2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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【命と生活を守る政治を】
7月に入った途端、急激な寒暖の差、そして連日の猛暑、思いもかけない九州に豪雨。テレビに映し出された豪雨の映像に驚愕し、被害者方の戸惑い不安に怯える姿が目に浮かび、皆様が無事でありますようにと祈っておりました。今私に出来ることは何なのか?飲料水を送ることか?食品か?下着か?トイレットペーパか?と思いながらも。先ず、お世話になった恩人、知人の名簿を調べ書き留めつつ。真っ先に、難病のCRPS(カウザルギー)で体が不自由な一人暮らしの女性(50代)が不安がっていると思い、元気づけるために電話をしました。彼女はテレビを見ることがなかったようで、何の情報もないらしく「凄い雨が降ったけど、周りで何が起こっているかわからない」との返事に、私は安心して良いのか悪いのか?いざとなれば社会福祉協議会の方が見廻してくれるようにと期待しながら、不安な話は耳に入れず、また電話することを約束して電話を切りました。
 
ところで以前から、全国の災害対策について疑問を感じていたことですが、自然災害が多い日本において、政府は何よりも、「国民の命と生活を守る」ということに、もっとエネルギーを注いでいただきたいと思います。政治家は「国民の命と生活を守るために」国民の代表として居られるのだと思います。「弱者を大切にし、子供を大切にし、病者や老人を大切にし尊敬する」国は、神に祝福されて、国民にも自然に不満が消えて互いを尊敬しあう幸せな国となるでしょう。一方、弱者を疎んじて国民の命と生活を重視しない国は、不幸せな国になって行くのではないでしょうか?
 
 
【風評被害について、被災者の声】
6月のブログで、私は「福島に対する風評被害について」ショックを受けた体験を書かせていただきました。その反響は大きく、あり得ないこととして、沢山の方からご返事をいただきました。今日は「福島の人達の風評被害について」、被災者から伺った体験をお知らせしたいと思います。
 
☆「避難してから、気晴らしに近所の野菜畑の前を散歩していた時のことです。すると畑の主から言われました。"あなた達が歩き回ると、うちの野菜は売れなくなるから歩き回らないでくれ!放射能を撒き散らさないでくれ!"と。私たちはどうしたらいいの?散歩もできないの?」(大熊町、70代夫婦)
 
☆「避難先のスーパーで買い物をしていた時のことです。一人の婦人が私の買い物カゴの中をジロジロ見ながら、周りの人に聞こえるように大声を張り上げて言ったのです。"この人達は良いわね~! 東電のお金で生きているんだもの~!"  私はこの日以来スーパーで買い物が出来なくなりました。何故なら私の買い物カゴの中を、ジロジロと監視されているようで足がすくんでしまうからです。」(浪江町、50代主婦)
 
☆「やっと借り上げ住宅を見つけ引っ越すことができました。これからお世話になると思いご近所挨拶に行きました。そしたら予想もしないことを言われてしまいました。"あなた達とは関わりたくないので、来ないでくれ!"  悲しいですね。」(浪江町、60代主婦)
 
☆「私は借り上げ住宅に住んでいます。避難先では私は、自分が福島の人だとは知られないようにしてました。しかし近所の人には知られたらしく、冷たい視線を浴びせられ、6年過ぎた今でも一人も友達が出来ません。遠くにいる浪江の仲間が1人1ヶ月1回遊びに来てましたが、彼女は家を見つけて引っ越して行きました。もう私も限界です。近所の冷たい視線にさらされ、誰からも声をかけられない生活。こんな生活は嫌です! 私の頼りにしてた老犬も死にました。避難してから私はいろんな病気になりました。もうこんな生活は嫌です! 一人でも良い。浪江に帰ります。浪江にはまだ人が帰っていません。小動物がおり、雑草が生い茂り、店も病院もなく、泥棒が怖いと聞いています。だけど私は帰りたい! 帰れば何とかなると思う! お盆までには帰ります!」(浪江町、60代主婦一人暮らし)
 
☆「私達は福島人だということを知られないように息を潜めて生活しています。知られたら大変な事になります。」(大熊町、70代夫婦)
(ほとんどの被災者が、福島県人であることを知られないように生活しています。多くの被災者が辛く悲しい体験をしてきたからです。)
 
☆「息子は家族で静岡に避難して行きました。しかし、被災者は住民票を被災地から移す事が出来ないため、息子は就職が難しく、結局、単身赴任で被災地の除染作業に帰り、嫁や孫には友達もできず、孫2人は登校拒否となり、嫁は自宅に籠って鬱病になってしまいました。福岡さん。孫家族を何とか救ってください。お願いします!」(南相馬、60代の祖母より)
 
☆「店が遠く、農家の福島の人達には、車は生活必需品です。だから災害にあっても真っ先に買うのは車です。しかし被災者の生活事情を知らない世の人から"被災者が新車を買った"と言っては贅沢だと非難され、駐車場に置いた車のフロントガラスを割られ、車を傷つけられた被災者が多いです。」(大熊町、60代男性)
 
皆様、当初福島の被災者は、「放射能を撒き散らす」と思われて大人も子供も、ばい菌の様に扱われ、嫌われ恐れられていました。そのため子供達は拒食症や登校拒否、心身の病い、甲状腺癌など、子供も大人も放射線被曝の影響や長年に渡る避難生活の影響を受けて、以前と比べとても疲れやすくなったと言います。これからの時代は、他者を責める時代ではなく、助け合う時代、互いが支え合う時代、互いが「違うことが宝」と認め合いながら「受け入れ合い」目標に向かって「協力し合う」時代になったことを自覚し合っては如何でしょうか? もはや争いの時代、侵略の時代、弱肉強食の時代ではなくなりました。「世の完成」が近いとも言われています。お互いが兄弟として大切にし合い、愛し合おうではありませんか? 自分の顔は自分が作ると言われています。人相の悪い顔になるか? 穏やかで幸せな暖かい顔の人になるか? それは日々の自分の心がけが形作って行くのだと思います。
 
どうぞ不幸な人を見て見ぬふりしませんように。福岡、大分、熊本、長崎、山口等の豪雨被害者の方々、福島原発の被災者の方々に、暖かい手を差し伸べて下さいますように。
まだ雨は続くかもしれませんし、猛暑の日々が訪れるようですので、十分お体に気をつけてお過ごしくださいますように!

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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
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(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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# by momofukuoka | 2017-07-10 07:12 | 福島の被災地の現状

被災者の苦しみ

私のブログをお読み頂いております皆様に心から感謝申し上げます。5月のブログは私の健康(難病)の状態が良くなかったために、書くことができず休んでしまい申し訳ございませんでした。《福島の現実》ブログは私の命がある限り、可能な限り続けさせて頂きたいと思っております。今後とも宜しくお願い申し上げます。尚、健康上また書けない時があるかもしれませんが、その節にはお許し下さいますよう宜しくお願い申し上げます。


【風評被害の意味と傷の大きさ】
さて私は、最近ショッキングなことを体験致しました。最近私は引越しをしましたので、ご近所の挨拶回りに行って参りました。皆様は快く応対してくださり、中には親しく付き合うことを楽しみにしていると言われた方もおられました。ショッキングな出来事は、その親しく対応して頂いた方に再び用事があってご家庭を訪問させて頂いた時の事でした。最初彼女は私の訪問を喜んでくださり、玄関先でしたが色々とお話をしてくださいました。しばらく親しくお話をさせて頂いた後に、「奥様はどちらご出身ですか?」と尋ねられましたので、「福島の会津生まれです」と答えますと、彼女の態度は一変し、〈あなたとは交流したくない、関わりたくない〉という拒否と圧力を感じましたので、私は思わず「東京に来て50年になるんですけど」と自己弁護してしまいました。しかしもう私の言葉や説明は何も聞いておらず、〈あなたとは関わりたくない、早く出て行って〉という、圧力だけでした。私はその家を立ち去りながら心にショックを受けつつ、福島の被災者の悲しみはもっと深い、というやるせない気持ちと、自分は50年前に東京に来たんだと自己弁護をした自分が情けなくなりました。
 
〈福島〉という言葉を聞いただけで、拒否感を抱く人々の思い込みの根深さは何なのか? 私は知りたいと思いました。同時に、福島の人の苦悩と悲しみの大きさ深さをいっそう強く身近に感じました。原発の事故が福島の人の人格を取り返しがつかないほど傷をつけ、人格拒否のレッテルを貼ってしまっていることの恐ろしさ。簡単に風評被害と言いますが、風評被害の意味と傷の大きさを、その現実を私たち日本人は知らなければならないと思いました。
 
 
【「福島の復興なくして日本の再生はない」はずが・・・】
そして皆様に繰り返しお伝えしたいと思いますが、福島の被災者は東電の電力を使っていないのです。東電の電気を使用しているのは関東の方々なのです。福島の方は自分の土地を東電に貸しただけで、犠牲者になってしまったことを、重ねて申し上げたいと思います。東電の建設にのぞんで福島の多くの方々は原発を恐れ、建設に反対したと言います。しかし住民の意に反して東電は1971年3月26日に福島第一原発1号機の運転を開始しました。常に双葉郡の住民は原発に不安だったと言います。そして、原発稼働を始めて40年後の2011年3月12日には1号機の、14日には3号機の原子炉建家が爆発してしまいました。そして放射能は風に乗って福島に、関東に、太平洋沖まで流れ各地を汚染してしまいました。
 
皆様、福島の復興は遅々として進んでおりません。賠償問題も解決しておらず、ライフラインも整わず、被災者の故郷はむしろ荒地と化しています。今は動物たちの住処となり、無人と化した故郷。自宅は壊れ、食糧や生活品を売る店もなく、無医村となった故郷。このような人の住めない環境に国は既に帰還宣言を出しました。ほとんどの仮設住宅は今年の3月31日で閉鎖となりました。そのために行き場のない被災者は、故郷に帰り不自由な思いをしています。帰られた方は、一人暮らしの高齢者で体の不自由な方が多く、「帰ったけれど、店も病院も友達もいないし食べる物も無いので、どうして良いかわからない!野菜は何とか作るけど肉や魚が無い!」(87才、足腰悪く、目が霞んで見えない被災者)と、私が電話すると本音を話して下さいます。(私は食料を買い求め、送る様にしています。)
 
「福島の復興なくして日本の再生はない」と公言された安倍総理は、福島を忘れてしまったのでしょうか? 福島は無かった事にしたいのでしょうか? 国をあげて福島の被災者を救うどういうあの約束はどうしてしまったのでしょうか? どうぞ皆様、福島の現実を周りの皆様にお知らせください。よろしくお願いいたします。被災者の叫びや悲しみ苦悩を、どうぞもう一度周りの方にお知らせください。そして、東電の電気を福島の人は使っていない事を、土地を提供しただけで犠牲になったことを。原発の再稼働は私たちの身に同じことが起きる可能性があることを。
 
皆様、日本には20ヶ所に原子力発電所があります。原発についてネットで調べてみますと、日本はアメリカに続いて世界第3位とのことで驚きました。原発は福島第一原発を含54基とありますが、今は福島第一原発が廃炉作業中なので、現在の原発の数については、私は未確認です。現在稼働停止中の所もあり、再稼働をした所もあり、新しく建設計画の所もあるとのことです。皆様、一度、原子炉の爆発が起こると、日本だけでなく世界に放射能を拡散することになるのですね。
 
 
【被災者の声】
《浪江町、60代女性一人暮らし 》
「自宅の周りには誰もいません。夜は周りは暗いです。家は雑草が生い茂り一人で草取りをしています。店がないので自動車で隣の街に買い物に行きます。被災して避難してから6年間一度も熟睡したことがありません。睡眠剤も安定剤も効かず、2時間ぐらいで目覚めていました。しかし不思議と故郷に帰ったら、熟睡ができるのです。やっぱり自分の家は良いですね。一人だけれど頑張ります。こうして電話で声を聞くと近くにいる様で安心して心安らぎます。」
 
《浪江町、58才母子家庭》
「昨年末、復興住宅に入れました。家は帰宅困難区域です。災害後父の墓参りもしていません。墓参りも許可をもらわずには行けないのです。お墓も倒れたままなんです。この頃東電の人は50代の人が亡くなっています。子供も甲状腺がんの人が多くなっています。一緒に小学校に行っていた子も骨髄がん症になりました。年に1回学校で甲状腺の検査があります。健康診断は年に1回町の方であります。」
 
《川内村]、87才女性、一人暮らし、足腰悪く歩けない、目が悪く人の顔がよく分からない》
「6年間来なかったので、来てみたら草ぼうぼうで開拓するみたいだ。やっと歩いているのによ~。川内に来たけど不便だ! 買うとこね~だもの。何もね~だもの。牛乳、魚、肉も買う所がない! 食べ物無くなった。隣近所から差し入れしてもらった! 車ある人は行けるけれど、タクシーは無いのだし、店まで4.5キロもある。足悪いので行けない。友達はいたけれど皆デイサービスに行っている。役場の説明では、デイサービスは90代でヨタヨタしている人、足を手術した人が該当すると言われた。私は足が悪いけれど杖にすがりながら歩けるので該当しないと言われた。一人で何もできないので寂しい! 頑張って畑に野菜を作ろうかと思う!」
 
《川内村、72才女性、一人暮らし》
「川内村に帰るようにと国から言われても、川内村には病院がないために透析の人は困っていました。皆、心が疲れています。帰るには帰ったけど次に何をしたら良いかを考えることができないでいます。みんなストレスで思考力が止まっています。村には救急車が1台しかありません。一人救急車が出たら後は頼めなくなります。川内村は空き家がすごいです。双葉郡の内、川内村は一番先に避難指示が解除されたのですが、私の家は20キロ圏外なので東電からの賠償金は出してもらえません。屋根が壊れ雨漏りをしていますので、東電に随分請求しましたが、自費でするようにと言われ、困っています。年金もどんどん引かれる一方です。同じ村なのに20キロ内は賠償金があるので新築することができますが、20キロ圏外の人には賠償金が出ないので、家の修理もできないでいます。災害前には無かった、お金をめぐってのトラブル、除染も差が有るために、村でのトラブルが生じるようになりました。あんなに仲が良かった村人だったのに。」
 
皆様。被災者に対しての国の対応は、余りにも残酷、冷酷とは思いませんか? どうぞ福島の被災者をよろしくお願い申し上げます。
 
 



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# by momofukuoka | 2017-06-10 07:53 | 福島の被災地の現状

美しい桜の花の季節が訪れました。桜の花を仰ぎ見ると、心が和み、幸せな気持ちになって希望が湧いてくるのが不思議です。何故か桜の花は懐かしさが感じられます。私の知らない昔の歴史を語るような、知っているような懐かしさが。春になると桜の花が咲くのが待ち遠しくなり、咲いた桜の花を見上げては今年も咲いてくれたと胸に安らぎのようなものを感じたり、ハラハラと散る桜の花弁を愛しむ私たち日本人。かつて私達は、わびさびに安らぎを見いだし、四季の移り変わりを愛し、石庭を愛で、奥ゆかしさ、人への配慮など、昔は日本人の心に宿る良き感性を大切にしてきました。今、私の心にそれらがあるのでしょうか?と、桜を観ながら自分を反省しました。

今は、毎日のように悲しいニュースが飛び込んで来ます。殺害、テロ、ミサイル発射など。毎日流れる情報に不安を感じているこの頃です。私達が住む世界はどうなって行くのでしょう?




【帰還宣言された被災地の声】

福島原発被災者の現実を今日も伝えさせてください。



国の方針で帰還宣言された被災者の現実は大変厳しいものです。20キロ圏外の被災者には東電や国からの賠償金はないために、6年間放置された被災者の家は、ネズミ、アライグマ、ハクビシン、イノシシ達の住処になっており、とても住める状態ではありません。庭や田畑は荒地になり雑草が背丈まで生い茂り、農作物が取れる状態ではありません。家を建て直し、農作物を収穫出来るまでには、人手とお金を必要とします。しかし被災者はお金がありません。そのため、住まいを建て替えることはできず、壊れた状態の家に住まわざるを得ない人もいます。

帰還しても町村には店もなく、病院もなく、交通は不便な所、周りは帰らないために夜になると真っ暗闇になる町村、泥棒がいて不安に怯える所と被災者方は言います。これが帰還宣言された被災地の現状です(一部の町を除いては)。

マスコミが報道したり、総理が訪れた被災地は、公共設備も整い、恵まれた一部の被災地と言えるようです。このたび帰還した被災者の声を聞いてください。




〈川内村 80才女性、一人暮らし〉

「3月26日に帰ってきました。川内村は寒くて寒くて、こたつに入っています。家に帰ってホッとしたら腰を抜かした、という人もいます。帰って来て周りの人を見ると12月にご主人が亡くなったわ、ドクターヘリで病院に入院する人もいるわ、で大変です。」

〈川内村 86歳女性、一人暮らし〉
「6年間にすっかり変わってしまった。家の前の道路も変わってしまった。上川内には店もない、タクシーもない、車もない、病院もない。年寄りには病院がなければ生きていることができない。何かあった時、助けを求めることができません。病院は何よりも大事なのです。店がないので移動販売をして下さいと役場に手紙を出しましたが。自転車はあるけれど、もう自転車には乗れません。杖をついたり、歩くのがやっとの年寄りばかりです。川内村はどの家も昔から井戸水を使っています。今、井戸水は出るには出るが、水は濁っており、黒い水となります。うわ水のみは綺麗ですが。私の家は、災害の時のままで、つっかえ棒で支えているだけなので、地震があったら恐いです。5万5千円の国民年金だけなので、家を直すお金はありません。」

〈楢葉町 76歳、夫婦〉
「楢葉の家は半壊だったので、少しリフォームをして2人で自宅に帰って来ました。私宅以外は役場の前に一軒あるのみです。後は誰も帰って来てません。店はないのでいわきまで車で1時間かけて買いに行きます。妻は震災の後、脳梗塞になりました。左半身不随で認知症にもなりました。1か月1回病院へ連れて行き、週3回デイケアのお世話にもなってます。二人で頑張ります。」

〈双葉町 60代、夫婦〉
「父の命日なので双葉町の墓参りに行ってきました。災害の時からお墓はそのままなので、倒れ、つぶれたままの所を拝んでくるのは辛かったです。お墓は放射能のある所なので、お骨も出せないと言われました。家の中の放射線量は3マイクロシーベルト、家の外回りは2時間で20マイクロシーベルトでした。沢を見ると汚染された物を埋めています。私は心配しました。川から流れて海に行かないの?と。」

〈大熊町 80代女性、一人暮らし〉
「災害公営住宅に引っ越しました。災害後転んで足腰を骨折し、動き回ることが出来ません。ここの住宅の住民は、双葉町民が主で、大熊町の人は私と30代の人が一人住んでいるだけということですので、同じ大熊町の人を知りたくて、役場にお願いしたところ、個人情報だから教えられないと言われ、私は同じ故郷の大熊の人と会うことができず、孤独感を感じます。」

〈大熊町 40代の家族、妻より話を聞く〉
「私達が住む住宅は、いつのまにか復興住宅が消され県営住宅に変わりました。昨年入ったばかりなのにすでにすきま風が入り、雨漏りもしている家があります。畳にカビも生えているところもあります。それで福島県に言ったのですが返事がないのです。」
「私は子供達に言ってます。"私達は自分の家に帰れない人達です。放射線量は高く、学校もない、店もない。ある程度の覚悟をしなければならない。ちょっと変な目で私たちを見る世の中です。見極めなさい。優しい人もいるし、変な人もいるし、気づきなさい。人間、人生変わる時もある。自分で判断しなさい。他の家庭と我が家の教育方針は違う。"」





【心を込めたお便りを】

皆様被災者の現状がご自分だったら辛くは思い思われませんか? 家を失い、家族を引き裂かれ、心身傷ついて疲れ切っておられる被災者には、帰還されたこれからこそが大変であり、救いの手を差し伸べ寄り添っていただきたいと思います。 6年過ぎたので、国が帰還宣言したのでもう安心して良いのだ、忘れて良いのだと思ってほしくないのです。
今の時代、次々と新しいことが起こり、私達の生活も不安になって来たのも本当です。だからといって国から不当な扱いを受けて命を脅かされている福島原発被災者の苦悩を、見て見ぬふりはできないでしょう。

被災者に寄り添うということは、"お体気をつけてください。福島のことは忘れていませんよ"という手紙やハガキをお出しするだけでも良いのです。心を込めた絵や折り紙を入れても良いでしょう。被災者は心を込めたお便りには心癒されて生きる力となるでしょう。あなたの優しさで苦しむ人に力を与えてください。よろしくお願い申し上げます。なお詳しくは、福岡百子までお問い合わせくださいませ。皆様のご健康とお幸せを祈りつつ。



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# by momofukuoka | 2017-04-10 19:10
日本人として、決して忘れることの出来ない恐怖と悲しみの東日本大震災を思い出す日がやって参りました。あの日私達は、この世が終わりかと思うほどの、恐怖に怯え不安をもってテレビを見、被災者が一人でも助かるようにとどんなに祈り、心を一つにして恐怖の時間を過ごしてきたことでしょう。

私達はあの日、被災者の苦しみを自分の苦しみとし、1日も早い復興のために、皆で骨身を惜しまず努力をすることを誓い、助け合うことを誓いました。日本人の優しさ、思いやりは、世界中の方々から驚きの眼を持って見られ、賞賛までされました。安倍総理も「福島の復興なくして日本の復興は無い」と公に宣言しました。安倍総理が福島の復興を世界に公言してから早や3年が経ちました。


【被災者のたどった哀しみ】
私達は今、福島原発被災者のことをどの様に思っているでしょうか? 私達はもう一度、被災者が災害の日からたどった哀しみに寄り添い、被災者の声に耳を傾けてみましょう。

津波に会った被災者は、今でも思い出すと寝られないと言います。

「自分達が逃げる時、木につかまって助けを求めていた人達がいました。その姿と声が今でも浮かんで来て辛いです。自分は見捨てたと自責の念に駆られます。」(大熊町)

「体育館にダンボールを敷いて寝てたけど、背中の痛みと寒さに耐えていたために、あの日から背中の痛みがいまだに治っていません。」(川内村)

「私達は原発の爆発の事を知らされませんでした。だから子供達は放射能の降る中で無邪気に遊んでいました。爆発を知っていれば子供たちを外には出さなかったのに、悔しいです。」(大熊町)

「浪江町の町長にも爆発事故の知らせがなかったために、町長は浪江町の町民を放射能の流れる方向に避難させてしまい、浪江町民は放射能を浴びてしまいました。町長に知らせてくれれば、被曝させずに済んだのに。悔しいです。」(浪江町)

「福島はすっかり忘れられています。国は私たちの叫びや声は聞かず、無視しています。初めから福島を捨てるつもりだったと、今になってわかりました。だからいまだ放射能のあるところに年寄りを帰し、若者は帰らないので、やがて私達年寄りは死にます。そして双葉郡はついに無人となり、人の居ない廃村になります。こうして原発は忘れられ、無かったかのようになって行く。このようなストーリーを国は初めから双葉郡に計画していたに違いないと思う。双葉郡の被災者を帰還させれば、復興は解決したと言いたいのです。初めから国はそう予定していたと思う。だから私達被災者がどんなに叫び嘆願しても聞く耳はなく、無視され、解決されない。仮設は追い出されても手当はしてもらえない。だから福島の復興は進まないのです。私達福島被災者は、避難ではなくて故郷を追い出されてしまったのです。」(双葉町)

被災者は6年の間に7回も8回も引っ越ししています。6年という年月を皆様はご自分の身に当て はめて考えて欲しいのです。1年生だった子が中学生となり、中学1年の子が社会人、大学生になったこの年月を。65歳だった方が71歳となり、75歳だった方が81歳となり、沢山の方々が故郷を思いながら亡くなられたこの現実を、無念なこの年月を。精神的苦痛で多くの方が病に倒れ、動けなくなった被災者はあまりにも多過ぎます。いまだに保証もされず苦しみに喘ぐ被災者を、私達は放っておいて良いのでしょか?どうか福島の現実をより多くの方にお知らせください。そして福島の方々をお救いするために、皆様で声を上げてください。


【6年目を迎えた福島被災者の姿】
(双葉町、60代後半男性)
「災害後、妻はパーキンソン病になりました。仮設で自治会長をしながら妻を看病し、家事一切を男一人でこなしています。私は双葉町民ですが、精神的賠償金は弁護士を通したために、1円ももらわず貯金を取り崩しながら生活して来ましたが、1年前から貯金も底をついてきたので、弁護士を諦め、個人で東電に賠償の申請を始めましたが、これがまた大変で、苦労をしています。今仮設を出なければなりませんが、現在福島の物件は3倍に値上がりしたために、お金のない被災者は家を見つけられず苦労をしています。私は元々農業をしていましたし、妻はパーキンソン病になりましたので、中古の家でも良いから、庭がある物件を探しています。なぜなら妻は花が好きだし、私も土いじりをしたいので、庭のある家を探していますがなかなか見つからないので困っています。」

(川内村、87歳女性)
「3月中に仮設を出なければなりません。だけど私は20キロ 圏外なので賠償金は1円も貰えないので、自宅は壊れたままだし、井戸があっても使えないし、お店も病院も村には無いし、医者なしには生きていけない私です。その事を考えたら毎日寝られなくなって、食欲も無くなって、朝から吐いて頭がぼーっとして体がフラフラになり起きてられなくなって寝込んでいます。何も食べたくないです。食べると吐いてしまいます。引っ越しのために箱詰めしなければならないと思うけど気持ちばかり焦って何一つ出来ません。仮設の仲間もみんな、これから先どうなるかと心配しています。」

(楢葉町、70代前半夫婦)
「楢葉町に帰ったけれど今、楢葉の町の中は雑草が生い茂り藪の町そのものです。猪は藪のところに来ると言われています。楢葉に住むためには自宅の藪と隣近所2、3軒の藪を切ってきれいにしないと猪が来るので怖いです。だから町にまず除草対策をやって欲しいと願っていますが、なかなかやってもらえません。今、午前中、夫婦で家の裏の藪を切ってきました。すごい藪で大変でした。楢葉に戻ったけれど店もありません。商店街に一軒あるのみです。富岡町は、避難指示解除はこれからなのにきれいにしています。4月にスーパーも建ち、警察署や県の合同庁舎もあります。おそらく双葉の中心は富岡町になるでしょうと思います。どの町村も富岡町に倣い町をきれいにしてから解除宣言をすれば良いのに。」

(浪江町、60代後半女性 )
「浪江の自宅に帰る予定で少しずつ荷物を運んだり掃除しに通っています。しかし雑草はすごく、自宅は鼠の糞だらけ、猪もいて怖いです。周りに帰る人はいないけど、帰れば何とかなると思って帰ります。泥棒もいると聞いているので怖いです。男性の洗濯物をぶら下げようと思っています。不安でいっぱいですが帰るしかありません。」

6年過ぎた今でも福島の被災者は行くあてもない方や、自宅は崩壊したままの家、雑草や藪が生い茂り開拓地のようになってしまった町や村も結構あります。国からの復興支援は行政には渡りますが、被災者個人には国からの復興支援はありません。どうして国は被災者個人に復興支援金を渡さないかが不思議でなりません。

最近安倍総理は海外支援に何億円もの多額の支援をしていますが、同時に日本国内で命の危険にさらされている日本国民を救うために、海外支援と同額の予算を立て被災者の個人支援をしても良いのではないでしょうか? 国は自然災害被災者また、大災害被災者に、生活支援をするべく、もっと目配りをしても良いのではないでしょうか?

☆福島被災者支援は現在でもしておりますのでご支援よろしくお願い申し上げます。

【本の紹介です】
『死にいたる虚構-国家による低線量放射線の隠蔽』 肥田舜太郎氏と斉藤紀氏の共訳
PKO法「雑則を広める会」 電話042-251-7602
『放射線の衝撃』(低線量放射線の人間への影響) 肥田舜太郎氏訳
電話042-251-7602


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# by momofukuoka | 2017-03-06 07:13 | 福島の被災地の現状
トランプ大統領の就任以来、大統領の言動には誰もが驚き、想像しなかった波紋を、世界に及ぼしています。私はこの出来事を通し、天が世界にメッセージを投げ掛けているような気がしてなりません。

「すべての人間よ、目覚めてください。眼を開いてください。何が正しく、何が間違っているかに気づいてください。人間の世界が崩壊することのないように、皆が目覚め、世界を建て直してください。愛の心で秩序をもって建て直してください。」

「そして考えてください。人間の尊厳とは。命の尊さとは。幸せとは。人生とは。家族とは。家庭とは。愛とは。平和とは。信頼。勇気。正義。平等。労働。喜び。謙虚。忍耐。祈りとは・・・。」


【良心の声に耳を傾けて】
私達は危険な事、してはならない事は本能で判ります。私達の心には2つの心が住んでいると言われています。1つは善を勧める天使の声。もう1つは悪を勧める悪魔の声。私達は、この声を「良心の声」と教えられ、良心の声に従うようにと親や先輩から教えられて来ました。

善悪の判断は、自分で出来ます。自分の心を見ると判断をすることが出来ます。善を選んだ時は、心が穏やかになり、心に落ち着きと、平和、幸せと、安心感、安らぎを感じます。そして心にも態度にも落ち着きが出て、私の言動は穏やかになります。心は明るく、軽やかで、生きるエネルギーが湧き、心に歌う気持ちも湧いて来ます。思考は前向きで、顔は明るく、幸せな顔つきになり、他者に心を開き、他者のために尽くしたい気持ちになります。私の存在が暖かな雰囲気に包まれるので他者も自然に寄って来て、喜びを共有し合います。心の温かさは私の体にも感じられ、胸の辺りが温かく感じられます。善の実りは、喜び、幸せ、親切、献身、和解、許し、愛、忍耐、協力、一致、希望、平和、等です。

反対に悪を選んだ時は、悲しく、暗く、何事も悲観的にとらえ、憂鬱で、元気が無く なり、心も体も萎縮して心はドキドキして落ち着かなくなり、心の中はざわめき、何かをわめきたてているような感じで、静けさが無く、不安感に満ち、イライラして激しい言動になり、心が冷え、他者にも冷たさと緊張を与え、排他的となり、他人の事が見えなくなり、自分の事しか見えなくなる自己中心者になってしまいます。悪の実り(結果)は、冷たさ、暗さ、閉じ籠り、萎縮、緊張、不安、失望、悲願、落胆、不忍耐、怒り、暴言、暴動、破壊、暴力、不一致、不和、嫉妬、傲慢、等です。

私達は、批判者としてではなく、社会は一人一人の貢献によって成り立っていることを思い、今は一緒に一人一人が考える時が到来したと思って、この社会をどうしたら良い方向に向かうのかをご一緒に考えてみませんか? 私達は「あなた任せ」でいるから悪いのかも知れません。誰も自分の一生を無にしたくないでしょう。どうしたらこの世は良くすることが出来るのでしょう? 批判ではなく、知恵を出し合いませんか?


【帰還を促す前に国がなすべきこと】
さて、今日も福島の被災者の現状をご一緒に読んで頂けますでしょうか? 国の方針で福島の被災者のほとんどの方が、今年の3月末日までに、つまり後1ヶ月で仮設住宅を出なければなりません。仮設住宅は4月から取り壊されてしまいます。国は被災者に自宅に帰るように促しました。

しかし被災者の自宅は未だ除染が不充分であり、災害当時のままであり、6年間放置された自宅は、今は鼠と猪などの野性動物の住まいとなり、庭や畑は雑草が背丈以上に生い茂り、家は壊れてしまい、もはや住める状態ではありません。被災地は何処も、まず住むための環境整備が必要です。つまり、野性動物の駆除、荒れ果てた土地の開墾、雑草刈り、道路整備、飲料水、生活用水路、ガスの配管整備、公共建築(役場、郵便局、病院、集会所、生活用品の店、スーパー、等)、そして、個人宅のリフォームを。

これらが出来て、初めて被災者の帰還の宣言をするべきではないでしょうか?と私は思います。そして、このすべての財源と責任は国が持つべきではないでしょうか? 何故なら原発は国が計画したものであり、東電は国の要求に従ったのだと思います。国には責任が無いのでしょうか?

原発の建設当時、被災者の方々は原発の建設を反対したと言います。しかし、強引に建てられてしまった、とのことです。双葉町は反対していたが故に、地方交付金が他の町より少ないでした。そのために、町の財政は苦しく、時に赤字になり、苦労されたようです。元町長は原発に反対をしていたために、国から睨まれていたとのことです。

国は原発の責任を東電の責任にして、被災者の賠償金の支払いを東電のみに委ねました。東電は福島第1原発から20km圏内の責任は引き受けましたが、それ以上は財政上不可能のようです。私が思いますのは、東電が出来ないことは、国が責任を持つべきで、国は国の方針で被害を及ぼした方々の復興に全責任を持つべきと思うのです。

公共事業や道路整備、仮設、復興住宅については環境省から福島県の長に指示があり、福島県の長は市町村長に指示します。市町村長は口出しが出来ないようです。汚染された廃棄物の中間貯蔵施設については、環境省が被災者個人と直接関わり、賠償金の処理も個人、個人で異なり、町役場は関わらないので、被災者は不条理の受け皿が無いために、はけ口が無く、悩んでいます。


【被災者の声】
被災者の声を読んでください。

〈双葉町の被災者、中間貯蔵施設建設地該当者〉
「中間貯蔵庫の問題は環境省との個人交渉です。約束したときは、緑葉地になると言ったのに、廃棄処分所の施設となった。廃棄処分所になったら、我々の自宅はもう住めなくなる。約束が違う。行政は我関せず、町も何も言わないので、我々は持って行く場がない。これから先、我々はどうなるかが解らない。事故が起きたときに最初から、“双葉町、大熊町は30年帰れない”と言って、何処かに福島被災者皆に部落毎の土地をあてがってくれて、“町が復興するまでここに居てくれ”と言ってくれていたら、福島の被災者はこんなに苦労することなく、感謝したでしょうに。今頃になって30年帰れないと言う。これから先もどうなって行くか解らない。」

〈双葉町被災者仮設住宅自治会長〉
「今、仮設は年寄りが多いです。皆、最後の友と離れたくない。だから仮設から離れたくない。自宅に帰って良いと言われても、病院も無い、店も無い、友もバラバラです。自宅に帰った年寄りは、淋しく、仲間にも見送られず亡くなっている。以前は、村人みんなに見送られて、安らかに亡くなることが出来たのに!」(被災者は、下を向いて、やりきれない表情でした。私も黙って話を聴くのみでした。)

〈浪江町被災者70代女性。借り上げ住宅で一人暮らし〉
「借り上げ住宅は来年まで借りられます。しかし、その後は何処か家を探さなければならないし、家賃が発生します。年金生活者には出費が大変なので、私は浪江の自宅に帰ることにしました。借り上げ住宅の被災者も6~7回引っ越ししているので、この6年の間に、互いが疎遠になってしまい、仲間との連絡が取れなくなりました。借り上げ住宅者には仮設のように情報がないのです。今住んでいる周りの人は、私が福島の避難者と判るので、“人の税金で食っている!”と今でも言われます。もうイヤ! 一人で良いから浪江に帰りたい! 帰ったら何とかなるかも。家は猪の穴が凄い! 雑草も凄い! 一人では怖いけど、帰るしかない。自宅の周りの人は誰も来ない。自宅は、(泥棒や不審者など)人間の方が、怖い!」

〈南相馬小高区の被災者60代女性、仮設住宅で一人暮らし〉
「小高区の仮設は1年延びました。後1年居れるので、助かりました。みんな仮設を出たくないのです。仮設を出てからが大変です。みんなが年寄りだからです。その時はみんなのために支援を宜しくお願い致します。自宅の周りを、知らない人が長い棒を持ってぶらぶらしていると聞きます。又、お腹が減ると、他人の家に入ってあさると聞きました。“人間は怖い! 猪や猿の方が、まだ可愛い!”と言ってます。向かいの家に70代の男の人がいるので、いざとなったら、その家に飛び込みます!」

〈川内村の被災者87才女性、一人暮らし〉
「私は20km圏外なので、1円ももらえない。農家なので、1ヶ月5万円の国民年金のみです。それで、川内村自宅と住んでる仮設の電気代を払い、税金を払うと残りはわずかですので、貯金をおろしながら生活してきました。夫の死後災害があり、自宅は修理するお金も無いので、崩れそうな所は棒で支えています。3月迄の間に、仮設を出なければなりません。自宅は崩れそうで恐いけど、行く所が無いので、帰ります。村からも通知が来ました。“カーテン、電球、等、仮設に有るものが欲しかったら持っていって良いので、書類に書いてください”と。自治会長は、“居れるだけ居なさい”と言ってくれたけど、仲間がみんな帰るのに、自分だけポツンと居るわけにはいかない。帰るしかない。引っ越し代も自分持ち。自宅に井戸があるけど、20km圏外の家は掘ってもらえない。村には病院があるけど、先生はいつも居るわけではない。曜日によって開業したりしなかったり、1日に2~3時間みたいです。私は医者無しには居られない。机につかまってやっと立っているし、白内障の手術の失敗で、目が見えなくなって、相手の顔もはっきり判らない。」


【支援のお願い】
皆様、福島被災者の現状は想像以上に厳しく、残酷だと思います。何とかしてやれないものでしょうか? あまりにも荷は重すぎると思います。被災者は仮設を出た、これからが大変です。どうかあなたの力で少しでも被災者を支えてくださいますよう、お願い申し上げます。切に宜しくお願い申し上げます。皆様がいつまでも被災者の仲間、心強い支え手であってくださいますように! 皆様のご健康を祈りつつ。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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# by momofukuoka | 2017-02-12 21:24 | 福島の被災地の現状