2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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美しい桜の花の季節が訪れました。桜の花を仰ぎ見ると、心が和み、幸せな気持ちになって希望が湧いてくるのが不思議です。何故か桜の花は懐かしさが感じられます。私の知らない昔の歴史を語るような、知っているような懐かしさが。春になると桜の花が咲くのが待ち遠しくなり、咲いた桜の花を見上げては今年も咲いてくれたと胸に安らぎのようなものを感じたり、ハラハラと散る桜の花弁を愛しむ私たち日本人。かつて私達は、わびさびに安らぎを見いだし、四季の移り変わりを愛し、石庭を愛で、奥ゆかしさ、人への配慮など、昔は日本人の心に宿る良き感性を大切にしてきました。今、私の心にそれらがあるのでしょうか?と、桜を観ながら自分を反省しました。

今は、毎日のように悲しいニュースが飛び込んで来ます。殺害、テロ、ミサイル発射など。毎日流れる情報に不安を感じているこの頃です。私達が住む世界はどうなって行くのでしょう?




【帰還宣言された被災地の声】

福島原発被災者の現実を今日も伝えさせてください。



国の方針で帰還宣言された被災者の現実は大変厳しいものです。20キロ圏外の被災者には東電や国からの賠償金はないために、6年間放置された被災者の家は、ネズミ、アライグマ、ハクビシン、イノシシ達の住処になっており、とても住める状態ではありません。庭や田畑は荒地になり雑草が背丈まで生い茂り、農作物が取れる状態ではありません。家を建て直し、農作物を収穫出来るまでには、人手とお金を必要とします。しかし被災者はお金がありません。そのため、住まいを建て替えることはできず、壊れた状態の家に住まわざるを得ない人もいます。

帰還しても町村には店もなく、病院もなく、交通は不便な所、周りは帰らないために夜になると真っ暗闇になる町村、泥棒がいて不安に怯える所と被災者方は言います。これが帰還宣言された被災地の現状です(一部の町を除いては)。

マスコミが報道したり、総理が訪れた被災地は、公共設備も整い、恵まれた一部の被災地と言えるようです。このたび帰還した被災者の声を聞いてください。




〈川内村 80才女性、一人暮らし〉

「3月26日に帰ってきました。川内村は寒くて寒くて、こたつに入っています。家に帰ってホッとしたら腰を抜かした、という人もいます。帰って来て周りの人を見ると12月にご主人が亡くなったわ、ドクターヘリで病院に入院する人もいるわ、で大変です。」

〈川内村 86歳女性、一人暮らし〉
「6年間にすっかり変わってしまった。家の前の道路も変わってしまった。上川内には店もない、タクシーもない、車もない、病院もない。年寄りには病院がなければ生きていることができない。何かあった時、助けを求めることができません。病院は何よりも大事なのです。店がないので移動販売をして下さいと役場に手紙を出しましたが。自転車はあるけれど、もう自転車には乗れません。杖をついたり、歩くのがやっとの年寄りばかりです。川内村はどの家も昔から井戸水を使っています。今、井戸水は出るには出るが、水は濁っており、黒い水となります。うわ水のみは綺麗ですが。私の家は、災害の時のままで、つっかえ棒で支えているだけなので、地震があったら恐いです。5万5千円の国民年金だけなので、家を直すお金はありません。」

〈楢葉町 76歳、夫婦〉
「楢葉の家は半壊だったので、少しリフォームをして2人で自宅に帰って来ました。私宅以外は役場の前に一軒あるのみです。後は誰も帰って来てません。店はないのでいわきまで車で1時間かけて買いに行きます。妻は震災の後、脳梗塞になりました。左半身不随で認知症にもなりました。1か月1回病院へ連れて行き、週3回デイケアのお世話にもなってます。二人で頑張ります。」

〈双葉町 60代、夫婦〉
「父の命日なので双葉町の墓参りに行ってきました。災害の時からお墓はそのままなので、倒れ、つぶれたままの所を拝んでくるのは辛かったです。お墓は放射能のある所なので、お骨も出せないと言われました。家の中の放射線量は3マイクロシーベルト、家の外回りは2時間で20マイクロシーベルトでした。沢を見ると汚染された物を埋めています。私は心配しました。川から流れて海に行かないの?と。」

〈大熊町 80代女性、一人暮らし〉
「災害公営住宅に引っ越しました。災害後転んで足腰を骨折し、動き回ることが出来ません。ここの住宅の住民は、双葉町民が主で、大熊町の人は私と30代の人が一人住んでいるだけということですので、同じ大熊町の人を知りたくて、役場にお願いしたところ、個人情報だから教えられないと言われ、私は同じ故郷の大熊の人と会うことができず、孤独感を感じます。」

〈大熊町 40代の家族、妻より話を聞く〉
「私達が住む住宅は、いつのまにか復興住宅が消され県営住宅に変わりました。昨年入ったばかりなのにすでにすきま風が入り、雨漏りもしている家があります。畳にカビも生えているところもあります。それで福島県に言ったのですが返事がないのです。」
「私は子供達に言ってます。"私達は自分の家に帰れない人達です。放射線量は高く、学校もない、店もない。ある程度の覚悟をしなければならない。ちょっと変な目で私たちを見る世の中です。見極めなさい。優しい人もいるし、変な人もいるし、気づきなさい。人間、人生変わる時もある。自分で判断しなさい。他の家庭と我が家の教育方針は違う。"」





【心を込めたお便りを】

皆様被災者の現状がご自分だったら辛くは思い思われませんか? 家を失い、家族を引き裂かれ、心身傷ついて疲れ切っておられる被災者には、帰還されたこれからこそが大変であり、救いの手を差し伸べ寄り添っていただきたいと思います。 6年過ぎたので、国が帰還宣言したのでもう安心して良いのだ、忘れて良いのだと思ってほしくないのです。
今の時代、次々と新しいことが起こり、私達の生活も不安になって来たのも本当です。だからといって国から不当な扱いを受けて命を脅かされている福島原発被災者の苦悩を、見て見ぬふりはできないでしょう。

被災者に寄り添うということは、"お体気をつけてください。福島のことは忘れていませんよ"という手紙やハガキをお出しするだけでも良いのです。心を込めた絵や折り紙を入れても良いでしょう。被災者は心を込めたお便りには心癒されて生きる力となるでしょう。あなたの優しさで苦しむ人に力を与えてください。よろしくお願い申し上げます。なお詳しくは、福岡百子までお問い合わせくださいませ。皆様のご健康とお幸せを祈りつつ。



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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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# by momofukuoka | 2017-04-10 19:10
日本人として、決して忘れることの出来ない恐怖と悲しみの東日本大震災を思い出す日がやって参りました。あの日私達は、この世が終わりかと思うほどの、恐怖に怯え不安をもってテレビを見、被災者が一人でも助かるようにとどんなに祈り、心を一つにして恐怖の時間を過ごしてきたことでしょう。

私達はあの日、被災者の苦しみを自分の苦しみとし、1日も早い復興のために、皆で骨身を惜しまず努力をすることを誓い、助け合うことを誓いました。日本人の優しさ、思いやりは、世界中の方々から驚きの眼を持って見られ、賞賛までされました。安倍総理も「福島の復興なくして日本の復興は無い」と公に宣言しました。安倍総理が福島の復興を世界に公言してから早や3年が経ちました。


【被災者のたどった哀しみ】
私達は今、福島原発被災者のことをどの様に思っているでしょうか? 私達はもう一度、被災者が災害の日からたどった哀しみに寄り添い、被災者の声に耳を傾けてみましょう。

津波に会った被災者は、今でも思い出すと寝られないと言います。

「自分達が逃げる時、木につかまって助けを求めていた人達がいました。その姿と声が今でも浮かんで来て辛いです。自分は見捨てたと自責の念に駆られます。」(大熊町)

「体育館にダンボールを敷いて寝てたけど、背中の痛みと寒さに耐えていたために、あの日から背中の痛みがいまだに治っていません。」(川内村)

「私達は原発の爆発の事を知らされませんでした。だから子供達は放射能の降る中で無邪気に遊んでいました。爆発を知っていれば子供たちを外には出さなかったのに、悔しいです。」(大熊町)

「浪江町の町長にも爆発事故の知らせがなかったために、町長は浪江町の町民を放射能の流れる方向に避難させてしまい、浪江町民は放射能を浴びてしまいました。町長に知らせてくれれば、被曝させずに済んだのに。悔しいです。」(浪江町)

「福島はすっかり忘れられています。国は私たちの叫びや声は聞かず、無視しています。初めから福島を捨てるつもりだったと、今になってわかりました。だからいまだ放射能のあるところに年寄りを帰し、若者は帰らないので、やがて私達年寄りは死にます。そして双葉郡はついに無人となり、人の居ない廃村になります。こうして原発は忘れられ、無かったかのようになって行く。このようなストーリーを国は初めから双葉郡に計画していたに違いないと思う。双葉郡の被災者を帰還させれば、復興は解決したと言いたいのです。初めから国はそう予定していたと思う。だから私達被災者がどんなに叫び嘆願しても聞く耳はなく、無視され、解決されない。仮設は追い出されても手当はしてもらえない。だから福島の復興は進まないのです。私達福島被災者は、避難ではなくて故郷を追い出されてしまったのです。」(双葉町)

被災者は6年の間に7回も8回も引っ越ししています。6年という年月を皆様はご自分の身に当て はめて考えて欲しいのです。1年生だった子が中学生となり、中学1年の子が社会人、大学生になったこの年月を。65歳だった方が71歳となり、75歳だった方が81歳となり、沢山の方々が故郷を思いながら亡くなられたこの現実を、無念なこの年月を。精神的苦痛で多くの方が病に倒れ、動けなくなった被災者はあまりにも多過ぎます。いまだに保証もされず苦しみに喘ぐ被災者を、私達は放っておいて良いのでしょか?どうか福島の現実をより多くの方にお知らせください。そして福島の方々をお救いするために、皆様で声を上げてください。


【6年目を迎えた福島被災者の姿】
(双葉町、60代後半男性)
「災害後、妻はパーキンソン病になりました。仮設で自治会長をしながら妻を看病し、家事一切を男一人でこなしています。私は双葉町民ですが、精神的賠償金は弁護士を通したために、1円ももらわず貯金を取り崩しながら生活して来ましたが、1年前から貯金も底をついてきたので、弁護士を諦め、個人で東電に賠償の申請を始めましたが、これがまた大変で、苦労をしています。今仮設を出なければなりませんが、現在福島の物件は3倍に値上がりしたために、お金のない被災者は家を見つけられず苦労をしています。私は元々農業をしていましたし、妻はパーキンソン病になりましたので、中古の家でも良いから、庭がある物件を探しています。なぜなら妻は花が好きだし、私も土いじりをしたいので、庭のある家を探していますがなかなか見つからないので困っています。」

(川内村、87歳女性)
「3月中に仮設を出なければなりません。だけど私は20キロ 圏外なので賠償金は1円も貰えないので、自宅は壊れたままだし、井戸があっても使えないし、お店も病院も村には無いし、医者なしには生きていけない私です。その事を考えたら毎日寝られなくなって、食欲も無くなって、朝から吐いて頭がぼーっとして体がフラフラになり起きてられなくなって寝込んでいます。何も食べたくないです。食べると吐いてしまいます。引っ越しのために箱詰めしなければならないと思うけど気持ちばかり焦って何一つ出来ません。仮設の仲間もみんな、これから先どうなるかと心配しています。」

(楢葉町、70代前半夫婦)
「楢葉町に帰ったけれど今、楢葉の町の中は雑草が生い茂り藪の町そのものです。猪は藪のところに来ると言われています。楢葉に住むためには自宅の藪と隣近所2、3軒の藪を切ってきれいにしないと猪が来るので怖いです。だから町にまず除草対策をやって欲しいと願っていますが、なかなかやってもらえません。今、午前中、夫婦で家の裏の藪を切ってきました。すごい藪で大変でした。楢葉に戻ったけれど店もありません。商店街に一軒あるのみです。富岡町は、避難指示解除はこれからなのにきれいにしています。4月にスーパーも建ち、警察署や県の合同庁舎もあります。おそらく双葉の中心は富岡町になるでしょうと思います。どの町村も富岡町に倣い町をきれいにしてから解除宣言をすれば良いのに。」

(浪江町、60代後半女性 )
「浪江の自宅に帰る予定で少しずつ荷物を運んだり掃除しに通っています。しかし雑草はすごく、自宅は鼠の糞だらけ、猪もいて怖いです。周りに帰る人はいないけど、帰れば何とかなると思って帰ります。泥棒もいると聞いているので怖いです。男性の洗濯物をぶら下げようと思っています。不安でいっぱいですが帰るしかありません。」

6年過ぎた今でも福島の被災者は行くあてもない方や、自宅は崩壊したままの家、雑草や藪が生い茂り開拓地のようになってしまった町や村も結構あります。国からの復興支援は行政には渡りますが、被災者個人には国からの復興支援はありません。どうして国は被災者個人に復興支援金を渡さないかが不思議でなりません。

最近安倍総理は海外支援に何億円もの多額の支援をしていますが、同時に日本国内で命の危険にさらされている日本国民を救うために、海外支援と同額の予算を立て被災者の個人支援をしても良いのではないでしょうか? 国は自然災害被災者また、大災害被災者に、生活支援をするべく、もっと目配りをしても良いのではないでしょうか?

☆福島被災者支援は現在でもしておりますのでご支援よろしくお願い申し上げます。

【本の紹介です】
『死にいたる虚構-国家による低線量放射線の隠蔽』 肥田舜太郎氏と斉藤紀氏の共訳
PKO法「雑則を広める会」 電話042-251-7602
『放射線の衝撃』(低線量放射線の人間への影響) 肥田舜太郎氏訳
電話042-251-7602


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
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〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
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# by momofukuoka | 2017-03-06 07:13 | 福島の被災地の現状
トランプ大統領の就任以来、大統領の言動には誰もが驚き、想像しなかった波紋を、世界に及ぼしています。私はこの出来事を通し、天が世界にメッセージを投げ掛けているような気がしてなりません。

「すべての人間よ、目覚めてください。眼を開いてください。何が正しく、何が間違っているかに気づいてください。人間の世界が崩壊することのないように、皆が目覚め、世界を建て直してください。愛の心で秩序をもって建て直してください。」

「そして考えてください。人間の尊厳とは。命の尊さとは。幸せとは。人生とは。家族とは。家庭とは。愛とは。平和とは。信頼。勇気。正義。平等。労働。喜び。謙虚。忍耐。祈りとは・・・。」


【良心の声に耳を傾けて】
私達は危険な事、してはならない事は本能で判ります。私達の心には2つの心が住んでいると言われています。1つは善を勧める天使の声。もう1つは悪を勧める悪魔の声。私達は、この声を「良心の声」と教えられ、良心の声に従うようにと親や先輩から教えられて来ました。

善悪の判断は、自分で出来ます。自分の心を見ると判断をすることが出来ます。善を選んだ時は、心が穏やかになり、心に落ち着きと、平和、幸せと、安心感、安らぎを感じます。そして心にも態度にも落ち着きが出て、私の言動は穏やかになります。心は明るく、軽やかで、生きるエネルギーが湧き、心に歌う気持ちも湧いて来ます。思考は前向きで、顔は明るく、幸せな顔つきになり、他者に心を開き、他者のために尽くしたい気持ちになります。私の存在が暖かな雰囲気に包まれるので他者も自然に寄って来て、喜びを共有し合います。心の温かさは私の体にも感じられ、胸の辺りが温かく感じられます。善の実りは、喜び、幸せ、親切、献身、和解、許し、愛、忍耐、協力、一致、希望、平和、等です。

反対に悪を選んだ時は、悲しく、暗く、何事も悲観的にとらえ、憂鬱で、元気が無く なり、心も体も萎縮して心はドキドキして落ち着かなくなり、心の中はざわめき、何かをわめきたてているような感じで、静けさが無く、不安感に満ち、イライラして激しい言動になり、心が冷え、他者にも冷たさと緊張を与え、排他的となり、他人の事が見えなくなり、自分の事しか見えなくなる自己中心者になってしまいます。悪の実り(結果)は、冷たさ、暗さ、閉じ籠り、萎縮、緊張、不安、失望、悲願、落胆、不忍耐、怒り、暴言、暴動、破壊、暴力、不一致、不和、嫉妬、傲慢、等です。

私達は、批判者としてではなく、社会は一人一人の貢献によって成り立っていることを思い、今は一緒に一人一人が考える時が到来したと思って、この社会をどうしたら良い方向に向かうのかをご一緒に考えてみませんか? 私達は「あなた任せ」でいるから悪いのかも知れません。誰も自分の一生を無にしたくないでしょう。どうしたらこの世は良くすることが出来るのでしょう? 批判ではなく、知恵を出し合いませんか?


【帰還を促す前に国がなすべきこと】
さて、今日も福島の被災者の現状をご一緒に読んで頂けますでしょうか? 国の方針で福島の被災者のほとんどの方が、今年の3月末日までに、つまり後1ヶ月で仮設住宅を出なければなりません。仮設住宅は4月から取り壊されてしまいます。国は被災者に自宅に帰るように促しました。

しかし被災者の自宅は未だ除染が不充分であり、災害当時のままであり、6年間放置された自宅は、今は鼠と猪などの野性動物の住まいとなり、庭や畑は雑草が背丈以上に生い茂り、家は壊れてしまい、もはや住める状態ではありません。被災地は何処も、まず住むための環境整備が必要です。つまり、野性動物の駆除、荒れ果てた土地の開墾、雑草刈り、道路整備、飲料水、生活用水路、ガスの配管整備、公共建築(役場、郵便局、病院、集会所、生活用品の店、スーパー、等)、そして、個人宅のリフォームを。

これらが出来て、初めて被災者の帰還の宣言をするべきではないでしょうか?と私は思います。そして、このすべての財源と責任は国が持つべきではないでしょうか? 何故なら原発は国が計画したものであり、東電は国の要求に従ったのだと思います。国には責任が無いのでしょうか?

原発の建設当時、被災者の方々は原発の建設を反対したと言います。しかし、強引に建てられてしまった、とのことです。双葉町は反対していたが故に、地方交付金が他の町より少ないでした。そのために、町の財政は苦しく、時に赤字になり、苦労されたようです。元町長は原発に反対をしていたために、国から睨まれていたとのことです。

国は原発の責任を東電の責任にして、被災者の賠償金の支払いを東電のみに委ねました。東電は福島第1原発から20km圏内の責任は引き受けましたが、それ以上は財政上不可能のようです。私が思いますのは、東電が出来ないことは、国が責任を持つべきで、国は国の方針で被害を及ぼした方々の復興に全責任を持つべきと思うのです。

公共事業や道路整備、仮設、復興住宅については環境省から福島県の長に指示があり、福島県の長は市町村長に指示します。市町村長は口出しが出来ないようです。汚染された廃棄物の中間貯蔵施設については、環境省が被災者個人と直接関わり、賠償金の処理も個人、個人で異なり、町役場は関わらないので、被災者は不条理の受け皿が無いために、はけ口が無く、悩んでいます。


【被災者の声】
被災者の声を読んでください。

〈双葉町の被災者、中間貯蔵施設建設地該当者〉
「中間貯蔵庫の問題は環境省との個人交渉です。約束したときは、緑葉地になると言ったのに、廃棄処分所の施設となった。廃棄処分所になったら、我々の自宅はもう住めなくなる。約束が違う。行政は我関せず、町も何も言わないので、我々は持って行く場がない。これから先、我々はどうなるかが解らない。事故が起きたときに最初から、“双葉町、大熊町は30年帰れない”と言って、何処かに福島被災者皆に部落毎の土地をあてがってくれて、“町が復興するまでここに居てくれ”と言ってくれていたら、福島の被災者はこんなに苦労することなく、感謝したでしょうに。今頃になって30年帰れないと言う。これから先もどうなって行くか解らない。」

〈双葉町被災者仮設住宅自治会長〉
「今、仮設は年寄りが多いです。皆、最後の友と離れたくない。だから仮設から離れたくない。自宅に帰って良いと言われても、病院も無い、店も無い、友もバラバラです。自宅に帰った年寄りは、淋しく、仲間にも見送られず亡くなっている。以前は、村人みんなに見送られて、安らかに亡くなることが出来たのに!」(被災者は、下を向いて、やりきれない表情でした。私も黙って話を聴くのみでした。)

〈浪江町被災者70代女性。借り上げ住宅で一人暮らし〉
「借り上げ住宅は来年まで借りられます。しかし、その後は何処か家を探さなければならないし、家賃が発生します。年金生活者には出費が大変なので、私は浪江の自宅に帰ることにしました。借り上げ住宅の被災者も6~7回引っ越ししているので、この6年の間に、互いが疎遠になってしまい、仲間との連絡が取れなくなりました。借り上げ住宅者には仮設のように情報がないのです。今住んでいる周りの人は、私が福島の避難者と判るので、“人の税金で食っている!”と今でも言われます。もうイヤ! 一人で良いから浪江に帰りたい! 帰ったら何とかなるかも。家は猪の穴が凄い! 雑草も凄い! 一人では怖いけど、帰るしかない。自宅の周りの人は誰も来ない。自宅は、(泥棒や不審者など)人間の方が、怖い!」

〈南相馬小高区の被災者60代女性、仮設住宅で一人暮らし〉
「小高区の仮設は1年延びました。後1年居れるので、助かりました。みんな仮設を出たくないのです。仮設を出てからが大変です。みんなが年寄りだからです。その時はみんなのために支援を宜しくお願い致します。自宅の周りを、知らない人が長い棒を持ってぶらぶらしていると聞きます。又、お腹が減ると、他人の家に入ってあさると聞きました。“人間は怖い! 猪や猿の方が、まだ可愛い!”と言ってます。向かいの家に70代の男の人がいるので、いざとなったら、その家に飛び込みます!」

〈川内村の被災者87才女性、一人暮らし〉
「私は20km圏外なので、1円ももらえない。農家なので、1ヶ月5万円の国民年金のみです。それで、川内村自宅と住んでる仮設の電気代を払い、税金を払うと残りはわずかですので、貯金をおろしながら生活してきました。夫の死後災害があり、自宅は修理するお金も無いので、崩れそうな所は棒で支えています。3月迄の間に、仮設を出なければなりません。自宅は崩れそうで恐いけど、行く所が無いので、帰ります。村からも通知が来ました。“カーテン、電球、等、仮設に有るものが欲しかったら持っていって良いので、書類に書いてください”と。自治会長は、“居れるだけ居なさい”と言ってくれたけど、仲間がみんな帰るのに、自分だけポツンと居るわけにはいかない。帰るしかない。引っ越し代も自分持ち。自宅に井戸があるけど、20km圏外の家は掘ってもらえない。村には病院があるけど、先生はいつも居るわけではない。曜日によって開業したりしなかったり、1日に2~3時間みたいです。私は医者無しには居られない。机につかまってやっと立っているし、白内障の手術の失敗で、目が見えなくなって、相手の顔もはっきり判らない。」


【支援のお願い】
皆様、福島被災者の現状は想像以上に厳しく、残酷だと思います。何とかしてやれないものでしょうか? あまりにも荷は重すぎると思います。被災者は仮設を出た、これからが大変です。どうかあなたの力で少しでも被災者を支えてくださいますよう、お願い申し上げます。切に宜しくお願い申し上げます。皆様がいつまでも被災者の仲間、心強い支え手であってくださいますように! 皆様のご健康を祈りつつ。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
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# by momofukuoka | 2017-02-12 21:24 | 福島の被災地の現状
新しい年、皆様はいかがお過ごしでいらっしゃいますか?毎日が平穏無事でいらっしゃいます様、心からお祈り申し上げております。
今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

最近、フランスにいる友(日本人)から電話があり、「最近の日本はどうですか?」と聞かれ、私なりに感じていたことを伝えました。

「心にゆとりが無くなったのを感じます。何だかザワザワしていて、家庭も社会も、日本の雰囲気に落ち着きがないように感じます。」「子供達は、昔のように家の外を走り回ることが少なくなりました。スマホやゲーム等の遊びが多くなり、家の中にいるようになりました。」「誘拐や犯罪が多くなり、子供は安心して外で遊べなくなったのと、塾通いが夜遅くまであり、今の子供達は、忙しいみたいで気の毒です。」「若い人は低所得で大変です。」「失業者も多くなりました。」「国は私達国民から税金や医療費、他、何やかにやと徴収するようになって、生活費が段々と少なくなり、物価は高いし皆大変です。」

「日本は怖くなりました。殺害が多くなり、簡単に人を殺める様になりました。」「"やまとなでしこ"とか"サムライ日本"とか言ってますが、あれは昔の事で、女性は強くなりました。むしろ男性が弱くなったような気がします。」「日本は変わりました。」昔は良かったのか悪かったのか私は判りませんが、昔も今も、良い所を見直すべきかも知れません。


【心の美人を目指して】
2017年1月3日の夜、テレビを見てましたら、「好きか嫌いか言う時間」という番組があり、私は興味を持って見てますと「美女VS不美人が激論」というテーマに移りました。この番組では、「美女とブス」という表現に変わっていました。そして美女はブスをけなし、ブスは美女をけなし、互いが言い争っています。美女は自分達を自慢し、ブスと言われる人をけなし、ブスは悔しがってわめきたてています。それを番組のアナウンサーは、時には笑いながら競わせています。

私は、この番組を見ていて何だか悲しく、辛くなってきました。どうして太って丸い顔がブスなのか? 痩せて細い人が美女なのか? 相手の存在を、姿形で判断し、自分は美女と自惚れ、相手をダメ人間と見下している冷ややかな冷たい人が、果たして美女なのか? 反対に、太って生まれたことを悲しみ、親を怨み、自分に自信を失ってしまい、自分は不幸と思い込んでしまった人。
本当に太った人は不幸なのでしょうか? 私は、むしろ、太った人に暖かさと包容力を感じ、頼もしく思うことが有ります。

どうして、"心の美人"という言葉に気がつかないのでしょうか?

昔からの言葉に"40代の自分の顔は30代の自分の生き方が作る""50代の顔は、40代が作る""60代の顔は50代が、作る"と言われています。今のあなたの顔は、あなたが作りました。あなたの生き方の反映が、今のあなたの顔形になっている、とのことです。

確かに、暖かく優しい人は、顔も立ち振る舞いも優しく、子供も寄って行きます。常に善良で、人の良い所を見ている人は、顔も清らかで美しいです。しわくちゃのお婆さんでも、美しく思います。"思った通りになる"という言葉も有ります。"ことだま(言霊)"という言葉も有ります。

私達の言葉、あなたの言葉。私達の思い、あなたの思いは、湖の一滴の波紋のように、波紋は波紋を呼び、湖一面に波及されやがては、湖が美しい湖に生まれ変わるように、私達の思い、あなたの思い、言霊でこの日本を、地球を美しく生まれ変わらせませんか? 皆様と一緒に"心の美人"を目指しませんか? あなたの顔を暖かで幸せな顔にしませんか?


【福島被災者の今】
福島の被災者の今をお伝え致します。

〈南相馬市小高区の被災者〉
「仮設住宅の住民のうち、3分の1は小高の自宅に戻っています。仮設に残っている人は、建築の材料不足と職人が他に取られて、私達福島の被災者は後回しにされて、家が建てられないでいます。仮設は今年の3月末迄しか住めない。後は、仮設を国は壊すという。しかし、私達は行くあてがない。見通しがたてない。どうしたらよいのか?」

〈楢葉町の被災者〉
「楢葉は平成30年まで仮設に居てもよいことになりました。だから楢葉町には1割しか戻っていません。楢葉の自宅を新築した人も仮設に戻って生活しています。なぜならいまだスーパーも無いからです。春にスーパーが出来る予定ですが。昼間は作業員で楢葉の町は凄いですが、夜は人がいないので、町は暗くなります。」

〈都路町の被災者〉
「3月末で仮設は無くなるけど、20キロ圏外の被災者は家のリフォーム代を貰えないので、どうしたらよいのか判らない。3.11の災害で崩れたままの状態だからからです。私達都路は、災害当初、30万円を1回いただいただけで、その後何ももらっていません。このたび申請すれば、仮設からの引っ越し代として5万円を出すと言われました。自宅に帰らない人は、自分で家を探しなさいと言われました。田村市の役場は何もしてくれません。都路の住民は行き場がなくて途方にくれています。それで、私達も何か行動を起こさなければならないと気がつき、弁護士を頼んで、賠償裁判を起こし始めました。これが大変です。動ける人がいないので、会長は仕事を休んで(生活費が入らなくなります)裁判の準備や弁護士との関わりに時間とエネルギーを費やしています。」(彼の交通費等は自腹です。)


【皆様のご支援を】
ご支援されます皆様、今後は賠償金をもらえず家のリフォームをすることが出来ない都路町の被災者に、資金のない彼らに、ご支援くださいますよう宜しくお願い申し上げます。寒い日が暫く続きますので、皆様もお体を大切にお過ごしくださいませ。皆様と心を一つにしつつ。心から感謝申し上げております。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

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# by momofukuoka | 2017-01-18 07:41 | 福岡百子からのメッセージ

原発事故の罪深さ

早や、師走となりました。カレンダーをめくり、今年もあと一か月無い、と気がつき、「人生の速さ」を思い、「過ぎ去った1年の出来事を思い」、心落ち着きの無い自分であったことを反省しました。今、私たちが生きる社会の変化はめまぐるしいです。以前は10年ひと昔と言われていたようですが、現代は1年で突然変わっていきます。家族の形態も異なり、幸せの基準も異なり、価値観も異なり、何が正しく、何が間違いなのか? 何が精神的なのか? 残虐さに対する呵責の気持ちや認識も異なり、常識の相違など、時代の変化を感じるようになりました。

テレビを見ながら、今や世界が大きく変わりつつある時にあることを知り、それだけに私たち一人一人の政治参加への認識と、責任の大きさを感じ、皆様にも「動きましょうよ」と呼びかけたいと思いました。アメリカのみならず、イギリス、イタリア、オーストリア、フランス…が、貧富の差を訴え、政治の体制を崩そうとしています。世界中の批判をものともしない中国、北朝鮮。韓国パク大統領の退陣問題。日本もカジノ導入の強行採決、経済成長戦略など、国民の悩み、叫びに寄り添う政治とは異なる方向に日本の政治は突き進んでいっているように感じ、「このままでは危ない!」と私は感じるようになりました。
 

【白眼視される被災者】
福島原発被災者の子どもが「ばい菌扱い」にされて辛かった、という手記が公表されて、今、話題になり、学校側も教育委員会もあわてています。手記を公表した男子生徒は、現在中学1年で、「小2で自主避難した直後からばい菌扱いされ、いつも辛かった。小5の時は、原発事故の賠償金を貰っているだろうと言われ、同級生らの遊興費の負担をせびられた」「何回も死のうと思った。でも震災でいっぱい死んだから、辛いけど、僕は生きると決めた」と手記は結んでいる。この手記は男子生徒が不登校になっていた小6の7月に書いたものですが、男子生徒は「いじめの被害がなくなってほしい」との思いから公表を決めた、として、2016年11月16日、代理人の弁護士を通して公表しました(河北新報オンラインニュース)。

災害後間もなく避難した福島被災者の多くは、大人も子どもも「ばい菌扱い」にされて苦しんでいらっしゃいました。散歩をしていたら、「あなた方が歩くと、田畑に放射能が撒き散らされ、うちの野菜が売れなくなるから、歩くな!」と言われた、と悲しんでいる被災者夫婦がいました。「引っ越してきた」と挨拶に行くと、「あなたたちとは関わりたくない!」と断られた、という人もいました。「買い物に行くと、ジロジロと見るんです。買い物したカゴの中をのぞきこむ人もいます。そして大声で“この人たちはいいわね。賠償金で食べているんだもの!”と言われたことがあります。だから、買い物にも行けないんです。」

「私たちは津波に遭い、何もかも失いました。だから生活必需品である車を買いました。不便な所に住む被災者にとって、車無しでは生活できません。医院に行くにも買い物にも、車は生活必需品なので真っ先に買いました。すると、被災者が新車を買った、と言って批判されるのです。被災者の車は随分いたずらされ、傷つけられました。何をしても、何を買っても、福島の被災者は“賠償金で生活している”といじめられ、白い目で見られます。だから今は、福島人であることを知られないようにしています。5年過ぎても友達はできません。」

 「私は賠償金をもらいませんでした。拒否しました。それは辛い思いをしたくなかったからです。」

 「私は何もあてにしないで生きることにしました。一生懸命働けば、贅沢できないけど、生きていけると思いました。頑張ります!」


【オリンピックやカジノの前に】
安倍総理は、「福島の復興なくして日本の再生なし」と、東日本大震災3周年記者会見で言われました。この言葉はどの方も覚えておられることかと思います。国民の命と生活を守ることを、なぜ最優先としないのでしょうか? 国民の命ほど大切な財産は無いと思うのですが。オリンピックやカジノの前に、最優先すべきことは、福島の被災者に目を向けることではないでしょうか?

いまだ放射線量の高い被災地に、来春、国は被災者を帰すという指令を出しました。なぜ汚染地区に、イノシシや小動物が棲み、草ぼうぼうの荒れた地に、公共施設も不十分な地に、被災者を返そうとするのでしょうか? 若者は帰りません。帰る方はほとんどが高齢者です。

被災者は言います。「年寄りの私たちは田畑でとれた食物を食べて生きます。放射線量? かまいません。私たちはどっちみち死にます。そのうちに無人の町となるでしょう。そうして何事もなかったかのようになるでしょう。国は、私たちがそうなるのを待っているのでしょう。私は被災者からこの言葉を聞いて、せつなさに唖然としました。これが国の計画なら、言いたくはありませんが、殺人行為ではないでしょうか?


【被災者からの手紙】
被災者からの手紙をご紹介いたします(本人の承諾をいただきました)。

「ご無沙汰しております。私たちも福島県外に移って半年が過ぎ、なんとか慣れ、元気に過ごしています。しかし気持ちが晴れることはなく、何か違う感じがしてなりません。新しい暮らしにも希望が感じられず、寂しい気分です。主人もPTSD(心的外傷後のストレス障害。強いショック体験からくる心のダメージ)と診断され、通院しています。元気がなく、私も気分が落ち込む時があります。孫たちが時々来てにぎやかなのは救いです。
せっかくこの地に来たので、楽しいことを見つけていこうと思います。直売所も楽しいですし、自分から何か始めないと、充実した人生は送れませんよね。

原発事故でふる里を追われ、6年になろうとしております。世の中はすっかり忘れていますが、私たちの心の傷は深くなっている人が多いです。東電からの賠償金をめぐり、心ない言葉に傷ついています。私もまた、嫌な思いをするのが怖いので、ふる里のことはこちらからは言いません。
 
ふる里は、生まれ育ち、結婚、子育てと、人生のすべてでした。人間関係までも、すべて無くすということは、言葉に言い表せません。原発事故の罪深さをひしひし感じています。この思いは、賠償金というお金で消され、国も東電も、世間の記憶から消そうとしています。事故は収束したかのように持っていこうとしています。つくづく、国って、大きな企業は守るけど、個人には冷たいと思います。広い海原に放り出された私たちは、どう生きていけば幸せを感じられるのか、解らないでいるのです。」


【この事実を多くの方に】
皆さま、「もし私が福島の被災者だったら? 同じ体験を受けたら?」。2011年3月11日からの被災者の体験を自分の身に当てはめて考えたら? あまりにも酷すぎることですよね。これ以上、苦しめてほしくないです。どうぞこのブログを多くの方にお知らせください。そして苦しんでおられる福島の方々を皆様の手でお救い下さいますように。


【本をご紹介いたします】
『アヒンサー 未来に続くいのちのために原発はいらない』1号~6号 各100円(送料別)
〈発行〉PKO法「雑則」を広める会 
電話 0422-51-7602(佐藤様)/049-215-0289(小田様)

1号(大人の人に伝えたいこと。原発7つの本当のこと。放射能とは。他)
2号(私、子どもを産んで大丈夫ですか? マル秘にされた試算―原発の原点。他)
3号(被爆医師肥田氏の証言。大量の死の灰で汚染された日本列島。他)
4号(仙台日赤病院呼吸内科医―放射能の影響とこれからのこと。他)
5号(北海道がんセンター院長―みんな催眠術にかかっている。目、覚ましてくださいよ! 他)
6号(こだま医院院長―低線量内部被ばくの話。他)


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
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# by momofukuoka | 2016-12-09 06:34 | 福島の被災地の現状