2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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カテゴリ:福島の被災地の現状( 61 )

最近思いますことは、私たち人間の中には、「良心」というのが、生まれたときから備わっていたはずなのに、一人一人の心に宿っていたはずなのに、心の指令塔であるはずの「良心」はどうなってしまったのでしょう? 各々の人格の指令塔の良心の存在さえ、今は全く無視され、その存在さえ知らない方がほとんどの世界になってしまったのでしょうか? 各々の幸せの基準は、自分の心の指令塔である「良心」の叫びに従うことであるのに。

今、もう一度、私たちは自分の心の奥底で叫んでいる「良心」の存在に気づき、自分の生き方を振り返るために、心の指令塔である「良心」の声に静かに耳を傾けてみてはいかがでしょうか。

さて今日も、今の福島の現実を伝えさせてください。今日は5人の方から最近伺った話を伝えさせていただきます。


【被災者のお話】
①福島県内で被災者支援に関わる被災者の方のお話
「最近、石原伸晃環境相が“金目”の失言をしました。その影響は大きく、福島の多くの被災者が、“あなたたちの目的はお金だろう、金目当てだろう”という目で見られるようになったと感じています。“私たちは、そんなことではない。原発被害がもたらした様々な精神的苦悩、生活の苦悩を早く解決して、元のような生活に私たちを戻してください”という私たち被災者の心の叫びは顧みられることはありません。石原環境相の失言以来、周りの視線が冷たくなったため外に出て行けず、家にこもる被災者が多くなりました。とても悲しいことです。早く私たちを元の生活に戻す努力をしてください、と言いたいです。」

②浪江町 津波で母・妻・息子・孫を亡くされ、自宅・工場を流され、すべてを失い、1人でアパートに住んで居られる74歳の男性
「息子に家を建てるために1200万円あげた。新築して、2ヶ月で流されてしまった。」
彼は時々、私宅に電話を下さいます。言葉は一言、二言です。辛い核心には触れません。ただ私の名を呼び、「会いたいよ~」とだけです。私はこの言葉の奥にある、魂の叫びを感じます。不安、寂しさ、孤独、恐怖…。彼はいまだ2011年3月で止まっているのだと思います。現実を直視する勇気はいまだないのだと思います。毎日をどうにか生きているだけ。「淋しくてたまらないよ~!」との魂の叫び。誰も受けとめてくれる方はいないのかもしれません。こんな方に、頑張れ、とは言えません。これからの将来のことなど語れません。おそらく、あの日の悪夢に毎晩うなされながら、毎日を必死で耐えている、それが現状ではないでしょうか? これが多くの被災者の現実ではないでしょうか?

③川内村 73歳の女性。母93歳、夫75歳、農家
「村にはファミリーマート1軒、自営業の小さい店1軒しかありません。食糧、生活用品を求めて、車で1時間半かけて船引まで買い物に行きます。母は要介護、夫は田畑。私は5月に貧血で倒れ、あばら骨を2本折りました。台所をする人がいないので、私がしています。放射能汚染のことは不安です。しかし野菜は買えば高い。だから自分たちで作った物を食べています。少しずつ。」農家の方は国民年金以外に収入はありません。経済状況は大変と思います。川内村は2012年8月で賠償金がストップしましたから。

④楢葉町 仮設住宅の70代の自治会長。母88歳、妻70代
「母は要介護です。楢葉は20キロ圏内で帰れる唯一の所です。帰還宣言はまだされてはいません。しかし荒れた田畑を放っておくと、将来使えなくなります。だから時々帰っては田畑の土おこしをしています。自宅は臭くて入れない。屋根瓦が落ちて雨漏りがし、カビが生えている。泥棒も入った。小動物も入り、家は住める状態ではない。」

⑤葛尾村 借り上げ住宅の60代男性
「原発に関する情報は、福島県内では少なくなった。同じ朝日新聞でも、そちらでは大きく取り上げられても、福島の新聞はわずかな紙面しか割かない。情報を知りたくて、パソコンを始めた。ところが、原発に関すること、国に逆らう内容になると、すぐに画面が黒くなる。最初に出たときに早くコピーしておかないと、次に見ようとしても消されている。選挙の時になると、もっと酷い。福島県内の情報は操作されている。中国どころじゃない。」

皆様、これが福島の方々の現実の姿です。ご自分の身に置き換えて考えてみてはいただけませんでしょうか? 私も身近な友の中に、夫を亡くした方、妻を亡くした方が居られ、七回忌を過ぎてもなお悲しみから立ち直れない人も知っております。愛する人を失った方にとっては、年月は関係なく、心の癒しにも時間がかかるものです。想像を絶する恐怖の日々を送った被災者、地獄を毎日体験した彼らには、それを簡単に乗り越えることはできないでしょうし、あの日の恐ろしさは生涯、心と体に染みついて離れることはないのではないでしょうか? 人は、自分を受けとめてくれる理解者、苦悩を拒否することなく、まるまる自分を愛し、苦悩を共有して寄り添ってくださる方によって、初めて心癒され、傷が癒され、心が解放され、そうして初めて前向きに歩めるようになるのではないでしょうか? 人間は誰しも弱いものです。思っている以上に弱いものです。簡単なことで傷つき、倒れるものです。ご自分の体験からもおわかりになられるでしょう。人間はどんな人も一緒です。

どうぞ皆様、被災者に手を差し伸べてください。あなたの小さな親切で、心病んで居られる被災者を1人でもお救いください。よろしくお願い申し上げます。


【生きる力アドバイス】(2回目)
私たちの一生は、一回限りの人生です。皆、心の中に、クリスタルの心、愛の心、愛の魂を持っています。自分の魂を大切にしましょう。輝かしましょう。自分のクリスタルの心は、善悪の判断ができるはずです。自分の魂に、心に正直でありましょう。自分の心は自分のものです。他者から判断されて動くのではなく、自分の心の叫び、自分の喜び、湧き上がるエネルギー、幸せな感情、それこそが、あなたの魂の求めであり、叫びです。それを良心の基準にし、判断の基準にし、生き方の基準にしましょう。
 あなたの人生は、あなたしか生きられません。あなたのクリスタルの心を大切にし、二度と無い人生を大切にしてください。


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【被災地への支援に関するお問い合わせ】
福岡百子
FAX 047-346-8675
携帯 080-5547-8675          
f.mom.1941@ezweb.ne.jp
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましては
AM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします)

なお、こちらのリンク先には現在被災地から要請を受けている、具体的な支援品のリストを掲載しております。併せてご覧いただければ幸いです。

※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。
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by momofukuoka | 2014-06-25 20:18 | 福島の被災地の現状
【被災者の生きる方法を…】
日頃より、被災地のためにお心をお寄せ下さり、お祈りや物資支援、義援金など、また温かい思いで福島の方々をご心配していただいております皆様に心から感謝申し上げます。今回はいくつかのお知らせを申し上げます。

①福島の現状はますます過酷になりつつあります。それは放射線量の高いところに帰還宣言をされ、被災者の意志とは別に帰還を促されていることです。もともと素朴で、自己意志を示すことに不慣れな福島の方々は、不条理と知りつつも、為す術が解らず、逆らうことができないでおります。

②支援者の皆様には、為す術を知らない福島の被災者のために、生きる方法を考えてはいただけませんでしょうか? もはや国を責め、被災者の行動を責め、国民の無関心を責めることを止め、いかにしたら福島の被災者を救えるのか、私たち支援者が知恵を絞って救済のために積極的に動いていただけませんでしょうか?

③一つは、移住の場所の情報探しです。具体的に、場所(連絡場所も含め、あらゆる移住先の具体的情報です)。無収入に等しい被災者です。この状況にある被災者の経済面、仕事、生活、住居、子どもの学校、被災者を迎え入れる温かい町の雰囲気、できれば一家族ではなく、同じ何人かの村人たちが共に近くで住める状態に。主に被災者は、農業、畜産、林業、漁業で子どもの時からその生活に慣れ親しんできました。できれば、似た環境にご紹介できたら、と思います。

また被災者の多くは、二世代、三世代の祖父母と共に生活していて、家族が離れることは考えられない方々でした。可能なら、再び家族皆が共に生活できる家、古民家などもご紹介いただけましたら、ありがたく存じます。

④皆様のネットワークで、これからは被災者を救う運動を広げていっていただけませんでしょうか? そして、この、情報を集め、発信していただく仕事を、ボランティアでしていただけます方のお申し出をいただけませんでしょうか?

一人の力では実践は難しいことでしょう。しかし一人一人が心を寄せ合い、知恵を出し合い、「被災者を救う、私たちの手で」という目標を持って、一歩行動に移した時に、波紋は波紋と成り、皆様を動かす力となり、本当に被災者を救うことができるのではないでしょうか?

⑤ご自分の得意とする分野をもって、お一人お一人の才能を生かし、助けていただけませんでしょうか? パソコン、通信、農業、漁業、林業、果樹園、畜産、医師、アロマセラピー、マッサージ、建設業、料理家、保育士、看護師、教師、父、母、若い力、植木屋、水道業、ミュージシャン、スポーツ、落語、マジック、絵描き、手芸家。すべての能力が、一人一人の能力と参加が被災者たちを助ける力になると思います。他人任せではなく、一致団結して被災者を救うべく立ち上がっていただけませんでしょうか? お一人お一人の才能、エネルギーは、この世で役立つために天から授かった賜物と思います。日本人は善きことに向かっての団結心は強いと思います。私たちの手で、この日本を善くするため、善きことのために努力していただけませんか?

被災者を救うという目標のためにリーダーになっていただけます方のお申し出を心からお待ち申し上げております。日本国内には、善意ある奉仕団体が数多くございます。しかし残念なことに、横の連絡はなく、バラバラに活動しております。それはとても残念なことです。互いが交流を深め、情報交換をし、目標に向かって団結し合うなら、互いの能力はもっと発揮されるのではないでしょうか? 奉仕団体からの問い合わせも、心からお待ち申し上げております。


【被災者の声】
「一年、二年はまだよかった。三年になったら、本当にきつい。誰も振り向いてくれない。」

「年寄りの一人暮らしは可哀想。孤独死、自殺者が多くなった。」

「(双葉町の)井戸川元町長さんは、鼻血について良く言ってくれた。我々は言いたくても言えない環境にある。被曝しているからか、抵抗力が弱くなったからか、とても疲れる。いわゆるブラブラ病と診断される人が多くなった。」

「極端に免疫力が低下し、疲れやすく、倦怠感がひどくなった。災害前は、風邪などめったにひかなかったのに、今は簡単に風邪をひく。下痢、咳が多くなり、除染作業やがれきの片付けをした後は、次の日からすごい倦怠感に襲われる。鼻血のことはウソじゃない。被災者に聞けば解る。ほとんどの人が体験している。」

「原爆症の症状を調べたら、同じ症状が出始めたと感じる。」

「ボディー検査、甲状腺検査の結果は、ただ『異常ありません』で来る。我々に検査の詳しい数値は知らせられない。国のみが知っている。データを我々に知らせず、『信用しなさい』というのはおかしい。」

「放射線量測定器は役場からもらった。個人で何種類も買い求めた人もいる。しかし、どの測定器もみな異なるので、何を信じたら良いのかわからない。」

「都路は場所によって放射線量が異なるのも確かです。今は田植えのシーズンです。しかしできた米、作った野菜は、私のところでは食べません。作った野菜は捨てています。農業をしてきた私たちは、他にやることがありません。捨てると解りながら、しないわけにはいかないのです。」(私はこの言葉に、被災者の悲しみの深さに、想像を絶する魂の苦悩を感じました。)


【放射能の影響は?】
山村の広野町、川内村、そして今年の4月からは都路町の保育園、幼稚園、小学校、中学校が開校しました。水道水も基準値以内とのことで、飲料水として飲んでいるようです。果たして本当に大丈夫でしょうか?と心配になります。

被災者の話では、放射能の人体への影響は、七、八年後に表面化するとのことです。生活のために除染作業、がれき処理などに被災者は行っていますが、その後遺症が被災者方の命取りにならなければ良いが、と私は心配しています。

私は皆様に被災者方への物資支援、また義援金のお願いをしながら、最近、戸惑いを感じることもあります。帰還宣言をした役場や役場を支える支援団体が情熱を傾けて帰還を促し、放射能汚染への警戒心もなく、放射線量が基準値以内だからと言って、乳幼児の飲料水に水道水を与えています。無防備に喜んで帰り、村の再建を、と意気込む村人の姿や、役場職員の復興への情熱に接した時、自立を促す役場の職員と、被爆を恐れ戸惑う被災者とのギャップに戸惑いを感じるのです。七、八年後の被曝後遺症が現実化されないように、と祈る心で本気に私は心配しています。


【今後の物資支援について】
すでに帰還宣言をされて、帰村しつつある村人からの要請に対しては、自治会長さんの情報を元に、村人たちに物資を送っております。また帰還宣言をされていない所は、仮設住宅の自治会長、または町村の被災者代表に送っています。

これから物資支援をするところを挙げます。帰還宣言をされた町村の被災者からの要請に応える支援と、津
波で財産を失った方の転居に際しての支援。2011年から放射能汚染のために自宅に入ることができなかった方への支援(この方々の住まいは、ネズミなどの動物たちの住処になっており、湿気、カビで全財産を処分しなければならず、寝具を始め生活必需品の支援が必要です)。また東電の補助金、支援品が不足のまま不自由な生活をしておられる自主避難者、借り上げ住宅への支援を継続させていただきます。つまりは、南相馬、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町、川内村、都路町、葛尾村、飯舘村の方々です。

被災者すべてが私たちの支援の対象です。たとえ福島県外であっても、苦しんでおられます方々は、皆様、大切な友、仲間と思っております。

どうぞ皆様、可能の中で、温かい手をさしのべて下さいますように、よろしくお願い申し上げます。


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by momofukuoka | 2014-05-24 01:00 | 福島の被災地の現状
ゴールデンウィークも終わり、テレビを通し、アベノミックスの経済効果について、消費税アップによる家庭経済への不安の声が流れる一方、旅行者が増えたという、明るいニュースが流れるようになりました。私は、「最近見るテレビの報道が真実なのでしょうか? 一般国民の目を真実から逸らすためにあらゆる報道などを通し、マスコミ界も影の力に操られているのではないのでしょうか?」と思うようになりました。なぜなら、福島原発被災者への国の対応に関して、テレビ・新聞・ネット上の報道で、偏った情報、実際の現状とは異なる情報が流され、そのために福島被災者は世間の冷たい視線にさらされ、追い詰められているからです。

私は皆様に申し上げたいです。「世間に流れる報道を鵜呑みにすることを止め、ご自分で真実を知るように、現実を知るようになさってみて下さい」と。福島の被災者の生の声に接していますと、最近のマスコミ報道の多くに、十分な真実を伝える客観性が欠けていると感じます。一方的な偏った視点の報道のために、当事者の人権が傷つけられ、弱者の人生が踏みにじられているような気がします。報道者にも、報道者としての責任と自覚を持っていただきたいと思いますが、私たちも報道情報への接し方について、自覚を持っても良いのではないでしょうか。


【政府発表の報道と現実の違い】
賠償問題における報道と現実の違いをお知らせいたします。2014年2月12日付の産経ニュースは以下のように伝えています。

「政府は昨年末、それまで掲げてきた“全員帰還”の原則を断念した。その直後に決まった国の新たな賠償指針は、戻る見通しの立たない“帰還困難区域”の2万5千人を対象に“故郷喪失慰謝料”を1人700万円、一括で支払うことにした。地価の高い都市部で家を買い直す費用も上乗せした。」

「原発事故の損害賠償 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会の指針に基づき、東京電力が支払う。財物や精神的損害などがあり、帰還困難区域は故郷喪失慰謝料が上乗せされる。同省の試算によると、30代の夫、妻、子供2人の持ち家4人世帯が福島県内の都市部へ移住した場合の総額は帰還困難区域で1億675万円、居住制限区域で7197万円、避難指示解除準備区域で5681万円。」

(http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140212/dst14021215300003-n2.htm)

この情報は、福島原発被災地においては真実ではありません。夢また夢の話であり、これが実現されれば、被災者の苦労は無い。どうして政府は公表したことを実践してくれないのか? どうして報道は政府の「賠償指針」のみを伝え、それが全く実践されていないという現状は伝えないのか? 実践しないこと、実践できないことなら、政府は公表しないでください。マスコミは、政府と東電が本当にしていること、現実に行っていること、「真実」のみを報道してください、と申し上げたいと思います。

多くの国民は政府の発表を、新聞やテレビ、ネット上のものも含めてマスコミの報道を真実と思い、信じています。報道が現実と異なるとするなら、これは国民を欺くことではないでしょうか? 不正な情報に汚染された日本国民は、「福島原発被災者は、十分な補償を受けて生きている」と思い込み、被災者への視線は冷たくなり、どの被災者も苦しんでいます。

ある被災者の体験です。「引っ越したので、近隣に挨拶に行きました。そしたら、『あなたたちとは関わりたくないから来ないでくれ』と言われました。」この言葉は、大勢の被災者の方から聞きました。「私たちは避難先で友達を作ることはできません。『あなたたちはお金をもらって生きている』と言われます。外に出るのが怖いです。冷たい視線にさらされるからです。部屋にこもるしかありません。」


【災害の日から福島原発被災者がもらったお金】
くどいようですが、2011年3月から今日まで被災者がもらったお金について、再度まとめてみたいと思います。次回からは金銭以外の情報をなるべくお伝えしたいと思います。でないと、被災者はお金だけを問題にしていると錯覚を起こさせることになりますし、被災者の苦悩には多種多様な面があるからです。一側面の情報ですと、被災者の苦悩の本当の姿が解らないと思いますので、金銭に関する情報は今回を主にし、次回から他の情報を流したいと思います。

まず30キロ圏外は東電とは関係ないとされています。賠償金の対象は30キロ圏内の方です。

2011年に対象者の家族に100万円(2人でも5人でも100万円)、単身者に75万円が出ました。

その後は、精神的賠償金のみ。これは、領収証(生活消耗品、食品以外)を添えて申請し、通った人にのみ、通帳に入金されました。しかし、そうした被災者も通帳を見て気づきました。最初にもらったと思っていた金額(家族100万円、単身者75万円)が、通帳から差し引かれていたのです。東電の人の説明によると、「100万円は仮払金だから精算したまでです」とのこと。

精神的賠償金は、1人月額10万円が3ヵ月分まとめて出ました。

「月10万円では生活できないから」と言って、弁護士を通して賠償を申請した人は、2011年以降、1銭も未だにもらっていません。

20キロ圏~30キロ圏内の人は、2012年8月で精神的賠償金の支払いは終了しました。

20キロ圏内の人でも、避難指示が解除された都路町は2015年3月末で支払い終了予定です。政府は順次11の市町村の指定解除を検討し、賠償金も打ち切る方向に行くようです。

津波被害者に対しては、東電には関係ないとされていて、津波被害者への対応は国の責任のようです。災害当初、全壊は100万円、死亡者に対しては、世帯主500万円、他の方には250万円支払うと言うことでした。

現在、帰還困難区域の大熊町の方の話によると、その方の場合の補償額は、1平米700円、1坪2100円です。300坪あったとしても63万円です。これでは、土地を買っても家は建てられず、家を建てても生活費が無い。この金額は、固定資産税によって決められ、建築年数によって異なります。農協や銀行のローンを抱えている人は、支払いを求められ、口座から引き落とされています。原発で住めない家のローンも払わなければならないのです。大熊の家、土地を、国は「買い取る」とは言わない。「補償する」としか言わない。

災害復興住宅も遅々として進んでいません。南相馬では、今年4月20日に第1回目の災害復興住宅の引っ越しがありました。なんとたったの28戸です。競争倍率は26倍だったとのこと。しかも、平成29年3月までは無料ですが、後は家族の総所得によって家賃は上昇します。月1万円の人も居れば、10万円の人も居るという。何という不条理でしょう。

私は、どうして福島の災害復興住宅建設が少しも進まないのかと、不思議でなりませんでしたが、最近思いますことは、政府は最初から被災者を帰還させるつもりでいたので、復興住宅を建てるつもりがなかったのではないか、ということです。これ、私の勘違いでしょうか?


【福島の原発被災者がいただいた義援金】
被災当初、全国の皆様はたくさんの義援金を、心を込めてご寄付されました。私たちは当然、それが被災者の手に渡るものと確信しておりました。しかし、どれだけ集まり、どのように使われたのかは解りませんが、私がお伝えできるのは、被災者方から伺った情報です。市町村によって多少異なりましたが、1回3万円くらい。1回の所もあり、3回の所もありました。被災者の皆様は感謝しておられました。

「被災者にとって悲しかったことは、国から1銭ももらっていないこと。金額ではない。国民を思う心が欲しかった。」

「国からはいまだに我々に謝罪の言葉がありません。私達がこんなに苦しんでいるのに。福島の原発被災者に対し、謝罪の言葉が1回くらいあっても良いのではないか。我々は原発ができる時も反対しました。あの時も国は強引だったけど、今もあらゆる面で強引です。我々の話は聞いてくれない。陳情も叫びも聞いてくれない。まったくの無視です。住まいも環境も健康も人権も、何もかも無視です。今は放射線量の高いところに我々を帰そうとする。それは我々に“死ね”ということです。“水も野菜も米も安全だ”と国は言う。仮設でさえ、0.3マイクロシーベルトあります。」

「国が言う放射線量についても、実際は3倍ある。放射線量についての情報も、誰を、どれを信じて良いかわからない。“井戸水は深いので、放射能は下の方にあるから、上の方の水は安全だから飲んでも良い”と言われた。国に“10ベクレル”と言われた水道水を、仙台で有料の放射能測定にかけたら30ベクレルありました。帰還しても、除染は不十分です。水も野菜も米も安心して飲食できる状態ではない。店も病院も乏しいところで、生活はできないでしょう。帰還宣言する前に、国は自ら現場に出向き、本当に住めるか否かを検証してください。」


【最近の被災者】
皆様意気消沈しておられます。やっと生きている感じです。我が家には被災者の方々からの電話や手紙も多く、訪ねて来られる方も多くなりました。私は我が家が被災者の心の安らぎの場所になれば良い、と思っています。黙って話を聞き、黙ってもてなす。一緒に心を寄せ合い、一緒に泣き、笑う。被災者の方々には、理解者、心の友、手足を伸ばせる安らぎの場が必要です。皆様、福島の方々の苦悩をわかり合える、真の友であってください。そして、多くの方々に福島の現状をお伝えし、1人でも多くの方々に、福島の友になっていただけますよう、私のブログ、パンフレットをご活用下さい。そして、おできになられます方は、小さなご支援をよろしくお願い申し上げます。


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by momofukuoka | 2014-05-13 06:01 | 福島の被災地の現状
今日は被災地「都路(みやこじ)」について話したいと思います

韓国の旅客船セウォル号の沈没、ウクライナ問題とロシア、アメリカでは富裕層との格差問題など、地球は一体どうなってしまったのか?と思う程、胸を痛めることが多くなりました。もともと平和で人も動物も互いを大切にした地球であったのに。これから先、私たち地球人は、どこを向いて歩いて行ったら良いのでしょう? 問われるのは、「私たち一人一人の良心」でしょうか?


【都路の風土と人々】
都路は、大熊町、葛尾村、川内村に隣接し、399号線と288号線に沿った、海抜350~700mの山村。冬は零下8~10度となる。もともとは人口3000人ほどの、水道もなく、井戸や山の水を共同水道とし、水洗トイレもない、自然豊かな、田園に囲まれたところで、産業は農業、畜産、林業など。山菜や川魚を食し、食費を出費することなく、質素を旨とし、素朴で忍耐強く、愛情あふれ、欲が少なく、仲間、親を大切にし合う。口数も少なく、自分を飾ることもない村人たちでした。これは、川内村、葛尾村、飯舘村等、山村の方々に共通したタイプです。

平成17年に都路を含む5つの町村(都路、滝根、大越、常葉、船引)が合併して、田村市となり、元都路の村長は田村市長のもとに属するようになりました。

合併したとはいえ、都路はもともと交通機関も少なく、不便なところで、店も個人の店が5、6軒小さい店があるのみ。診療所と歯医者が各1軒、小学校と中学校が各1校の村です。

のどかで素朴な村人たちの生活は、原発ですべてが一変し、すべての幸せを失いました。今まで食費を必要としなかったのに食費を要し、朝から夜まで働いていた彼らは4畳半の仮設に閉じ込められ、身内や仲間を大切にし、支え合って生活していたのに、身内、仲間はバラバラに引き裂かれました。(これは被災者皆に共通していることです。)都路は東側3分の1が原発から20キロ圏内にあります。

都路住民の仮設住宅は船引町に4ヵ所あります。船引運動場仮設(179戸500人)、第2運動場仮設(100戸176人)、福祉の森仮設(36戸89人)、御前池公園仮設(44戸100人)。これは2013年10月26日時点の数字です。その後、2014年4月1日に都路の20キロ圏内に出されていた避難指示が解除され、帰還宣言に伴い、特に最近は人数の変動があります。


【都路の賠償金について】
以下は、被災者自治会長さんから聞いたお話です。

原発から30キロ圏外は市から1人3万円出たのみ。精神的賠償金も、家の修理費も出ない。

20キロ~30キロ圏内は、2012年8月に緊急時避難準備区域の指定が解除。1年間は継続して精神的賠償金(月10万円)が出たが、その後は止まった。家の修理費として30万円出た。それ以上はどんなに領収証を持っていっても出してもらえない。

(国や自治体のHPを見ると、20キロ~30キロ圏内は2011年9月30日に緊急時避難準備区域の指定が解除されていますので、自治会長さんの言う12年8月というのは、賠償金が打ち切られた時期のことではないかと思われますが、複数の自治会長さんが「12年8月解除」とおっしゃっています。)

20キロ圏内は、今はまだ精神的賠償金の月10万円は出ている。

原発の関連死に対し、話としては、世帯主500万円、それ以外は250万円と言われているが、いまだもらっていない。

弁護士を通し、原発関連死や葬儀代の補償、月10万円の精神的賠償金の継続などを申請しているが(都路で200人)未成立。


【解除に向けての政府の方針】
避難指示の解除について、国は、個人の年間追加被曝20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト)以下を必須の条件としている。(20ミリシーベルトは、原発事故前の年間被曝量限度1ミリシーベルトの20倍です。)一方で、除染の長期目標は事故前の平常時と同じ年間1ミリシーベルト(毎時0.23マイクロシーベルト以下)を目指している。

政府は原発から20キロ圏内の都路地区の避難指示を2014年4月1日に解除した。政府は、「年間20ミリシーベルト以下であること、インフラなど生活環境の復旧、地元との十分な協議などの解除条件を満たした、と判断し、2月23日に開いた住民との意見交換会で、解除方針を決定した」としているが、現実は、地元との十分な協議は無かったそうで、生活環境の復旧は未完成です。

都路で20キロ圏内の人は117戸(370人)居ます。精神的賠償金の1人月10万円も解除後1年で打ち切られます。(これは自宅に帰らず、他で避難していても同様の扱いです。)解除すると、賠償を受ける権利がなくなります。

政府は早期帰還を促すために、避難指示解除後1年以内に戻った20キロ圏内の人に早期帰還者賠償として1人90万円程度支払うと言います。

早期帰還を促すために、政府は2013年8月に長期宿泊特例制度を開始しました。特例宿泊者に貸し出した個人線量計15人分の実測値から、年間追加被曝線量で0・4~1・6ミリシーベルトとし、「除染の長期目標である1ミリシーベルトをおおむねクリアしており、問題なく生活できる」として、都路について帰還を宣言しました。

2014年4月から、幼稚園、小学校、中学校も都路の元の校舎で再開し、今は郡山のスクールバスで通学していますが、2015年4月からは都路の自宅から通学するように、と促されています。

都路での国の直轄除染は2013年6月末で終了しました。「政府は一律の再除染は行わず、相談窓口を設け、個別の状況に応じて土壌の除去で対応する。健康相談を配置し、モニタリングを継続する」そうですが、実際は、モニタリングの結果は本人には知らされませんし、除染の仕方も不十分で、住民の叫びや声は無視されています。政府は被災者には向き合っておらず、国が一方的に強引に推し進めている、と被災者は感じています。

政府は福島原発被災地の11の市町村の避難区域を解除するための最初の試金石として、都路の20キロ圏内から始めました。今後2年の間に、6市町村(南相馬、川俣、楢葉、飯舘、葛尾、川内)の帰還を判断するとのことです。

政府が設定した避難指示区域は、原発から20キロ圏とその周辺11市町村で、対象者は2万8880戸(8万942人)居ます。政府は、その方々の避難指示解除を考えているようです。

政府は、原発西南7.5キロの大熊町大川原地区を「居住制限区域」としているが、そこを復興拠点と位置づけ、4年を目処に生活インフラを整備するそうです。
(政府発表に関する新聞報道や被災地自治体のHPを参考にしました。)

参考
田村市都路町住民 戻ってきたのは1/4
避難指示解除…8万人帰還の試金石
「大熊町」の行方 「復興」何を目指すのか
緊急時避難準備区域解除に係る復旧計画(概要版)田村市


【都路住民の声と現状】
「20~30キロ圏内であっても、場所により、毎時0.6~0.7マイクロシーベルトあります。」

「“水を飲んでも良い”と言われても、不安で飲めません。」

「“米を作って食べても良い”と国は言う。しかしそのデータは我々にも役場にも、国は知らせてくれないので、放射線量については役場も我々も解らない。」

「我々が作った米は、農協に持っていき、買ってもらう。我々は自分で作った米は食べていない。新潟などの米を買って食べている。我々が農協に持っていった米はどこに行っているかは解らない。」

「都路の線量は高い。住んでいるところも高い。だのに、“帰れ、帰れ”と言う。20キロ圏内でも帰すと言う。それは我々に“死ね”と言っているようなものです。」

都路の住民は、賠償金も打ち切られ、自宅に帰っても農作業はできず、収入源がないために、やむなく富岡町の除染作業で糧を得ています。作業現場では、防護服を着ることなく、マスクとゴム手袋、長靴で働いている、と言います。1日9~15マイクロシーベルトを浴びてくると言います。危険手当1万円、1日の手当6千円で、1ヵ月15回位行っている、とのことです。これをしないと、収入はゼロです。

除染、草刈りは公共の場しか役場はしません。個人の家は個人で、というのが原則なので、家屋敷の草刈り、掃除、家の修理も個人任せです。役場も、「国から言われているのでできない」とのことです。しかも費用は国も役場も出しません。若者不在となり、高齢者の皆さんがどこまで自力でできるでしょうか? お金が無い方々なのに。

都路に帰還しても、店も病院もなく、交通も不便な所です。どうして生活ができるのでしょうか。

途方に暮れている自治会長さんに私は言いました。「私が責任をもって支援品を送りましょう。義援金も送りましょう。だから住民のために立ち上がり、支援の窓口をあなたが作ってください。口座も作ってください。純粋に村人のために使ってください。救ってやってください。」自治会長さんは「貧しい村人におかずを買ってあげられる」と喜んでいました。

皆様、都路へのご支援をよろしくお願い申し上げます。


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【被災地への支援に関するお問い合わせ】
福岡百子
FAX 047-346-8675
携帯 080-5547-8675          
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(恐れ入りますが、これらの連絡につきましては
AM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします)

なお、こちらのリンク先には現在被災地から要請を受けている、具体的な支援品のリストを掲載しております。併せてご覧いただければ幸いです。

※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。
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by momofukuoka | 2014-05-02 18:50 | 福島の被災地の現状

福島原発で働く方のお話

月日の流れは早いもので、4月も残り少なくなりました。私のブログは、月2回~3回は新情報を発信したいと思っておりますが、何もかも一人でしておりますために、軌道に乗せられないでおりますことをお許しくださいませ。努力して、月に2~3回、発信させていただくようにしたいと思っております。今日は福島原発で働いて居られます方の声をお伝えしたいと思います。

【福島原発現場の様子と声】
彼の労働時間は午前7時~午後4時。そのために第一原発で働く時は、午前3時起き、第二原発の時は午前4時に起きる。日当16500円(危険手当1万円、日当6千円)。職場のマイクロバスに乗って行くそうです。雨、風、雪の日は休みになり、土日祝日は休みなので、1ヵ月10日しか働けない時もあり、生活に困る。仕事から帰ると、「焼酎を飲んで寝るだけです」と言い、午後8時には寝ています。

彼は放射線量が10分で3ミリシーベルトのところで働いていたとのこと。「累積線量が20マイクロシーベルトになると、除染作業か待機、または他の仕事に回される」とのことです。線量が低くなると、また高いところでの仕事となる。「私達はモルモットです」と言われました。「毎日、現場で汚染の検査をしています。1日3~5マイクロシーベルトと言われているが、実際は1日で5マイクロシーベルト浴びていると思っています。」

「怖いのはセシウム137です。30年過ぎないと半分になりません。これを取り除いているのが除染作業です。」

「耐用年数20年のものを30年から40年使った。タンクは錆びて、穴が開いていた。バルブを閉めるために、手で汚染水に触れている。」

「タービン建屋の方が線量は低い。むしろ、外のがれきの方が線量が高い。なぜなら、爆発の時のがれきはそのままで処理されていないから。我々はその中を歩いている。汚染され、線量計がピーピー鳴る所で、我々は昼飯を食っている。我々はレントゲン室の中に居るようなものです。皆の頭は麻痺しています。仕事をしないと、飯を食えないからです。」

「3ヵ月に1回ボディーチェックをします。『ホールボディー検査をするので、○○病院に○月○日に行ってください』と指令が来ます。そして結果は『異常は無いですよ。線量は無いですよ』とだけ。データは病院から国に報告は行っているが、当事者には知らせられない。我々は仕事を休んで検査に行かねばならなくなる。休んだ分の給与は出ない。我々は収入が無くなるので、休むわけにはいかない。」「帰還準備区域の米についても、試しに米を作るが、しかしこの米の放射能検査の結果は町民に教えられていない。データは国に行っている。国は、国に不利なことは出さない。」「だのに国は帰れ、帰れと言う。」「町長は今は皆、国の言いなりになっています。町長の許可があれば、出入りが自由になります。」

「大熊町はチェルノブイリと同じです。外は除染して低くなったとしても、部屋の中は14ベクレルあります。我々は防御服を着て作業しているのに、民間は何もせず、出入りしている。環境省はノーコメントです。放射性物質は風に乗って流れるのだから、区域で放射能の濃度を決められるものではないのに、区域(境)を決めるのは環境省です。」

「各市町村に汚染物質の“仮仮置き場”、貯蔵庫があります。仮であろうが、中間であろうが、最終処分場であろうが、置いてあるのは同じ、線量の高い汚染物質です。変わりがないのに・・・。」(この“仮仮置き場”というのは、仮置き場のさらに前の段階の一時的な置き場という意味で使われている言葉だそうです。)

「国の説明はデータを改ざんしています。」

「田畑の線量も低くなった、と公表しているが、汚染された土の上にシートを敷き、新しい土を乗せ、それを繰り返しているだけで、線量が低くなったというのは改ざんではないでしょうか?」

「安倍総理が来た時は、総理の通る所を、午前中かけてきれいにさせられた。そして総理の居る間は作業中止となる。働いている姿、現実は見せない。第一原発もきれいな所のみを見せる。」

「双葉郡は絶対人が住んではならない所と思う(南相馬、浪江、双葉、大熊、富岡、楢葉、広野、川内、都路、葛尾、津島、飯舘)。本当は国が全部の土地を買い上げ、そこは人が住まず、国の研究施設ぐらいを建て、立ち入り禁止をすべき所と思う。セシウムは地下に浸透し、汚染しているのだから。殺人行為をしているように思うが、そのことを言う人は誰もいない。皆、知っているけど、言わないだけです。」

「夏に現場で働く人は熱中症で倒れています。熱中症で数日間意識不明に陥った仲間や死んだ仲間もいます。」

「解除宣言され、帰還したとしても、自宅の水は飲めず、店もない。自宅は荒れ、犬は野生化し、イノシシは凶暴化しています。」


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by momofukuoka | 2014-04-22 18:31 | 福島の被災地の現状
桜の花も開花し、被災地福島の三春の山村では、未だ雪があり、福寿草、梅、椿が一度に咲き、桜はこれからです、とのことです。

4月は入学、入社と、人生にとって、希望に満ちた出発の時ですが、現実の日本は多くの問題を抱えた苦難の時のような気がします。

今日も福島の被災者の現実をお伝えしたいと思います。


【浴びて良い放射線の数値が20倍にアップしました】
被災当時は、年間1ミリシーベルト(=毎時0.23マイクロシーベルト)以下は大丈夫として、国の基準は1ミリシーベルトが安全基準と報じられていました。しかもこの数値も外に居ると想定した時間(1日12時間)だけで計算してあり、1日24時間×0.23マイクロシーベルトで計算すると、年間2ミリシーベルトを超えます。被災者は、国の安全基準は間違っている、と当時から言っていました。

しかし最近、国は、「年間20ミリシーベルトまで大丈夫」と言い、年間放射線量が20ミリシーベルト以下の地域には帰還宣言をし、住民を帰し始めています。2012年に広野町を、2012年8月に川内村を、そして福島第一原発から20キロ圏外のほぼ全域の市町村を。今年の4月からは都路の学校再開も。住民の意見は聞くことなく、押し切られました。平成28年春には南相馬も解除宣言される予定と言います。

チェルノブイリ原発事故の避難基準でさえ、年間放射線量1ミリシーベルト以上の地域住民は移住の権利があり、5ミリシーベルト以上では移住義務が生じるそうです。

現場を知る被災者の方は言います。「本来は双葉郡は放射線量が高く、危険地域です。ですので、国が土地や家、屋敷を買い上げ、全住民を安全な場所に移住させ、危険地域として高い塀を作り、立ち入り禁止とすべきです。」ですのに、移住する家も作らず、賠償金も出さず、帰還宣言をして帰すとは。しかも住民の声は聞かず、強引に押し切られます。

原発立地地域の双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、浪江町も三区分され(帰還困難区域、居住制限区域、避難解除準備区域)、賠償方法も賠償金額も異なります。帰還困難区域にはまとめての支払いを、しかし居住制限区域には分割の支払いをするのです。しかし自宅に入居できない状況は帰還困難と同じなのに、一括支払いでないために、資金が無く、新しい住まいを求めることができません。原発立地地域でさえ、「帰還可能」とできる場所には住民を帰そうとするのです。

放射線はいまだに流出しております。風に乗って、また地下水に。双葉郡だけでなく、福島だけでなく・・・。

国は被災者を帰還させ、何事も無かったかのようにしたいのかもしれませんが、日本国民の命や生活を守ることを優先し、原発が及ぼす影響の重大さを自覚し、「国民を被曝から守る」ことを最優先課題にして欲しいものです。

現場で作業をする人から聞きました。「田畑の線量の高い所はシートを敷き、その上に新しい土をかけ、その上で線量を計る。それでも線量が高い場合は、またシートを敷き、新しい土をかけ、そして計る。そして“線量が低くなった”と公表する。これ、改ざんでないか?」と。


【被災者の困窮を救ってください】

福島被災者の現実は報道されていません。国や東電が守っている、と日本国民は勘違いしています。否むしろ、勘違いさせられている、と私は思っています。

2011年、被災者は家族100万円、単身者は75万円支給されました。その後は、弁護士さんを通して申請した人が各市町村にかなり居られ、その方々は未だ東電との折り合いが付かず、精神的賠償金の月額10万円を3年の間、1銭も受け取っていません。役場の人に、この件について聞きましたら、「未だ平行線で分からない」と言います。私は、もらわずじまいで終わるのではないか、と内心、心配しています。

収入のない被災者は本当に大変です。除染作業かがれき処理かでの生計、しかも雨の日、雪の日は休業となり、収入は無くなります。最近はアベノミックスで、土木関係の仕事は被災地には来なくなった、働くところが無くなった、と言います。

福島の現状を知っていただくために、事例をご紹介致します。
〈妻20歳・夫22歳〉
・弁護士を通して申請しているために、月10万円の賠償金はありません。
・夫は除染の仕事、妻も働いていたが、3月末で仕事はなくなった。
・妻「子どもが欲しいけど、お金がないので産めない」
・持っている品(フライパン、鍋、どんぶり、大皿各1、中皿2のみ、衣類と寝具もそこそこ。
・彼女が私に願ったこと「味噌汁を作るなべがもう一つ欲しい。プラスチックでも良いから食器が欲しい。消耗品や食品、それは嬉しい。0歳児を持つ仲間もいるし、分けられる。」私は支援者に頼み、寝具・衣類・食器・消耗品・調味料などを送りました。

困窮状態にある被災者は未だたくさん居られます。消費税が上がり、経済的にも大変な私たちですが、どうぞ少しでも結構ですので、福島の困窮状態にある被災者を皆様の手でお救いくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

被災地をご紹介申し上げます。下記にお問い合わせくださいませ。


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by momofukuoka | 2014-04-08 06:01 | 福島の被災地の現状
災害が起きて丸3年が過ぎました。福島原発被災者の状況は全く変わっていないどころか、「もっと悪くなった」とNHKのテレビ番組でもやっと報道されるようになりました。しかしまだまだ福島の現実をわからない人が多いです。むしろ、ほとんどの方がわかっていないのではないでしょうか?

さて今日も、3年過ぎた被災者の現実をお伝えさせて下さい。その前に、「福岡の情報は確かか?」とお感じになられる方にお伝え致します。私は昨夜、富岡町から大熊町に嫁いでこられた方に、皆様にお伝えしましたレポートを確認していただきました。「全くその通りで、間違いありません」とのことでした。


【福島被災者は、人が変わらなければ生きられなくなりました】
もともと福島の人柄は、素朴で善良で純粋で忍耐深く、温厚で屈託無く、自己主張することもなく、仲間を家族のように愛し、初対面の人も快くもてなし、農業や漁業を主な仕事とする人が多く、自然に囲まれ、自然の風雪にも順応し、質素な生活をし、口数の少ない善良な方々が多いです。

私は、「福島という地名の由来を知っていますか?」と聞かれたことがあります。「それは、外の方がつけた地名です。福島の人ほど、人間として素晴らしい人はいない。まさに『福の島』だ。それが地名の由来です」と。また、ある人から聞きました。「福島は神が居られる町だ。ここから世界に発信している」と。福島の方々はこのことはご存知でもなく、自覚もないでしょう。

私は今、多くの福島の被災者の話を聞くたびに、「こんなに苦境にあるのに、なんでそんなに穏やかで受け入れてしまうの? すごい人たち。悲しみも怒りも、全部受け入れて順応しようとするの? 生きていけない拷問のような日常に、黙って耐え、死んでいくの?」と、福島の方々の人柄が良いだけに、やるせない気持ちになります。

被災地の方々の中には、一日中、狭い仮設の中にこもり、一日中ボーッとして、食べることも忘れ、お腹がすいたことも自分でも気がつかず死んでいく、孤独死が多くなった、と言います。「今では当たり前のことになり、自殺者も多いが、現実はそうなんですよ、福岡さん。新聞では福島のことは何も出なくなったけど」と自治会長さんの言葉です。

「福岡さん、福島の方は、自ら人格を変えなければ生きていけなくなりました。他人からは冷たい視線にさらされ、国や東電から酷い扱いを受け、地獄の毎日。この中で生きるためには、自ら感情の無い人間に変わらなければ生きられなくなりました。普通の感覚では、発狂してしまうからです。自分の感覚を殺し、感情の無い人間に変身しなければ、生き続けることはできなくなりました。でなければ、この過酷な生殺しのような状況には耐えられません。」

「ですから、福島の人は無気力、主体性が無く、暗く、無口、魂の脱け殻のような人が多くなりました。頑張る力もなくなりました。」あんなに素朴で明るく愛情深く、忍耐深い素晴らしい人だったのに。


【2月に東電の賠償金は支払われはじめました。しかし・・・です】
申請をした人には、土地・家・財物に対しての賠償金が出始めました。しかし町によっては東電との話し合いが成立せず、未だに賠償金を受け取っていないところもあります。それは「金額があまりにも低く、家を建てられるほどの物ではないから」と言います。双葉郡での土地評価ですし、納めていた税金額によって評価されますし、「双葉郡では住めても、避難先での土地評価は何倍にもなりますので、到底、家を求めることはできません」と言いました。

それに東電は同じ町を3区分にしてしまいます(帰還困難区域、居住制限区域、解除準備区域に)。その分け方も、道路を挟んで、また隣の家と自分の家との境で、また母屋と納屋などで。その区分によって、土地・家・財物の賠償金額が異なります。また借家の方には、土地・家は関係ないとして、財物しか賠償しません。しかも微々たるもので、考えられないほどの低評価です。

一方、津波で自宅を流された方には、東電には関係ないこととして、土地・家・財物のお金は出しません。少しでも家が残った人には、それに応じて少しは出すようです。私が思いますのに、東電が出さないなら、国が再建できるような生活費を出しても良いように思うのですが。一般に生活保護法(そして憲法25条)があるのに、国は被災者の皆さんに生活保護法を適用しないのか? どうして国の権限で、国民の命と生活に関わる最も大切なことの責任を取らず、地方自治体の長に任せているのか、不思議でなりません。


【福島の仮設は寒く、野菜は高騰で品薄です】
今年は40年ぶりの大雪でした。そのため、福島県内大雪で、仮設も例年になく寒く、特に山村の仮設(三春、葛尾、田村、都路、川内、会津等)は店もなく、どうして過ごしたのか、私は心配してました。郡山市熱海町の方の話では「キャベツが一個600円、ほうれん草がごく少量で180円だった。冷凍食品が入荷されず、何も店には無かった。私は支援をいただいたので助かったけど。」 被災者の現実の厳しさに、私は胸が痛いです。


【仮設住宅から出た方に支援を】
「仮設住宅では限界です」と住まいを求め、引っ越す方が少しずつ出始めました。秋頃にはもっと出るようです。津波で自宅を流された方、自宅がネズミやゴキブリの巣になってしまった方は、すべてを買い求めなければなりません。そんな方々に、皆様の手助けが必要となります。生活必需品をすべて揃えなければならないのですから。寝具(布団、毛布、シーツ)、座布団、四季の服、下着、靴下、食器……ありとあらゆるものを必要とするようになります。その時のために皆様、備えておいていただけますか? 今は欲しくても、仮設は狭いので我慢しております。今でも布団などの寝具を必要としているところがありますので、提供していただける方はお知らせ下さいませ。


【役場によっては自立を促し、「支援を断りなさい」と言う所もある】
「3年過ぎたのだから、自立しなさい。だから支援を断りなさい」と言っている役場もある、と言います。その空気が町内に流れ、他の町にも浸透し始めている、と聞きました。そのために、頼み難くなった、と言います。何ということでしょう。私は、「役場もやはり官僚か」と思うようになりました。すべての役場がそうだとは言えませんが、被災者は、「役場の人は安全なところに住み、住居もあり、給料もあり、生活が安定している。我々とは違う。だから他人事になっている」と。


【支援の心】
皆様、自立とは、周りが決めることではないと、私は思います。年数ばかりが経っても、解決どころか、ますます悪化してしまった福島被災者の現実。かえって今からこそが、もっと支援品や支えが必要なのに。経験のない人が、どうして自立を叫ぶことができるのでしょう。自立という言葉は、周りが言うのでなく、被災者が本当に生活が安定し、災害前の生活に戻り、何の不安もなくなってから、初めて感じる言葉ではないでしょうか?

私はホームドクターの言葉を思い出します。「支援とは、自転車レッスンを支えるようなものだよ。早く手放してしまえば、乗れる人も乗れなくなる。本人が本当に1人でこいで十分に乗れるようになったら、初めて手を放してやりなさい。それまで手を放してはならない。人間はどんなものにもゆとりがなければ生きていけないものだよ。支援だって同じだよ。人間はキリキリではだめなのだよ。あなたは本物の支援者になりなさい。」私は本物の支援者になりたいと思いました。

一人一人は大切な命です。一人一人の人生はまたとない一回限りの人生です。みんな、幸せになるために生まれました。産まれた時の目の輝き、キラキラとした瞳。本当は成長と共に一人一人の輝きは成熟したものにならなければならないと思います。それが年齢と共に暗くよどんだ活力のない険しい瞳になっていくのはどうしてでしょう。目は心の窓と言われます。物が少なくても、澄んだ美しい瞳、私は地球のみんながそんな瞳を目指したらよいのに、と思っています。

私たちは他者の幸せを思いやる、心温かい人になりませんか? そしてあなたの優しさが波及され、皆様の力で愛の地球を目指しませんか?

どうぞ助けを必要として居られます、福島の被災者の友となって下さいますよう、心からよろしくお願い申し上げます。

3年目の3.11の決意。被災者もさまざまな悲しみを抱きつつも、前に向かってお一人お一人、何かの決意を心に抱いて居られるでしょう。

私たち支援者もお一人お一人、「愛の地球を波及する」決意をご一緒に心に抱いていただけたら、たいへん嬉しく存じます。


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by momofukuoka | 2014-03-11 00:00 | 福島の被災地の現状
【まだまだ支援の手は足りません】
「あり得ないことが平然と行われています」という先日の私のブログを読まれた方々が、「ショックを受けた。福島の現実を全く知らなかった」と言われて、支援の問い合わせや義援金の送り先を教えて欲しいという連絡が殺到しました。私は皆様の善意が嬉しく、涙しました。皆様、本当に有り難うございました。被災者で困っておられる、仮設や仮設以外に住む個人、救済を求めておられる方の数は半端ではありません。まだまだ支援の手は足りません。

私は皆様に福島の情報を拡散していただき、全国にうねりとなって、国民皆で再び福島原発被災者住民の現実をよく知っていただき、日本全国の方々が今の福島の被災者を救っていただくよう、お願いしたいと存じます。

大きな支援品でなくて良いのです。ご家庭にある余分な品、また少額の品、少額の義援金でよいのです。送り先をご紹介致しますので、ぜひ私にお問い合わせください。メール、FAX(私にとっては助かります)で、お名前、可能ならご住所、お電話番号等をお教え願えれば有り難いです。必要に応じて資料も送らせていただきます。

私は、できれば皆様がファミリーの付き合いをしていただき、長期の支援をしていただければ有り難いです。同じ支援者が同じ被災者の一戸、または仮設の方々を。私は72歳の病身です。私が不在となっても、安心して死ねるように。

おそらく、福島被災者の支援は10年、20年、それ以上の支えが必要と思われます。国が本気で被災者の支援に向き合わない限り、私たち以外に彼らを支える人はいないでしょう。被災者には物資だけでなく、「心の友」が生きていく上で大きな生きる力になります。彼らの悲しみ、苦悩を共に共有して、受けとめて、包んでいただけます方。大きな事はされなくて良いのです。優しいあなたの眼差し、言葉、そして想いが、彼らの苦難を乗り切る力になるのです。一緒に被災者の「心の友」になっていただけると、たいへん有り難いです。荷物が着いた頃、お電話をしてみて下さい。被災者は電話するお金が無いのです。ですから、皆様の方から電話をして親しくされてください。福島の方は、今、苦悩と絶望の中におります。ですので、言葉は重く、暗く、無口でしょう。ですので、被災者にあれこれ質問することはせず、黙って話を聞いて受けとめて下さい。物資を送る際は、「何が欲しいですか? 言ってください」と言っても、「大丈夫です」としか言わないでしょう。ですので、具体的に、「調味料、お米、トイレットペーパー、衣類はどうですか?」とこちら側から品物の名を挙げてください。すると、対話がしやすく、有り難い支援者となるでしょう。

私は皆様に、被災者一人ひとりを委ねたいと思います。あなたが被災者の天使になっていただけたら幸いです。よろしくお願い致します。


さて、今日も被災者の状況をお伝えいたしましょう。すでに今までブログで流して参りましたが、再び、まとめてお知らせ致します。


【被災者がもらった賠償金――2011年3月~今までの間】
(福島県東京電力KK,原子力補償相談室に2012年5月、身内として電話で聞きました。)

①一時仮払金(賠償の一部のお金として)
・家族(2人でも5人でも同金額)は100万円、単身は75万円。
・しかし、これは仮払金なので返金する。
・しかし、これは避難のために持ち出しができなかった家電品、衣類、家具、礼服、寝具等の物のための仮払金。東電の姿勢は、「領収証を添えて理由を書いて提出してください。(消耗品、食品は該当しない。)審査が通れば、領収証から仮払金を差し引いた金額を追加として渡します。領収証がない分は請求できません。」
(例)領収証120万円-仮払金100万円(単身75万円)=20万円(45万円)
   この20万円が追加してもらえる。(消耗品、食品は領収証があってもダメ。)
*衣類、家具、寝具、家電など、沢山買っていた人は、領収証があれば追加金を請求できました。しかし仮払金100万円(75万円)を将来のためにととっておき、全部使わずに倹約した人は、仮払金の全額を自分のものにすることはできませんでした。
  (例)仮払金100万円-領収証50万円=50万円返金

②精神的損害に関わる賠償の仮払金
・2011年6月~8月分(第1回)、9月~11月(第2回)、12月~2月(第3回) 5月19日現在。先は未定。
・3ヶ月分まとめて1人30万円仮払いする。
・これを超える精神的損害については、領収証を付けて請求する。(通るか否かは上が決める。東電の説明によると、「災害前の光熱費の増加分等」と言われましたが、何度、説明を聞いてもわかりませんでした。)
  (例)領収証-精神的損害に関わる賠償の仮払金=残金(この残金がもらえる)
・当時の東電の説明によれば、「①も②も仮払金なので、返金してもらうことになっている。」この説明を受け、びっくりしました。しかしその後、今のところは精神的損害に関わる賠償金(月額1人10万円)は解除地区以外は、申請した人に支払われているようです。2012年5月頃は、いずれ被災者に賠償金成立の時に、仮払金(100万円+月額1人10万円×人数分)は差し引くつもりなのか?と私は思いました。なぜならその時の東電の説明では、以下の金額は一時仮払金なので返金してもらうことになっている、ということでした。
  単身75万円+6月~2月まで9ヶ月分の90万円
  家族は100万円+90万×人数分

私は狐につままれたような説明に唖然とし、理解できませんでした。

精神的損害の賠償金を手にした被災者は、通帳から自動的に100万円(単身75万円)が引き落とされました。そのことを知った被災者方は、精神的損害に関わる賠償金の申請に行けば、引き落とされることがわかり、申請しない人が続出しました。(申請しなかった人は未だ1万人くらいいる、と聞いております。)東電は、申請しなかった人を「意志無し」と見なし、この2014年3月末で時効になる、と聞いています。申請しなかった人の中には、「東電の不条理に腹が立つから」という人や、「皆さんの税金やお世話になっていると思うと心理的負担になるから」とか、「100万円のお金が取られたら(返金させられたら)、今生きていられないから」とか、理由は色々ですが、私は申請しなければ、今後の賠償問題からカットされるのではないかと、気が気ではありません。


【住民票を移動すると被災者扱いでなくなる】
被災者の避難先では、避難先の住民にならなければその地での住民としての特典に与ることはできません。子供の塾にしても、葬儀代にしても、仕事にしても、医療にしても、住民票を移すことによって、初めてその地の住民としての特典や権利に与れます。仕事も、住民票が無ければ、定職は難しいです。ですのに、東電は被災者が住民票を移すと、被災者扱いから切り離し、被災者への補償を打ち切ってしまいます。ですので、精神的損害の賠償(月額1人10万円)も医療費無料の特別措置も切られ、被災者ではなくなるので、税金も請求されるようになります。

ですから、未だ土地家屋等、東電との賠償が未解決の状態にある被災者にとっては、住民票を移したくても移しきれず、定職に就きたくても仕事にも就けず、避難先の住民にもなれず、住民としての特典や権利にも与れず、自立や移住をしたくても、住民票を移せない状態でいます。

そして東電は自立するためのお金を出そうとしませんので、被災者は身動きが取れない状態でいます。

【国も東電も福島原発被災者を原発の地に戻したいのでは?】
未だ原発の地の放射線量は高いです。しかし国は「安全だ、大丈夫だ」と言って、解除宣言をし、帰還を促しています。未だ家は壊れ、スーパーも病院もなく、ライフラインも不十分な所、自宅は雑草も生え、ネズミの住まいになっている所に。

避難区域解除宣言と同時に、一方的に精神的損害への賠償金を打ち切り、被災者扱いでなくなり、医療費も税金も請求されるようになります。

国は莫大な費用を除染とライフライン整備に投じても、被災者のために投じることはしません。家屋の修理、除染、雑草刈りも被災者が自分たちでしなければなりません。

国は福島の原発被災者にはお金を出したくないのでしょうか?

ある被災者は言います。「国は我々を見捨てた」「自然に死んで人口が減っていくのを待っているのだ」「我々にはお金を出したくないのだ」「我々は生殺しです」「もう、どうにもならない」と。


皆様、これで良いはずはありません。どうぞ皆様、福島の被災者を助けてくださいね。


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【被災地への支援に関するお問い合わせ】
福岡百子
FAX 047-346-8675
携帯 080-5547-8675          
f.mom.1941@ezweb.ne.jp
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましては
AM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします)

なお、こちらのリンク先には現在被災地から要請を受けている、具体的な支援品のリストを掲載しております。併せてご覧いただければ幸いです。

※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。
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by momofukuoka | 2014-03-01 10:16 | 福島の被災地の現状
謹んで新春のご祝詞を申し上げます。

お一人お一人の上に神さまが豊かな恵みで包んでくださり、あらゆる危険や不安から身をお守りくださり、常に皆さまを支え、必要な知恵と悟りをお与えくださり、日々、健やかにお過ごしになられますよう、心からお祈り申し上げます。

福島被災者支援のためにお心を寄せていただき、本当にありがとうございました。
本年もお世話になります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

新年にあたり、本来なら、明るい楽しいニュースをお伝えしたいのですが、今日も、福島の今の現実をお伝えさせていただきます。新年になり、各地の被災者の方々から私宅に毎日電話が入って参ります。その声に、皆さま、しばらく耳を傾けて下さい。下記に被災者の生の声を書かせていただきます。

「僕たちはとても年賀状を書く気にはならない。だけど年賀状をもらって、とても嬉しかった。気にかけてくれる人が居るって、うれしいよ!」

「仮設住宅の6畳一間、4畳半二間に4人で住んでいます(母、高一男子、14歳女子、12歳男子)。だけど、4人一緒に食卓を囲むだけのスペースがありません。上の子は知的障害者です。空いている仮設があれば、と交渉してますが、見通しがありません。かといって、中古の家に移りたくてもお金がありません。復興住宅を期待しているけど、いつになるか? 家賃が安ければよいけど…。がんばります。」(その声は暗く、力ありませんでした。)

「夫が亡くなりました、妻が亡くなりました、いとこが亡くなりました、と沢山の方々から死去の知らせがあり、私は言葉に詰まる新年でした。」

「南相馬の仮設は0.3マイクロシーベルトです。ここに子どもも住んでいます。国は“大丈夫”と言います。しかし私は国の言うことは信用していません。実際、国の大臣も議員も町の議会の人も、誰も現場に来ていません。現場も見ず、我々の声も聞かず、“平成28年4月に全員帰還にしたい”と言っています。とんでもないことです。小高は未だ線量が高い。最近まで“泊まってはならない”と言っていたのに、“12月24日~1月6日まで宿泊OK”と言った。その言葉を信じて、14日間泊まってきた人もいる。未だ除染していない小高に。そして“今年の8月頃は3ヶ月帰れるようになる”と言われているが、私はとんでもないと怒っている。荒れ果てた自宅を見てくると、皆、力を落とし、失望して帰るという。年寄りは、“仮設より良い”と言って帰りたがる。“先祖代々の家と墓を守りたい”と言って帰りたがる人もいる。南相馬市から東京・千葉方面に来たくても、6号線は東電の通行許可書無しには通れないし、常磐線も不通です。2ヶ所の駅舎が未だ復興していません。我々は会いたくても、行けないでいます。」

「小浜、小沢などの海岸沿いの部落は、一見、一面砂浜のように何も無く、平らに見える。しかしそこにはいくつもの部落があり、農地でもありました。その砂の下には、コンクリートの電柱や、さまざまなものが埋まっています。それを掘り起こして農地にするには何年もかかり、簡単ではないと思う。防波堤も壊れたのにそのままで、3.11のあの日から手付かずでいるのだから。何一つ、復興していないのだから。」

「私たちは生殺しです。」
「福島は忘れられました。」
「福島は支援が来なくなりました。」
「寒いです。1月2月は凍結します。」

以上が、新年になって私宅にお電話をいただいた被災者の皆さんの生の声です。他にも辛い心の叫びを聞きました。国はどうして福島の方を放置するのでしょうね。

皆さま、私たちはパキスタンの16歳の少女、マララさんに倣いませんか? 彼女はわずか16歳です。銃弾に倒れつつも、何度の手術に耐えつつも、訴えることは訴え、16歳とは思えないほど、みごとなまでの強靱な魂、凛々しい立ち振る舞い。私は彼女に神々しささえ感じます。NHKクローズアップ現代の独占インタビューでの素顔。腫れ上がった痛々しい顔、具合の悪そうな顔色。おそらく起きているのも辛い状態でしょう。ですのに、凜とした声、その思考力、社会を見据えた展望と、社会への示唆、そして自己の役割など…。私は、彼女はこの世の宝と思いましたし、私たちは皆、彼女から生き方を学ばなければならないと思いました。

皆さま、マララさんに倣って、不正は不正、人権は人権と叫び、正して行きませんか?
福島の被災者をはじめ、日本国内のあらゆる不正を。そして声を上げることの出来ない方々の代弁者になりませんか? 

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
私たちはいつまでも、悲しむ方、苦しんでおられる方の友であり続けたいと思います。
冬服、ボアシーツ、毛布、下着、靴下、ホカロン、生活消耗品、米、調味料、食品、大人用紙おむつ・紙パンツ、尿取りパッドを必要としております。よろしくお願い申し上げます。


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【被災地への支援に関するお問い合わせ】
福岡百子
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by momofukuoka | 2014-01-11 21:58 | 福島の被災地の現状

原発被災者の山村は今

伊豆大島の災害、フィリピンの災害など、私達の地球は天災、人災が次々と生じ、この出来事をどのように受けとめたら良いのでしょう?

世界が一つ心になって、自分の国の損得を超え、地球が、一つの住まいとして、世界レベルで、万民の幸せに本気で思いを馳せなければならない時代になったのではないでしょうか? 地球はもともと領土は無く、万民のものでした。地球の大自然は万民のものであり、神様からいただいた宝物、皆が幸せになり、喜びを分かち合い、互いが助け、協力し合い、幸せになるための地球自然でした。私達地球人に貧富の差、人種の差、差別というものは、あってはならなかったはずです。

各々にとって、人間だけでなく、草や木も、鳥も虫も、動物も、あらゆるものが地球に存在した時は、キラキラ輝いていたはずです。私は、人間の「欲望」がこの美しかった地球をすっかり変えてしまったのだ、と思います。この地球が生まれ変わるためには、どうしたら良いのか? それは、各々が自分の「欲望」を自分の私欲に向けるのではなく、「他者の幸せ」に心の視点を向けさせ、「欲望というエネルギー」を良い方向に向けることではないか、と思っております。

私達の中にある競争心を、「他者を助ける競争心」に変えてみませんか?


今日は、冬に向かって寒さに耐えておられる、山村の方々をお話させていただきます。


【原発被災者の山村は今】
原発被災地で海岸沿いは南相馬市(鹿島、原町、小高)、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町です。

山村は、飯館村、津島(浪江)、葛尾村、都路村、川内村、主に399号線沿いにある所です。海抜500~700メートルの所にあり、12月~3月末は、零下7~10度となり、所により零下17度の所もあり、道路も凍結し、寒さは厳しくなり、店も病院も少なく、自給自足の生活だった、と言います。山村で山の水は美しく、山の沢水、井戸水を飲料水とし、水道は不要であったとのことです。生活は、農業、畜産、林業、花畑、シイタケ栽培、蚕、炭焼きなど、自然は厳しいけど、のどかで、大好きな村であった、と言います。食費にお金がかかることもなく、山には山菜があり、田畑には食べ物があったと言います。厳しい自然の風雪にも耐え、順応して生きてこられた村人の皆さんの人の好さ、素朴さ、人間味、善良さ、無口、忍耐深さ、温かい人柄は、私達現代人に忘れてはならない人柄の良さというのを思い出させてくれます。

こんな善良な方々が、原発の犠牲者になり、村を追い出され、今は四畳半一間の、寒くて湿気の多いプレハブの仮設住宅で、多くのストレスに苛まされながら、家族ともバラバラになり、食費もままならず、じっと一人で耐えて居られるのです。

皆様、あまりにも悲しすぎませんか?

東電は、20キロ圏外の人の賠償金は、昨年の8月で打ち切りました。そのために、山村の多くの人も賠償金を打ち切られ、被災者扱いでなくなったために、税金の支払い負担も生じ、収入源もなく、自宅に帰って田畑を耕すことの出来ない山村の方々は生きる術を失い、食費も生み出せず、栄養失調で倒れていく、と聞きました。生活費は唯一、除染作業で生み出しています。

助かった命が、また、生活のために被爆の危険に身をさらして、これで良いのでしょうか?

20キロ圏外は帰って良いと言われ(解除宣言です)、今は、20キロ圏内の人も泊まってはいけないけど帰って良い、と言われた、と言います。仮設にいるだけでおかしくなる、というので、自宅の出入りをするようになったようです。しかし放射線量は高い所もあり、解除された所でも、0.15マイクロシーベルト有り、大丈夫、と言われているとのことです。しかし帰っても、お店も病院もない、農業も出来ない、山菜も食べられない、牛も豚も家畜はもういない。井戸水は飲んでも良い、と言われたそうです。なぜなら、放射能は1メートルの範囲内なので、井戸はそれよりも深いから、飲んでも良い、と言われた、とのことです。

皆さん、被災者の健康に対し、あまりにも無責任ではないでしょうか? 原発被災者の山村の方々を、このまま放っておいて良いのでしょうか? 

寒さは半端でありません。どうぞ、毛布、タオル類、下着、靴下、ホカロン、マスク、紙パンツ、紙おむつ、トイレットペーパー、洗剤、シャンプーなどの生活消耗品。水、米、調味料、缶詰、お茶、お茶菓子、など、いまだにたくさん必要としております。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

なお、送っていただけます方は、被災地をご紹介いたしますので、私、福岡にお問い合わせくださいませ。
皆様の善意が、被災者の苦しみを乗り越える力となりますように。


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by momofukuoka | 2013-11-26 18:15 | 福島の被災地の現状