのか」がわからないことです。永住が許されない家にいて、いつ「出て行ってください」と言われるかもしれず、自分の家が定まらず、見つけることもできず、常に緊張と不安のうちに過ごす日々。仮設住宅を出て行きたくても、そのための補償はなく、また自費で別の住処を見つけるとしても、住民票を移すと現在受けている補償も受けられなくなるため、被災者は動くに動けず、将来の計画を描くことさえできない状況です。

皆様、今、ご自分の住まいをお持ちの皆様は、上記の状況をどのようにご覧になるでしょうか? もし万一、皆様がそのような状況に「長年耐えてください」と国から言われ、その状況に置かれ続けたら、どのようにお感じになるでしょうか? 私たち人間が住むためには、ある程度の環境、住まいの空間、息抜きをするスペースが、どんな人にも必要ではないでしょうか?

皆様、考えられないことかもしれませんが、福島原発被災者の方々は、4年以上も悪環境の中で耐えておられるのです。 繰り返しになりますが、さらに仮設住宅の状況をお伝えさせていただきます。

4畳半ひと間の生活、場所により、窓は小さいのが一つしか無い、という所もあります。まわりに生活必需品を置き、寝る時のスペースを作るのがやっと、と言います。床は地面に近いため、湿気が多く、カビが発生し、底冷えします。そのため、布団も湿気で重いと言います。秋から春にかけて、所により結露で天井からしずくが垂れ、壁も床もびしょびしょになり、床の拭き掃除が日課になるそうです。所により、すでに早くから床が抜け、隙間風で寒く、新聞紙を詰めるなど工夫して生活していると言います。洗濯物を干すスペースも不十分です。

所により、外を歩く人から室内が丸見えの所があり、目と目が合うことがあり、安心して寝ていられないという人もおられました。隣との壁は薄く、隣で何をしているか、手に取るようにわかる、という所もあるそうです。仮設住宅はプレハブが多く、子どもたちの学校も工事現場のようなプレハブの所もあり、寒いと言います。


【仮設住宅に住む被災者の声】
被災者の方々は、「仮設住宅にいるだけで息が詰まりそうになり、気がおかしくなりそうだ」と言います。

ある被災者は「日中、仮設にはいません」とおっしゃるので、「お仕事ですか?」と私が尋ねますと、「違います。仮設の4畳半の中では気も心もおかしくなってしまうので、毎日外を歩き回っています。67歳なので仕事を探してますが、年齢を言うと断られるのです。」

被災者は言います。「住まいが決まらないと、仕事も見つけられない。」「住まいが定まらないと何一つ前に進めない。家族もバラバラのまま、亡くなったおふくろ、夫のお骨を納める所も、お墓さえ決められない。」

「復興住宅はまだ建っていません。復興住宅には制限があります。誰でも入居できるわけではありません。津波と原発のために自宅に帰れない人が優先です。」「しかも入居するためにはカーテン、電球、ガスコンロ、家賃等、相当の金額がかかります。」

田村市船引町には4つの仮設があり、主に都路の方々の施設ですが、大熊町、浪江町、双葉町、ときわ町の方々も避難しておられます。「最近、ようやく復興住宅の土地が船引に確保されたそうです。できあがるのは、来年秋以降とのことです。いまだ一年以上、先です」とのことでした。

ある被災者の 言葉を思い出します。「国が我々被災者の土地を買い上げ、別に村を作って、“ここに住んで再出発してください”と言ってくれたら、我々はどんなに感謝し、希望をもって歩んだことでしょう。あの時そうしてくれていたら、今頃はそれぞれが活気ある村、町になり、前に向かって歩んで、国のためにも貢献できる街づくりもできていたかもしれないのに。」

しかし現実には、「自分の土地は自分で探し、自分で住居を探しなさい」と言われています。そして、見合った資金は出してもらえず、住んでいた家を失った被災者は住む家も無く、十分な収入の得られる仕事がないために生活費も無い。困窮する被災者は「我々はどうやって生きていったらよいのか?」と嘆いています。若い人は将来を考え、家を求め、親から離れていきました。仮設は行き場のない老人、一人暮らしの人が多くなりました。復興住宅にも入れず、若い家族とも離れ、淋しく暮らす仮設住宅の老人たちには、自立という言葉は酷な言葉です。彼らには、同じ境遇、同じ体験者の仲間との支え合いが、生きる支えになっております。このような方々に、生活消耗品や心優しい食料品などを少しでも届けていただけましたら有り難く思います。


【小さな支援をお願いいたします】
生きる力を失った方々、失望しておられます方々に、小さな支援でよいのです。「忘れてませんよ」「お体を大切にされてくださいね」の思いが入った小さな消耗品や食品の小包が、どんなに彼らに嬉しい宝物になることでしょう。社会が忘れつつある今、あなたの手で、お一人でもお救いくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。お志がおありになられます方は、被災者をご紹介申し上げますので、私、福岡百子までお問い合わせくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
“皆様の手で、幸せを作っていきましょう!”


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# by momofukuoka | 2015-06-09 23:55 | 福島の被災地の現状

復興住宅の現状

日本には春夏秋冬という四季があり、季節折々の花が咲き乱れ、清々しい空気、心地よい風や肌寒さを感じながら、春や秋の訪れに、四季の喜びに心を弾ませることができます。しかし最近は、気候変動に戸惑いを感じることが多くなったような気がします。

今日は、福島原発被災者の復興住宅の様子についてお知らせしたいと思います。福島原発被災者については、国は原則、被曝した自宅を除染してそこに帰す、という目標のようですので、復興住宅建設に対しても積極的でないように感じます。すでに災害があって5年目になりました。ですのに、現実を知って、私は「考えられない」「ありえない」「ここ、日本でしょ?」と、怒りと悲しみを感じています。国の対応は、常識では考えられないほど、あまりにも非道です。5月に入って町の関係者から伺った情報をお知らせいたします。


【被災者の声】
「国は、福島県内全部の仮設住宅住民を(どこの市町村も)、2016年3月までに帰還させるつもりでいます。しかし2日前の新聞では、“1年延長”と言っていたので、1年延期すると思います。何事についても、長期的な視野ではなく、1年毎の更新だからです。“仮設住宅入居期限は来年の3月まで”と決めるのは、国です。国から県に知らせ、県から各市町村に知らせが来るのです。」

「楢葉町の元の人口は7000人でした。現在は各所に散ってしまいました。いわき市に13か所、会津に1か所の仮設があります。国は楢葉町について、全住民を楢葉に帰す予定としているために、楢葉町以外の場所に復興住宅を作るつもりはありません。楢葉町内に復興住宅を52戸作る予定です。しかしそれはいまだに建っていません。この復興住宅に入居できる対象者は、津波被害を受けた人と、自宅の無い人です。今、4月6日~7月5日まで、3ヶ月試し宿泊が行われています。その後、帰還宣言の話が行われると思います。」

「川内村の元の人口は3000人でした。川内村では、受けられる原発賠償が3種類に分かれています。

①30km圏内の人(平成24年8月で精神的賠償が打ち切られた人)
②2015年9月までで精神的賠償打ち切りの人
③2015年9月以降も精神的賠償が続く人(自宅に住めない人)

川内村下川内仮設には②と③とに該当する50戸の方が住んでいます。川内村に復興住宅は25戸建ちました。6月1日から住めるようになります。したがって今まであった下川内仮設の自治会は解散となりました。復興住宅25戸のうち、下川内仮設からは15戸、他の町にある仮設から10戸入居予定です。川内村住民のための復興住宅はこの25戸以外は作らないのです。しかし、来年の3月までは仮設にいて良いとのことです。

つまり、来年の3月までに復興住宅に入るか、自宅に帰るか、ということになるのです。他の町に川内村の復興住宅は作らないのですから。復興住宅は、カーテン、照明器具、ガス台は全部自腹です。家賃が発生します。カーテンは規格外もあるようです。2階建て、平屋Aタイプ、Bタイプがあり、どこに入居できるかわからないのです。入居するために費用が50万円くらいかかると聞いています。」

「復興住宅は県が責任を持っているので、どこにどの町の人が何戸入るかは県で決めます。被災者たちは、“町ごと・部落ごとにまとめて入居させて欲しい”と希望しているが、その声は通りません。復興住宅は4町村が混合して入居することになる。同じ部落、顔見知り同士なら支え合い、孤独にもならずに済むのに、被害者はまた、さまざまな苦しみに直面することになるのです。町によってお祭りも違い、賠償問題も違い、仮設で親しくなった友とも離れることになるからです。」

「私は7人家族で、1つの仮設に家族全員が住めないので、3つの仮設を借りて住んでいます。87歳の父(要介護肺気腫)・夫(病身)・私(病身)・長女(脳性まひ、知的障害)・長男(大学を断念し働いています)・次男(中学生)・三男(小学生)の家族です。今日まで仮設で支え合いながら生きてきました。家族で話し合った結果、復興住宅に入居することを決意しました。子供たちは“窓があり、部屋があるだけで幸せ”と言う。“テレビうるせー!と言われないで済む”“寝ていても足を踏まれずに済む”“こたつに入ってごろんとしたい!”
“5年前に亡くなった母さんのお位牌はカラーボックスの上にある。真先に母さんの仏壇を買いたい!”・・・“1戸に住めないので2戸借りよう”と結論しました。」

「復興住宅は5月末までに出来る予定です。申し込んだので、当たれば5月末に通知が来る予定です。→その後説明会がある。→復興住宅の家賃は各々収入に応じて決められるので家賃決定を待つ→3ヶ月分まとめて払う→合同庁舎に行って鍵をもらいに出向く。鍵をもらったら20日以内に引っ越すようにと言われました。」

「今は、どこに住めるのかはわからない。復興住宅を借りるのに、自分達で保証人を決めないといけない。幸い私は引き受けてくれた人がいたので助かった。これから住む復興住宅は店も病院も不便な所。ここは孤独死になっても判らない所と思った。でも私たちは、玄関から外に出ると仲間に出会うから、それでも良いと思った。復興住宅に入居するには、年寄りには困難です。自ら役場に出向いたり、説明会に出向いたり、合同庁舎に行ったりと、めんどうくさいことがいろいろあって、年寄りや独り暮らしの人は、あきらめた人がいます。」

「復興住宅入居には、いろいろと条件を求められます。くぎを打てない、引っ越すときは元通りに直すこと、カーテンは規格外、電気の差し込みはあるが、照明器具も何も無い、空っぽです。すべて揃えなければなりません。自腹で。 」


【もっと温かな配慮を】
皆様、復興住宅に入居されます方々は、津波ですべてを失われた方、また原発で自宅を失われた方、5年近く苦悩にあえいで来られた方々です。収入も乏しく、心身傷ついておられます方々です。国はどうしてもっと温かい、心ある配慮ができないのでしょうか? どうして国民の悲しみが、叫びが、通じないのでしょうか? 私は不思議でなりません。

皆様、福島原発被災者の方々のために暖かい手を差し伸べて下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。
そして、一人でも多くの方々に福島被災者の現状をお伝え下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。


【支援品のお願い】
不安定な生活の中、健康を損ない、困窮されている被災者が多くいらっしゃいます。生活消耗品、食品、義援金のご支援をお願いいたします。ご支援いただけます方は、被災地をご紹介申し上げます。ご不明な点は、福岡までお問い合わせください。どうぞよろしくお願い申し上げます。心から感謝申し上げつつ。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
支援が必要な状況は変わっておりません。皆様の優しいお気持ちをどうぞおよせください
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。体調によりすぐにお返事できない場合もございますが、必ず返信させていただきます)

※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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# by momofukuoka | 2015-05-25 01:22 | 福島の被災地の現状