2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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カテゴリ:福島の被災地の現状( 59 )

4月4日、テレビの映像で、トルコから命からがら小さなボートに鮨詰め状態でやっとギリシャまでたどり着いた避難民が、トルコに送還されるという映像を見て、私は仰天し、心震え、足がすくんでテレビの前で棒立ちになりました。そしてとても悲しさがこみ上げてきて、思わず「神様、何という世の中!」と声に出していました。 私は両手を天に向け、「神様は今の世を悲しい思いで見ておられるのでしょう」「切ないまでに人を大切に思う神の心は人の心には 届かないのか?」と問いかけました。

皆様、もし難民の立場でしたら、どんなお気持ちでしょうか? 戦争で町を破壊され、行き場が無くなった方々。世界は難問が山積みされており、解決は決して簡単なことではないことでしょう。今やこの地球は、一国での解決の時代ではなく、世界レベルで何事も「人の命を最優先」というテーマに視点を当てて、あらゆる国の仕組み、投資のあり方を考えても良い時代となったのではないでしょうか? 自国の権利や富を豊かにすることは大切なことでしょうが、そのために他国や自国の人々の命を粗末にする現代のあり方に私は疑問を感じます。日本においても、私は国民の命を守ることに「本気度がない」国の姿勢に、そろそろ国は目覚めて欲しいと思います。


【都路集団訴訟原告団長の口頭弁論】
 
今日は、福島の原発被災者で賠償金未払いのために国と東京電力に対し裁判所で訴訟を起こされた方の「被災者を守る会」の団長様が裁判所で読まれた原文をご紹介したいと思います。裁判所は「福島地方裁判所、郡山支部民事部」です。第1回目の裁判は、2月22日だったとのことで、次回は4月22日とのことです。裁判所では、右側に東電から5名、左側に被災者側(都路)30名。裁判官は5名。裁判長が「今から裁判を行います。カメラ、撮影、録画はだめです」と言われ、まず弁護士からの話、次に被災者代表として団長からの原稿読み上げ。これだけで終わり、被災者側の意見を述べる場はなく、次に裁判長は「次回は4月22日です。本日の法廷は閉会します」で終わったとのこと。わずか30分だった、とのことでした。団長様は「4月22日に返事があるのじゃないかと期待するが」とのことでしたが・・・。

では、下記に「被災者を守る会」団長、今泉信行様が裁判所で読まれた原文をご紹介致します。(名前掲載については本人から了解いただいております。)

なお、ネット毎日新聞(http://mainichi.jp/articles/20160306/ddm/041/040/138000c) 〈東日本大震災5年
「ずたずたにされた。地域も家族も」 責任問わずにいられぬ 福島・都路地区、原発賠償の原告団長〉もご覧ください。このサイトでは裁判の日付は2月15日となっていますが、実際には22日だったそうです。


都路集団訴訟 第1回口頭弁論の意見陳述(原発賠償訴訟原告団団長・今泉信行)
1.事故前の暮らし
私は、生まれたときからずっと都路町で暮らしてきました。本件事故当時は、私、母、妻、長男夫婦と孫の2人の7人暮らしでした。

都路町は、10年ほど前に常葉町、大越町、滝根町、船引町と合併する以前は、隣の葛尾村と同じように、浜通りに突き出ている「都路村」という一つの村でした。海にも近く、広大な山河に囲まれた自然豊かなところで、山に入れば山菜やキノコ採りができ、川ではヤマメやイワナ釣りもできました。

土も空気も水もきれいな都路の産物は、まるでブランド品のように扱われ、2ヶ所ある直売所には、東京などの遠方に住む人たちまでが都路の産物を買い求めに来るほどでした。

私は農家ではありませんが、ネギ、キャベツ、ナス、キュウリ、トマトなどの野菜や米を自家栽培しておりましたので、肉や魚以外は自給自足の生活でした。自分たちで作った野菜や米は、親戚や近所の人たちにも分けたり、逆に親戚や近所の人たちから野菜をもらったりしていました。

都路に住む人たちはみな朗らかで、地域の行事も多く、4~5月はお花見、8月には灯篭祭り、10月には文化祭や体育祭、11月には秋祭り等が行われていました。また、部落ごとにある子供会では、1泊2日の旅行等も行われていました。

都路は、老人、若者、子供たちが毎日集まり、笑い声が絶えることのない地域でした。


2.事故後の状況
原発は絶対安全なのだと誰もが力説し、私たちはそれを信じ切って何十年も暮らしてきましたが、その原発が爆発し、都路にも避難指示が出されました。

平成23年3月12日の夜、私たち都路の住民は、厳しい寒さと不安、取り返しのつかない事態に陥ってしまった絶望感に襲われながら、一斉に避難しました。私たちはそれから約4ヶ月にわたって避難所生活を続けましたが、高齢の母は過酷な避難所生活に耐えられず、避難後2ヶ月ほどで特別養護老人ホームときわ荘に入所しました。避難所はとても過酷な環境でしたが、私にとっては日々増していく不安と絶望感が何より耐え難いものでした。あのとき避難所にいた人はみんなそうだったと思います。都路の人たちから篤く信頼されていた60代の男性は、避難開始から1ヶ月も経たないうちに自ら命を絶ってしまいました。

私と妻は、平成23年7月に船引の仮設住宅に入居しましたが、仮設住宅は狭いうえ、隣の部屋からの音漏れもひどく、近所づきあいには相当気を使わなければなりません。妻は、仮設住宅に入居した直後から人との接触を極端に嫌がるようになり、精神不安等を訴えて通院するようになりました。

そして、平成23年8月末、みんなが途切れることのない不安を抱える中で、30キロ圏内避難指示解除宣言が出されました。目に見えない放射線量がどれほどなのかもはっきりわからず、避難指示解除宣言が出て多くの人が都路に帰還しました。このときから、20キロ圏内の人と30キロ圏内の人、帰還した人と帰還していない人、放射能を恐れる人と恐れない人、若い人と老いた人との間で心の分断が始まり、あんなに仲の良かった都路住民の絆がズタズタになっていきました。

平成24年9月には、30キロ圏内の住民に対する賠償が完全に打ち切られてしまいました。このため、都路は、賠償が継続する20キロ圏内の住民とこれが終了した30キロ圏内の住民とではっきり二分されることになり、30キロ圏内の住民のひとりである私は、経済的な不安にも悩まされるようになりました。私の妻が自ら命を絶ったのは、それから間もない平成24年10月29日のことです。仮設住宅に妻ひとりを残して仕事に出ていた私は、妻を助けることができず、今でも妻には申し訳なく、しかしどうすることもできません。現在の私の家族は、99才を過ぎた母、息子夫婦と孫2人のみですが、家族バラバラの生活です。

避難を始めてからは、自給自足の生活もできなくなってしまいました。山の放射線量はいまだに高いので、キノコ採りや山菜採りもできません。川でヤマメ釣りやイワナ釣りをする人も、もういません。

地域の行事も全て中止となってしまいました。平成26年8月にようやく灯篭祭りが行われましたが、それ以外の行事は行われていません。


3.裁判所に訴えたいこと
平成23年3月11日、私たちはこれまでに体験したことのない大地震に見舞われ、あちこちで被害を受けました。しかし、地震だけであれば、原発事故さえなければ、都路はすぐに復興し、私たちは元どおりの生活に戻れたはずです。

私たち都路住民の暮らしを大きく支えていた海や川、そして山々は、今も放射能に汚染されたままです。国は元に戻すと力説していますが、現実には厳しさが増しています。都路に帰還している人の多くは高齢者であり、子供のいる世帯や若い人たちはいまだに避難中です。都路は山に囲まれた地域なので、除染で一時的に放射線量が低くなったとしても、またすぐに高くなってしまうのです。子供のいる世帯は、もう都路には戻らないでしょう。何十年か後には、都路は超高齢者ばかりの地域となってしまい、そのうち町自体が無くなってしまうのではないかと思います。

また、30キロ圏内の住民の精神的損害の賠償が打ち切られてしまってからは、20キロ圏内の住民と30キロ圏内の住民の仲が決定的に険悪になってしまいました。放射線量は20キロ圏内と圏外とでそれほど変わりはなく、地域が崩壊してしまったという結果は同じであるにもかかわらず、同じ都路の住民間で賠償金の支払いに差があるのがおかしいのです。

復興の旗印のもとに、県内で一番早く避難指示を解除された都路の住民の現実を知り、その心の叫びに耳を傾け、精神的に負った痛手を償ってほしいと切に願います。                以上
                                               

【明日は我が身】
皆様、福島の被災者は原発による放射能汚染がなければ、5年経った今では自活し、家族、住民一つになって活き活きと目標をもって町や村づくりをしていたはずです。しかし、原発事故はすべてを破壊してしまいました。町も人も産業も何もかも。そして未来も、被曝による不安をぬぐい去ることができなくしてしまいました。私たち国民はこの現実を他人事とするのでなく、明日は我が身に降りかかることとして、原発再稼働、核問題を直視する時ではないでしょうか?

そして日本の最優先課題は被災者の方々の生活再建であり、この責任を東電や地方自治体に任せていること自体、私は国の統治者に怒りを感じますと共に、国の恥、世界の恥だと思います。1年後の2017年3月据えに国は一部を除いたほぼ全域の福島原発被災者を帰還させる予定です。そのために仮設住宅も1年後に取り壊すとのことです。

皆様の声でどうぞ福島原発被災者をお救いくださいますように! 福島被災者に代わって声を上げてくださいますように!


【お知らせです】
1月20日、私宅にアメリカのCNNテレビ東京支局の方からお電話がありました。「アメリカのCNNテレビのニュースチャンネルは200カ国に放送していますが、さらにケーブルテレビとインターネットで放映されています。福岡さんのブログを、日本語も英訳も見ました。この人なら、と思いました。福島被災地の現実を知らせたいので、どなたかを紹介してほしい。」そして放映されたレポートは下記からのもののようです。よろしければご参考にご覧くださいませ。

TVで放送した福島についてのリポート
http://edition.cnn.com/videos/world/2016/03/08/japan-fukushima-energy-future-ripley-pkg.cnn

ウェブの記事とビデオ
http://edition.cnn.com/videos/world/2016/03/08/japan-fukushima-survivors-ripley-pkg.cnn

ウェブの記事と写真(仮設住宅に住んでいらっしゃる双葉町の方々の写真とコメント)http://edition.cnn.com/2016/03/09/asia/fukushima-survivors-portraits/index.html


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2016-04-12 07:58 | 福島の被災地の現状
このたびは私の健康のことでご心配いただき、たくさんの方々からの心温まるお便り、そしてお祈りを、本当に有難うございました。皆様が福島被災者の方々を身内のようにお感じ下さり、「支援を継続しますのでまかせてください」とのたくさんのお便りをくださり、本当にうれしいでした。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

間もなく3月11日を迎えようとしております。丸5年です。被災者の生活は災害の時のまま、変わっておりません。「逃げろ!」と言われて逃げた自宅は、5年の歳月が流れ、崩れてネズミの棲家になり、草木が生い茂ったあばら家になってしまいました。皆様、お店も病院も無く、夜になると真っ暗で家の灯りが見えない村に、町に、あなた様は喜んで帰れるでしょうか? 1年後には被災者は帰るように促されているのです。ほとんどの原発被災者は賠償金も止まり、平成29年までに仮設住宅や借り上げ住宅から出なければならず、残る1年の間に自分で自分の住居を探さなければならないのです。

国民の反対を押し切って建てた原発。事故が起きて「逃げろ」と言われて、村や町を追われた被災者。今度は、線量高く汚染されてしまった村や町、荒れ果てた我が家に帰れと言われ、修理やリフォームは自分でするようにと言われても修理するお金もきちんと出してもらえない被災者。村や町にはかつての企業も店も無く、働く場が無い。仕事も無ければ、収入も無い。若い人は帰りたくても生活ができない、帰れない。国は荒れた被災地を本気で再建しようとしていない。現地の住民の声に本気で耳を傾け、現場を見ることをせず、国の方針、目標が先行し、決定していくのです。まさかと思われるでしょう。しかし悲しいことに、これが福島原発被災者の現状です。

このたび寄せられた被災者の声を聴いてください。

【双葉町の被災者】
「僕たちは避難でなくて、家を追い出された。追い出されてそのままです。」
「国と東電が生きる社会に憤りを感じる。」「言葉だけの復興。実質的でない。」
「被災者の声を聞かない、一方的な進め方。」
「仮の町を造って、“しばらく(30年なら、30年)ここに住んでいただけませんか?”と言ってくれればよいのに。」

【大熊町の被災者】
「国は大熊の我々に対し、帰れるとも、帰れないとも言わない。帰れないと言えばよいのに、それも言わない。」
「国がはっきり言わないために、いつ解除になるかわからないということで、土地自体を売り買いもできず、固定資産税がゼロ。」
「復興住宅は年寄り、身体障害者、子どものいる人が優先、我々夫婦は未だ。」
「今、仮設にいるが、いつまでいられるのかわからない。仮設は平成29年3月まで、と言われているが、行き場が無いので、仮設に居られる間は居ようと思う。」
「大熊町の自宅は、毎月1回入れる。自宅に入るためには、町に申請書を出して、許可書と免許証を提示してから入れる。5時間という規則です。中は、あの時のまま、足の踏み場もない。ネズミがすごい。物置もイノシシと牛がサッシを壊して入っている。今、牛やイノシシは来ないが、泥棒が入る。自宅に帰っても何もできないけど、見てくるだけです。」

【楢葉町の被災者】
「自宅に帰ってみて、“良かった”“ホッとした”気持ちはある。仮設住宅は隣とは板1枚なので、気を使っていた。精神的には帰ってきて楽。しかし生活面では不便。」
「帰ってきた人は少ない。自宅から3km歩いたところに1戸。あとはだれもいない。」
「自宅から役場まで30分歩いた。歩いても誰もいない。」
「楢葉の診療所が2月1日から始まった。29年4月からこども園(幼稚園)が始まると言う。」

【川内村の被災者】
「川内村は賠償金有りの20km圏内は20パーセント。賠償金無しの20km圏外は80パーセントです。5年間放置された自宅は、住めない状態です。仮設も29年3月までで、帰村するように言われている。“引っ越しのために5~10万円出す”と言う。あと3~5年の猶予が欲しい。」
「復興住宅は、わずか25戸、川内村にあるだけです。」
「川内村は、ファミリーマートが町に1軒あるのみで、あとは移動販売が来るのみです。」
「仮設の住民の8割~9割が、このままで生活したいと言う。」
「80歳、90歳の高齢者は、今さら動きたくないと言う。」
「仮設には友がいる。安否確認ができる。たいてい病院に週3回通院している。人工透析をしている人もいる。」
「足手まといになりなくない、と80歳、90歳の人が列車に飛び込んだり、首つりしたり、死んでいく。」
「3万、4万の年金では生活をやっていけない」
「被災者は5年間、国に振り回されてきた。いい加減にしてくれ、という気持ちです。好きなところで暮らさせてくれ、と言いたい。」
「災害後、セシウムの話ばかりで、楽しい話が無い。」

【葛尾村の被災者】
「普通、カボチャは横に伸びるものだが、自宅の畑のカボチャは上に伸びた。ひまわりのように。気持ちが悪いので、全部捨てた。羽が半分白いカラスを二本松で見つけた。黒猫もあちこち白い毛が生えている。浪江町の希望の牧場の牛の中に、白斑のある牛がいた。」
「自宅の倉庫の前は、“除染を1度した”と言うが、今でも11マイクロシーベルトある。」
「今、葛尾村は避難区域だが、29年春には避難指示を解除すると言う。」
「役場の職員10人くらいは、もう浄化設備工事などの立ち会いのために帰っている。」


2012年11月15日~26日の間、原発事故の被災地を調査した国連人権理事会の専門家アナンド・グローバ氏が11月26日に調査結果を報告しました(国連人権理事会、特別報告者のプレスステートメント http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/2422/ )

グローバ氏は、日本の国に対し、どうあるべきかを指摘し、健康について、居住の環境について、被災者への情報のあり方について、被災者の声を吸い上げることの大切さを訴え、放射線量の安全数値について、原発作業員への配慮について、食品の安全基準について等、多くのことを日本政府に早急に施行するよう要請しました。国連専門家の要請に対し、私たち日本は何をしてきたでしょうか? 皆で国に問うても良いのではないでしょうか。国は国連の要請に応えていないような気がします。あれから5年も経ちました。皆様、私たちの仲間、同胞を救うため、立ち上がりましょう。

福島の方への支援物資(食品、消耗品、義援金)をよろしくお願い申し上げます。


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by momofukuoka | 2016-03-03 11:53 | 福島の被災地の現状

皆様へのお願い

新春のお慶びを申し上げます。もっと早くから新年のご挨拶を申し上げたかったのでしたが、体調を崩してしまいまして、こんなにご挨拶が遅くなってしまいましたことをどうぞお許しくださいませ。昨年末、呼吸が困難となり、私自身が難病(「線維筋痛症」と膠原病の「シェーグレン症候群」)に罹っていたことが解りました。現在はままならない自分の現状の中で、福島の被災者の方々を皆様のお力におゆだねする時期が来たのだと受け止めております。どうかブログをご覧の皆様が私の志を引き継いで、福島の被災者が幸せになる日まで、支えていってくださいますよう、心からよろしくお願い申し上げます。

支援者も被災者も、天がご縁を結んでくださった大切な私たちの肉親と思っております。天は一人一人の人生を大切にし、命を大切にし、一人一人が幸せであることを望んでおられると思います。私たちも天の志を自分の志にし、互いを家族と思っていただけたらと思います。誰一人として不幸になってはならないと思います。ご縁で結ばれた私たちは、皆様兄弟姉妹です。今後ともこの志を大切にされて、世界の平和のためにお尽くしくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

私は不定期かもしれませんが、ブログは書き続けて参りたいと存じます。可能な限り、被災者の方々と連絡を取り続けて参りたいと思います。すでに被災者の方々とご縁を結んでいただいた方は、末永く見守っていただければ、有難く存じます。皆様お一人お一人の力は大きいでした。皆様がいらしたからこそ、大きな力になれました。国内だけでなく、海外にも波及することができました。本当に有難うございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。

今日は皆様に被災者を託す上で、最近の福島の動向をまとめさせていただきたいと思います。


【福島被災者の現状】(すべて被災者方から直接伺った話です)
・国は被災者を可能な限り、平成29年度春に故郷に戻すと決めたそうです。

・仮設住宅の入居は29年春までとし、基本的に仮設住宅は壊していくそうです。

・それまで、被災者は各自、自分で家を見つけるようにと言われているそうです。

・復興住宅への入居者は国が決めており、津波に遭った人と居住困難区域の人が優先です。

・復興住宅については県に託されているため、市町村は、自治体の長といえども口出しすることはできません。したがって不都合があっても、県の取り決めに従わざるを得ないようです。

・復興住宅の土地交渉は遅々として進まず、戸数は不十分であり、入居者は4つの町(大熊、双葉、富岡、浪江)に限定されており、くじ引きで決められるために、限られた戸数の復興住宅に、4つの町の知らない人同士が住むことになり、最初からコミュニティを作り直さなければならず、皆様大変なようです。(仮設で一緒に生活した友とも離れなければならず、復興住宅に入居して孤独死した、という話も聞きました。また、同じ復興住宅に住みながら、4つの町の人が共に住むのは、各々の町のお祭りも異なるので、どうまとめていくかが大変だ、ということも聞きました。なぜ、町ごとに住めないのか、市町村の意見を県は聞かないのが不思議と思いました。)

・大熊、双葉、富岡、浪江以外の市町村は帰還できる町だと国は判断し、全市町村に帰ってもらうことを決定しました。壊れた自宅は自分たちで直すこととし、原発20キロ圏内で居住困難の人のためには、楢葉、川内村、都路、葛尾村等のそれぞれの町村に1カ所(数軒のみ)復興住宅を建てることにしたそうですが、それも、計画の話はあっても未だ未建設のようです。

・東電の賠償金が支払われるのは、原発より20キロ圏内と決められたため、それ以外の人には賠償金はありません。20キロ圏外に自宅がある方は、放射線量がいまだに高いせいで住めなくても帰れなくても、土地家屋の賠償も、日々の生活費も1銭ももらえないために、今後の生活を思って途方に暮れています。

・国が津波被害の人に対しての支援と、20キロ圏外の人に対しての対策を緊急にしなければ、被災者は困窮状態で、壊れた家も建て直せない状態です。ですから、国は県まかせではなく、本気になって対策本部を造り、オリンピックの前に福島被災者救援をしていただきたい、と私は切に思っております。

・被災者方は、自分たちも何とかしなければ、と弁護団の助けを得て裁判で訴えようとしていますが、受け入れてもらえず、苦労しています。

・中間貯蔵施設の土地交渉についても、国は「買い取る」と言わず、「30年後には帰るようになるかもしれないから貸してください」との個人交渉だそうです。被災者は、「国が“もう帰れない”とはっきりと言って対応してくれればよいのに、やたら“30年後”と希望を持たせるのです。我々は死んでしまっているとしても、孫の代のことを考え、先祖の土地を荒らしてはいけないと思うと、複雑です」とおっしゃっていました。

・双葉郡の方々は役場の事を行政区と表現しています。そして局長様の事を行政局長と表現しています。被災者方の話では、「行政局長、行政区は、国の方針、命令に逆らうことができない。逆らえば、地方交付金が減らされる。」

・被災者の帰還に先立っての国のやり方は、酷い、汚い、と私は思っています。国は、帰還させようとする町の放射線量が高くても、人体に害を及ぼす可能性のある数値だと知っていても、「安全だ」と宣言し、まず行政区の一部を帰します。そして住民には、「行政区があるから大丈夫」と言います。

・私は「今年の4月、大熊町の行政区の一部が大熊町に帰ることになった」と聞いて驚き、役場の職員の身を案じています。

・被災者の話です。「新聞などで公表される放射能の数値は実際の3分の1の数値です。地元で我々が測ると、その3倍になります。」

・「学校や役場は除染を3回しました。しかし我々の家は1回です。山は除染していません。山から風が吹いたら、線量は高くなります。家の中でも0.3~0.4マイクロシーベルトある。田畑は0.8、地域によっては11マイクロシーベルトの所もある。自宅に戻って作業をして帰ってくると、身体がもの凄くだるくなる。それなのに、国は29年春に帰ることを目途にしている。」(葛尾村)

・被災者にとって問題なのは、避難先(現住所)の住民票が取れないことです。故郷から住民票を移動すると、被災者としての扱いがなくなり、被災者の恩典がなくなることです。このために被災者は、仕事においても子供の学校や塾においても苦労したと聞いております。浪江町の馬場町長は、国に3度頼みに行った。「被災者には住民票に代わるものを作ってください」と。しかし聞いてもらえなかった、と伺いました。皆様、これが今の被災者の現実です。


【支援のお願いです】
被災者には、食品、生活消耗品、義援金は、今でも有難い贈り物です。ご連絡をいただければ、送り先をお知らせいたしますので、よろしくお願い申し上げます。
心から感謝申し上げつつ。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
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by momofukuoka | 2016-01-25 21:37 | 福島の被災地の現状

祈りと感謝をこめて

今年も残すところあと数日となりました。今年も異常気象による災害、事件など、悲しい出来事がたくさんありました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、来年は少しでも悲しい出来事がこの地球から無くなりますようにと、熱い祈りをもって新年を迎えたいと思います。

今年も皆様にはたいへんお世話になりありがとうございました。福島の方々に温かいお心をお寄せいただき、尊いご支援金をお送りいただいたり、心を込めた真心いっぱいの食品、生活消耗品、衣類、手芸品などをお送りいただき、本当にありがとうございました。

被災者の皆様は「私たちを忘れずに、今なお心にとめていただいて本当にありがたいです。忘れられつつある私たちは失望し、生きる力を失っておりました。ですのに、私たちを本気になって考え、本気になって心配してくださる方々がこうして居られるのに、私たちは負けてはならない、くじけちゃならない。福岡さん、私たち頑張るからね。私たちの心の支えになってくださいね。一緒に支えていってくださいね」とおっしゃっていました。

 
【変わらぬ現状】
皆様、災害があって間もなく5年になろうとしております。もう5年も過ぎたのです。災害の年に生まれた子どもは5歳に、1年生は5年生に! 5年という年月をご自分に当てはめて人生という年月を思った時に、あまりにも長すぎる年月ではありませんか?

災害の日の地獄を見、体験してきた年月、寒さに耐えながら段ボールを敷いて寝た日々、転々と避難所を廻った日々、その間、親子バラバラになり、肉親の死を味わい、幼いながらも学校も転々と変わり、夫は生活のために妻子を置き単身赴任で出稼ぎに行き、放射能を恐れて逃げたはずの方々が生活費のためにあえて放射能にさらされる除染作業に赴き、2年保てば良いという国のマニュアルに沿って建てられた応急仮設住宅に、応急ではなく4年も住み続け、しかも人としては考えられない悪環境の応急仮設住宅にまだ数年住み続けなければならないというこの現実。引っ越すたびに、せっかく築いたコミュニティはその都度バラバラにされ、今度入居予定の復興住宅も、町の要望は聞かれず、県に決定権があってくじ引きで決められるために、被災者方は仮設の仲間や友人たちを離れ、新しくコミュニティを作り直さなければなりません。

また原発事故の賠償に関しては、実際の放射線量の基準ではなく、20kmという距離で決められたために、放射線量が高くても賠償金の無い所との格差があり、これが被災者の生活を脅かし、あらゆる問題を起こす結果となりました。国は賠償問題の責任は東電にあるとし、町役場もノータッチですので、被災者が各々東電に書類を出し、自ら手続きしなければならないようです。役場の言い分は、「被災者は一人一人財産が異なるので、被災者自身にやってもらわなければならない」とのことです。「東電の担当者によって異なるので難しい。被災者の言い分が通らないので、今もって成立しないので困っている」という被災者もおられました。

いずれにしろ、何事においても、国は被災者任せ、成り行き任せではなく、もっと真剣になって、親身になって国民のことを思ってもよいのではないでしょうか?と思うのですが。


【被災者の声】
〈9月5日に避難指示解除宣言された楢葉町の老夫婦(76歳)〉
「息子夫婦も孫も楢葉には帰らないと言うので、私たちは3日ほど楢葉の自宅の帰り、仮設に戻っています。今、牛はどこかに行っていませんが、イノシシ、タヌキ、サル、カラスがいます。野菜をせっかく作っても、動物に食べられるかもしれない。以前は野菜、米などを買ったことが無かったのに、今はジャガイモ一袋ずつ買っている。悲しいですね。自宅に帰ったけど、仲間がいない、店も無い。今まで楢葉は田と畑だった。だけど今、7千人の作業員が入っている。私宅のすぐ近くにも150人の除染作業員の宿舎ができた。地主の許可なく作った、と地主は怒っている。」

〈都路、85歳の母、60代の息子、孫の3人家族〉
「都路は970戸です。そのうち104戸が20キロ圏内。20キロ圏外の866戸は賠償金がもらえません。災害の日は何年ぶりかの大雪でした。雪で屋根が壊れました。あれから何年も戻っていません。たいていの人は家が壊れたまま直していません。家を壊すだけでも270万円かかる。だけど公的な支援は30万円しか出ない。壊す金も無い。20キロ圏内の人は新しいうちを建てることができるのに、他の人は何もできない。差が大きい。人がだいぶ亡くなりました。私も髪がふさふさだったのに、2年半前、1カ月で髪の毛が1本もなくなった。29年3月で仮設は打ち切るという。どうしようもない人がいっぱいいる。我々はどうしたらよいのだろうか?」

〈大熊町の老夫婦(80代)〉
「震災前に大熊町で亡くなった人は年間50人くらいでした。しかし4年8か月の間に大熊町の人だけで800人亡くなりました。大熊町の4分の1の面積を占める大川原という町があります。そこは東電から6キロの所であり、いまそこは0.03マイクロシーベルトくらいという。そこに東電で働く人の宿舎があり、1日3000個の弁当を作っているという。国は3年後の平成30年までに、そこに復興住宅3000戸を作ると言う。3年過ぎたら帰ってよい、と国は言いたいみたい。」

〈第一原発で働いている人の声(50代)〉
「私は30年 以上働いています。今は第一原発の建屋の外回り、給水の仕事をしています。朝3時半に起き、4時から出かけます。第一原発では7000人~8000人働いています。長時間できないので交代で仕事をします。私たちは国の指定病院(広島の大学病院)で原発追跡調査に登録して総合検診を受けています。モルモットです。」


【他者の幸せを願って】
皆様、私たちの力は小さな力かもしれません。でも同じ「志」をもって支え合い、力を出し合うなら、輪は輪を招き合い、少しでも社会に貢献できませんでしょうか? 大きなことをしなくてよいのだと思います。例えば、郵便配達の人は、「ご苦労様、寒いので気をつけてくださいね」という一言で、心のぬくもりを感じ、幸せとなり、その温かな思いが少しずつ世の中を変える力となりませんでしょうか? 実践こそ大切かもしれません。「他者の幸せを願う心」、これも来年の目標でもあり、「私たち支援活動の志」でありますよう、皆様にも心からよろしくお願い申し上げます。

寒さも一段と厳しくなってまいります。ノロウイルスも流行っているようです。くれぐれもお体を大切にされてくださいませ。今年も本当にありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-12-21 19:52 | 福島の被災地の現状
急に肌寒く感じられるようになりました。空気も乾燥し、喉も傷めやすく、ノロウイルスにも注意を要する季節になりました。体調も崩しやすい時期かと思いますので、どうか気をつけてお過ごしくださいますように。

旭化成建材問題、データ改ざん、汚職、国の秘密主義、マイナンバー制度。国民が納得しないうちに、次々に決定され、将来の不安を誰もが感じるようになりましたこの頃です。本当に私たちの人権、自由はどうなるのか。安心した社会づくりに逆行してしまうのではないか。詐欺、不正が巧妙にエスカレートし、殺人が日常化してしまった日本。私たちの手で、前のように穏やかで平和な日本を取り戻すことはできないものでしょうか? 


【被災者の住居へのずさんさ】
旭化成建材問題は本当に大問題で、被害を受けられた方への対策を国としても対応できないのでしょうか、と胸を痛めておりますが、福島被災者の住宅に対する国の対応のずさんさに、「無慈悲」という言葉と「絶望感」という思いが私の中にも湧いてくるようになりました。

復興住宅に引っ越しされた方からの話です。
「普通は引っ越す前に、建築会社が建物をチェックし、公営住宅なら、県の職員も確認をして、承認を得てから引っ越すのが普通でないかと思うのです。ですのに、私たちが引っ越してからチェックしに来るのです。びっくりしたのは、新築したばかりの住宅なのに、もうかびているのです。それにエアコンの管が押入れの中を通っているのです。これでは布団が湿気てしまいます。

私たちは無料で入居したのではないのです。3か月分の家賃を前払いし、毎月の家賃も払い、もう被災者扱いではないので、エアコン・ガスレンジ・照明器具・カーテンなど、50万円はかかりました。被災者は自分で自分の家を決められないのです。県がくじ引きで決め、私たちは言われた所に入所するしかないのです。事前に見ることもできず、鍵を渡されたら20日以内に引っ越さなければなりません。鍵を渡されて、初めて家の中を見るのです。窓があるとかないとか、不足があっても受け入れるしかありません。」

仮設住宅もマニュアルに沿って建てたということでしたが、床も抜け、隙間風が入り、湿気が多く、ずさんさそのものでした。公営住宅と言われる復興住宅も、被災者の住居だからと言ってずさんでよい、と許してよいのでしょうか? 2011年の3.11から苦しみ通してこられた方々に、「これでもか、これでもか」となぜ苦悩を与え続けるのでしょうか?


【総理をはじめ議員さん、指導的立場の方に】
子供のいじめ問題、パワハラ、セクハラ、ママハラなどが問題になっております。しかし、福島原発被災者への国の対応を見ると、国を挙げての“いじめ”のように感じてしまうのは、私の思い過ごしでしょうか? 被災者の命と生活を救おうとする本気度の無さ。被災者方は言います。「議員さんたち、私たちの所に来て、一緒に住み、生活してみてください。そうすれば、私たちの苦悩はわかります。だのに、誰一人としてきたことが無い。体験しないでどうしてわかるのか?」

福島第一原発で働く人の声です。
「総理が来るとなると、我々は仕事を止めて、総理が通るところを片付け、掃除をします。見せるコースも決めています。」

私は思います。国としては対外関係の目標があって、総理が諸外国を訪問される時に、多額の援助資金を約束されるでしょう。経済を目標にされてかと思いますが。その資金があるなら、まず苦しんでいる自国の国民に目を向け救うことを最優先にすべきではないでしょうか? 大変申し上げにくいことですが、総理をはじめ、議員様方のお給料、あらゆる国の財源は国民の税金で賄われているのではないでしょうか?

言葉よりも、生きる姿かと思います。君子の民を思う信念、生き方、自ら身を引き締め、質素で慈愛深いお姿とお心に、天の悟りと知恵を賜物としていただき、歴史に名を残す君子となられるのではないでしょうか? 議員の皆様に。あらゆるお立場の、人を導き、上司と言われる方々に、日本を変える君子となっていただけますよう心からお願い致したく存じます。

あらゆる面で失望し、元気を失ってしまった日本です。明治維新の時のように、日本に命を吹き返す志ある方々が使命感を抱いて立ち向かってくださいますようにとお願い申し上げます。「お金を求めれば、お金は逃げていく」という言葉を聴いたような気がします。「命を大切にし、愛し合うことを大切にしていると、自然に天は必要なものを計らい、あらゆる面で安定する」と聞いております。


【被災者の帰還について】
国は、被災者の方々のほとんどに平成29年3月には元の町や村に帰ってもらうようにするつもりでいます。「町として恐れていることは、人口流出です」と役場の幹部は言っております。「一人でも多く帰って欲しいのです。」仮設住宅もその頃から壊し始めるでしょう。国からの地方交付金は人口数で決められる、と聞いております。人口の多い都市は補助金は多く、人口の少ない市町村は補助金が少ないために、役場の資金源も少ないことになり、人口流出は資金不足となり、深刻なことにもなり得ると聞いております。

しかし現実、帰るに帰れない村人の方をご紹介いたします。今は仮設に住んでいる川内村の80代の女性の方です。「災害前、子どもたちは皆、県外遠くに嫁ぎ、夫婦二人で農業をしながら生活してました。その後、夫は病気、入院し、費用が掛かったために、国民年金のための保険料を払うお金が無く、一時期、支払うことができませんでした。その後、夫が元気になったので、未納分のお金を支払いに行ったら、“支払えなかった時の手続きをしなかったので、今は手続きができないのでダメです”と断られ、そのために、いま国民年金は月3万円です。夫は災害前に無くなりました。

川内村の我が家は、災害で屋根も壊れ、家も崩れそうなので、何十本の棒で家を支えています。そんな所で私は怖くて寝られません。自分もつぶされます。私の家は原発から30キロです。ですので、お金もいただいてないし、賠償も補償もありません。29年春に仮設を出たら、どうなるかわかりません。」

皆様、福島の方々の現実を忘れないで欲しいのです。無関心とならず、皆様で福島を風化させないよう、ネットで拡散していただきたいのです。どうぞよろしくお願い申し上げます。


【支援品をお願い申し上げます】
被災地はこれから寒さが厳しくなっていきます。生活消耗品、食品、義援金のご支援をお願いいたします。ご支援いただけます方は、被災地をご紹介申し上げます。ご不明な点は、福岡までお問い合わせください。どうぞよろしくお願い申し上げます。恐れ入りますが、これらのご連絡につきましてはAM11:00~17:30にお願いいたします。なお、すぐにお返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
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by momofukuoka | 2015-11-02 11:04 | 福島の被災地の現状

被災者を思って・・・・

今日は10月11日です。東日本大震災から丸4年7か月経ちました。被災者の皆様は、今、あの大惨事の体験を思い起こし、4年7か月の月日の流れの苦悩を思い、胸が締め付けられる思いで、悔しさと涙で鎮魂式にあずかっておられますことに心を合わせ、亡くなられた方々にご冥福を祈りつつ、今日はブログの原稿を書かせていただきます。

今日のこのブログをご覧いただきました皆様も、あの震災を思い起こし、亡くなられました方々のご冥福をお祈りし、ご遺族の方々や今なお苦悩の最中におられます被災者を思っていただきたく、よろしくお願い申し上げます。


【良心の声に耳を傾け】
平和とは何でしょうか? 人の幸せとは何でしょうか? 人生の生きる意味とは何でしょうか? 私の存在の意味とは。お一人お一人の存在の意味とは。何で一生懸命働くのでしょうか。何で人権を守り、いのちを守り、子どもも大人の人格も大切にしなければならないのでしょうか。私たち一人一人は何のためにこの世に生まれたのでしょう。共存する動物も植物も大自然も、どうして大切にし、尊ばなければならないのでしょう。医学、科学、研究、学問はどうして発展する必要があるのでしょう。国家は、政治は、元首と国民との関係は。他国への尊厳は。経済の向上の目的は…などなど、幼い子供が大人に問いかけるように、私も失礼ながら問いかけてみたいと思います。

争いはどうして続くのでしょう。国土の争いのみならず、職場、学校、家庭の中でさえ、人が集まる中には大小の違いがあっても、人間には争いがつきもののような気がします。その争いの元は私の心の中にもあり、私の心の中を見ると、善と悪、闇と光、悪魔と天使が共存し、私がどちらを選ぶかによって、選んだものがニョキニョキと頭を持ち上げ、私はそれに自分も支配されて行動してしまっているような気がします。

私が子供の頃、学校では「道徳」という時間があって、“人の道”や“自分の心に宿っている「良心」”について学びました。そして人の道を外れてはならないことや、良心の声を聴くことの大切さを学びました。そして親からは、「ののさんが見ているから」(仏さんか神様のことだと思います)、「おてんとうさんが見ているから」と赤ん坊の時から言われ、何かにつけて仏壇に手を合わせることを学び、毎日のおやつも仏壇に頭を下げてから食べていました。戴き物はまず仏壇に置き、報告はまず仏壇に、と、私が育った家は“ののさん”が生活の中に浸透していたような気がします。今の時代、古臭いと思われるかもしれませんが、子どもに“ののさん”の存在を教え、道徳や良心の声の存在を教えてくださった昔の教育に、私は心から感謝しております。

“争いの根”が自分の心の中にあることに気づいた時、素直に詫びる気持ちも湧いてきます。そして気まずかった人との間にも平和が戻り、心安らかになることができます。偉そうなことは言えませんが、一人一人、ご自分の心の中にある“良心の声”に耳を傾け、我欲に注意するなら、つまり、私の心の中にある二つの声、善と悪の悪を退け、善の声に従って行動するなら、私たちの住む世界は良い方向に変わっていけるのではないでしょうか。国の元首も、私たち国民一人一人も、責任を他者のせいにせず、自分の心の中を見つめ、自分の心の開拓をし合いませんか? 自分の心の開拓に気づき始めた時に、味わったことのない「幸せ感」を味わっていただけるかと思います。


【都路の現状】
台風の災害を受け、350カ所で地滑り、土砂崩れがあったことを前回のブログでご紹介いたしました。昨日、都路の方よりメールをいただきましたので、お知らせいたします。「道路などは直していただけますが、家の敷地とか田畑は予算が無いとの行政のお話でした。都路全体には小さな被害は無数にあります。」日頃、収入が乏しい方々は、どうして生計を立てていらっしゃるかを私は日々心配しております。


【楢葉町の現状】
楢葉町は帰還困難区域ではなく、居住制限区域と帰還準備区域でしたので、全町民は今年の9月5日に解除され、宿泊をして良いという通達が行政よりありました。しかし、現実の状況をお知らせしたいと思います。

1000戸解体をしなければならないそうで、現在、解体中とのことです。(賠償金は1500万円まで出すので、各自、自分でするようにとのことです。しかしこれだけでは生活できないようです。)地震のための解体700戸、ネズミやイノシシの棲家となって住めない家300戸解体。

楢葉町には全国から来た除染作業員のために大手ゼネコンが宿泊場所を何十カ所と建て、楢葉町の雰囲気は変わり、治安が悪くなり、安心して自宅に泊まれなくなったとのことです。防犯パトロールも町として始まり、日中は自宅に帰れても、夜は怖くなり泊まれないとのことです。「自宅にいる時は、電気を消して漏れないようにカーテンをかけている」ということです。また警察からは「電気の明かりを漏らさないように」と言われているそうです。

「自分の町に行っても、まわりに電気の明かりは見えません。真っ暗です。」
「家に車が無いとなると、泥棒の絶好のチャンスです。だから私たちは自宅に物を安心して置けないのです。」
「10月1日から病院(元々の内科の先生)が1軒、始まりました。」
「店としては、食堂2軒(10人も入ればいっぱいの所)、コンビニ2軒、仮設のスーパー(10坪~12坪)。日用品、刺身、肉はあるが、大勢で行けば、あっという間になくなってしまう。」
「除染は一通り終わったと言う。しかし平均0.3~0.5マイクロシーベルト、高い所で0.5~0.7マイクロシーベルトあります。」
「町としては人口の流出を避けたい。一人でも多く残ってほしい。だから我々には移住の情報は届かない。移住についての情報が欲しい。」
「批判や喧嘩だけでなく、建設的な意見を出していかないと駄目と思う。互いに助け合いが必要と思う。皆で知恵を出し合い、育て合うことが必要と思う。」


【避難者数と復興住宅建設状況】
震災直後は避難者数47万人。2015年8月末は19万8513人。現在、建設済みの災害公営住宅は1万7000戸(計画3万戸)。宅地造成済みは4700戸(計画2万6000戸)。(復興庁の統計より)

皆様、被災者に対する国の本気度はあまりにも無さすぎると思いませんか? ゼネコンの除染作業員の宿舎はあっという間に建てるのに、肝心の被災者の住居は、2年しかもたない仮設住宅に、29年度まで(6年以上)住み続けなければならないのです。皆様の温かいご支援をお待ち申し上げております。


【支援品をお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。義援金もよろしくお願い申し上げます。被災地の送り先をお知らせいたします。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
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〈問い合わせ〉
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(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


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by momofukuoka | 2015-10-11 10:10 | 福島の被災地の現状

台風18号による被害

台風18号が残した痕跡は大きく、救済を求めておられます方々のお姿や、お一人お一人を必死でヘリコプターで救っていく姿を、祈りながら固唾を飲んで見守った私達でした。今も、難にあった方々に対し、全国の皆さまに支援を呼びかけ、土砂撤去の作業のボランティアなどを求められておりますことは、どなたもご存知かと思います。


【都路の現状】
台風18号の災害を受けた中に、同じように川の氾濫、堤防の決壊、裏山の崖崩れ、家の床や道路が土砂で塞がり、救いを求めております福島の被災地をご紹介したいと思いました。そこは福島県田村市都路町です。350ヶ所で地滑り、土砂崩れ等がありました。土砂撤去作業や家具の運び出し等が必要で、支援を求めています。

都路というのは、標高350m〜700mにある村で、葛尾村と川内村の間にあり、約1000戸(3000人)の村でした。自然豊かで山菜も豊富にあり、山の湧き水を飲料水とし(井戸水)、水洗トイレはなく、冬になると3月頃まで凍結し、寒さに厳しく、決して経済的には豊かな村ではありませんでした。原発事故前は畜産(和牛)と稲作りを主にし、食物は、山菜や田畑のものが主だったそうです。

しかし、米の収入だけでは生活が出来ないために、専業農家は少なく、ほとんどの人が兼業農家であり、都路村には働く場所(企業)が無かったので、船引の工場や他の工事現場や、建設現場、他に仕事を求めて、出稼ぎ(日当の)に行って収入を得ていたそうです。村には診療所が一つ、歯医者が一軒、コンビニより小さい個人の店が5、6軒あったのみで、大型スーパーは車で30分の所にあったのみで、交通機関は少ない不便な所だったようです。しかし、村人は素朴で忍耐強く互いを大切にしあう心温かい方々です。自然の厳しい風雪にも順応し、我慢することを身につけた方々でした。

都路はその後平成17年に田村市に合併し(都路、滝根、大越、常葉、船引)4町1村で田村市となりました。それまで、村長のもとにあった都路村は、今は田村市長の行政区の中で取り決められるようになりました。川内村、葛尾村の除染は国が関わっていると聞いております。しかし、都路の除染は田村市に委ねられたと聞きました。田村市の中に、また都路の中に、いまだに放射線量が0.5〜0.8マイクロシーベルトがある所もあります。しかし、今、国から「年間20ミリシーベルトまで浴びても大丈夫となった」とのことで、都路住民の自宅の除染は進まなくなりました。

「都路住民は安心して自宅に住めない」「安心して自宅の農作物が食べられない」「山菜は食べてはならないと言われた」とのことで、食費に費用がかかるようになりました。原発前に出稼ぎに働きに行っていた工場は廃業になってしまった所もあります。原発前、都路のほとんどの方が日当で働いていました。ですので厚生年金の方は少なく、ほとんどの方が国民年金です。月2〜3万円とのことです。未納した人達はその分差し引かれるとのことです。住民としては米の収入が入らず、納金したくても出来ない時がありました。「私達は故意に未納しているわけではなく、収入が無く、出来なかったのです」「今、元気な都路の人達は、主に富岡町の除染作業で収入を得ています」「しかし、心配なのは病気の人、老人達、働けない人達はどうして食べて行っているのか心配です。収入はゼロですから」と村人は仲間を心配していました。

そして、このたびの台風18号の災害です。

「毎年台風でやられています。いつもこうなので、あきらめているけど、今年はひどかった。都路は川が多く、しかもカーブしている川が多い。だから決壊しやすい。住宅が山に囲まれている人が多く、裏山が崩れ、土砂崩れが多い。家床には泥、水浸しになり、道路も土砂で塞がっている。田畑の土手も崩れた。自分達でやるしか無いから、田畑は、自然に水が引くのを待つしか無い。土砂崩れは、自分達の一輪車(押し車)で運ぶしかない。町は大きな所しかしないので、自分達でするようにと言われたから、諦めてそうするしかない。毎年のことだから」

皆様、都路の方々が収入も乏しく、全てを受け入れ、黙々と一輪車を押して、戦っているお姿に胸は痛みませんか? 私達の少ない義援金で良いのです。黙って耐えていらっしゃる都路の方々を皆様のお力で救っていただけませんでしょうか?

都路の方々のことを話したついでに、彼等の忍耐力を知っていただきたく、お伝えさせていただきます。

都路の方のある仮設住宅は、火葬場の上にお墓の山があり、その上に仮設住宅があるそうです。「慣れたから」と村人は言いました。ある人の、この言葉には、私は衝撃を受けました。「福岡さん、私の部屋はお墓の入り口にあるんです。だから私は毎日お墓を見ています。でも花火よりも強い太陽のような“光”をお墓に感じるんです。私達はこの亡くなられた方々に守られて生きているんだと思うんです。ですから、毎日、お墓の人達に感謝してるんです!」

私は、彼女が長い年月、いかに耐え、いかに泣き、苦労を経て来て、全ての現実を受け止めて、苦悩を経たからの“悟り”だと思いました。私はお墓を怖がっている自分を恥じました。しかし、頭で理解できたとしても本能はそこまで至っていません。彼等は“凄い”と思いました。頭が下がりました。しかし、彼等を放っておいて良いはずはありません。彼らも“幸せ”を少しでも得なければならないと思いました。


【都路に支援をお願いいたします】
皆様、都路の方々に、暖かいご支援をお願い申し上げます。物品については、都路の責任者の方と連絡を取っており、受け入れ体制がはっきりした時点で改めてお知らせ申し上げたいと存じます。義援金については、直接村人のために尽くしておられます被災者住民代表の方に直接振り込んでいただくか、送金していただきたく思いますので、福岡までメール、またはFAXにて、お問い合わせくださいませ。皆様の暖かいお心に、心から感謝お申し上げます。


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by momofukuoka | 2015-09-28 19:32 | 福島の被災地の現状
今年の夏の異常なまでの猛暑には、体調を崩され、どうにもならない異常な疲れとだるさに正常な生活がおできになれなかった方が多かったのではないでしょうか? 会う人ごとに、「私だけが具合が悪いのかと思っていたけど、今年はやっぱり普通じゃないですよね」の言葉が多いでした。そしてまた今度は急な冷気。あまりの気温の変化に風邪も引きやすくなり、台風シーズンにもなりましたので、皆様、体調管理に十分お気をつけ下さいますように。

【いまだに粗末にされ続ける私達の人生と命】
今年は戦後70年。戦争の歴史、特攻隊の命、原爆投下における悲惨さ、沖縄の犠牲と苦悩等、連日テレビを通し、たくさんの犠牲のもとに成り立ってきた日本の現実を知って、胸を痛め、ご冥福をお祈りし、ご遺族方に心を合わせた日々でした。「2度と繰り返してはならない!」「誓います!」と歴代の総理、市長、関係者の方々は公に国民の前で誓います。そして犠牲者に向かって約束し、祈ります。私達はこの誓いの姿を何年も聞き、何年も見て参りました。

しかし私は思います。「歴史から学びます」「誓います」と言っているのに、人の命を脅かすあらゆる苦悩の問題がどうして何一つ解決されないのでしょう? 解決への希望が感じられないだけでなく、ますます人の命が粗末にされ、蟻地獄にでも引き込まれたように、日本だけでなく、世界の至る所がズルズルと大きな魔の力によって引きずり落とされているように感じているのは私だけでしょうか? 皆様、まずこの現実に目覚めませんか?

一人一人の力は小さいかもしれません。しかし気がついた人同士が手をつなぎ、志を一つにして助け合い、志を示し続けるなら、「小さいこの火種」はやがて心ある人の魂に触れ、輪は輪を呼ぶことでしょう。私達の力と手で、今の世界を本来の“命を大切にし、一人一人の命が輝き、生きていることが苦しみではなく幸せと言える地球”に変える努力をしていきませんか?


【1冊の本に出会い、受けた衝撃】
最近、恩師から一冊の本をいただきました。それは、写真家であり映画監督の本橋成一氏の写真集『アラヤシキの住人たち』(農文協出版、2015年、税込み1728円)です。この写真集は、北アルプスの麓、長野県小谷村の山の中にある真木集落で住んでおられる方々を紹介したものです。

真木集落は江戸時代からあるとされる集落でしたが、1972年に廃村となりました。車も入ることのできない山道です。今、集落には5軒の茅葺きの古民家が残っており、そこで、羽仁もと子氏の“生活が教育”という精神で創立された自由学園の宮嶋信先生を中心に、心身にハンディキャップをもった方と健常者が生活しています。その様子は写真集に収められるとともに、2015年5月に映画として公開されました。

一人一人の活き活きとした姿、瞳の輝き、今の私達とは異なる次元の別世界で生きている姿に、初めは違和感さえ覚えましたが、写真集を見ているうちに、私達が失ってしまったものを思い出させていただき、目から鱗が落ちるような衝撃を受けました。心の豊かさ、共存、自然とのふれあい、魂の崇高さ、心の清さ、人情、心の温かさ、命の輝き、人間の尊さ、共存の有り難さ、性格の多様性の有り難さ・・・などなど私が今すっかり忘れてしまっていたことを次々と思い出させてくださったこの写真集は、宝物と言える本でした。同時に私は福島原発被災者の村人たちを思いました。


【のどかで平和だった福島原発被災者―すべてを奪った原発】
川内村、都路、葛尾、津島は山村で、標高670~800メートルの所にあります。12月に降った雪は春まで溶けず、雪が溶けるまでは危なくて町には出てこられない、と聞いております。村人は厳しい自然を受け入れ、順応し、穏やかで忍耐深く、愛情にあふれ、互いを思いやり、互いを大切にし、家族を大切にし、平和で幸せであった、と言います。水道は無く、山の湧き水を飲料水(井戸水)とし、川の水は透き通り、魚もいっぱい泳いでいた、と言います。生活はカイコ、木炭、シイタケ栽培、和牛、畜産、花畑など、山菜も豊富にあってのどかで静かで幸せだった、と言います。「病院やお店は少なく、不便です。しかし私は大好きな村で、最高の場所だった」と被災者はおっしゃいました。

しかし原発はすべてを一変し、村人の何もかもを奪い、何もかも幸せすべてを奪い取ってしまいました。ふるさとを失い、自分の家に二度と足を踏み入れられなくなってしまった人もおられます。のどかな村が敗戦の時のようになってしまいました。草が生い茂り、廃墟のようになってしまった所もあります。助け合っていた仲間や家族も一緒になれず、原発は生活のすべてを、家族の営みを、人の幸せを何もかも奪ってしまいました。

しかもこの責任を誰もとっておりません。国は平成29年3月の帰還宣言を目標と掲げただけで、そのための被災者の生活補償、放射線量の低減を積極的に行うこともなく、賠償金支払いを出し惜しみしています。政府が陣頭に立って問題解決に携わるどころか、現場のことは各市町村長と東電に丸投げし、被災地に関する取り決めは環境省に任せています。各市町村への国からの交付金は国が決めていて、国の方針に沿わない町は交付金が減らされると聞きました。町役場としては財源がないと身動きがとれないので、国の方針を受け入れないわけにはいかないとのことです。役場の人の立場も気の毒と思いましたが、同時に、住民を助けるためにあるはずの役場が今は国の御用機関になり、村人達は問題があっても解決する所も相談する所もなく、苦悩し、あえいでおります。こうして苦悩している福島原発被災者を今、誰に救っていただけるのでしょうか?

もう福島原発被災者のことを本気で救っていただける人はいないのでしょうか? 「月日が自然に解決する」「被災者自身が自分達で解決したらよい」、多くの方がそんな思いで被災者を見ておられるとするならば、あまりに悲しすぎませんか?


【ブータン国王のメッセージ】
大震災後、初の国賓として来日されたブータン国王夫妻(11月15日~20日)のことを私は時々思い出し、ブータン国をうらやましく思います。国民総生産(GNP)でなく、「国民総幸福量(GNH)」の概念に基づいて国づくりをしておられるということを。70万人の人口の97パーセントが「幸せ」と答えているとのことです。国王のお言葉です。「お互いを思いやることから始めよう。基本的な人間としての価値観、共感、高潔さ、正義感、これらを大切にしなければなりません」「よく勉強して欲しい。でもそれ以上に、良い人間であって欲しい」(慶応大学での講演)。「私達の中に人格という龍が住んでいるんです。自分の龍を養いなさい。管理しなさい」(相馬市立桜ヶ丘小学校で)。大津波に飲まれた原釜地区で、手を合わせた国王は姿なき犠牲者達に語りかけました。「お悔やみ申し上げます。私達は常にあなたがたと共にあります。」


【最も苦しい時期にある被災者】
皆様、震災から4年半を経た今、被災者は精神的に最もまいってしまっています。信頼した国から見放され、肉親と離れ、住居も決まらず、健康を害し、気力も体力も衰えてしまったのです。どうぞブータン国王のように、「常にあなたがたと共にあります」というお気持ちを持ち続けてくださいますように。そして被災者に手を差し伸べて下さいますようにお願い申し上げます。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-08-30 09:24 | 福島の被災地の現状
猛暑の中、また台風シーズンでもありますが、ご健康はいかがでいらっしゃいますか? うまくこの夏を、健康を害することなく乗り切られますよう、お一人お一人のご健康をご案じ申し上げます。

もうすぐ8月です。亡くなられた方々に思いを馳せる時期にもなりました。今年もたくさんの方々が亡くなられたかと思います。病床で、事故で、思わぬ災害で、また飢餓で、戦争で、また自ら命を絶って・・・。愛する家族、身内、親友・・・。また毎日のように報道されている他殺など。一生に一回の尊い命が大切にされず、無念に去っていく方々の悲しみ、苦しさ、悔しさはいかばかりのことでしょうと、心の痛みを感じます。

戦後70年となり、戦争や原爆投下についての報道が多くなりました。この機会に、「命の大切さ」「原発が自然界や人命を破壊する威力」「平和」「幸せ」「権力と奉仕」・・・等について誰でもが考え、それぞれの「協力」「貢献」「自分の生きがい」「自他の生命の尊厳」等に真剣に向き合う時期と捉えてはいかがでしょうか。そう提案したいと思います。

福島の現実をお知らせしております私としましては、今日も福島で亡くなられた方についてご報告をさせていただきます。この内容は、各町の被災者の方々から伺ったことを、そのままお知らせ申し上げております。


【被災者の声】
「浪江町の請戸(うけど)に共同霊園ができます(請戸は全域が津波で流された町です)。400基のお墓で請戸の人のみが入ります。家内の遺骨と共に4年5か月、仮設で過ごしてきました。せめてできることは、毎朝温かいおしぼりで面影の写真を拭いてやること、遺骨の妻に語りかけながら、4畳半の仮設で一人で過ごしてまいりました。お盆前にお墓に家内を入れようと思います。でも、4年5か月お骨と共に過ごしてきたので、離れるのは寂しい気もします。3.11には毎年祈願祭をしてきました。今後、1年に1回、請戸の人に霊園で会えるようになります。」(浪江町)

「私は浪江町棚塩です。津波で自宅、実家、息子の家(新築2か月で)、工務店をしていた私の仕事場も全部流され、全員死んで、私一人だけになりました。淋しいです。辛いです。どうしてよいかわからないです。仲間とがんばっています。」(浪江町)

「妻は精神的苦痛に耐えかねて、自ら命を絶ってしまいました。自宅は農家です。私も体を崩してしまいました。妻がいなければ、一人で農業をする気にもなれません。一人じゃ対処しきれません。だから除染の仕事に行ってます。帰ってくると風呂で放射能を洗い、酒を飲んで寝るだけです。」(都路)

「私は87歳になりました。仮設の友達がたくさん亡くなったよ。40人くらい亡くなったよ。2、3日前も向かいの部屋の仲間も救急車で運ばれたよ。帰ってこなかったし、遠くから駆けつけてきた娘さんが泣いていたから、もうダメだと思うよ。何せ仮設は蒸し風呂みたいに暑いからね。クーラーを入れ、扇風機を回しても、31度より下がらないものね。川内村は涼しいところだったけどね。」(川内村)

「5年近く仮設住宅で暮らしていたお年寄りたちが、避難解除宣言された時、小高の自宅に帰って大丈夫か、私は心配です。仮設で暮らしていたために足腰が悪くなり、歩くことができなくなっている。今は仲間と支え合い、車に乗せてもらって買い物や病院にも行っています。しかし小高に帰ったら、それぞれの家は離れているし、車も無く、体も思う通りには動かなくなっている。この年寄りたちが小高に帰ったらどうなるかと心配です。」(南相馬)

「50代、60代の人で亡くなる人、自殺者が多いです。50代、60代の人の悩みは大きい。若い人たちはいなくなった。孫も遠くに行った。年寄りの介護、将来への不安、自分の体にも、心臓病や脳梗塞、腰痛など、支障が出始めている。復興住宅に入ったけど、友とも別れ、孤独になった。50代、60代の人に自殺者が多いです。復興住宅の中でも自殺者がありました。仮設では農薬を飲んだ人もいます。被災者の生活は過酷です。不安で心安らぐことがありません。」(南相馬)

皆様、あの大震災で助かった方々です。津波や震災の恐怖の中で、地獄のような生活を経てこられ、やっと助かった方々です。私たちはこの方々を最優先で助けることに、国を挙げて力を注ぐべきではないでしょうか?

オリンピックも大切です。国立競技場も大切です。しかし国として最優先すべきことは、今苦悩している被災者に目を注ぎ、全力で救い上げることではないでしょうか?

被災者を救い上げるために全力で力を尽くしている日本政府の姿を見た時に、外国からの日本政府への評価は上がるでしょうし、「国民の命と生活を最優先する」政府の姿こそ、国民が政府に最も求めている願いではないでしょうか。そのために私たち国民の税金が使われるなら、私たちは納得するでしょうし、そのために資金が不足し、海外への支援額や国立競技場への資金額が多少下がったとしても、海外からの評価は上がるのではないでしょうか? そう私は思うのですが、皆様はどうお感じになられますでしょうか?


【あなたにもできる支援の方法】
①「福島の現実」を知らせる。テレビや新聞では報道しなくなりましたので、解決したと思っておられる方が多いです。現実を知らない方がおられます。あなたのブログやフェイスブック、ツイッター、ファックスで、また仲間の集いの時に、どうぞ「福島の現実」を広めてください。

私、福岡百子のブログ「福島の現実―福岡百子の声」をそのまま拡散していただいて結構ですし、むしろ拡散していただけますよう、お願い申し上げます。コピーをされて、ちらしとしてお配りいただいても結構です。

②ご自分の職業や特技、趣味を生かして。医師、看護師、介護士、鍼灸、マッサージ、アロマセラピー、ヨガ、ダンス、音楽、歌、絵による癒し、手芸、お笑い、仮設の草むしり、足湯、肩たたき、レクリエーション

③贈り物(一人分からでも大丈夫です)
手紙を添えた贈り物(高価でなくてよいです)、日用の茶菓子(疲れた心に癒しとなります)、食品、生活消耗品。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
支援が必要な状況は変わっておりません。皆様の優しいお気持ちをどうぞおよせください
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。体調によりすぐにお返事できない場合もございますが、必ず返信させていただきます)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-07-31 09:21 | 福島の被災地の現状
今日は復興住宅の入居条件と、大熊町、楢葉町の現状についてお知らせしたいと存じます。また、とても心温まる小さな支援者のことをご紹介させてください。


【復興住宅の入居条件】
5月25日付のブログで、復興住宅への入居手順についてお知らせいたしましたが、復興住宅に入居するために、国が被災者に求めている条件について少し具体的にお話ししたいと思います。被災者は入居前に部屋の間取りとか、窓の大きさとか、あらかじめ部屋を見ておきたいものです。それによって前もって家具の大きさを考え、カーテンのサイズを確認し、照明器具なども時間をかけて準備し、これから入居する家への夢と希望を持ち、引っ越しの準備をしたいと思うのです。しかし被災者の要望を国は何事も受け入れず、被災者は国からの一方的な方針に従わされております。被災者は、鍵が渡されるまで、どんな部屋になっているか、自分の目で確認することができません。自分でどの住宅に住むかを選択することもできず、町が決めたところに住むことになります。同じ広さの復興住宅でも、家賃は収入に応じて10段階に分けられているそうです。家賃は最低額の人で8千円、それにエレベーター代、その他が追加されると聞いております。

最近、復興住宅に引っ越しを始めた大熊町の方から聞いたお話をご紹介したいと思います。5月末に復興住宅が完成し、入居当選の通知が被災者に届きました。6月9日に説明会があり、その後、被災者の収入に応じて家賃の決定通知があり、家賃3か月分をまとめて支払った人に鍵が渡されたということです。そして、鍵をもらったら20日以内に引っ越すようにと言われたそうです。年金生活で、1度に3か月分の家賃を支払えない人もいます。「20日以内に引っ越してください」と言われても、車のないお年寄りは、仮設から遠く、高い運送費のかかる復興住宅に荷物を運ぶことはできません。初めて間取りを見る、備品が一切ついていない(照明器具もガスレンジもカーテンもない)復興住宅に、20日以内に引っ越さなければならないとは、あまりに被災者には気の毒なやり方ではないでしょうか。

通常、私たちが家を探す時には、不動産屋さんで家賃や価格を見て、入居を決める前に家の中を見学し、納得した形で自分の住まいを決定します。入居を決めてから、収入によって家賃が決められるなどということは聞いたことがありません。一般にはあり得ないことを、どうして国は被災者に強いるのでしょうか? 国の方針には誰も逆らえないようです。

原発は国の方針でした。何の罪もない、善良な住民の土地が 、原発事故によって放射能汚染された土地になり、住民はそこから避難せざるを得ませんでした。被災者は言います。「追い出されたのです。私たちは避難ではなく、自分の土地から追い出されたのです。自分の家があるのに、十分住める家なのに、追い出されたのです。だのに、4年4カ月になろうとしているのに、いまだに住む家さえ決められないのです。しかも、これまでに7回も8回も住居が変わり、引っ越しをするたびにお金がかかり、親しくなった友とも家族とも離れ、ばらばらになってしまうのです。もう疲れました。」


【楢葉町の現状】
楢葉町は、帰還宣言前の試し宿泊として、4月6日から7月5日までの3カ月間の自宅宿泊が国から許可されました。しかし住民は一人も宿泊していない、ということです。それは放射能そして楢葉町の治安に対する不安のためだそうです。その理由を少し説明させていただきます。

楢葉町に大手の会社が除染作業員数千人分のプレハブ宿舎を建てたそうです。「1か所に300人~500人の宿舎が何10か所も建ちました。全国から除染作業のためにやってきた人たちが泊まる宿舎です。隣の富岡町は放射線量が高くて泊まれないために、富岡町の除染作業員3000人分の宿舎も楢葉町に作り、楢葉町から富岡町まで作業員が通っています。そのため毎日車の渋滞がすごくて大変です。女性が追いかけられるような事件もあり、治安が悪くなって防犯パトロールも行われるようになりましたが、安心して自宅に泊まれなくなりました」とある被災者は話していました。

「除染作業者のためにはあっという間にプレハブを作ったのに、われわれ楢葉町被災者のための復興住宅は“作る”という予定のみで、いまだ始まってもいないのです。被災者の自宅修理や再建のための大工はいません。建築資材が無いと言われます。被災者の事は後回し、ということです。大工など建設業者は東京オリンピックの方に取られてしまいました。東京の方が高い収入を確実に得られます。被災者の家の修理費や建築費は不確かです。大工は当然高収入のほうを選ぶでしょう。」


【6歳のお嬢ちゃん・4歳の坊やの支援協力】
私が最近体験させていただきました、とても感動した心温まる出来事をご紹介させていただきます。それは今から10日ほど前のことでした。私のスマホに一人の方からメールが入りました。イギリス在住の若い日本人の奥様からでした。「ネットで福島のことを知ったので、支援をさせて欲しい」とのことでした。「一人一人の被災者に、メッセージ付きのお菓子を差し上げたい。6歳の娘・4歳の息子と一緒にメッセージを書いてお菓子に添えて一人一人の被災者に差し上げたい。お年寄りが食べられるもの、何が良いか教えて欲しい。10~20個のお菓子ですが、それでもよいですか? 2キロ以内の送料ならできると思います」との、とてもうれしいお知らせでした。

私は心から感動しました。そして6歳のお嬢ちゃんと4歳の坊やがお母さんと頭を寄せ合って被災者を思い、一生懸命お手紙や絵を描いている姿が目に浮かび、涙が出てきました。何よりも何よりもうれしいプレゼントです。私は早速、被災者の自治会長さんに知らせました。自治会長さんはおっしゃいました。「それは、とてもうれしいことです。飴でもなんでもうれしいです。被災者はお嬢ちゃん、坊ちゃんのお手紙をどんなに喜ぶでしょう。生きる力になるでしょう!」

イギリスに住む若いお母様からのお申し出に、私はとても感動し、私自身のためにも心の癒しと力をいただきました。正直、支援活動を続けております私自身も心身の疲れを感じていたからです。被災者に対する国のあり方、冷酷と思える対応、そして忘れ去られていく被災者のあまりにも過酷な現実をどうすることもできない私自身に、私は苦しみ悩んでおりました。心が疲れ果てていた私でしたが、この6歳のお嬢ちゃんと4歳の坊やとお母さんの姿から、私は再び力をいただきました。たくさんの勇気とがんばる力も。“負けてなるものか!”“命ある限りやり続ける!”“坊や、お嬢ちゃん、おばちゃん頑張るからね! これからもよろしくね”――そうイギリスの親子に感謝しました。

ブログをご覧の皆様、大きなことでなくてよいのです。このご家族のように、温かい思い、優しい行為が、疲れ果てた被災者のお心を癒し、救い、生き抜く力となるのです。お孫さんや、周りの幼いお子様方に、他人を思いやる優しい行為をお伝えいただけませんか? 疲れ果てた福島の被災者を皆様の温かい手で救っていただけませんか? よろしくお願い申し上げます。
“坊や、お嬢ちゃん、本当にありがとう!”


【支援品をお願い申し上げます】
不安定な生活の中、健康を損ない、困窮されている被災者が多くいらっしゃいます。少しの物でも、送ってくださる方のお気持ちを感じられ、たいへん喜ばれます。どうぞよろしくお願い申し上げます。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
支援が必要な状況は変わっておりません。皆様の優しいお気持ちをどうぞおよせください
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。体調によりすぐにお返事できない場合もございますが、必ず返信させていただきます)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-06-29 01:48 | 福島の被災地の現状