2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

帰還した被災者の苦しみ

毎日の生活にあって、幸せであることの基準が、私の中で変わってきたような気がします。つい5、6年前までは、私にとって「幸せ」と言えば、楽しいこと、自分の理想や夢を実現すること、自分の目標に向かって邁進し、努力している充実感、目標に向かってキラキラ輝く自分の心の充実感、達成感などでした。朝目覚めた時に"さあ今日はこんなことするぞ"と思って一日のスケジュールを頭に描き、いそいそと飛び起きるエネルギッシュな自分の心と姿が幸せでした。しかし今は、社会の中にある不穏な動きと変動の為でしょうか?

又、75歳という年齢になったからでしょうか? "今日も何事もなく過ごせますように""外出したら、自宅に無事帰り着きますように""健康でありますように"、夜は戸締まりをしながら、"熱中症になりませんように""泥棒が入りませんように"と念じている自分になりました。最近、友達と話をしていたら、「雨露をしのぐ家があって、三度のご飯ができたらそれ以上の幸せはないよ!」と言われ。"なるほど、本当だ!"と思い、何か忘れていた事に目覚めさせられ、悟らされたように感じました。

考えれば、人間には果てしない欲があります。欲は本来人間が向上するために天から戴いた善きエネルギーなのでしょうが、いつの間にか欲が自分自身を、他者を、世界を破壊する不幸のエネルギーになっているのは何とも悲しい事です。
皆様、この世が生まれ変わるにはどうしたらよいのでしょう? 皆様で知恵を出し合って戴けませんでしょうか?

今日も福島被災者の話をさせて頂きたいと思います。救いを求め、苦しんでおられる被災者を月日とともに忘れないで欲しいと願います。愛する皆様。被災者を宜しくお願い申し上げます。



 
【故郷に帰った福島の被災者】
☆(楢葉町、70代夫婦と娘の3人暮らし)
「町の2割しか戻っていません。自宅に戻った当初は、草が背丈以上に生い茂り開墾地の様でした。猪に荒らされ大変でした。行政は助けてはくれません。自分達のことは自分達でしなければなりません。毎日草刈と自宅の掃除に明け暮れしました。放射能の除去については、行政が3年くらい前に、家の外のみを水洗いし、屋根も拭いてくれました。線量の高い家の周りの土を剥ぎ取って、そこに同じ町内の山の赤土を運んで来て埋めてくれました。赤土にはクルミが沢山入っていました。山は除染していないのに、同じ町の山の土なので、放射能は大丈夫かなと気になっていました。

家の中は除染してくれないので、私達は毎日自分達で自宅の放射線量を測っていました。家の中は、0.27マイクロシーベルトありました。家の中も除染しないと住めません。行政はしてくれないので、毎日家の中を雑巾掛けして除染しました。6年以上放置した自宅は家も崩れ、放射線量が高いです。結局壊して、リフォームをして建て替えないと線量は下がりませんでした。自分で壊した家なので、私達は行政からの賠償金はもらえません。放射線量が高いので住めないから壊さざるをえなかった家なのに。最初から全壊していたら国は賠償するのに。住めないことは同じなのに、おまけに、壊す費用も自腹です。

私達は覚悟をしました。行政に頼らず自分たちで町を切り拓くことを。町には店も病院もなく不便です。高齢者の 1 人住まいは大変です。しかし自分たちで、町に元気を取り戻すことにしました。楢葉は柚子の木が沢山あります。〈楢葉未来の会〉で柚子を使った特産品で、町が元気になるように頑張ろうと思います。」


☆(浪江町、70代夫婦)
「住民は1%しか戻っていません。若い人は、子供の学校の問題や仕事がない為に故郷に帰ることは出来ません。仮設に住めるのは来年の3月までと言われている。来年は出されるでしょう。それまでに家を探さなければなりません。家をリフォームしたくても福島には大工さんがいません。東京オリンピックに大工さんは駆り出され、皆、大工さんは都心に入っていると聞いています。被災者個人の自宅をリフォームする大工さんがいなくて、困っています。故郷には70歳以上の人のみか帰ります。先祖代々の土地やお墓があり、先祖への思い入れと、責任があるからです。故郷に帰って頭を悩ましているのは病院です。浪江に今は病院が無いのです。南相馬や富岡町にはあるのですが、遠いのです」


☆(川内村、88歳、1人暮らし)
「川内村にはお店がないので、車のある人は車で他の町に買い物に行きます。車のない年寄りは食糧を求めることができず困っています。一つだけ下川内に〈あれこれ市場〉が出来ました。私の住む上川内からは遠いのですが、この間やっと連れてもらって行ってきました。市場の商品を見ると、普通100円のパンが1個140円~150円します。アイスも140円~150円でした。秋刀魚の開きも味が悪く、いつ仕入れたのかわからない。牛乳も賞味期限が明日で終わり。卵の賞味期限は今日で終わりになっていた。これじゃあ安心して買えません。病院も遠くて困っています。血液検査で郡山の病院まで行かなければなりません。病院まで3時間かかります。8時半の予約ということなので、私は4時に起きて娘が車で迎えに来るのを待つことにしました。いわきから来る娘は3時半に家を出るということです。」



 
【安心できる生活環境を】
福島の被災者たちは国から一方的に帰還宣言をされて故郷に帰ったとしても、どこも同じような状態です。帰還宣言をする前に、住む為の最低限の環境を整えて、安心できる生活環境を整えてから初めて国は帰還宣言をするべきでして、生活環境が整わない以前に帰還宣言をするべきではないと思うのですが。自分達の家は自分たちで、自分たちの町は自分たちで復興して下さいと被災者に丸投げして責任を負わず、被災者の苦悩を見て見ぬふりしているのはいかがなものでしょうか?

復興とは、道路を作った、常磐線が通ったということも大切でしょうが、人間の命や生活そのものを脅かしている事に、耳を傾けず、同情を寄せず、痛みを感じないという事こそが、大問題ではないでしょうか? 7年近く苦悩を経てきた被災者は、精神力も体力も弱り、訴える力もなくなりました。皆様どうぞ代わって叫んであげてください。声を上げてください。救ってください。よろしくお願い申し上げます。

 
------------------------------------------------------------------------------------------------
【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
------------------------------------------------------------------------------------------------


by momofukuoka | 2017-09-09 08:10 | 福島の被災地の現状