2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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新しい年、皆様はいかがお過ごしでいらっしゃいますか?毎日が平穏無事でいらっしゃいます様、心からお祈り申し上げております。
今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

最近、フランスにいる友(日本人)から電話があり、「最近の日本はどうですか?」と聞かれ、私なりに感じていたことを伝えました。

「心にゆとりが無くなったのを感じます。何だかザワザワしていて、家庭も社会も、日本の雰囲気に落ち着きがないように感じます。」「子供達は、昔のように家の外を走り回ることが少なくなりました。スマホやゲーム等の遊びが多くなり、家の中にいるようになりました。」「誘拐や犯罪が多くなり、子供は安心して外で遊べなくなったのと、塾通いが夜遅くまであり、今の子供達は、忙しいみたいで気の毒です。」「若い人は低所得で大変です。」「失業者も多くなりました。」「国は私達国民から税金や医療費、他、何やかにやと徴収するようになって、生活費が段々と少なくなり、物価は高いし皆大変です。」

「日本は怖くなりました。殺害が多くなり、簡単に人を殺める様になりました。」「"やまとなでしこ"とか"サムライ日本"とか言ってますが、あれは昔の事で、女性は強くなりました。むしろ男性が弱くなったような気がします。」「日本は変わりました。」昔は良かったのか悪かったのか私は判りませんが、昔も今も、良い所を見直すべきかも知れません。


【心の美人を目指して】
2017年1月3日の夜、テレビを見てましたら、「好きか嫌いか言う時間」という番組があり、私は興味を持って見てますと「美女VS不美人が激論」というテーマに移りました。この番組では、「美女とブス」という表現に変わっていました。そして美女はブスをけなし、ブスは美女をけなし、互いが言い争っています。美女は自分達を自慢し、ブスと言われる人をけなし、ブスは悔しがってわめきたてています。それを番組のアナウンサーは、時には笑いながら競わせています。

私は、この番組を見ていて何だか悲しく、辛くなってきました。どうして太って丸い顔がブスなのか? 痩せて細い人が美女なのか? 相手の存在を、姿形で判断し、自分は美女と自惚れ、相手をダメ人間と見下している冷ややかな冷たい人が、果たして美女なのか? 反対に、太って生まれたことを悲しみ、親を怨み、自分に自信を失ってしまい、自分は不幸と思い込んでしまった人。
本当に太った人は不幸なのでしょうか? 私は、むしろ、太った人に暖かさと包容力を感じ、頼もしく思うことが有ります。

どうして、"心の美人"という言葉に気がつかないのでしょうか?

昔からの言葉に"40代の自分の顔は30代の自分の生き方が作る""50代の顔は、40代が作る""60代の顔は50代が、作る"と言われています。今のあなたの顔は、あなたが作りました。あなたの生き方の反映が、今のあなたの顔形になっている、とのことです。

確かに、暖かく優しい人は、顔も立ち振る舞いも優しく、子供も寄って行きます。常に善良で、人の良い所を見ている人は、顔も清らかで美しいです。しわくちゃのお婆さんでも、美しく思います。"思った通りになる"という言葉も有ります。"ことだま(言霊)"という言葉も有ります。

私達の言葉、あなたの言葉。私達の思い、あなたの思いは、湖の一滴の波紋のように、波紋は波紋を呼び、湖一面に波及されやがては、湖が美しい湖に生まれ変わるように、私達の思い、あなたの思い、言霊でこの日本を、地球を美しく生まれ変わらせませんか? 皆様と一緒に"心の美人"を目指しませんか? あなたの顔を暖かで幸せな顔にしませんか?


【福島被災者の今】
福島の被災者の今をお伝え致します。

〈南相馬市小高区の被災者〉
「仮設住宅の住民のうち、3分の1は小高の自宅に戻っています。仮設に残っている人は、建築の材料不足と職人が他に取られて、私達福島の被災者は後回しにされて、家が建てられないでいます。仮設は今年の3月末迄しか住めない。後は、仮設を国は壊すという。しかし、私達は行くあてがない。見通しがたてない。どうしたらよいのか?」

〈楢葉町の被災者〉
「楢葉は平成30年まで仮設に居てもよいことになりました。だから楢葉町には1割しか戻っていません。楢葉の自宅を新築した人も仮設に戻って生活しています。なぜならいまだスーパーも無いからです。春にスーパーが出来る予定ですが。昼間は作業員で楢葉の町は凄いですが、夜は人がいないので、町は暗くなります。」

〈都路町の被災者〉
「3月末で仮設は無くなるけど、20キロ圏外の被災者は家のリフォーム代を貰えないので、どうしたらよいのか判らない。3.11の災害で崩れたままの状態だからからです。私達都路は、災害当初、30万円を1回いただいただけで、その後何ももらっていません。このたび申請すれば、仮設からの引っ越し代として5万円を出すと言われました。自宅に帰らない人は、自分で家を探しなさいと言われました。田村市の役場は何もしてくれません。都路の住民は行き場がなくて途方にくれています。それで、私達も何か行動を起こさなければならないと気がつき、弁護士を頼んで、賠償裁判を起こし始めました。これが大変です。動ける人がいないので、会長は仕事を休んで(生活費が入らなくなります)裁判の準備や弁護士との関わりに時間とエネルギーを費やしています。」(彼の交通費等は自腹です。)


【皆様のご支援を】
ご支援されます皆様、今後は賠償金をもらえず家のリフォームをすることが出来ない都路町の被災者に、資金のない彼らに、ご支援くださいますよう宜しくお願い申し上げます。寒い日が暫く続きますので、皆様もお体を大切にお過ごしくださいませ。皆様と心を一つにしつつ。心から感謝申し上げております。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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# by momofukuoka | 2017-01-18 07:41 | 福岡百子からのメッセージ

原発事故の罪深さ

早や、師走となりました。カレンダーをめくり、今年もあと一か月無い、と気がつき、「人生の速さ」を思い、「過ぎ去った1年の出来事を思い」、心落ち着きの無い自分であったことを反省しました。今、私たちが生きる社会の変化はめまぐるしいです。以前は10年ひと昔と言われていたようですが、現代は1年で突然変わっていきます。家族の形態も異なり、幸せの基準も異なり、価値観も異なり、何が正しく、何が間違いなのか? 何が精神的なのか? 残虐さに対する呵責の気持ちや認識も異なり、常識の相違など、時代の変化を感じるようになりました。

テレビを見ながら、今や世界が大きく変わりつつある時にあることを知り、それだけに私たち一人一人の政治参加への認識と、責任の大きさを感じ、皆様にも「動きましょうよ」と呼びかけたいと思いました。アメリカのみならず、イギリス、イタリア、オーストリア、フランス…が、貧富の差を訴え、政治の体制を崩そうとしています。世界中の批判をものともしない中国、北朝鮮。韓国パク大統領の退陣問題。日本もカジノ導入の強行採決、経済成長戦略など、国民の悩み、叫びに寄り添う政治とは異なる方向に日本の政治は突き進んでいっているように感じ、「このままでは危ない!」と私は感じるようになりました。
 

【白眼視される被災者】
福島原発被災者の子どもが「ばい菌扱い」にされて辛かった、という手記が公表されて、今、話題になり、学校側も教育委員会もあわてています。手記を公表した男子生徒は、現在中学1年で、「小2で自主避難した直後からばい菌扱いされ、いつも辛かった。小5の時は、原発事故の賠償金を貰っているだろうと言われ、同級生らの遊興費の負担をせびられた」「何回も死のうと思った。でも震災でいっぱい死んだから、辛いけど、僕は生きると決めた」と手記は結んでいる。この手記は男子生徒が不登校になっていた小6の7月に書いたものですが、男子生徒は「いじめの被害がなくなってほしい」との思いから公表を決めた、として、2016年11月16日、代理人の弁護士を通して公表しました(河北新報オンラインニュース)。

災害後間もなく避難した福島被災者の多くは、大人も子どもも「ばい菌扱い」にされて苦しんでいらっしゃいました。散歩をしていたら、「あなた方が歩くと、田畑に放射能が撒き散らされ、うちの野菜が売れなくなるから、歩くな!」と言われた、と悲しんでいる被災者夫婦がいました。「引っ越してきた」と挨拶に行くと、「あなたたちとは関わりたくない!」と断られた、という人もいました。「買い物に行くと、ジロジロと見るんです。買い物したカゴの中をのぞきこむ人もいます。そして大声で“この人たちはいいわね。賠償金で食べているんだもの!”と言われたことがあります。だから、買い物にも行けないんです。」

「私たちは津波に遭い、何もかも失いました。だから生活必需品である車を買いました。不便な所に住む被災者にとって、車無しでは生活できません。医院に行くにも買い物にも、車は生活必需品なので真っ先に買いました。すると、被災者が新車を買った、と言って批判されるのです。被災者の車は随分いたずらされ、傷つけられました。何をしても、何を買っても、福島の被災者は“賠償金で生活している”といじめられ、白い目で見られます。だから今は、福島人であることを知られないようにしています。5年過ぎても友達はできません。」

 「私は賠償金をもらいませんでした。拒否しました。それは辛い思いをしたくなかったからです。」

 「私は何もあてにしないで生きることにしました。一生懸命働けば、贅沢できないけど、生きていけると思いました。頑張ります!」


【オリンピックやカジノの前に】
安倍総理は、「福島の復興なくして日本の再生なし」と、東日本大震災3周年記者会見で言われました。この言葉はどの方も覚えておられることかと思います。国民の命と生活を守ることを、なぜ最優先としないのでしょうか? 国民の命ほど大切な財産は無いと思うのですが。オリンピックやカジノの前に、最優先すべきことは、福島の被災者に目を向けることではないでしょうか?

いまだ放射線量の高い被災地に、来春、国は被災者を帰すという指令を出しました。なぜ汚染地区に、イノシシや小動物が棲み、草ぼうぼうの荒れた地に、公共施設も不十分な地に、被災者を返そうとするのでしょうか? 若者は帰りません。帰る方はほとんどが高齢者です。

被災者は言います。「年寄りの私たちは田畑でとれた食物を食べて生きます。放射線量? かまいません。私たちはどっちみち死にます。そのうちに無人の町となるでしょう。そうして何事もなかったかのようになるでしょう。国は、私たちがそうなるのを待っているのでしょう。私は被災者からこの言葉を聞いて、せつなさに唖然としました。これが国の計画なら、言いたくはありませんが、殺人行為ではないでしょうか?


【被災者からの手紙】
被災者からの手紙をご紹介いたします(本人の承諾をいただきました)。

「ご無沙汰しております。私たちも福島県外に移って半年が過ぎ、なんとか慣れ、元気に過ごしています。しかし気持ちが晴れることはなく、何か違う感じがしてなりません。新しい暮らしにも希望が感じられず、寂しい気分です。主人もPTSD(心的外傷後のストレス障害。強いショック体験からくる心のダメージ)と診断され、通院しています。元気がなく、私も気分が落ち込む時があります。孫たちが時々来てにぎやかなのは救いです。
せっかくこの地に来たので、楽しいことを見つけていこうと思います。直売所も楽しいですし、自分から何か始めないと、充実した人生は送れませんよね。

原発事故でふる里を追われ、6年になろうとしております。世の中はすっかり忘れていますが、私たちの心の傷は深くなっている人が多いです。東電からの賠償金をめぐり、心ない言葉に傷ついています。私もまた、嫌な思いをするのが怖いので、ふる里のことはこちらからは言いません。
 
ふる里は、生まれ育ち、結婚、子育てと、人生のすべてでした。人間関係までも、すべて無くすということは、言葉に言い表せません。原発事故の罪深さをひしひし感じています。この思いは、賠償金というお金で消され、国も東電も、世間の記憶から消そうとしています。事故は収束したかのように持っていこうとしています。つくづく、国って、大きな企業は守るけど、個人には冷たいと思います。広い海原に放り出された私たちは、どう生きていけば幸せを感じられるのか、解らないでいるのです。」


【この事実を多くの方に】
皆さま、「もし私が福島の被災者だったら? 同じ体験を受けたら?」。2011年3月11日からの被災者の体験を自分の身に当てはめて考えたら? あまりにも酷すぎることですよね。これ以上、苦しめてほしくないです。どうぞこのブログを多くの方にお知らせください。そして苦しんでおられる福島の方々を皆様の手でお救い下さいますように。


【本をご紹介いたします】
『アヒンサー 未来に続くいのちのために原発はいらない』1号~6号 各100円(送料別)
〈発行〉PKO法「雑則」を広める会 
電話 0422-51-7602(佐藤様)/049-215-0289(小田様)

1号(大人の人に伝えたいこと。原発7つの本当のこと。放射能とは。他)
2号(私、子どもを産んで大丈夫ですか? マル秘にされた試算―原発の原点。他)
3号(被爆医師肥田氏の証言。大量の死の灰で汚染された日本列島。他)
4号(仙台日赤病院呼吸内科医―放射能の影響とこれからのこと。他)
5号(北海道がんセンター院長―みんな催眠術にかかっている。目、覚ましてくださいよ! 他)
6号(こだま医院院長―低線量内部被ばくの話。他)


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


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# by momofukuoka | 2016-12-09 06:34 | 福島の被災地の現状
“希望のない所にも希望を!”この言葉を聞いたことがあります。どんなに腐敗してしまった社会であっても、もう無理、限界、絶望と思った所でも、生きるのは無理、ダメだ!と思った時も、“尚、生きる道はあるんだよ!”という教えではないでしょうか? 人生を振り返ってみて思いますことは、どんな人でも、苦しい時、辛い時、孤独な時があり、楽しい時がありました。一人一人にも、生まれてから今日までの歴史があり、それは互いにとっても宝物ではないでしょうか?

ともすると、私たちは、自分にとって心地良いもの、自分にとって都合の良いものを善いものとし、不都合なものは悪とみなし、不幸として排斥してしまいがちのように感じますが、挫折から学び、失った世界から見えなかった新しい世界が見え、生まれ変わった自分を見出し、“あの体験が自分を変えた!”と思うことがあると思います。苦労は辛いことですが、自分を鍛え、自分を磨く時かと思います。そして何よりも、体験は学びの時であって、体験して初めて痛みがわかり、他者の苦悩も知ることができるような気がします。

私たちのこの世界で、私たちの町で、近くで、叫んでおられる方がきっとおられます。その叫びを聴き、手をさしのべましょうよ。私にできる小さな支え、互いに手をさしのべませんか?

今日は、福島第一原発より近い町、中間貯蔵施設地域に指定された双葉町を通して、福島被災者の苦悩をご紹介したいと思います。


【双葉町の放射線量】
双葉町は、福島第一原子力発電所の5号機と6号機が立地している福島県浜通り中部にある町です。町は原発で崩壊しました。放射能汚染が強い町でした。5年8か月過ぎた今なお、双葉町の放射線量は高いです。

「山の方は6.10マイクロシーベルト。双葉町役場の所は0.28マイクロシーベルト、海側は0.53マイクロシーベルト。国道6号線は1.84マイクロシーベルト。常磐道は4.7マイクロシーベルトあります」と双葉町の人は言います。

「先日、自宅に行ってきました。双葉町は3.11の時のそのままでした。車も放置され、3.11のそのままの状態でした。家の中はイノシシに入られて糞だらけ。入るとウワーとなって、嫌になります。自宅に2時間いるのがやっとでした。自宅に帰ったら、被曝して来ました。2時間で11マイクロシーベルト浴びてしまいました。」

「双葉町の自宅に帰るためには常磐道を通ります。双葉町を通る時は、車の窓は開けるな、と言われます。バイクは通ってはダメと言われます。常磐道の車が通る所は除染されていると言われていますが、皆、車は120~150キロメートルで走っています。浪江、富岡、広野町の高速インターはできました。しかし無人でした。人がいないのです。機械にお金を入れて通るのです。浪江のインターには、用事がある時は、呼ぶと、どこからか係員は出てきますが、通常は人はそこにいません。双葉町大熊町のインター費用に486億円かかるそうです」と被災者は言いました。

「第一原発の汚染水は今も海に流れています。汚染水を封じる囲いが3カ所位、凍らない所があると言います。」


【東電との交渉―医療費の請求】
「原発に関すること、東電に関することに、役場はタッチしません。個人的に東電と交渉してください、と言われました。」だから賠償金の申請、交渉に関しては、役場はいっさい関わらないので、個人が各々東電と交渉しなければなりません。慣れない被災者にとっては、一戸一戸、異なる内容の申請書は簡単に行かず、大変です。また小さい文字で理解しにくい申請書は、高齢者にはなお大変なことです。被災者は東電の申請にみんな大変な思いをしてきました。

例として、医療費の請求についての被災者の方の説明をお伝えします。月に1回通院している方です。

避難に関する診断書があれば、申請すれば、1回の請求書類提出に対して4200円がいただける。そのためには東電から送られてくる請求書類に加えて、医師に東電の指定診断書を書いてもらわなければならない。また交通費は、1kmにつき22円、10kmで220円が、領収証があれば加算できる。しかし毎回、以下の順を経なければならない。

①医者にかかっている本人が東電に、東電の請求書類が欲しいと電話をする。
②東電から請求書類が送られてくる。
③診断書の書き方は決められているので、各地にある東電の担当者と会い、書き方を教えてもらう。
④記入した請求書類と医師に書いてもらった指定診断書を東電本社に送る。
⑤東電本社から合意書が送られてくる。「~~のところが不明なので、支払えない」と言われることもある。
⑥合意書にOKのサインをして東電本社に返送する。
⑦お金が振り込まれる。
*「それでよいです」と、東電の言う通りにしないと、何事も申請は前に進まず、そこでストップしてしまう。


【双葉町民の住民登録】
ふる里を離れた被災者は、5年8か月過ぎた今でも、避難先の住民登録ができません。双葉町から避難先の住民票を移さなければ、いわき市に何年住んでいてもいわきの市民にはなれないのです。そのため、いわき市民としての扱いは受けられず、選挙権も市民としてのサービスも受けられないだけでなく、まわりから避難民として白い目で見られ、“早く帰れ!”と言われたり、買い物などにも干渉されたり、嫌味を言われたりして、孤立して苦しんでいる被災者が多いそうです。

かといって、現住所に住民票を移すと、ふる里とは離れたことになり、被災者ではなくなります。そうなると賠償対象者でなくなるので、東電への申請ができなくなります。原発は被災者に多くの問題と苦悩を突きつけています。浪江町の馬場町長は、被災者たちのために、住民票に代わるものの発行を国に願ったがダメでした。


【中間貯蔵施設の土地】
中間貯蔵施設とは、除染土や廃棄物などを最終処分までの間、貯蔵する施設です。環境省は、福島第一原子力発電所を取り囲む形で、大熊町と双葉町の土地の提供(国有地としての買い上げ)を、福島県の佐藤知事に求め、佐藤知事は受諾しました。そして県も町もそれを受け入れましたが、“交渉は個人的に環境省と地主が相談してください”と言われ、県と町はノータッチで、被災者個人が国と交渉しています。

宅地が町の公共の道路に面している所は、1平米が4050円、他は22年度の土地標準価値で判断され(田舎の土地は安いです)、100坪で200万円でした。山林は1平米140円、畑1反(1000平米)30万円でした。

“これでは家を求めることができない!”と被災者は言います。“同じ双葉町でも、環境省から土地を買い上げられた人は、帰る土地がない。環境省から「30年お借りします」と言われた人は、30年帰れない。中間貯蔵施設の土地に当たらない人は、賠償金は継続してもらえるし、戻る土地は残っているので、ふる里に帰れる。住民バラバラになりました。”“また平成32年までに常磐線を開通し、双葉駅周辺を除染して、コンパクトな町づくりをして、双葉町の津波に遭った人たちにここに集ってもらおう、と将来の町づくりを予定しているようです。”


【被災地への帰還】
皆様、双葉町の姿を通して、福島被災者の姿の一部をご紹介いたしましたが、国は平成29年(来年)の春までに、被災者はふる里に帰還するようにと命令しました。いまだ帰れない所の大熊、双葉、その他の町村の帰宅困難区域以外の人々は帰還するように言われたのです。そして帰還(避難指示解除)宣言された1年後に、被災者は、賠償金は切られ、被災者扱いは無くなり、課税対象者となります。

しかし帰還したふる里は、イノシシ、草ぼうぼう、病院も無く、スーパーも少なく、交通も不便です。自宅は3.11のままですので、家は荒れ果てています。せめて、草刈り、イノシシ駆除くらいは行政が行っても良いのではないかと思うのですが。いまだに原発の放射能は流れ、廃炉も先は見えません。その地に、国は被災者を帰して良いのでしょうか?


被災者の方々の困窮は続いております。世間で報道されることが少なくなり、孤独感が増している方が多いです。どうぞ小さなことでも手をさしのべてくださいますよう、お願いいたします。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
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# by momofukuoka | 2016-11-08 06:06 | 福島の被災地の現状

報道されない福島の現実

【国民の苦悩を見てみぬふりの政治】
 
地球のめまぐるしい変動の中で、私たちは、新聞、テレビ、ネットなど、毎日流れてくるその情報を、疑うことなく、この情報こそ真実と思って、それを自分の確信としてしまっていることはないでしょうか? 10月2日のテレビ朝日で19時から放映された“ダマされるな、日本が知らない報道”の番組を観て、私は目が覚める思いをしました。私は福島の被災者からも、報道のあり方について、たびたび聞いておりました。

「福島についての情報は正しく伝えられていない。放射線量についても、実際とは違います。除染は済んだと書いてあるが、まだ線量の高い所はたくさんあり、私たちの家、屋敷は1回除染をしただけで、“もう済んだ”と言われている。しかも除染した時の汚染された土は、私たちの屋敷の片隅に穴を掘られて埋められていたり、緑色のドラム缶に汚染された土が入れられ、そのドラム缶が屋敷に置かれた家もある。山林は全く除染していない。雨が降り、また風向きによっては、山林の放射能で、再び、家、屋敷の放射線量が高くなってしまうことがある。

すでに国は、我々原発被災者に、来年の3月末までに帰還するように宣告した。そして、被災者の仮設住宅は壊す、と言う。5年7ヶ月の間、放置された自宅は、今は動物たちの住み家となり、草は生い茂り、インフラ整備も不十分で、決して安心とは言えません。病院もお店も整っていない所、自宅も壊れたままの家。(20キロ圏外は賠償金をもらえないため、修理ができないでいます。)現実の福島被災者の苦悩を、国はどういうわけか、見て見ぬふりの状態です。マスコミも報道しようとしません。」

チェルノブイリ原発に対するロシアの対応は、国の総力を挙げて、国民を守る姿を示しました。どうして日本の国は学ぶことをしないのでしょう? 不思議というか、心の冷たさに恐怖を感じます。政治とは、“国民の命と幸せを守ること”、“国民一人一人を我が子として愛し、子の幸せのために全力を尽くすこと”、これが政治家の責任ではないでしょうか? “日々、国民を思い、国民の悲しみを自分の悲しみとし、苦悩している国民の痛みを自分の痛みとすること、不幸な人を一人でも出してはならない!”という国民を思う心こそ、政治のモットーとしていただきたいと、切に願います。

昭和53年7月に北朝鮮に拉致された蓮池薫さんは、講演会の折に、「命以外のすべてを奪われた」「今回結果が出なければ、失望で体も保たない」と悲痛な訴えをしています(2015年4月24日栃木県小山市にて)。横田めぐみさんのご両親、滋さん(83才)と早紀江さん(80才)もご高齢となられました。拉致被害者の苦悩、子を思うご両親、ご親族のお気持ちは、どんなに悲痛な思いでしょう。しかも長い年月、1977年11月15日に拉致されてから39年になります。安倍総理こそ解決してくれると国民は期待しておりました。しかし現実は異なりました。青いリボンを胸につけること、私には本気度が感じられないのです。あの青いリボンは何の意味があるのでしょうか?

また今年の5月27日、オバマ大統領が広島原爆死没者慰霊碑に献花され、その前で、哀悼の意を示すスピーチをされ、「核なき世界」を訴えました。私たち日本の国民の多くは感動し、誰しもが「核なき世界を望み、決意した」と私は思っておりました。そしてこれからは、広島から、日本から、「核なき世界」への動きが世界に向けて発信されるでしょう、と思っておりました。当然、総理も中心になって動き出すでしょう、と思っておりました。しかし、現実は違いました。再び、原発再稼働への動きが始まり、原発被災者の救済は忘れてしまったようです。熊本被災地の情報も少なくなりました。

日本の国民の経済状態は大変厳しく、所得は低く、税金は種々の名目で加算されていきます。低所得のため、若い人は家庭を持つこともできず、毎日の食事にも事欠く人がいる日本となりました。貧困者が多くなり、国民は将来に希望を持てなくなってきています。

国民の生活を脅かさないようにすること、それが政治の最優先課題ではないでしょうか? 今、日本の経済は国民の血税によって動いています。身を切る改革とか、痛みを分かち合うという言葉が、原発災害当初、選挙の折に盛んに言われていました。しかし国民の前に行動で示した方は何人おられたのでしょうか? 国会議員の給与は国の一般会計歳入から出ています。その内訳は《税収、税外収入(国有地を売ったお金、その他)、国債を発行して入ってきたお金、その他》と、ネットでは公示されていました。国民は言います。「それは、私たちの血税も入っているのではないか。彼らは豪邸に住み、庶民の生活を経験していない。貧困、生活の苦しみ、庶民の悲しみ、苦悩を体験していない。仮設住宅で寝泊まりしたことのない彼らに、被災者の状況が解るはずがない。国民の貧困生活、子育て、介護生活を自ら体験しなければ、解るはずがない。」

私たち庶民の生活とは異なる次元での生活をしている方々に、現場に出向き、苦悩しておられる方と向き合い、体験してください、と申し上げたいと思います。

また私は、安倍総理が外遊の折に諸外国に資金援助の約束をする姿に驚いています。それは国策の一つなのでしょうが…。ミャンマーに7000億円の債務を解消し、総額910億円の円借款と無償資金を約束しました。また中東、北アフリカに対し2160億円の支援。国連演説、シリアの女性支援に3000億円、シリア難民に50億円追加支援をしました。ASEAN、ラオス、モザンビーク、アメリカでのリニア構想への支援等。私は総理のこの公約を知るたび、驚き、また日本の将来にたいへん不安を感じています。この資金はどうして生み出すのでしょう。苦難にある国を援助することは大切なことと思います。しかし、自国の民の救済に力を注ぐことなく、日本国民の生活水準はますます低くなり、経済状況が悪化している今、何よりも力を注ぎ優先すべきことは、国民が安心して生活できる状況を作ることではないでしょうか?

今、日本の国民は安心して子供を産むことができないほど低所得で、子どもを育てる環境さえ不十分です。高齢者の医療費、介護申請はさらに厳しくなり、車椅子や福祉用具も自己負担になっていくようです。まずは自国民の救済に資金を投じてはいただけませんでしょうか?


【被災地川内村の一例です】
今は仮設に住んでいる87歳のおばあちゃんです。足腰悪く、目もぼやけて見えるそうです。毎週、内科、整形、耳鼻科、眼科に、友人とタクシーに相乗りしながら、郡山の病院に通っています。「年寄りにとっては、病院は命の次に大事」と言っていました。

「川内村も来年の春までに川内村に帰らなければいけません。川内村には病院がありません。ここを離れたら、郡山の病院に行くことは難しい。仲間はみんな、このことで悩んでいます。」「20キロ圏外の私たちは何ももらえない。自宅はいまだ壊れたままで、棒で支えています。一人暮らしの私は、いつ家が壊れるか、怖くて住みたくない。収入は年金の6万円だけです。そこより介護保険料も引かれ、仮設にいる私は川内村と郡山仮設の2所帯分の光熱費の基本料も取られる。1年分の固定資産税も川内村の役場に納めました。今のところは医療費は大丈夫だが、病院へ通うタクシー代が大変です。」

仮設を出れば、医療費の免除が無くなるので、このおばあちゃんはどうして生活していくのでしょう? 今、食費はどの程度なのでしょう?と思いました。1000円でも2000円でもうれしいと、以前、言っていたのを思い出します。福島の被災地には、このような方がいまだにたくさんいらっしゃいます。


【お知らせです】

①私、福岡百子は被災地で生活に困っておられます方の個人支援もしております。個人支援をご希望の方は、福岡までご連絡くださいませ。ご紹介申し上げます。
②私と同姓同名の福岡百子様(広島県竹原市の方)がFace Bookでの交流をPRされています。私はFace Bookをしておりませんし、私とは異なる方ですので、よろしくお願い申し上げます。(Face Bookまでは手が届きませんので、よろしくお願い申し上げます。)


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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# by momofukuoka | 2016-10-09 20:02 | 福島の被災地の現状

国の無慈悲な方針

私たちの地球は、もはや引き返すことができないスピードで、地球全体が温暖化に向かっているために、今までとは異なる猛暑、台風、竜巻、地震などの地球異変が当たり前のようになる、とのことです。すでにアラスカの氷は溶け始め、メタンガスは海と地表に拡散し、もはや地球の温暖化と異変はどうすることもできなくなった、とのことです。

人間が生み出した地球破壊への警告は、何年も前から言われ続けてきました。原発の破壊力も負の怖さも、便利・経済・進歩の名のもとに覆い隠され、人の心も、命・生活・幸せを守ることを忘れたかのようにゆとりを忘れています。世界は、排他主義・弱肉強食の、心が失われた世界・機械化された物体として、命の無い、生命力の無い世界になってしまったように時に感じられます。

私たちはもう一度、人間らしさを取り戻せないのでしょうか? 私たちの日本に、そして世界にも、優しさと愛を持たれる方、命を尊び、世の中を良くしようとしておられる方は、まだまだたくさんおられます。私たちは手を組んで、“心を大切にする会”のメンバーになりませんか? 目に見えなくてもつながっている仲間がいる。同じことをしている仲間がいる。1日1つ、良いことをする会員に。

例えば、愚痴を言うのを我慢する。宅配の人に「ご苦労さん」と言ってみる。日常生活の中に、自分と他者の心を大切にする心がけが、私は地球がよみがえる“原点”になるような気がします。他人を大切な仲間と思うこと、すると、自然に気遣いが生まれ、他人の幸せが自分の幸せとなりませんでしょうか?


【福島の今】
 今日も福島の今を伝えさせていただきます。他人の事とは思われず、明日は我が身に、と思って、これが今の国民への国の対応と思って、お読みいただき、可能な方は、被災者の方の代弁者として、ご支援可能な方は個人支援者として、ご協力いただければ有難く存じます。

〈仮設住宅は来年2017年3月まで。それまでに被災者は被災地の市町村に帰還を〉
国は福島の各市町村に次のような内容の指令を出しました。

「福島第一原発立地の双葉町、大熊町、富岡町と東電から20km内でも、除染作業を完了していない放射線量の高い所と、国が認めた場所以外の、全部の市町村の被災者は帰還して良い。そのために、仮設住宅は2017年3月末までとし、それまでに被災者は自分で家を探し、仮設を出るように。

なぜなら仮設住宅の土地は県が借りたもので返さなければならないから。被災者は、被災地の自宅に帰るなり、自分で家を探すなり、自分で対処するように。」「被災地以外に建てる復興住宅は、例えば、福島市、いわき市などの復興住宅に入居できる人は、大熊・双葉・富岡・浪江の人のみ。他の町、村の人は帰還先の市町村長に託す。」 (実際は、復興住宅はできたとしても数戸ですし、まだ建てていない所もあります。)

私は各市町村の復興住宅の状況について確実な情報を知り、支援におつなぎしたいと思いますが、私の健康がすぐれないため、電話をする時間がとれず、情報が限られますことをお許しくださいませ。

大熊・双葉・富岡・浪江も可能な限り、国は将来帰還させる方向に動いております。被災者の声を紹介します。

「大熊町大川原地区は避難指示解除となり、役場も一部移り、原発で働く人の寮が1000戸出来ており、作業員の弁当作りもしている。3000人帰れると言います。原発では今、1万人が働いています。働いている人にアンケートをとったら、8000人が作業員として働きたいと言ったということで、県外から来た人もたくさん作業員として働いています。大熊の人は帰るのを躊躇しています。」

「試験的に、富岡にも、帰りたい人は帰ってよいと言われた。」

「中間貯蔵施設のある場所を、国は買い取るとははっきり言わず、30年後には帰還できるかもしれない、と言い、個人交渉です。はっきりと帰れないと言ってくれた方が良いのに、やたら希望を持たせるので、被災者皆は、将来の予定を立てられない。」

「福島の原子炉は6機あります。1号、2号、3号機が爆発、4号機は点検中です。5号機、6号機はそのまま残っています。1号機~4号機は大熊町にあり、5号、6号は双葉町にあり、そのまま残っています。6号、7号機が双葉にできる予定で、敷地だけが準備され、建物はできていなかった(このため、電源交付金があった)。

浪江町は東北電力の土地があり、東電は無かった(したがって他の市町と比べて賠償金が少なかった)。

楢葉町は東電の敷地があった(このため賠償金を少しもらえた)。

南相馬市の小高は賠償金が出るが、小高以外の人には出ない。海岸沿いは津波で流された人が多い。しかし津波は原発事故とは関係ないので、お金は出ない。津波で亡くなられた家長には300万円、家長以外には280万円の支援金が1回出たと言う。土地を持っていない人、借家の方には賠償金は無い。」

原発事故当日、放射能は西側に流れました。国はその現状を即、現地の市町村(長)に知らせなかったために、被災者方は西側にあえて避難していきました。そのために浪江町、飯舘村、津島、葛尾村は避難指示区域となりました。都路、川内村、広野町も放射線量の高い所が一部あります。399号線沿いにある飯舘、津島、葛尾、都路、川内は高山にあり、山の中の部落です。

もともと交通は不便で、病院も少なく、店も少なく、専業農業では経済的に厳しく、土木建築など兼業されている方が多かったようです。人柄は素朴で、忍耐深く、口下手で、他者を思いやる愛情深い方々でした。厳しい自然の風雪に耐え、順応して生活していました。都路は山のてっぺんなので、タバコ、畜産が主で、山と山の間の狭い所、谷間の狭い所で農作業をしていたようです。山菜採りも生活の糧だったようです。葛尾村も山の中で、タバコ、畜産が主で、水田は無いと伺いました。広野町は火力発電が7機あり、今は作業員が多く住んでいるそうです。米、野菜は安心して食べているとのことです。

すでに国はほとんどの被災地を避難指示解除宣言しました(原発から20km圏内も準備中です)。南相馬(小高も近々解除します)、広野町、川内村、都路、葛尾村、楢葉町です。解除方向に向かっているのは、飯舘、富岡、浪江(津島以外)とのことです。大熊町の大川原では、原発作業員の給食センターができて、将来、大熊の住民も大川原に住まわせたい、と言われたそうです。

双葉町の4パーセントは帰還準備区域となり、その土地を県が買い上げて(強制的に買い上げたそうです)、復興公園を創ったり、津波の所は8メートルの防波堤を造るそうです。双葉町の他の所は帰還困難区域とのことです。

国は平成31年までにJR常磐線を通し、周辺を解除して、双葉の住民を集めて住まわせるつもりである、という話をある被災者は聞いたとのことです。楢葉の常磐線も開通したけど、線路の近くは住民が戻らず(賠償対象にしてもらえない借家が多かったため)、真っ暗で、駅からのバスもなく、住民には不便で利用していないそうです。

被災者の話を聞いていますと、国の方針には、被災地の現実を無視している強引さが感じられます。あまりにも国民の生きる権利を奪うやり方…皆様、どうしたら良いのでしょう?

仮設住宅から復興住宅への移動が始まりました。この移動に際し、今まで仮設住宅で使っていたエアコン、電球、ガスコンロなどを残していくように、と言われたそうです。ある被災者はおっしゃいました。「私たちが仮設を出たら、仮設を壊す、と聞いているのに、すべてを処分するのに、どうして自由に持って行ってくださいと言えないのか? 私たちは復興受託の鍵をもらったら20日以内に移るように言われた。鍵をもらうまで、自分の住まいの間取りもわからない。カーテンのサイズも異なるという。電球、エアコン、ガスコンロ、何もかも自腹で買わなければならない。月5万円の年金しかない人はどう生きたら良いの?」

皆様、国はあまりにも無慈悲とは思いませんか? どうぞこの現実に目を向けていただき、引き続きご支援いただきますよう、お願い申し上げます。


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# by momofukuoka | 2016-09-19 10:35 | 福島の被災地の現状