2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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カテゴリ:福島の被災地の現状( 63 )

原発事故の罪深さ

早や、師走となりました。カレンダーをめくり、今年もあと一か月無い、と気がつき、「人生の速さ」を思い、「過ぎ去った1年の出来事を思い」、心落ち着きの無い自分であったことを反省しました。今、私たちが生きる社会の変化はめまぐるしいです。以前は10年ひと昔と言われていたようですが、現代は1年で突然変わっていきます。家族の形態も異なり、幸せの基準も異なり、価値観も異なり、何が正しく、何が間違いなのか? 何が精神的なのか? 残虐さに対する呵責の気持ちや認識も異なり、常識の相違など、時代の変化を感じるようになりました。

テレビを見ながら、今や世界が大きく変わりつつある時にあることを知り、それだけに私たち一人一人の政治参加への認識と、責任の大きさを感じ、皆様にも「動きましょうよ」と呼びかけたいと思いました。アメリカのみならず、イギリス、イタリア、オーストリア、フランス…が、貧富の差を訴え、政治の体制を崩そうとしています。世界中の批判をものともしない中国、北朝鮮。韓国パク大統領の退陣問題。日本もカジノ導入の強行採決、経済成長戦略など、国民の悩み、叫びに寄り添う政治とは異なる方向に日本の政治は突き進んでいっているように感じ、「このままでは危ない!」と私は感じるようになりました。
 

【白眼視される被災者】
福島原発被災者の子どもが「ばい菌扱い」にされて辛かった、という手記が公表されて、今、話題になり、学校側も教育委員会もあわてています。手記を公表した男子生徒は、現在中学1年で、「小2で自主避難した直後からばい菌扱いされ、いつも辛かった。小5の時は、原発事故の賠償金を貰っているだろうと言われ、同級生らの遊興費の負担をせびられた」「何回も死のうと思った。でも震災でいっぱい死んだから、辛いけど、僕は生きると決めた」と手記は結んでいる。この手記は男子生徒が不登校になっていた小6の7月に書いたものですが、男子生徒は「いじめの被害がなくなってほしい」との思いから公表を決めた、として、2016年11月16日、代理人の弁護士を通して公表しました(河北新報オンラインニュース)。

災害後間もなく避難した福島被災者の多くは、大人も子どもも「ばい菌扱い」にされて苦しんでいらっしゃいました。散歩をしていたら、「あなた方が歩くと、田畑に放射能が撒き散らされ、うちの野菜が売れなくなるから、歩くな!」と言われた、と悲しんでいる被災者夫婦がいました。「引っ越してきた」と挨拶に行くと、「あなたたちとは関わりたくない!」と断られた、という人もいました。「買い物に行くと、ジロジロと見るんです。買い物したカゴの中をのぞきこむ人もいます。そして大声で“この人たちはいいわね。賠償金で食べているんだもの!”と言われたことがあります。だから、買い物にも行けないんです。」

「私たちは津波に遭い、何もかも失いました。だから生活必需品である車を買いました。不便な所に住む被災者にとって、車無しでは生活できません。医院に行くにも買い物にも、車は生活必需品なので真っ先に買いました。すると、被災者が新車を買った、と言って批判されるのです。被災者の車は随分いたずらされ、傷つけられました。何をしても、何を買っても、福島の被災者は“賠償金で生活している”といじめられ、白い目で見られます。だから今は、福島人であることを知られないようにしています。5年過ぎても友達はできません。」

 「私は賠償金をもらいませんでした。拒否しました。それは辛い思いをしたくなかったからです。」

 「私は何もあてにしないで生きることにしました。一生懸命働けば、贅沢できないけど、生きていけると思いました。頑張ります!」


【オリンピックやカジノの前に】
安倍総理は、「福島の復興なくして日本の再生なし」と、東日本大震災3周年記者会見で言われました。この言葉はどの方も覚えておられることかと思います。国民の命と生活を守ることを、なぜ最優先としないのでしょうか? 国民の命ほど大切な財産は無いと思うのですが。オリンピックやカジノの前に、最優先すべきことは、福島の被災者に目を向けることではないでしょうか?

いまだ放射線量の高い被災地に、来春、国は被災者を帰すという指令を出しました。なぜ汚染地区に、イノシシや小動物が棲み、草ぼうぼうの荒れた地に、公共施設も不十分な地に、被災者を返そうとするのでしょうか? 若者は帰りません。帰る方はほとんどが高齢者です。

被災者は言います。「年寄りの私たちは田畑でとれた食物を食べて生きます。放射線量? かまいません。私たちはどっちみち死にます。そのうちに無人の町となるでしょう。そうして何事もなかったかのようになるでしょう。国は、私たちがそうなるのを待っているのでしょう。私は被災者からこの言葉を聞いて、せつなさに唖然としました。これが国の計画なら、言いたくはありませんが、殺人行為ではないでしょうか?


【被災者からの手紙】
被災者からの手紙をご紹介いたします(本人の承諾をいただきました)。

「ご無沙汰しております。私たちも福島県外に移って半年が過ぎ、なんとか慣れ、元気に過ごしています。しかし気持ちが晴れることはなく、何か違う感じがしてなりません。新しい暮らしにも希望が感じられず、寂しい気分です。主人もPTSD(心的外傷後のストレス障害。強いショック体験からくる心のダメージ)と診断され、通院しています。元気がなく、私も気分が落ち込む時があります。孫たちが時々来てにぎやかなのは救いです。
せっかくこの地に来たので、楽しいことを見つけていこうと思います。直売所も楽しいですし、自分から何か始めないと、充実した人生は送れませんよね。

原発事故でふる里を追われ、6年になろうとしております。世の中はすっかり忘れていますが、私たちの心の傷は深くなっている人が多いです。東電からの賠償金をめぐり、心ない言葉に傷ついています。私もまた、嫌な思いをするのが怖いので、ふる里のことはこちらからは言いません。
 
ふる里は、生まれ育ち、結婚、子育てと、人生のすべてでした。人間関係までも、すべて無くすということは、言葉に言い表せません。原発事故の罪深さをひしひし感じています。この思いは、賠償金というお金で消され、国も東電も、世間の記憶から消そうとしています。事故は収束したかのように持っていこうとしています。つくづく、国って、大きな企業は守るけど、個人には冷たいと思います。広い海原に放り出された私たちは、どう生きていけば幸せを感じられるのか、解らないでいるのです。」


【この事実を多くの方に】
皆さま、「もし私が福島の被災者だったら? 同じ体験を受けたら?」。2011年3月11日からの被災者の体験を自分の身に当てはめて考えたら? あまりにも酷すぎることですよね。これ以上、苦しめてほしくないです。どうぞこのブログを多くの方にお知らせください。そして苦しんでおられる福島の方々を皆様の手でお救い下さいますように。


【本をご紹介いたします】
『アヒンサー 未来に続くいのちのために原発はいらない』1号~6号 各100円(送料別)
〈発行〉PKO法「雑則」を広める会 
電話 0422-51-7602(佐藤様)/049-215-0289(小田様)

1号(大人の人に伝えたいこと。原発7つの本当のこと。放射能とは。他)
2号(私、子どもを産んで大丈夫ですか? マル秘にされた試算―原発の原点。他)
3号(被爆医師肥田氏の証言。大量の死の灰で汚染された日本列島。他)
4号(仙台日赤病院呼吸内科医―放射能の影響とこれからのこと。他)
5号(北海道がんセンター院長―みんな催眠術にかかっている。目、覚ましてくださいよ! 他)
6号(こだま医院院長―低線量内部被ばくの話。他)


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2016-12-09 06:34 | 福島の被災地の現状
“希望のない所にも希望を!”この言葉を聞いたことがあります。どんなに腐敗してしまった社会であっても、もう無理、限界、絶望と思った所でも、生きるのは無理、ダメだ!と思った時も、“尚、生きる道はあるんだよ!”という教えではないでしょうか? 人生を振り返ってみて思いますことは、どんな人でも、苦しい時、辛い時、孤独な時があり、楽しい時がありました。一人一人にも、生まれてから今日までの歴史があり、それは互いにとっても宝物ではないでしょうか?

ともすると、私たちは、自分にとって心地良いもの、自分にとって都合の良いものを善いものとし、不都合なものは悪とみなし、不幸として排斥してしまいがちのように感じますが、挫折から学び、失った世界から見えなかった新しい世界が見え、生まれ変わった自分を見出し、“あの体験が自分を変えた!”と思うことがあると思います。苦労は辛いことですが、自分を鍛え、自分を磨く時かと思います。そして何よりも、体験は学びの時であって、体験して初めて痛みがわかり、他者の苦悩も知ることができるような気がします。

私たちのこの世界で、私たちの町で、近くで、叫んでおられる方がきっとおられます。その叫びを聴き、手をさしのべましょうよ。私にできる小さな支え、互いに手をさしのべませんか?

今日は、福島第一原発より近い町、中間貯蔵施設地域に指定された双葉町を通して、福島被災者の苦悩をご紹介したいと思います。


【双葉町の放射線量】
双葉町は、福島第一原子力発電所の5号機と6号機が立地している福島県浜通り中部にある町です。町は原発で崩壊しました。放射能汚染が強い町でした。5年8か月過ぎた今なお、双葉町の放射線量は高いです。

「山の方は6.10マイクロシーベルト。双葉町役場の所は0.28マイクロシーベルト、海側は0.53マイクロシーベルト。国道6号線は1.84マイクロシーベルト。常磐道は4.7マイクロシーベルトあります」と双葉町の人は言います。

「先日、自宅に行ってきました。双葉町は3.11の時のそのままでした。車も放置され、3.11のそのままの状態でした。家の中はイノシシに入られて糞だらけ。入るとウワーとなって、嫌になります。自宅に2時間いるのがやっとでした。自宅に帰ったら、被曝して来ました。2時間で11マイクロシーベルト浴びてしまいました。」

「双葉町の自宅に帰るためには常磐道を通ります。双葉町を通る時は、車の窓は開けるな、と言われます。バイクは通ってはダメと言われます。常磐道の車が通る所は除染されていると言われていますが、皆、車は120~150キロメートルで走っています。浪江、富岡、広野町の高速インターはできました。しかし無人でした。人がいないのです。機械にお金を入れて通るのです。浪江のインターには、用事がある時は、呼ぶと、どこからか係員は出てきますが、通常は人はそこにいません。双葉町大熊町のインター費用に486億円かかるそうです」と被災者は言いました。

「第一原発の汚染水は今も海に流れています。汚染水を封じる囲いが3カ所位、凍らない所があると言います。」


【東電との交渉―医療費の請求】
「原発に関すること、東電に関することに、役場はタッチしません。個人的に東電と交渉してください、と言われました。」だから賠償金の申請、交渉に関しては、役場はいっさい関わらないので、個人が各々東電と交渉しなければなりません。慣れない被災者にとっては、一戸一戸、異なる内容の申請書は簡単に行かず、大変です。また小さい文字で理解しにくい申請書は、高齢者にはなお大変なことです。被災者は東電の申請にみんな大変な思いをしてきました。

例として、医療費の請求についての被災者の方の説明をお伝えします。月に1回通院している方です。

避難に関する診断書があれば、申請すれば、1回の請求書類提出に対して4200円がいただける。そのためには東電から送られてくる請求書類に加えて、医師に東電の指定診断書を書いてもらわなければならない。また交通費は、1kmにつき22円、10kmで220円が、領収証があれば加算できる。しかし毎回、以下の順を経なければならない。

①医者にかかっている本人が東電に、東電の請求書類が欲しいと電話をする。
②東電から請求書類が送られてくる。
③診断書の書き方は決められているので、各地にある東電の担当者と会い、書き方を教えてもらう。
④記入した請求書類と医師に書いてもらった指定診断書を東電本社に送る。
⑤東電本社から合意書が送られてくる。「~~のところが不明なので、支払えない」と言われることもある。
⑥合意書にOKのサインをして東電本社に返送する。
⑦お金が振り込まれる。
*「それでよいです」と、東電の言う通りにしないと、何事も申請は前に進まず、そこでストップしてしまう。


【双葉町民の住民登録】
ふる里を離れた被災者は、5年8か月過ぎた今でも、避難先の住民登録ができません。双葉町から避難先の住民票を移さなければ、いわき市に何年住んでいてもいわきの市民にはなれないのです。そのため、いわき市民としての扱いは受けられず、選挙権も市民としてのサービスも受けられないだけでなく、まわりから避難民として白い目で見られ、“早く帰れ!”と言われたり、買い物などにも干渉されたり、嫌味を言われたりして、孤立して苦しんでいる被災者が多いそうです。

かといって、現住所に住民票を移すと、ふる里とは離れたことになり、被災者ではなくなります。そうなると賠償対象者でなくなるので、東電への申請ができなくなります。原発は被災者に多くの問題と苦悩を突きつけています。浪江町の馬場町長は、被災者たちのために、住民票に代わるものの発行を国に願ったがダメでした。


【中間貯蔵施設の土地】
中間貯蔵施設とは、除染土や廃棄物などを最終処分までの間、貯蔵する施設です。環境省は、福島第一原子力発電所を取り囲む形で、大熊町と双葉町の土地の提供(国有地としての買い上げ)を、福島県の佐藤知事に求め、佐藤知事は受諾しました。そして県も町もそれを受け入れましたが、“交渉は個人的に環境省と地主が相談してください”と言われ、県と町はノータッチで、被災者個人が国と交渉しています。

宅地が町の公共の道路に面している所は、1平米が4050円、他は22年度の土地標準価値で判断され(田舎の土地は安いです)、100坪で200万円でした。山林は1平米140円、畑1反(1000平米)30万円でした。

“これでは家を求めることができない!”と被災者は言います。“同じ双葉町でも、環境省から土地を買い上げられた人は、帰る土地がない。環境省から「30年お借りします」と言われた人は、30年帰れない。中間貯蔵施設の土地に当たらない人は、賠償金は継続してもらえるし、戻る土地は残っているので、ふる里に帰れる。住民バラバラになりました。”“また平成32年までに常磐線を開通し、双葉駅周辺を除染して、コンパクトな町づくりをして、双葉町の津波に遭った人たちにここに集ってもらおう、と将来の町づくりを予定しているようです。”


【被災地への帰還】
皆様、双葉町の姿を通して、福島被災者の姿の一部をご紹介いたしましたが、国は平成29年(来年)の春までに、被災者はふる里に帰還するようにと命令しました。いまだ帰れない所の大熊、双葉、その他の町村の帰宅困難区域以外の人々は帰還するように言われたのです。そして帰還(避難指示解除)宣言された1年後に、被災者は、賠償金は切られ、被災者扱いは無くなり、課税対象者となります。

しかし帰還したふる里は、イノシシ、草ぼうぼう、病院も無く、スーパーも少なく、交通も不便です。自宅は3.11のままですので、家は荒れ果てています。せめて、草刈り、イノシシ駆除くらいは行政が行っても良いのではないかと思うのですが。いまだに原発の放射能は流れ、廃炉も先は見えません。その地に、国は被災者を帰して良いのでしょうか?


被災者の方々の困窮は続いております。世間で報道されることが少なくなり、孤独感が増している方が多いです。どうぞ小さなことでも手をさしのべてくださいますよう、お願いいたします。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
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by momofukuoka | 2016-11-08 06:06 | 福島の被災地の現状

報道されない福島の現実

【国民の苦悩を見てみぬふりの政治】
 
地球のめまぐるしい変動の中で、私たちは、新聞、テレビ、ネットなど、毎日流れてくるその情報を、疑うことなく、この情報こそ真実と思って、それを自分の確信としてしまっていることはないでしょうか? 10月2日のテレビ朝日で19時から放映された“ダマされるな、日本が知らない報道”の番組を観て、私は目が覚める思いをしました。私は福島の被災者からも、報道のあり方について、たびたび聞いておりました。

「福島についての情報は正しく伝えられていない。放射線量についても、実際とは違います。除染は済んだと書いてあるが、まだ線量の高い所はたくさんあり、私たちの家、屋敷は1回除染をしただけで、“もう済んだ”と言われている。しかも除染した時の汚染された土は、私たちの屋敷の片隅に穴を掘られて埋められていたり、緑色のドラム缶に汚染された土が入れられ、そのドラム缶が屋敷に置かれた家もある。山林は全く除染していない。雨が降り、また風向きによっては、山林の放射能で、再び、家、屋敷の放射線量が高くなってしまうことがある。

すでに国は、我々原発被災者に、来年の3月末までに帰還するように宣告した。そして、被災者の仮設住宅は壊す、と言う。5年7ヶ月の間、放置された自宅は、今は動物たちの住み家となり、草は生い茂り、インフラ整備も不十分で、決して安心とは言えません。病院もお店も整っていない所、自宅も壊れたままの家。(20キロ圏外は賠償金をもらえないため、修理ができないでいます。)現実の福島被災者の苦悩を、国はどういうわけか、見て見ぬふりの状態です。マスコミも報道しようとしません。」

チェルノブイリ原発に対するロシアの対応は、国の総力を挙げて、国民を守る姿を示しました。どうして日本の国は学ぶことをしないのでしょう? 不思議というか、心の冷たさに恐怖を感じます。政治とは、“国民の命と幸せを守ること”、“国民一人一人を我が子として愛し、子の幸せのために全力を尽くすこと”、これが政治家の責任ではないでしょうか? “日々、国民を思い、国民の悲しみを自分の悲しみとし、苦悩している国民の痛みを自分の痛みとすること、不幸な人を一人でも出してはならない!”という国民を思う心こそ、政治のモットーとしていただきたいと、切に願います。

昭和53年7月に北朝鮮に拉致された蓮池薫さんは、講演会の折に、「命以外のすべてを奪われた」「今回結果が出なければ、失望で体も保たない」と悲痛な訴えをしています(2015年4月24日栃木県小山市にて)。横田めぐみさんのご両親、滋さん(83才)と早紀江さん(80才)もご高齢となられました。拉致被害者の苦悩、子を思うご両親、ご親族のお気持ちは、どんなに悲痛な思いでしょう。しかも長い年月、1977年11月15日に拉致されてから39年になります。安倍総理こそ解決してくれると国民は期待しておりました。しかし現実は異なりました。青いリボンを胸につけること、私には本気度が感じられないのです。あの青いリボンは何の意味があるのでしょうか?

また今年の5月27日、オバマ大統領が広島原爆死没者慰霊碑に献花され、その前で、哀悼の意を示すスピーチをされ、「核なき世界」を訴えました。私たち日本の国民の多くは感動し、誰しもが「核なき世界を望み、決意した」と私は思っておりました。そしてこれからは、広島から、日本から、「核なき世界」への動きが世界に向けて発信されるでしょう、と思っておりました。当然、総理も中心になって動き出すでしょう、と思っておりました。しかし、現実は違いました。再び、原発再稼働への動きが始まり、原発被災者の救済は忘れてしまったようです。熊本被災地の情報も少なくなりました。

日本の国民の経済状態は大変厳しく、所得は低く、税金は種々の名目で加算されていきます。低所得のため、若い人は家庭を持つこともできず、毎日の食事にも事欠く人がいる日本となりました。貧困者が多くなり、国民は将来に希望を持てなくなってきています。

国民の生活を脅かさないようにすること、それが政治の最優先課題ではないでしょうか? 今、日本の経済は国民の血税によって動いています。身を切る改革とか、痛みを分かち合うという言葉が、原発災害当初、選挙の折に盛んに言われていました。しかし国民の前に行動で示した方は何人おられたのでしょうか? 国会議員の給与は国の一般会計歳入から出ています。その内訳は《税収、税外収入(国有地を売ったお金、その他)、国債を発行して入ってきたお金、その他》と、ネットでは公示されていました。国民は言います。「それは、私たちの血税も入っているのではないか。彼らは豪邸に住み、庶民の生活を経験していない。貧困、生活の苦しみ、庶民の悲しみ、苦悩を体験していない。仮設住宅で寝泊まりしたことのない彼らに、被災者の状況が解るはずがない。国民の貧困生活、子育て、介護生活を自ら体験しなければ、解るはずがない。」

私たち庶民の生活とは異なる次元での生活をしている方々に、現場に出向き、苦悩しておられる方と向き合い、体験してください、と申し上げたいと思います。

また私は、安倍総理が外遊の折に諸外国に資金援助の約束をする姿に驚いています。それは国策の一つなのでしょうが…。ミャンマーに7000億円の債務を解消し、総額910億円の円借款と無償資金を約束しました。また中東、北アフリカに対し2160億円の支援。国連演説、シリアの女性支援に3000億円、シリア難民に50億円追加支援をしました。ASEAN、ラオス、モザンビーク、アメリカでのリニア構想への支援等。私は総理のこの公約を知るたび、驚き、また日本の将来にたいへん不安を感じています。この資金はどうして生み出すのでしょう。苦難にある国を援助することは大切なことと思います。しかし、自国の民の救済に力を注ぐことなく、日本国民の生活水準はますます低くなり、経済状況が悪化している今、何よりも力を注ぎ優先すべきことは、国民が安心して生活できる状況を作ることではないでしょうか?

今、日本の国民は安心して子供を産むことができないほど低所得で、子どもを育てる環境さえ不十分です。高齢者の医療費、介護申請はさらに厳しくなり、車椅子や福祉用具も自己負担になっていくようです。まずは自国民の救済に資金を投じてはいただけませんでしょうか?


【被災地川内村の一例です】
今は仮設に住んでいる87歳のおばあちゃんです。足腰悪く、目もぼやけて見えるそうです。毎週、内科、整形、耳鼻科、眼科に、友人とタクシーに相乗りしながら、郡山の病院に通っています。「年寄りにとっては、病院は命の次に大事」と言っていました。

「川内村も来年の春までに川内村に帰らなければいけません。川内村には病院がありません。ここを離れたら、郡山の病院に行くことは難しい。仲間はみんな、このことで悩んでいます。」「20キロ圏外の私たちは何ももらえない。自宅はいまだ壊れたままで、棒で支えています。一人暮らしの私は、いつ家が壊れるか、怖くて住みたくない。収入は年金の6万円だけです。そこより介護保険料も引かれ、仮設にいる私は川内村と郡山仮設の2所帯分の光熱費の基本料も取られる。1年分の固定資産税も川内村の役場に納めました。今のところは医療費は大丈夫だが、病院へ通うタクシー代が大変です。」

仮設を出れば、医療費の免除が無くなるので、このおばあちゃんはどうして生活していくのでしょう? 今、食費はどの程度なのでしょう?と思いました。1000円でも2000円でもうれしいと、以前、言っていたのを思い出します。福島の被災地には、このような方がいまだにたくさんいらっしゃいます。


【お知らせです】

①私、福岡百子は被災地で生活に困っておられます方の個人支援もしております。個人支援をご希望の方は、福岡までご連絡くださいませ。ご紹介申し上げます。
②私と同姓同名の福岡百子様(広島県竹原市の方)がFace Bookでの交流をPRされています。私はFace Bookをしておりませんし、私とは異なる方ですので、よろしくお願い申し上げます。(Face Bookまでは手が届きませんので、よろしくお願い申し上げます。)


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
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by momofukuoka | 2016-10-09 20:02 | 福島の被災地の現状

国の無慈悲な方針

私たちの地球は、もはや引き返すことができないスピードで、地球全体が温暖化に向かっているために、今までとは異なる猛暑、台風、竜巻、地震などの地球異変が当たり前のようになる、とのことです。すでにアラスカの氷は溶け始め、メタンガスは海と地表に拡散し、もはや地球の温暖化と異変はどうすることもできなくなった、とのことです。

人間が生み出した地球破壊への警告は、何年も前から言われ続けてきました。原発の破壊力も負の怖さも、便利・経済・進歩の名のもとに覆い隠され、人の心も、命・生活・幸せを守ることを忘れたかのようにゆとりを忘れています。世界は、排他主義・弱肉強食の、心が失われた世界・機械化された物体として、命の無い、生命力の無い世界になってしまったように時に感じられます。

私たちはもう一度、人間らしさを取り戻せないのでしょうか? 私たちの日本に、そして世界にも、優しさと愛を持たれる方、命を尊び、世の中を良くしようとしておられる方は、まだまだたくさんおられます。私たちは手を組んで、“心を大切にする会”のメンバーになりませんか? 目に見えなくてもつながっている仲間がいる。同じことをしている仲間がいる。1日1つ、良いことをする会員に。

例えば、愚痴を言うのを我慢する。宅配の人に「ご苦労さん」と言ってみる。日常生活の中に、自分と他者の心を大切にする心がけが、私は地球がよみがえる“原点”になるような気がします。他人を大切な仲間と思うこと、すると、自然に気遣いが生まれ、他人の幸せが自分の幸せとなりませんでしょうか?


【福島の今】
 今日も福島の今を伝えさせていただきます。他人の事とは思われず、明日は我が身に、と思って、これが今の国民への国の対応と思って、お読みいただき、可能な方は、被災者の方の代弁者として、ご支援可能な方は個人支援者として、ご協力いただければ有難く存じます。

〈仮設住宅は来年2017年3月まで。それまでに被災者は被災地の市町村に帰還を〉
国は福島の各市町村に次のような内容の指令を出しました。

「福島第一原発立地の双葉町、大熊町、富岡町と東電から20km内でも、除染作業を完了していない放射線量の高い所と、国が認めた場所以外の、全部の市町村の被災者は帰還して良い。そのために、仮設住宅は2017年3月末までとし、それまでに被災者は自分で家を探し、仮設を出るように。

なぜなら仮設住宅の土地は県が借りたもので返さなければならないから。被災者は、被災地の自宅に帰るなり、自分で家を探すなり、自分で対処するように。」「被災地以外に建てる復興住宅は、例えば、福島市、いわき市などの復興住宅に入居できる人は、大熊・双葉・富岡・浪江の人のみ。他の町、村の人は帰還先の市町村長に託す。」 (実際は、復興住宅はできたとしても数戸ですし、まだ建てていない所もあります。)

私は各市町村の復興住宅の状況について確実な情報を知り、支援におつなぎしたいと思いますが、私の健康がすぐれないため、電話をする時間がとれず、情報が限られますことをお許しくださいませ。

大熊・双葉・富岡・浪江も可能な限り、国は将来帰還させる方向に動いております。被災者の声を紹介します。

「大熊町大川原地区は避難指示解除となり、役場も一部移り、原発で働く人の寮が1000戸出来ており、作業員の弁当作りもしている。3000人帰れると言います。原発では今、1万人が働いています。働いている人にアンケートをとったら、8000人が作業員として働きたいと言ったということで、県外から来た人もたくさん作業員として働いています。大熊の人は帰るのを躊躇しています。」

「試験的に、富岡にも、帰りたい人は帰ってよいと言われた。」

「中間貯蔵施設のある場所を、国は買い取るとははっきり言わず、30年後には帰還できるかもしれない、と言い、個人交渉です。はっきりと帰れないと言ってくれた方が良いのに、やたら希望を持たせるので、被災者皆は、将来の予定を立てられない。」

「福島の原子炉は6機あります。1号、2号、3号機が爆発、4号機は点検中です。5号機、6号機はそのまま残っています。1号機~4号機は大熊町にあり、5号、6号は双葉町にあり、そのまま残っています。6号、7号機が双葉にできる予定で、敷地だけが準備され、建物はできていなかった(このため、電源交付金があった)。

浪江町は東北電力の土地があり、東電は無かった(したがって他の市町と比べて賠償金が少なかった)。

楢葉町は東電の敷地があった(このため賠償金を少しもらえた)。

南相馬市の小高は賠償金が出るが、小高以外の人には出ない。海岸沿いは津波で流された人が多い。しかし津波は原発事故とは関係ないので、お金は出ない。津波で亡くなられた家長には300万円、家長以外には280万円の支援金が1回出たと言う。土地を持っていない人、借家の方には賠償金は無い。」

原発事故当日、放射能は西側に流れました。国はその現状を即、現地の市町村(長)に知らせなかったために、被災者方は西側にあえて避難していきました。そのために浪江町、飯舘村、津島、葛尾村は避難指示区域となりました。都路、川内村、広野町も放射線量の高い所が一部あります。399号線沿いにある飯舘、津島、葛尾、都路、川内は高山にあり、山の中の部落です。

もともと交通は不便で、病院も少なく、店も少なく、専業農業では経済的に厳しく、土木建築など兼業されている方が多かったようです。人柄は素朴で、忍耐深く、口下手で、他者を思いやる愛情深い方々でした。厳しい自然の風雪に耐え、順応して生活していました。都路は山のてっぺんなので、タバコ、畜産が主で、山と山の間の狭い所、谷間の狭い所で農作業をしていたようです。山菜採りも生活の糧だったようです。葛尾村も山の中で、タバコ、畜産が主で、水田は無いと伺いました。広野町は火力発電が7機あり、今は作業員が多く住んでいるそうです。米、野菜は安心して食べているとのことです。

すでに国はほとんどの被災地を避難指示解除宣言しました(原発から20km圏内も準備中です)。南相馬(小高も近々解除します)、広野町、川内村、都路、葛尾村、楢葉町です。解除方向に向かっているのは、飯舘、富岡、浪江(津島以外)とのことです。大熊町の大川原では、原発作業員の給食センターができて、将来、大熊の住民も大川原に住まわせたい、と言われたそうです。

双葉町の4パーセントは帰還準備区域となり、その土地を県が買い上げて(強制的に買い上げたそうです)、復興公園を創ったり、津波の所は8メートルの防波堤を造るそうです。双葉町の他の所は帰還困難区域とのことです。

国は平成31年までにJR常磐線を通し、周辺を解除して、双葉の住民を集めて住まわせるつもりである、という話をある被災者は聞いたとのことです。楢葉の常磐線も開通したけど、線路の近くは住民が戻らず(賠償対象にしてもらえない借家が多かったため)、真っ暗で、駅からのバスもなく、住民には不便で利用していないそうです。

被災者の話を聞いていますと、国の方針には、被災地の現実を無視している強引さが感じられます。あまりにも国民の生きる権利を奪うやり方…皆様、どうしたら良いのでしょう?

仮設住宅から復興住宅への移動が始まりました。この移動に際し、今まで仮設住宅で使っていたエアコン、電球、ガスコンロなどを残していくように、と言われたそうです。ある被災者はおっしゃいました。「私たちが仮設を出たら、仮設を壊す、と聞いているのに、すべてを処分するのに、どうして自由に持って行ってくださいと言えないのか? 私たちは復興受託の鍵をもらったら20日以内に移るように言われた。鍵をもらうまで、自分の住まいの間取りもわからない。カーテンのサイズも異なるという。電球、エアコン、ガスコンロ、何もかも自腹で買わなければならない。月5万円の年金しかない人はどう生きたら良いの?」

皆様、国はあまりにも無慈悲とは思いませんか? どうぞこの現実に目を向けていただき、引き続きご支援いただきますよう、お願い申し上げます。


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なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2016-09-19 10:35 | 福島の被災地の現状
4月4日、テレビの映像で、トルコから命からがら小さなボートに鮨詰め状態でやっとギリシャまでたどり着いた避難民が、トルコに送還されるという映像を見て、私は仰天し、心震え、足がすくんでテレビの前で棒立ちになりました。そしてとても悲しさがこみ上げてきて、思わず「神様、何という世の中!」と声に出していました。 私は両手を天に向け、「神様は今の世を悲しい思いで見ておられるのでしょう」「切ないまでに人を大切に思う神の心は人の心には 届かないのか?」と問いかけました。

皆様、もし難民の立場でしたら、どんなお気持ちでしょうか? 戦争で町を破壊され、行き場が無くなった方々。世界は難問が山積みされており、解決は決して簡単なことではないことでしょう。今やこの地球は、一国での解決の時代ではなく、世界レベルで何事も「人の命を最優先」というテーマに視点を当てて、あらゆる国の仕組み、投資のあり方を考えても良い時代となったのではないでしょうか? 自国の権利や富を豊かにすることは大切なことでしょうが、そのために他国や自国の人々の命を粗末にする現代のあり方に私は疑問を感じます。日本においても、私は国民の命を守ることに「本気度がない」国の姿勢に、そろそろ国は目覚めて欲しいと思います。


【都路集団訴訟原告団長の口頭弁論】
 
今日は、福島の原発被災者で賠償金未払いのために国と東京電力に対し裁判所で訴訟を起こされた方の「被災者を守る会」の団長様が裁判所で読まれた原文をご紹介したいと思います。裁判所は「福島地方裁判所、郡山支部民事部」です。第1回目の裁判は、2月22日だったとのことで、次回は4月22日とのことです。裁判所では、右側に東電から5名、左側に被災者側(都路)30名。裁判官は5名。裁判長が「今から裁判を行います。カメラ、撮影、録画はだめです」と言われ、まず弁護士からの話、次に被災者代表として団長からの原稿読み上げ。これだけで終わり、被災者側の意見を述べる場はなく、次に裁判長は「次回は4月22日です。本日の法廷は閉会します」で終わったとのこと。わずか30分だった、とのことでした。団長様は「4月22日に返事があるのじゃないかと期待するが」とのことでしたが・・・。

では、下記に「被災者を守る会」団長、今泉信行様が裁判所で読まれた原文をご紹介致します。(名前掲載については本人から了解いただいております。)

なお、ネット毎日新聞(http://mainichi.jp/articles/20160306/ddm/041/040/138000c) 〈東日本大震災5年
「ずたずたにされた。地域も家族も」 責任問わずにいられぬ 福島・都路地区、原発賠償の原告団長〉もご覧ください。このサイトでは裁判の日付は2月15日となっていますが、実際には22日だったそうです。


都路集団訴訟 第1回口頭弁論の意見陳述(原発賠償訴訟原告団団長・今泉信行)
1.事故前の暮らし
私は、生まれたときからずっと都路町で暮らしてきました。本件事故当時は、私、母、妻、長男夫婦と孫の2人の7人暮らしでした。

都路町は、10年ほど前に常葉町、大越町、滝根町、船引町と合併する以前は、隣の葛尾村と同じように、浜通りに突き出ている「都路村」という一つの村でした。海にも近く、広大な山河に囲まれた自然豊かなところで、山に入れば山菜やキノコ採りができ、川ではヤマメやイワナ釣りもできました。

土も空気も水もきれいな都路の産物は、まるでブランド品のように扱われ、2ヶ所ある直売所には、東京などの遠方に住む人たちまでが都路の産物を買い求めに来るほどでした。

私は農家ではありませんが、ネギ、キャベツ、ナス、キュウリ、トマトなどの野菜や米を自家栽培しておりましたので、肉や魚以外は自給自足の生活でした。自分たちで作った野菜や米は、親戚や近所の人たちにも分けたり、逆に親戚や近所の人たちから野菜をもらったりしていました。

都路に住む人たちはみな朗らかで、地域の行事も多く、4~5月はお花見、8月には灯篭祭り、10月には文化祭や体育祭、11月には秋祭り等が行われていました。また、部落ごとにある子供会では、1泊2日の旅行等も行われていました。

都路は、老人、若者、子供たちが毎日集まり、笑い声が絶えることのない地域でした。


2.事故後の状況
原発は絶対安全なのだと誰もが力説し、私たちはそれを信じ切って何十年も暮らしてきましたが、その原発が爆発し、都路にも避難指示が出されました。

平成23年3月12日の夜、私たち都路の住民は、厳しい寒さと不安、取り返しのつかない事態に陥ってしまった絶望感に襲われながら、一斉に避難しました。私たちはそれから約4ヶ月にわたって避難所生活を続けましたが、高齢の母は過酷な避難所生活に耐えられず、避難後2ヶ月ほどで特別養護老人ホームときわ荘に入所しました。避難所はとても過酷な環境でしたが、私にとっては日々増していく不安と絶望感が何より耐え難いものでした。あのとき避難所にいた人はみんなそうだったと思います。都路の人たちから篤く信頼されていた60代の男性は、避難開始から1ヶ月も経たないうちに自ら命を絶ってしまいました。

私と妻は、平成23年7月に船引の仮設住宅に入居しましたが、仮設住宅は狭いうえ、隣の部屋からの音漏れもひどく、近所づきあいには相当気を使わなければなりません。妻は、仮設住宅に入居した直後から人との接触を極端に嫌がるようになり、精神不安等を訴えて通院するようになりました。

そして、平成23年8月末、みんなが途切れることのない不安を抱える中で、30キロ圏内避難指示解除宣言が出されました。目に見えない放射線量がどれほどなのかもはっきりわからず、避難指示解除宣言が出て多くの人が都路に帰還しました。このときから、20キロ圏内の人と30キロ圏内の人、帰還した人と帰還していない人、放射能を恐れる人と恐れない人、若い人と老いた人との間で心の分断が始まり、あんなに仲の良かった都路住民の絆がズタズタになっていきました。

平成24年9月には、30キロ圏内の住民に対する賠償が完全に打ち切られてしまいました。このため、都路は、賠償が継続する20キロ圏内の住民とこれが終了した30キロ圏内の住民とではっきり二分されることになり、30キロ圏内の住民のひとりである私は、経済的な不安にも悩まされるようになりました。私の妻が自ら命を絶ったのは、それから間もない平成24年10月29日のことです。仮設住宅に妻ひとりを残して仕事に出ていた私は、妻を助けることができず、今でも妻には申し訳なく、しかしどうすることもできません。現在の私の家族は、99才を過ぎた母、息子夫婦と孫2人のみですが、家族バラバラの生活です。

避難を始めてからは、自給自足の生活もできなくなってしまいました。山の放射線量はいまだに高いので、キノコ採りや山菜採りもできません。川でヤマメ釣りやイワナ釣りをする人も、もういません。

地域の行事も全て中止となってしまいました。平成26年8月にようやく灯篭祭りが行われましたが、それ以外の行事は行われていません。


3.裁判所に訴えたいこと
平成23年3月11日、私たちはこれまでに体験したことのない大地震に見舞われ、あちこちで被害を受けました。しかし、地震だけであれば、原発事故さえなければ、都路はすぐに復興し、私たちは元どおりの生活に戻れたはずです。

私たち都路住民の暮らしを大きく支えていた海や川、そして山々は、今も放射能に汚染されたままです。国は元に戻すと力説していますが、現実には厳しさが増しています。都路に帰還している人の多くは高齢者であり、子供のいる世帯や若い人たちはいまだに避難中です。都路は山に囲まれた地域なので、除染で一時的に放射線量が低くなったとしても、またすぐに高くなってしまうのです。子供のいる世帯は、もう都路には戻らないでしょう。何十年か後には、都路は超高齢者ばかりの地域となってしまい、そのうち町自体が無くなってしまうのではないかと思います。

また、30キロ圏内の住民の精神的損害の賠償が打ち切られてしまってからは、20キロ圏内の住民と30キロ圏内の住民の仲が決定的に険悪になってしまいました。放射線量は20キロ圏内と圏外とでそれほど変わりはなく、地域が崩壊してしまったという結果は同じであるにもかかわらず、同じ都路の住民間で賠償金の支払いに差があるのがおかしいのです。

復興の旗印のもとに、県内で一番早く避難指示を解除された都路の住民の現実を知り、その心の叫びに耳を傾け、精神的に負った痛手を償ってほしいと切に願います。                以上
                                               

【明日は我が身】
皆様、福島の被災者は原発による放射能汚染がなければ、5年経った今では自活し、家族、住民一つになって活き活きと目標をもって町や村づくりをしていたはずです。しかし、原発事故はすべてを破壊してしまいました。町も人も産業も何もかも。そして未来も、被曝による不安をぬぐい去ることができなくしてしまいました。私たち国民はこの現実を他人事とするのでなく、明日は我が身に降りかかることとして、原発再稼働、核問題を直視する時ではないでしょうか?

そして日本の最優先課題は被災者の方々の生活再建であり、この責任を東電や地方自治体に任せていること自体、私は国の統治者に怒りを感じますと共に、国の恥、世界の恥だと思います。1年後の2017年3月据えに国は一部を除いたほぼ全域の福島原発被災者を帰還させる予定です。そのために仮設住宅も1年後に取り壊すとのことです。

皆様の声でどうぞ福島原発被災者をお救いくださいますように! 福島被災者に代わって声を上げてくださいますように!


【お知らせです】
1月20日、私宅にアメリカのCNNテレビ東京支局の方からお電話がありました。「アメリカのCNNテレビのニュースチャンネルは200カ国に放送していますが、さらにケーブルテレビとインターネットで放映されています。福岡さんのブログを、日本語も英訳も見ました。この人なら、と思いました。福島被災地の現実を知らせたいので、どなたかを紹介してほしい。」そして放映されたレポートは下記からのもののようです。よろしければご参考にご覧くださいませ。

TVで放送した福島についてのリポート
http://edition.cnn.com/videos/world/2016/03/08/japan-fukushima-energy-future-ripley-pkg.cnn

ウェブの記事とビデオ
http://edition.cnn.com/videos/world/2016/03/08/japan-fukushima-survivors-ripley-pkg.cnn

ウェブの記事と写真(仮設住宅に住んでいらっしゃる双葉町の方々の写真とコメント)http://edition.cnn.com/2016/03/09/asia/fukushima-survivors-portraits/index.html


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by momofukuoka | 2016-04-12 07:58 | 福島の被災地の現状
このたびは私の健康のことでご心配いただき、たくさんの方々からの心温まるお便り、そしてお祈りを、本当に有難うございました。皆様が福島被災者の方々を身内のようにお感じ下さり、「支援を継続しますのでまかせてください」とのたくさんのお便りをくださり、本当にうれしいでした。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

間もなく3月11日を迎えようとしております。丸5年です。被災者の生活は災害の時のまま、変わっておりません。「逃げろ!」と言われて逃げた自宅は、5年の歳月が流れ、崩れてネズミの棲家になり、草木が生い茂ったあばら家になってしまいました。皆様、お店も病院も無く、夜になると真っ暗で家の灯りが見えない村に、町に、あなた様は喜んで帰れるでしょうか? 1年後には被災者は帰るように促されているのです。ほとんどの原発被災者は賠償金も止まり、平成29年までに仮設住宅や借り上げ住宅から出なければならず、残る1年の間に自分で自分の住居を探さなければならないのです。

国民の反対を押し切って建てた原発。事故が起きて「逃げろ」と言われて、村や町を追われた被災者。今度は、線量高く汚染されてしまった村や町、荒れ果てた我が家に帰れと言われ、修理やリフォームは自分でするようにと言われても修理するお金もきちんと出してもらえない被災者。村や町にはかつての企業も店も無く、働く場が無い。仕事も無ければ、収入も無い。若い人は帰りたくても生活ができない、帰れない。国は荒れた被災地を本気で再建しようとしていない。現地の住民の声に本気で耳を傾け、現場を見ることをせず、国の方針、目標が先行し、決定していくのです。まさかと思われるでしょう。しかし悲しいことに、これが福島原発被災者の現状です。

このたび寄せられた被災者の声を聴いてください。

【双葉町の被災者】
「僕たちは避難でなくて、家を追い出された。追い出されてそのままです。」
「国と東電が生きる社会に憤りを感じる。」「言葉だけの復興。実質的でない。」
「被災者の声を聞かない、一方的な進め方。」
「仮の町を造って、“しばらく(30年なら、30年)ここに住んでいただけませんか?”と言ってくれればよいのに。」

【大熊町の被災者】
「国は大熊の我々に対し、帰れるとも、帰れないとも言わない。帰れないと言えばよいのに、それも言わない。」
「国がはっきり言わないために、いつ解除になるかわからないということで、土地自体を売り買いもできず、固定資産税がゼロ。」
「復興住宅は年寄り、身体障害者、子どものいる人が優先、我々夫婦は未だ。」
「今、仮設にいるが、いつまでいられるのかわからない。仮設は平成29年3月まで、と言われているが、行き場が無いので、仮設に居られる間は居ようと思う。」
「大熊町の自宅は、毎月1回入れる。自宅に入るためには、町に申請書を出して、許可書と免許証を提示してから入れる。5時間という規則です。中は、あの時のまま、足の踏み場もない。ネズミがすごい。物置もイノシシと牛がサッシを壊して入っている。今、牛やイノシシは来ないが、泥棒が入る。自宅に帰っても何もできないけど、見てくるだけです。」

【楢葉町の被災者】
「自宅に帰ってみて、“良かった”“ホッとした”気持ちはある。仮設住宅は隣とは板1枚なので、気を使っていた。精神的には帰ってきて楽。しかし生活面では不便。」
「帰ってきた人は少ない。自宅から3km歩いたところに1戸。あとはだれもいない。」
「自宅から役場まで30分歩いた。歩いても誰もいない。」
「楢葉の診療所が2月1日から始まった。29年4月からこども園(幼稚園)が始まると言う。」

【川内村の被災者】
「川内村は賠償金有りの20km圏内は20パーセント。賠償金無しの20km圏外は80パーセントです。5年間放置された自宅は、住めない状態です。仮設も29年3月までで、帰村するように言われている。“引っ越しのために5~10万円出す”と言う。あと3~5年の猶予が欲しい。」
「復興住宅は、わずか25戸、川内村にあるだけです。」
「川内村は、ファミリーマートが町に1軒あるのみで、あとは移動販売が来るのみです。」
「仮設の住民の8割~9割が、このままで生活したいと言う。」
「80歳、90歳の高齢者は、今さら動きたくないと言う。」
「仮設には友がいる。安否確認ができる。たいてい病院に週3回通院している。人工透析をしている人もいる。」
「足手まといになりなくない、と80歳、90歳の人が列車に飛び込んだり、首つりしたり、死んでいく。」
「3万、4万の年金では生活をやっていけない」
「被災者は5年間、国に振り回されてきた。いい加減にしてくれ、という気持ちです。好きなところで暮らさせてくれ、と言いたい。」
「災害後、セシウムの話ばかりで、楽しい話が無い。」

【葛尾村の被災者】
「普通、カボチャは横に伸びるものだが、自宅の畑のカボチャは上に伸びた。ひまわりのように。気持ちが悪いので、全部捨てた。羽が半分白いカラスを二本松で見つけた。黒猫もあちこち白い毛が生えている。浪江町の希望の牧場の牛の中に、白斑のある牛がいた。」
「自宅の倉庫の前は、“除染を1度した”と言うが、今でも11マイクロシーベルトある。」
「今、葛尾村は避難区域だが、29年春には避難指示を解除すると言う。」
「役場の職員10人くらいは、もう浄化設備工事などの立ち会いのために帰っている。」


2012年11月15日~26日の間、原発事故の被災地を調査した国連人権理事会の専門家アナンド・グローバ氏が11月26日に調査結果を報告しました(国連人権理事会、特別報告者のプレスステートメント http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/2422/ )

グローバ氏は、日本の国に対し、どうあるべきかを指摘し、健康について、居住の環境について、被災者への情報のあり方について、被災者の声を吸い上げることの大切さを訴え、放射線量の安全数値について、原発作業員への配慮について、食品の安全基準について等、多くのことを日本政府に早急に施行するよう要請しました。国連専門家の要請に対し、私たち日本は何をしてきたでしょうか? 皆で国に問うても良いのではないでしょうか。国は国連の要請に応えていないような気がします。あれから5年も経ちました。皆様、私たちの仲間、同胞を救うため、立ち上がりましょう。

福島の方への支援物資(食品、消耗品、義援金)をよろしくお願い申し上げます。


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by momofukuoka | 2016-03-03 11:53 | 福島の被災地の現状

皆様へのお願い

新春のお慶びを申し上げます。もっと早くから新年のご挨拶を申し上げたかったのでしたが、体調を崩してしまいまして、こんなにご挨拶が遅くなってしまいましたことをどうぞお許しくださいませ。昨年末、呼吸が困難となり、私自身が難病(「線維筋痛症」と膠原病の「シェーグレン症候群」)に罹っていたことが解りました。現在はままならない自分の現状の中で、福島の被災者の方々を皆様のお力におゆだねする時期が来たのだと受け止めております。どうかブログをご覧の皆様が私の志を引き継いで、福島の被災者が幸せになる日まで、支えていってくださいますよう、心からよろしくお願い申し上げます。

支援者も被災者も、天がご縁を結んでくださった大切な私たちの肉親と思っております。天は一人一人の人生を大切にし、命を大切にし、一人一人が幸せであることを望んでおられると思います。私たちも天の志を自分の志にし、互いを家族と思っていただけたらと思います。誰一人として不幸になってはならないと思います。ご縁で結ばれた私たちは、皆様兄弟姉妹です。今後ともこの志を大切にされて、世界の平和のためにお尽くしくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

私は不定期かもしれませんが、ブログは書き続けて参りたいと存じます。可能な限り、被災者の方々と連絡を取り続けて参りたいと思います。すでに被災者の方々とご縁を結んでいただいた方は、末永く見守っていただければ、有難く存じます。皆様お一人お一人の力は大きいでした。皆様がいらしたからこそ、大きな力になれました。国内だけでなく、海外にも波及することができました。本当に有難うございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。

今日は皆様に被災者を託す上で、最近の福島の動向をまとめさせていただきたいと思います。


【福島被災者の現状】(すべて被災者方から直接伺った話です)
・国は被災者を可能な限り、平成29年度春に故郷に戻すと決めたそうです。

・仮設住宅の入居は29年春までとし、基本的に仮設住宅は壊していくそうです。

・それまで、被災者は各自、自分で家を見つけるようにと言われているそうです。

・復興住宅への入居者は国が決めており、津波に遭った人と居住困難区域の人が優先です。

・復興住宅については県に託されているため、市町村は、自治体の長といえども口出しすることはできません。したがって不都合があっても、県の取り決めに従わざるを得ないようです。

・復興住宅の土地交渉は遅々として進まず、戸数は不十分であり、入居者は4つの町(大熊、双葉、富岡、浪江)に限定されており、くじ引きで決められるために、限られた戸数の復興住宅に、4つの町の知らない人同士が住むことになり、最初からコミュニティを作り直さなければならず、皆様大変なようです。(仮設で一緒に生活した友とも離れなければならず、復興住宅に入居して孤独死した、という話も聞きました。また、同じ復興住宅に住みながら、4つの町の人が共に住むのは、各々の町のお祭りも異なるので、どうまとめていくかが大変だ、ということも聞きました。なぜ、町ごとに住めないのか、市町村の意見を県は聞かないのが不思議と思いました。)

・大熊、双葉、富岡、浪江以外の市町村は帰還できる町だと国は判断し、全市町村に帰ってもらうことを決定しました。壊れた自宅は自分たちで直すこととし、原発20キロ圏内で居住困難の人のためには、楢葉、川内村、都路、葛尾村等のそれぞれの町村に1カ所(数軒のみ)復興住宅を建てることにしたそうですが、それも、計画の話はあっても未だ未建設のようです。

・東電の賠償金が支払われるのは、原発より20キロ圏内と決められたため、それ以外の人には賠償金はありません。20キロ圏外に自宅がある方は、放射線量がいまだに高いせいで住めなくても帰れなくても、土地家屋の賠償も、日々の生活費も1銭ももらえないために、今後の生活を思って途方に暮れています。

・国が津波被害の人に対しての支援と、20キロ圏外の人に対しての対策を緊急にしなければ、被災者は困窮状態で、壊れた家も建て直せない状態です。ですから、国は県まかせではなく、本気になって対策本部を造り、オリンピックの前に福島被災者救援をしていただきたい、と私は切に思っております。

・被災者方は、自分たちも何とかしなければ、と弁護団の助けを得て裁判で訴えようとしていますが、受け入れてもらえず、苦労しています。

・中間貯蔵施設の土地交渉についても、国は「買い取る」と言わず、「30年後には帰るようになるかもしれないから貸してください」との個人交渉だそうです。被災者は、「国が“もう帰れない”とはっきりと言って対応してくれればよいのに、やたら“30年後”と希望を持たせるのです。我々は死んでしまっているとしても、孫の代のことを考え、先祖の土地を荒らしてはいけないと思うと、複雑です」とおっしゃっていました。

・双葉郡の方々は役場の事を行政区と表現しています。そして局長様の事を行政局長と表現しています。被災者方の話では、「行政局長、行政区は、国の方針、命令に逆らうことができない。逆らえば、地方交付金が減らされる。」

・被災者の帰還に先立っての国のやり方は、酷い、汚い、と私は思っています。国は、帰還させようとする町の放射線量が高くても、人体に害を及ぼす可能性のある数値だと知っていても、「安全だ」と宣言し、まず行政区の一部を帰します。そして住民には、「行政区があるから大丈夫」と言います。

・私は「今年の4月、大熊町の行政区の一部が大熊町に帰ることになった」と聞いて驚き、役場の職員の身を案じています。

・被災者の話です。「新聞などで公表される放射能の数値は実際の3分の1の数値です。地元で我々が測ると、その3倍になります。」

・「学校や役場は除染を3回しました。しかし我々の家は1回です。山は除染していません。山から風が吹いたら、線量は高くなります。家の中でも0.3~0.4マイクロシーベルトある。田畑は0.8、地域によっては11マイクロシーベルトの所もある。自宅に戻って作業をして帰ってくると、身体がもの凄くだるくなる。それなのに、国は29年春に帰ることを目途にしている。」(葛尾村)

・被災者にとって問題なのは、避難先(現住所)の住民票が取れないことです。故郷から住民票を移動すると、被災者としての扱いがなくなり、被災者の恩典がなくなることです。このために被災者は、仕事においても子供の学校や塾においても苦労したと聞いております。浪江町の馬場町長は、国に3度頼みに行った。「被災者には住民票に代わるものを作ってください」と。しかし聞いてもらえなかった、と伺いました。皆様、これが今の被災者の現実です。


【支援のお願いです】
被災者には、食品、生活消耗品、義援金は、今でも有難い贈り物です。ご連絡をいただければ、送り先をお知らせいたしますので、よろしくお願い申し上げます。
心から感謝申し上げつつ。


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by momofukuoka | 2016-01-25 21:37 | 福島の被災地の現状

祈りと感謝をこめて

今年も残すところあと数日となりました。今年も異常気象による災害、事件など、悲しい出来事がたくさんありました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、来年は少しでも悲しい出来事がこの地球から無くなりますようにと、熱い祈りをもって新年を迎えたいと思います。

今年も皆様にはたいへんお世話になりありがとうございました。福島の方々に温かいお心をお寄せいただき、尊いご支援金をお送りいただいたり、心を込めた真心いっぱいの食品、生活消耗品、衣類、手芸品などをお送りいただき、本当にありがとうございました。

被災者の皆様は「私たちを忘れずに、今なお心にとめていただいて本当にありがたいです。忘れられつつある私たちは失望し、生きる力を失っておりました。ですのに、私たちを本気になって考え、本気になって心配してくださる方々がこうして居られるのに、私たちは負けてはならない、くじけちゃならない。福岡さん、私たち頑張るからね。私たちの心の支えになってくださいね。一緒に支えていってくださいね」とおっしゃっていました。

 
【変わらぬ現状】
皆様、災害があって間もなく5年になろうとしております。もう5年も過ぎたのです。災害の年に生まれた子どもは5歳に、1年生は5年生に! 5年という年月をご自分に当てはめて人生という年月を思った時に、あまりにも長すぎる年月ではありませんか?

災害の日の地獄を見、体験してきた年月、寒さに耐えながら段ボールを敷いて寝た日々、転々と避難所を廻った日々、その間、親子バラバラになり、肉親の死を味わい、幼いながらも学校も転々と変わり、夫は生活のために妻子を置き単身赴任で出稼ぎに行き、放射能を恐れて逃げたはずの方々が生活費のためにあえて放射能にさらされる除染作業に赴き、2年保てば良いという国のマニュアルに沿って建てられた応急仮設住宅に、応急ではなく4年も住み続け、しかも人としては考えられない悪環境の応急仮設住宅にまだ数年住み続けなければならないというこの現実。引っ越すたびに、せっかく築いたコミュニティはその都度バラバラにされ、今度入居予定の復興住宅も、町の要望は聞かれず、県に決定権があってくじ引きで決められるために、被災者方は仮設の仲間や友人たちを離れ、新しくコミュニティを作り直さなければなりません。

また原発事故の賠償に関しては、実際の放射線量の基準ではなく、20kmという距離で決められたために、放射線量が高くても賠償金の無い所との格差があり、これが被災者の生活を脅かし、あらゆる問題を起こす結果となりました。国は賠償問題の責任は東電にあるとし、町役場もノータッチですので、被災者が各々東電に書類を出し、自ら手続きしなければならないようです。役場の言い分は、「被災者は一人一人財産が異なるので、被災者自身にやってもらわなければならない」とのことです。「東電の担当者によって異なるので難しい。被災者の言い分が通らないので、今もって成立しないので困っている」という被災者もおられました。

いずれにしろ、何事においても、国は被災者任せ、成り行き任せではなく、もっと真剣になって、親身になって国民のことを思ってもよいのではないでしょうか?と思うのですが。


【被災者の声】
〈9月5日に避難指示解除宣言された楢葉町の老夫婦(76歳)〉
「息子夫婦も孫も楢葉には帰らないと言うので、私たちは3日ほど楢葉の自宅の帰り、仮設に戻っています。今、牛はどこかに行っていませんが、イノシシ、タヌキ、サル、カラスがいます。野菜をせっかく作っても、動物に食べられるかもしれない。以前は野菜、米などを買ったことが無かったのに、今はジャガイモ一袋ずつ買っている。悲しいですね。自宅に帰ったけど、仲間がいない、店も無い。今まで楢葉は田と畑だった。だけど今、7千人の作業員が入っている。私宅のすぐ近くにも150人の除染作業員の宿舎ができた。地主の許可なく作った、と地主は怒っている。」

〈都路、85歳の母、60代の息子、孫の3人家族〉
「都路は970戸です。そのうち104戸が20キロ圏内。20キロ圏外の866戸は賠償金がもらえません。災害の日は何年ぶりかの大雪でした。雪で屋根が壊れました。あれから何年も戻っていません。たいていの人は家が壊れたまま直していません。家を壊すだけでも270万円かかる。だけど公的な支援は30万円しか出ない。壊す金も無い。20キロ圏内の人は新しいうちを建てることができるのに、他の人は何もできない。差が大きい。人がだいぶ亡くなりました。私も髪がふさふさだったのに、2年半前、1カ月で髪の毛が1本もなくなった。29年3月で仮設は打ち切るという。どうしようもない人がいっぱいいる。我々はどうしたらよいのだろうか?」

〈大熊町の老夫婦(80代)〉
「震災前に大熊町で亡くなった人は年間50人くらいでした。しかし4年8か月の間に大熊町の人だけで800人亡くなりました。大熊町の4分の1の面積を占める大川原という町があります。そこは東電から6キロの所であり、いまそこは0.03マイクロシーベルトくらいという。そこに東電で働く人の宿舎があり、1日3000個の弁当を作っているという。国は3年後の平成30年までに、そこに復興住宅3000戸を作ると言う。3年過ぎたら帰ってよい、と国は言いたいみたい。」

〈第一原発で働いている人の声(50代)〉
「私は30年 以上働いています。今は第一原発の建屋の外回り、給水の仕事をしています。朝3時半に起き、4時から出かけます。第一原発では7000人~8000人働いています。長時間できないので交代で仕事をします。私たちは国の指定病院(広島の大学病院)で原発追跡調査に登録して総合検診を受けています。モルモットです。」


【他者の幸せを願って】
皆様、私たちの力は小さな力かもしれません。でも同じ「志」をもって支え合い、力を出し合うなら、輪は輪を招き合い、少しでも社会に貢献できませんでしょうか? 大きなことをしなくてよいのだと思います。例えば、郵便配達の人は、「ご苦労様、寒いので気をつけてくださいね」という一言で、心のぬくもりを感じ、幸せとなり、その温かな思いが少しずつ世の中を変える力となりませんでしょうか? 実践こそ大切かもしれません。「他者の幸せを願う心」、これも来年の目標でもあり、「私たち支援活動の志」でありますよう、皆様にも心からよろしくお願い申し上げます。

寒さも一段と厳しくなってまいります。ノロウイルスも流行っているようです。くれぐれもお体を大切にされてくださいませ。今年も本当にありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-12-21 19:52 | 福島の被災地の現状
急に肌寒く感じられるようになりました。空気も乾燥し、喉も傷めやすく、ノロウイルスにも注意を要する季節になりました。体調も崩しやすい時期かと思いますので、どうか気をつけてお過ごしくださいますように。

旭化成建材問題、データ改ざん、汚職、国の秘密主義、マイナンバー制度。国民が納得しないうちに、次々に決定され、将来の不安を誰もが感じるようになりましたこの頃です。本当に私たちの人権、自由はどうなるのか。安心した社会づくりに逆行してしまうのではないか。詐欺、不正が巧妙にエスカレートし、殺人が日常化してしまった日本。私たちの手で、前のように穏やかで平和な日本を取り戻すことはできないものでしょうか? 


【被災者の住居へのずさんさ】
旭化成建材問題は本当に大問題で、被害を受けられた方への対策を国としても対応できないのでしょうか、と胸を痛めておりますが、福島被災者の住宅に対する国の対応のずさんさに、「無慈悲」という言葉と「絶望感」という思いが私の中にも湧いてくるようになりました。

復興住宅に引っ越しされた方からの話です。
「普通は引っ越す前に、建築会社が建物をチェックし、公営住宅なら、県の職員も確認をして、承認を得てから引っ越すのが普通でないかと思うのです。ですのに、私たちが引っ越してからチェックしに来るのです。びっくりしたのは、新築したばかりの住宅なのに、もうかびているのです。それにエアコンの管が押入れの中を通っているのです。これでは布団が湿気てしまいます。

私たちは無料で入居したのではないのです。3か月分の家賃を前払いし、毎月の家賃も払い、もう被災者扱いではないので、エアコン・ガスレンジ・照明器具・カーテンなど、50万円はかかりました。被災者は自分で自分の家を決められないのです。県がくじ引きで決め、私たちは言われた所に入所するしかないのです。事前に見ることもできず、鍵を渡されたら20日以内に引っ越さなければなりません。鍵を渡されて、初めて家の中を見るのです。窓があるとかないとか、不足があっても受け入れるしかありません。」

仮設住宅もマニュアルに沿って建てたということでしたが、床も抜け、隙間風が入り、湿気が多く、ずさんさそのものでした。公営住宅と言われる復興住宅も、被災者の住居だからと言ってずさんでよい、と許してよいのでしょうか? 2011年の3.11から苦しみ通してこられた方々に、「これでもか、これでもか」となぜ苦悩を与え続けるのでしょうか?


【総理をはじめ議員さん、指導的立場の方に】
子供のいじめ問題、パワハラ、セクハラ、ママハラなどが問題になっております。しかし、福島原発被災者への国の対応を見ると、国を挙げての“いじめ”のように感じてしまうのは、私の思い過ごしでしょうか? 被災者の命と生活を救おうとする本気度の無さ。被災者方は言います。「議員さんたち、私たちの所に来て、一緒に住み、生活してみてください。そうすれば、私たちの苦悩はわかります。だのに、誰一人としてきたことが無い。体験しないでどうしてわかるのか?」

福島第一原発で働く人の声です。
「総理が来るとなると、我々は仕事を止めて、総理が通るところを片付け、掃除をします。見せるコースも決めています。」

私は思います。国としては対外関係の目標があって、総理が諸外国を訪問される時に、多額の援助資金を約束されるでしょう。経済を目標にされてかと思いますが。その資金があるなら、まず苦しんでいる自国の国民に目を向け救うことを最優先にすべきではないでしょうか? 大変申し上げにくいことですが、総理をはじめ、議員様方のお給料、あらゆる国の財源は国民の税金で賄われているのではないでしょうか?

言葉よりも、生きる姿かと思います。君子の民を思う信念、生き方、自ら身を引き締め、質素で慈愛深いお姿とお心に、天の悟りと知恵を賜物としていただき、歴史に名を残す君子となられるのではないでしょうか? 議員の皆様に。あらゆるお立場の、人を導き、上司と言われる方々に、日本を変える君子となっていただけますよう心からお願い致したく存じます。

あらゆる面で失望し、元気を失ってしまった日本です。明治維新の時のように、日本に命を吹き返す志ある方々が使命感を抱いて立ち向かってくださいますようにとお願い申し上げます。「お金を求めれば、お金は逃げていく」という言葉を聴いたような気がします。「命を大切にし、愛し合うことを大切にしていると、自然に天は必要なものを計らい、あらゆる面で安定する」と聞いております。


【被災者の帰還について】
国は、被災者の方々のほとんどに平成29年3月には元の町や村に帰ってもらうようにするつもりでいます。「町として恐れていることは、人口流出です」と役場の幹部は言っております。「一人でも多く帰って欲しいのです。」仮設住宅もその頃から壊し始めるでしょう。国からの地方交付金は人口数で決められる、と聞いております。人口の多い都市は補助金は多く、人口の少ない市町村は補助金が少ないために、役場の資金源も少ないことになり、人口流出は資金不足となり、深刻なことにもなり得ると聞いております。

しかし現実、帰るに帰れない村人の方をご紹介いたします。今は仮設に住んでいる川内村の80代の女性の方です。「災害前、子どもたちは皆、県外遠くに嫁ぎ、夫婦二人で農業をしながら生活してました。その後、夫は病気、入院し、費用が掛かったために、国民年金のための保険料を払うお金が無く、一時期、支払うことができませんでした。その後、夫が元気になったので、未納分のお金を支払いに行ったら、“支払えなかった時の手続きをしなかったので、今は手続きができないのでダメです”と断られ、そのために、いま国民年金は月3万円です。夫は災害前に無くなりました。

川内村の我が家は、災害で屋根も壊れ、家も崩れそうなので、何十本の棒で家を支えています。そんな所で私は怖くて寝られません。自分もつぶされます。私の家は原発から30キロです。ですので、お金もいただいてないし、賠償も補償もありません。29年春に仮設を出たら、どうなるかわかりません。」

皆様、福島の方々の現実を忘れないで欲しいのです。無関心とならず、皆様で福島を風化させないよう、ネットで拡散していただきたいのです。どうぞよろしくお願い申し上げます。


【支援品をお願い申し上げます】
被災地はこれから寒さが厳しくなっていきます。生活消耗品、食品、義援金のご支援をお願いいたします。ご支援いただけます方は、被災地をご紹介申し上げます。ご不明な点は、福岡までお問い合わせください。どうぞよろしくお願い申し上げます。恐れ入りますが、これらのご連絡につきましてはAM11:00~17:30にお願いいたします。なお、すぐにお返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-11-02 11:04 | 福島の被災地の現状

被災者を思って・・・・

今日は10月11日です。東日本大震災から丸4年7か月経ちました。被災者の皆様は、今、あの大惨事の体験を思い起こし、4年7か月の月日の流れの苦悩を思い、胸が締め付けられる思いで、悔しさと涙で鎮魂式にあずかっておられますことに心を合わせ、亡くなられた方々にご冥福を祈りつつ、今日はブログの原稿を書かせていただきます。

今日のこのブログをご覧いただきました皆様も、あの震災を思い起こし、亡くなられました方々のご冥福をお祈りし、ご遺族の方々や今なお苦悩の最中におられます被災者を思っていただきたく、よろしくお願い申し上げます。


【良心の声に耳を傾け】
平和とは何でしょうか? 人の幸せとは何でしょうか? 人生の生きる意味とは何でしょうか? 私の存在の意味とは。お一人お一人の存在の意味とは。何で一生懸命働くのでしょうか。何で人権を守り、いのちを守り、子どもも大人の人格も大切にしなければならないのでしょうか。私たち一人一人は何のためにこの世に生まれたのでしょう。共存する動物も植物も大自然も、どうして大切にし、尊ばなければならないのでしょう。医学、科学、研究、学問はどうして発展する必要があるのでしょう。国家は、政治は、元首と国民との関係は。他国への尊厳は。経済の向上の目的は…などなど、幼い子供が大人に問いかけるように、私も失礼ながら問いかけてみたいと思います。

争いはどうして続くのでしょう。国土の争いのみならず、職場、学校、家庭の中でさえ、人が集まる中には大小の違いがあっても、人間には争いがつきもののような気がします。その争いの元は私の心の中にもあり、私の心の中を見ると、善と悪、闇と光、悪魔と天使が共存し、私がどちらを選ぶかによって、選んだものがニョキニョキと頭を持ち上げ、私はそれに自分も支配されて行動してしまっているような気がします。

私が子供の頃、学校では「道徳」という時間があって、“人の道”や“自分の心に宿っている「良心」”について学びました。そして人の道を外れてはならないことや、良心の声を聴くことの大切さを学びました。そして親からは、「ののさんが見ているから」(仏さんか神様のことだと思います)、「おてんとうさんが見ているから」と赤ん坊の時から言われ、何かにつけて仏壇に手を合わせることを学び、毎日のおやつも仏壇に頭を下げてから食べていました。戴き物はまず仏壇に置き、報告はまず仏壇に、と、私が育った家は“ののさん”が生活の中に浸透していたような気がします。今の時代、古臭いと思われるかもしれませんが、子どもに“ののさん”の存在を教え、道徳や良心の声の存在を教えてくださった昔の教育に、私は心から感謝しております。

“争いの根”が自分の心の中にあることに気づいた時、素直に詫びる気持ちも湧いてきます。そして気まずかった人との間にも平和が戻り、心安らかになることができます。偉そうなことは言えませんが、一人一人、ご自分の心の中にある“良心の声”に耳を傾け、我欲に注意するなら、つまり、私の心の中にある二つの声、善と悪の悪を退け、善の声に従って行動するなら、私たちの住む世界は良い方向に変わっていけるのではないでしょうか。国の元首も、私たち国民一人一人も、責任を他者のせいにせず、自分の心の中を見つめ、自分の心の開拓をし合いませんか? 自分の心の開拓に気づき始めた時に、味わったことのない「幸せ感」を味わっていただけるかと思います。


【都路の現状】
台風の災害を受け、350カ所で地滑り、土砂崩れがあったことを前回のブログでご紹介いたしました。昨日、都路の方よりメールをいただきましたので、お知らせいたします。「道路などは直していただけますが、家の敷地とか田畑は予算が無いとの行政のお話でした。都路全体には小さな被害は無数にあります。」日頃、収入が乏しい方々は、どうして生計を立てていらっしゃるかを私は日々心配しております。


【楢葉町の現状】
楢葉町は帰還困難区域ではなく、居住制限区域と帰還準備区域でしたので、全町民は今年の9月5日に解除され、宿泊をして良いという通達が行政よりありました。しかし、現実の状況をお知らせしたいと思います。

1000戸解体をしなければならないそうで、現在、解体中とのことです。(賠償金は1500万円まで出すので、各自、自分でするようにとのことです。しかしこれだけでは生活できないようです。)地震のための解体700戸、ネズミやイノシシの棲家となって住めない家300戸解体。

楢葉町には全国から来た除染作業員のために大手ゼネコンが宿泊場所を何十カ所と建て、楢葉町の雰囲気は変わり、治安が悪くなり、安心して自宅に泊まれなくなったとのことです。防犯パトロールも町として始まり、日中は自宅に帰れても、夜は怖くなり泊まれないとのことです。「自宅にいる時は、電気を消して漏れないようにカーテンをかけている」ということです。また警察からは「電気の明かりを漏らさないように」と言われているそうです。

「自分の町に行っても、まわりに電気の明かりは見えません。真っ暗です。」
「家に車が無いとなると、泥棒の絶好のチャンスです。だから私たちは自宅に物を安心して置けないのです。」
「10月1日から病院(元々の内科の先生)が1軒、始まりました。」
「店としては、食堂2軒(10人も入ればいっぱいの所)、コンビニ2軒、仮設のスーパー(10坪~12坪)。日用品、刺身、肉はあるが、大勢で行けば、あっという間になくなってしまう。」
「除染は一通り終わったと言う。しかし平均0.3~0.5マイクロシーベルト、高い所で0.5~0.7マイクロシーベルトあります。」
「町としては人口の流出を避けたい。一人でも多く残ってほしい。だから我々には移住の情報は届かない。移住についての情報が欲しい。」
「批判や喧嘩だけでなく、建設的な意見を出していかないと駄目と思う。互いに助け合いが必要と思う。皆で知恵を出し合い、育て合うことが必要と思う。」


【避難者数と復興住宅建設状況】
震災直後は避難者数47万人。2015年8月末は19万8513人。現在、建設済みの災害公営住宅は1万7000戸(計画3万戸)。宅地造成済みは4700戸(計画2万6000戸)。(復興庁の統計より)

皆様、被災者に対する国の本気度はあまりにも無さすぎると思いませんか? ゼネコンの除染作業員の宿舎はあっという間に建てるのに、肝心の被災者の住居は、2年しかもたない仮設住宅に、29年度まで(6年以上)住み続けなければならないのです。皆様の温かいご支援をお待ち申し上げております。


【支援品をお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。義援金もよろしくお願い申し上げます。被災地の送り先をお知らせいたします。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-10-11 10:10 | 福島の被災地の現状