2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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【被災者の生きる方法を…】
日頃より、被災地のためにお心をお寄せ下さり、お祈りや物資支援、義援金など、また温かい思いで福島の方々をご心配していただいております皆様に心から感謝申し上げます。今回はいくつかのお知らせを申し上げます。

①福島の現状はますます過酷になりつつあります。それは放射線量の高いところに帰還宣言をされ、被災者の意志とは別に帰還を促されていることです。もともと素朴で、自己意志を示すことに不慣れな福島の方々は、不条理と知りつつも、為す術が解らず、逆らうことができないでおります。

②支援者の皆様には、為す術を知らない福島の被災者のために、生きる方法を考えてはいただけませんでしょうか? もはや国を責め、被災者の行動を責め、国民の無関心を責めることを止め、いかにしたら福島の被災者を救えるのか、私たち支援者が知恵を絞って救済のために積極的に動いていただけませんでしょうか?

③一つは、移住の場所の情報探しです。具体的に、場所(連絡場所も含め、あらゆる移住先の具体的情報です)。無収入に等しい被災者です。この状況にある被災者の経済面、仕事、生活、住居、子どもの学校、被災者を迎え入れる温かい町の雰囲気、できれば一家族ではなく、同じ何人かの村人たちが共に近くで住める状態に。主に被災者は、農業、畜産、林業、漁業で子どもの時からその生活に慣れ親しんできました。できれば、似た環境にご紹介できたら、と思います。

また被災者の多くは、二世代、三世代の祖父母と共に生活していて、家族が離れることは考えられない方々でした。可能なら、再び家族皆が共に生活できる家、古民家などもご紹介いただけましたら、ありがたく存じます。

④皆様のネットワークで、これからは被災者を救う運動を広げていっていただけませんでしょうか? そして、この、情報を集め、発信していただく仕事を、ボランティアでしていただけます方のお申し出をいただけませんでしょうか?

一人の力では実践は難しいことでしょう。しかし一人一人が心を寄せ合い、知恵を出し合い、「被災者を救う、私たちの手で」という目標を持って、一歩行動に移した時に、波紋は波紋と成り、皆様を動かす力となり、本当に被災者を救うことができるのではないでしょうか?

⑤ご自分の得意とする分野をもって、お一人お一人の才能を生かし、助けていただけませんでしょうか? パソコン、通信、農業、漁業、林業、果樹園、畜産、医師、アロマセラピー、マッサージ、建設業、料理家、保育士、看護師、教師、父、母、若い力、植木屋、水道業、ミュージシャン、スポーツ、落語、マジック、絵描き、手芸家。すべての能力が、一人一人の能力と参加が被災者たちを助ける力になると思います。他人任せではなく、一致団結して被災者を救うべく立ち上がっていただけませんでしょうか? お一人お一人の才能、エネルギーは、この世で役立つために天から授かった賜物と思います。日本人は善きことに向かっての団結心は強いと思います。私たちの手で、この日本を善くするため、善きことのために努力していただけませんか?

被災者を救うという目標のためにリーダーになっていただけます方のお申し出を心からお待ち申し上げております。日本国内には、善意ある奉仕団体が数多くございます。しかし残念なことに、横の連絡はなく、バラバラに活動しております。それはとても残念なことです。互いが交流を深め、情報交換をし、目標に向かって団結し合うなら、互いの能力はもっと発揮されるのではないでしょうか? 奉仕団体からの問い合わせも、心からお待ち申し上げております。


【被災者の声】
「一年、二年はまだよかった。三年になったら、本当にきつい。誰も振り向いてくれない。」

「年寄りの一人暮らしは可哀想。孤独死、自殺者が多くなった。」

「(双葉町の)井戸川元町長さんは、鼻血について良く言ってくれた。我々は言いたくても言えない環境にある。被曝しているからか、抵抗力が弱くなったからか、とても疲れる。いわゆるブラブラ病と診断される人が多くなった。」

「極端に免疫力が低下し、疲れやすく、倦怠感がひどくなった。災害前は、風邪などめったにひかなかったのに、今は簡単に風邪をひく。下痢、咳が多くなり、除染作業やがれきの片付けをした後は、次の日からすごい倦怠感に襲われる。鼻血のことはウソじゃない。被災者に聞けば解る。ほとんどの人が体験している。」

「原爆症の症状を調べたら、同じ症状が出始めたと感じる。」

「ボディー検査、甲状腺検査の結果は、ただ『異常ありません』で来る。我々に検査の詳しい数値は知らせられない。国のみが知っている。データを我々に知らせず、『信用しなさい』というのはおかしい。」

「放射線量測定器は役場からもらった。個人で何種類も買い求めた人もいる。しかし、どの測定器もみな異なるので、何を信じたら良いのかわからない。」

「都路は場所によって放射線量が異なるのも確かです。今は田植えのシーズンです。しかしできた米、作った野菜は、私のところでは食べません。作った野菜は捨てています。農業をしてきた私たちは、他にやることがありません。捨てると解りながら、しないわけにはいかないのです。」(私はこの言葉に、被災者の悲しみの深さに、想像を絶する魂の苦悩を感じました。)


【放射能の影響は?】
山村の広野町、川内村、そして今年の4月からは都路町の保育園、幼稚園、小学校、中学校が開校しました。水道水も基準値以内とのことで、飲料水として飲んでいるようです。果たして本当に大丈夫でしょうか?と心配になります。

被災者の話では、放射能の人体への影響は、七、八年後に表面化するとのことです。生活のために除染作業、がれき処理などに被災者は行っていますが、その後遺症が被災者方の命取りにならなければ良いが、と私は心配しています。

私は皆様に被災者方への物資支援、また義援金のお願いをしながら、最近、戸惑いを感じることもあります。帰還宣言をした役場や役場を支える支援団体が情熱を傾けて帰還を促し、放射能汚染への警戒心もなく、放射線量が基準値以内だからと言って、乳幼児の飲料水に水道水を与えています。無防備に喜んで帰り、村の再建を、と意気込む村人の姿や、役場職員の復興への情熱に接した時、自立を促す役場の職員と、被爆を恐れ戸惑う被災者とのギャップに戸惑いを感じるのです。七、八年後の被曝後遺症が現実化されないように、と祈る心で本気に私は心配しています。


【今後の物資支援について】
すでに帰還宣言をされて、帰村しつつある村人からの要請に対しては、自治会長さんの情報を元に、村人たちに物資を送っております。また帰還宣言をされていない所は、仮設住宅の自治会長、または町村の被災者代表に送っています。

これから物資支援をするところを挙げます。帰還宣言をされた町村の被災者からの要請に応える支援と、津
波で財産を失った方の転居に際しての支援。2011年から放射能汚染のために自宅に入ることができなかった方への支援(この方々の住まいは、ネズミなどの動物たちの住処になっており、湿気、カビで全財産を処分しなければならず、寝具を始め生活必需品の支援が必要です)。また東電の補助金、支援品が不足のまま不自由な生活をしておられる自主避難者、借り上げ住宅への支援を継続させていただきます。つまりは、南相馬、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町、川内村、都路町、葛尾村、飯舘村の方々です。

被災者すべてが私たちの支援の対象です。たとえ福島県外であっても、苦しんでおられます方々は、皆様、大切な友、仲間と思っております。

どうぞ皆様、可能の中で、温かい手をさしのべて下さいますように、よろしくお願い申し上げます。


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【被災地への支援に関するお問い合わせ】
福岡百子
FAX 047-346-8675
携帯 080-5547-8675          
f.mom.1941@ezweb.ne.jp
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましては
AM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします)

なお、こちらのリンク先には現在被災地から要請を受けている、具体的な支援品のリストを掲載しております。併せてご覧いただければ幸いです。

※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。
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by momofukuoka | 2014-05-24 01:00 | 福島の被災地の現状
ゴールデンウィークも終わり、テレビを通し、アベノミックスの経済効果について、消費税アップによる家庭経済への不安の声が流れる一方、旅行者が増えたという、明るいニュースが流れるようになりました。私は、「最近見るテレビの報道が真実なのでしょうか? 一般国民の目を真実から逸らすためにあらゆる報道などを通し、マスコミ界も影の力に操られているのではないのでしょうか?」と思うようになりました。なぜなら、福島原発被災者への国の対応に関して、テレビ・新聞・ネット上の報道で、偏った情報、実際の現状とは異なる情報が流され、そのために福島被災者は世間の冷たい視線にさらされ、追い詰められているからです。

私は皆様に申し上げたいです。「世間に流れる報道を鵜呑みにすることを止め、ご自分で真実を知るように、現実を知るようになさってみて下さい」と。福島の被災者の生の声に接していますと、最近のマスコミ報道の多くに、十分な真実を伝える客観性が欠けていると感じます。一方的な偏った視点の報道のために、当事者の人権が傷つけられ、弱者の人生が踏みにじられているような気がします。報道者にも、報道者としての責任と自覚を持っていただきたいと思いますが、私たちも報道情報への接し方について、自覚を持っても良いのではないでしょうか。


【政府発表の報道と現実の違い】
賠償問題における報道と現実の違いをお知らせいたします。2014年2月12日付の産経ニュースは以下のように伝えています。

「政府は昨年末、それまで掲げてきた“全員帰還”の原則を断念した。その直後に決まった国の新たな賠償指針は、戻る見通しの立たない“帰還困難区域”の2万5千人を対象に“故郷喪失慰謝料”を1人700万円、一括で支払うことにした。地価の高い都市部で家を買い直す費用も上乗せした。」

「原発事故の損害賠償 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会の指針に基づき、東京電力が支払う。財物や精神的損害などがあり、帰還困難区域は故郷喪失慰謝料が上乗せされる。同省の試算によると、30代の夫、妻、子供2人の持ち家4人世帯が福島県内の都市部へ移住した場合の総額は帰還困難区域で1億675万円、居住制限区域で7197万円、避難指示解除準備区域で5681万円。」

(http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140212/dst14021215300003-n2.htm)

この情報は、福島原発被災地においては真実ではありません。夢また夢の話であり、これが実現されれば、被災者の苦労は無い。どうして政府は公表したことを実践してくれないのか? どうして報道は政府の「賠償指針」のみを伝え、それが全く実践されていないという現状は伝えないのか? 実践しないこと、実践できないことなら、政府は公表しないでください。マスコミは、政府と東電が本当にしていること、現実に行っていること、「真実」のみを報道してください、と申し上げたいと思います。

多くの国民は政府の発表を、新聞やテレビ、ネット上のものも含めてマスコミの報道を真実と思い、信じています。報道が現実と異なるとするなら、これは国民を欺くことではないでしょうか? 不正な情報に汚染された日本国民は、「福島原発被災者は、十分な補償を受けて生きている」と思い込み、被災者への視線は冷たくなり、どの被災者も苦しんでいます。

ある被災者の体験です。「引っ越したので、近隣に挨拶に行きました。そしたら、『あなたたちとは関わりたくないから来ないでくれ』と言われました。」この言葉は、大勢の被災者の方から聞きました。「私たちは避難先で友達を作ることはできません。『あなたたちはお金をもらって生きている』と言われます。外に出るのが怖いです。冷たい視線にさらされるからです。部屋にこもるしかありません。」


【災害の日から福島原発被災者がもらったお金】
くどいようですが、2011年3月から今日まで被災者がもらったお金について、再度まとめてみたいと思います。次回からは金銭以外の情報をなるべくお伝えしたいと思います。でないと、被災者はお金だけを問題にしていると錯覚を起こさせることになりますし、被災者の苦悩には多種多様な面があるからです。一側面の情報ですと、被災者の苦悩の本当の姿が解らないと思いますので、金銭に関する情報は今回を主にし、次回から他の情報を流したいと思います。

まず30キロ圏外は東電とは関係ないとされています。賠償金の対象は30キロ圏内の方です。

2011年に対象者の家族に100万円(2人でも5人でも100万円)、単身者に75万円が出ました。

その後は、精神的賠償金のみ。これは、領収証(生活消耗品、食品以外)を添えて申請し、通った人にのみ、通帳に入金されました。しかし、そうした被災者も通帳を見て気づきました。最初にもらったと思っていた金額(家族100万円、単身者75万円)が、通帳から差し引かれていたのです。東電の人の説明によると、「100万円は仮払金だから精算したまでです」とのこと。

精神的賠償金は、1人月額10万円が3ヵ月分まとめて出ました。

「月10万円では生活できないから」と言って、弁護士を通して賠償を申請した人は、2011年以降、1銭も未だにもらっていません。

20キロ圏~30キロ圏内の人は、2012年8月で精神的賠償金の支払いは終了しました。

20キロ圏内の人でも、避難指示が解除された都路町は2015年3月末で支払い終了予定です。政府は順次11の市町村の指定解除を検討し、賠償金も打ち切る方向に行くようです。

津波被害者に対しては、東電には関係ないとされていて、津波被害者への対応は国の責任のようです。災害当初、全壊は100万円、死亡者に対しては、世帯主500万円、他の方には250万円支払うと言うことでした。

現在、帰還困難区域の大熊町の方の話によると、その方の場合の補償額は、1平米700円、1坪2100円です。300坪あったとしても63万円です。これでは、土地を買っても家は建てられず、家を建てても生活費が無い。この金額は、固定資産税によって決められ、建築年数によって異なります。農協や銀行のローンを抱えている人は、支払いを求められ、口座から引き落とされています。原発で住めない家のローンも払わなければならないのです。大熊の家、土地を、国は「買い取る」とは言わない。「補償する」としか言わない。

災害復興住宅も遅々として進んでいません。南相馬では、今年4月20日に第1回目の災害復興住宅の引っ越しがありました。なんとたったの28戸です。競争倍率は26倍だったとのこと。しかも、平成29年3月までは無料ですが、後は家族の総所得によって家賃は上昇します。月1万円の人も居れば、10万円の人も居るという。何という不条理でしょう。

私は、どうして福島の災害復興住宅建設が少しも進まないのかと、不思議でなりませんでしたが、最近思いますことは、政府は最初から被災者を帰還させるつもりでいたので、復興住宅を建てるつもりがなかったのではないか、ということです。これ、私の勘違いでしょうか?


【福島の原発被災者がいただいた義援金】
被災当初、全国の皆様はたくさんの義援金を、心を込めてご寄付されました。私たちは当然、それが被災者の手に渡るものと確信しておりました。しかし、どれだけ集まり、どのように使われたのかは解りませんが、私がお伝えできるのは、被災者方から伺った情報です。市町村によって多少異なりましたが、1回3万円くらい。1回の所もあり、3回の所もありました。被災者の皆様は感謝しておられました。

「被災者にとって悲しかったことは、国から1銭ももらっていないこと。金額ではない。国民を思う心が欲しかった。」

「国からはいまだに我々に謝罪の言葉がありません。私達がこんなに苦しんでいるのに。福島の原発被災者に対し、謝罪の言葉が1回くらいあっても良いのではないか。我々は原発ができる時も反対しました。あの時も国は強引だったけど、今もあらゆる面で強引です。我々の話は聞いてくれない。陳情も叫びも聞いてくれない。まったくの無視です。住まいも環境も健康も人権も、何もかも無視です。今は放射線量の高いところに我々を帰そうとする。それは我々に“死ね”ということです。“水も野菜も米も安全だ”と国は言う。仮設でさえ、0.3マイクロシーベルトあります。」

「国が言う放射線量についても、実際は3倍ある。放射線量についての情報も、誰を、どれを信じて良いかわからない。“井戸水は深いので、放射能は下の方にあるから、上の方の水は安全だから飲んでも良い”と言われた。国に“10ベクレル”と言われた水道水を、仙台で有料の放射能測定にかけたら30ベクレルありました。帰還しても、除染は不十分です。水も野菜も米も安心して飲食できる状態ではない。店も病院も乏しいところで、生活はできないでしょう。帰還宣言する前に、国は自ら現場に出向き、本当に住めるか否かを検証してください。」


【最近の被災者】
皆様意気消沈しておられます。やっと生きている感じです。我が家には被災者の方々からの電話や手紙も多く、訪ねて来られる方も多くなりました。私は我が家が被災者の心の安らぎの場所になれば良い、と思っています。黙って話を聞き、黙ってもてなす。一緒に心を寄せ合い、一緒に泣き、笑う。被災者の方々には、理解者、心の友、手足を伸ばせる安らぎの場が必要です。皆様、福島の方々の苦悩をわかり合える、真の友であってください。そして、多くの方々に福島の現状をお伝えし、1人でも多くの方々に、福島の友になっていただけますよう、私のブログ、パンフレットをご活用下さい。そして、おできになられます方は、小さなご支援をよろしくお願い申し上げます。


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【被災地への支援に関するお問い合わせ】
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AM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします)

なお、こちらのリンク先には現在被災地から要請を受けている、具体的な支援品のリストを掲載しております。併せてご覧いただければ幸いです。

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by momofukuoka | 2014-05-13 06:01 | 福島の被災地の現状
今日は被災地「都路(みやこじ)」について話したいと思います

韓国の旅客船セウォル号の沈没、ウクライナ問題とロシア、アメリカでは富裕層との格差問題など、地球は一体どうなってしまったのか?と思う程、胸を痛めることが多くなりました。もともと平和で人も動物も互いを大切にした地球であったのに。これから先、私たち地球人は、どこを向いて歩いて行ったら良いのでしょう? 問われるのは、「私たち一人一人の良心」でしょうか?


【都路の風土と人々】
都路は、大熊町、葛尾村、川内村に隣接し、399号線と288号線に沿った、海抜350~700mの山村。冬は零下8~10度となる。もともとは人口3000人ほどの、水道もなく、井戸や山の水を共同水道とし、水洗トイレもない、自然豊かな、田園に囲まれたところで、産業は農業、畜産、林業など。山菜や川魚を食し、食費を出費することなく、質素を旨とし、素朴で忍耐強く、愛情あふれ、欲が少なく、仲間、親を大切にし合う。口数も少なく、自分を飾ることもない村人たちでした。これは、川内村、葛尾村、飯舘村等、山村の方々に共通したタイプです。

平成17年に都路を含む5つの町村(都路、滝根、大越、常葉、船引)が合併して、田村市となり、元都路の村長は田村市長のもとに属するようになりました。

合併したとはいえ、都路はもともと交通機関も少なく、不便なところで、店も個人の店が5、6軒小さい店があるのみ。診療所と歯医者が各1軒、小学校と中学校が各1校の村です。

のどかで素朴な村人たちの生活は、原発ですべてが一変し、すべての幸せを失いました。今まで食費を必要としなかったのに食費を要し、朝から夜まで働いていた彼らは4畳半の仮設に閉じ込められ、身内や仲間を大切にし、支え合って生活していたのに、身内、仲間はバラバラに引き裂かれました。(これは被災者皆に共通していることです。)都路は東側3分の1が原発から20キロ圏内にあります。

都路住民の仮設住宅は船引町に4ヵ所あります。船引運動場仮設(179戸500人)、第2運動場仮設(100戸176人)、福祉の森仮設(36戸89人)、御前池公園仮設(44戸100人)。これは2013年10月26日時点の数字です。その後、2014年4月1日に都路の20キロ圏内に出されていた避難指示が解除され、帰還宣言に伴い、特に最近は人数の変動があります。


【都路の賠償金について】
以下は、被災者自治会長さんから聞いたお話です。

原発から30キロ圏外は市から1人3万円出たのみ。精神的賠償金も、家の修理費も出ない。

20キロ~30キロ圏内は、2012年8月に緊急時避難準備区域の指定が解除。1年間は継続して精神的賠償金(月10万円)が出たが、その後は止まった。家の修理費として30万円出た。それ以上はどんなに領収証を持っていっても出してもらえない。

(国や自治体のHPを見ると、20キロ~30キロ圏内は2011年9月30日に緊急時避難準備区域の指定が解除されていますので、自治会長さんの言う12年8月というのは、賠償金が打ち切られた時期のことではないかと思われますが、複数の自治会長さんが「12年8月解除」とおっしゃっています。)

20キロ圏内は、今はまだ精神的賠償金の月10万円は出ている。

原発の関連死に対し、話としては、世帯主500万円、それ以外は250万円と言われているが、いまだもらっていない。

弁護士を通し、原発関連死や葬儀代の補償、月10万円の精神的賠償金の継続などを申請しているが(都路で200人)未成立。


【解除に向けての政府の方針】
避難指示の解除について、国は、個人の年間追加被曝20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト)以下を必須の条件としている。(20ミリシーベルトは、原発事故前の年間被曝量限度1ミリシーベルトの20倍です。)一方で、除染の長期目標は事故前の平常時と同じ年間1ミリシーベルト(毎時0.23マイクロシーベルト以下)を目指している。

政府は原発から20キロ圏内の都路地区の避難指示を2014年4月1日に解除した。政府は、「年間20ミリシーベルト以下であること、インフラなど生活環境の復旧、地元との十分な協議などの解除条件を満たした、と判断し、2月23日に開いた住民との意見交換会で、解除方針を決定した」としているが、現実は、地元との十分な協議は無かったそうで、生活環境の復旧は未完成です。

都路で20キロ圏内の人は117戸(370人)居ます。精神的賠償金の1人月10万円も解除後1年で打ち切られます。(これは自宅に帰らず、他で避難していても同様の扱いです。)解除すると、賠償を受ける権利がなくなります。

政府は早期帰還を促すために、避難指示解除後1年以内に戻った20キロ圏内の人に早期帰還者賠償として1人90万円程度支払うと言います。

早期帰還を促すために、政府は2013年8月に長期宿泊特例制度を開始しました。特例宿泊者に貸し出した個人線量計15人分の実測値から、年間追加被曝線量で0・4~1・6ミリシーベルトとし、「除染の長期目標である1ミリシーベルトをおおむねクリアしており、問題なく生活できる」として、都路について帰還を宣言しました。

2014年4月から、幼稚園、小学校、中学校も都路の元の校舎で再開し、今は郡山のスクールバスで通学していますが、2015年4月からは都路の自宅から通学するように、と促されています。

都路での国の直轄除染は2013年6月末で終了しました。「政府は一律の再除染は行わず、相談窓口を設け、個別の状況に応じて土壌の除去で対応する。健康相談を配置し、モニタリングを継続する」そうですが、実際は、モニタリングの結果は本人には知らされませんし、除染の仕方も不十分で、住民の叫びや声は無視されています。政府は被災者には向き合っておらず、国が一方的に強引に推し進めている、と被災者は感じています。

政府は福島原発被災地の11の市町村の避難区域を解除するための最初の試金石として、都路の20キロ圏内から始めました。今後2年の間に、6市町村(南相馬、川俣、楢葉、飯舘、葛尾、川内)の帰還を判断するとのことです。

政府が設定した避難指示区域は、原発から20キロ圏とその周辺11市町村で、対象者は2万8880戸(8万942人)居ます。政府は、その方々の避難指示解除を考えているようです。

政府は、原発西南7.5キロの大熊町大川原地区を「居住制限区域」としているが、そこを復興拠点と位置づけ、4年を目処に生活インフラを整備するそうです。
(政府発表に関する新聞報道や被災地自治体のHPを参考にしました。)

参考
田村市都路町住民 戻ってきたのは1/4
避難指示解除…8万人帰還の試金石
「大熊町」の行方 「復興」何を目指すのか
緊急時避難準備区域解除に係る復旧計画(概要版)田村市


【都路住民の声と現状】
「20~30キロ圏内であっても、場所により、毎時0.6~0.7マイクロシーベルトあります。」

「“水を飲んでも良い”と言われても、不安で飲めません。」

「“米を作って食べても良い”と国は言う。しかしそのデータは我々にも役場にも、国は知らせてくれないので、放射線量については役場も我々も解らない。」

「我々が作った米は、農協に持っていき、買ってもらう。我々は自分で作った米は食べていない。新潟などの米を買って食べている。我々が農協に持っていった米はどこに行っているかは解らない。」

「都路の線量は高い。住んでいるところも高い。だのに、“帰れ、帰れ”と言う。20キロ圏内でも帰すと言う。それは我々に“死ね”と言っているようなものです。」

都路の住民は、賠償金も打ち切られ、自宅に帰っても農作業はできず、収入源がないために、やむなく富岡町の除染作業で糧を得ています。作業現場では、防護服を着ることなく、マスクとゴム手袋、長靴で働いている、と言います。1日9~15マイクロシーベルトを浴びてくると言います。危険手当1万円、1日の手当6千円で、1ヵ月15回位行っている、とのことです。これをしないと、収入はゼロです。

除染、草刈りは公共の場しか役場はしません。個人の家は個人で、というのが原則なので、家屋敷の草刈り、掃除、家の修理も個人任せです。役場も、「国から言われているのでできない」とのことです。しかも費用は国も役場も出しません。若者不在となり、高齢者の皆さんがどこまで自力でできるでしょうか? お金が無い方々なのに。

都路に帰還しても、店も病院もなく、交通も不便な所です。どうして生活ができるのでしょうか。

途方に暮れている自治会長さんに私は言いました。「私が責任をもって支援品を送りましょう。義援金も送りましょう。だから住民のために立ち上がり、支援の窓口をあなたが作ってください。口座も作ってください。純粋に村人のために使ってください。救ってやってください。」自治会長さんは「貧しい村人におかずを買ってあげられる」と喜んでいました。

皆様、都路へのご支援をよろしくお願い申し上げます。


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by momofukuoka | 2014-05-02 18:50 | 福島の被災地の現状