2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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原発事故の罪深さ

早や、師走となりました。カレンダーをめくり、今年もあと一か月無い、と気がつき、「人生の速さ」を思い、「過ぎ去った1年の出来事を思い」、心落ち着きの無い自分であったことを反省しました。今、私たちが生きる社会の変化はめまぐるしいです。以前は10年ひと昔と言われていたようですが、現代は1年で突然変わっていきます。家族の形態も異なり、幸せの基準も異なり、価値観も異なり、何が正しく、何が間違いなのか? 何が精神的なのか? 残虐さに対する呵責の気持ちや認識も異なり、常識の相違など、時代の変化を感じるようになりました。

テレビを見ながら、今や世界が大きく変わりつつある時にあることを知り、それだけに私たち一人一人の政治参加への認識と、責任の大きさを感じ、皆様にも「動きましょうよ」と呼びかけたいと思いました。アメリカのみならず、イギリス、イタリア、オーストリア、フランス…が、貧富の差を訴え、政治の体制を崩そうとしています。世界中の批判をものともしない中国、北朝鮮。韓国パク大統領の退陣問題。日本もカジノ導入の強行採決、経済成長戦略など、国民の悩み、叫びに寄り添う政治とは異なる方向に日本の政治は突き進んでいっているように感じ、「このままでは危ない!」と私は感じるようになりました。
 

【白眼視される被災者】
福島原発被災者の子どもが「ばい菌扱い」にされて辛かった、という手記が公表されて、今、話題になり、学校側も教育委員会もあわてています。手記を公表した男子生徒は、現在中学1年で、「小2で自主避難した直後からばい菌扱いされ、いつも辛かった。小5の時は、原発事故の賠償金を貰っているだろうと言われ、同級生らの遊興費の負担をせびられた」「何回も死のうと思った。でも震災でいっぱい死んだから、辛いけど、僕は生きると決めた」と手記は結んでいる。この手記は男子生徒が不登校になっていた小6の7月に書いたものですが、男子生徒は「いじめの被害がなくなってほしい」との思いから公表を決めた、として、2016年11月16日、代理人の弁護士を通して公表しました(河北新報オンラインニュース)。

災害後間もなく避難した福島被災者の多くは、大人も子どもも「ばい菌扱い」にされて苦しんでいらっしゃいました。散歩をしていたら、「あなた方が歩くと、田畑に放射能が撒き散らされ、うちの野菜が売れなくなるから、歩くな!」と言われた、と悲しんでいる被災者夫婦がいました。「引っ越してきた」と挨拶に行くと、「あなたたちとは関わりたくない!」と断られた、という人もいました。「買い物に行くと、ジロジロと見るんです。買い物したカゴの中をのぞきこむ人もいます。そして大声で“この人たちはいいわね。賠償金で食べているんだもの!”と言われたことがあります。だから、買い物にも行けないんです。」

「私たちは津波に遭い、何もかも失いました。だから生活必需品である車を買いました。不便な所に住む被災者にとって、車無しでは生活できません。医院に行くにも買い物にも、車は生活必需品なので真っ先に買いました。すると、被災者が新車を買った、と言って批判されるのです。被災者の車は随分いたずらされ、傷つけられました。何をしても、何を買っても、福島の被災者は“賠償金で生活している”といじめられ、白い目で見られます。だから今は、福島人であることを知られないようにしています。5年過ぎても友達はできません。」

 「私は賠償金をもらいませんでした。拒否しました。それは辛い思いをしたくなかったからです。」

 「私は何もあてにしないで生きることにしました。一生懸命働けば、贅沢できないけど、生きていけると思いました。頑張ります!」


【オリンピックやカジノの前に】
安倍総理は、「福島の復興なくして日本の再生なし」と、東日本大震災3周年記者会見で言われました。この言葉はどの方も覚えておられることかと思います。国民の命と生活を守ることを、なぜ最優先としないのでしょうか? 国民の命ほど大切な財産は無いと思うのですが。オリンピックやカジノの前に、最優先すべきことは、福島の被災者に目を向けることではないでしょうか?

いまだ放射線量の高い被災地に、来春、国は被災者を帰すという指令を出しました。なぜ汚染地区に、イノシシや小動物が棲み、草ぼうぼうの荒れた地に、公共施設も不十分な地に、被災者を返そうとするのでしょうか? 若者は帰りません。帰る方はほとんどが高齢者です。

被災者は言います。「年寄りの私たちは田畑でとれた食物を食べて生きます。放射線量? かまいません。私たちはどっちみち死にます。そのうちに無人の町となるでしょう。そうして何事もなかったかのようになるでしょう。国は、私たちがそうなるのを待っているのでしょう。私は被災者からこの言葉を聞いて、せつなさに唖然としました。これが国の計画なら、言いたくはありませんが、殺人行為ではないでしょうか?


【被災者からの手紙】
被災者からの手紙をご紹介いたします(本人の承諾をいただきました)。

「ご無沙汰しております。私たちも福島県外に移って半年が過ぎ、なんとか慣れ、元気に過ごしています。しかし気持ちが晴れることはなく、何か違う感じがしてなりません。新しい暮らしにも希望が感じられず、寂しい気分です。主人もPTSD(心的外傷後のストレス障害。強いショック体験からくる心のダメージ)と診断され、通院しています。元気がなく、私も気分が落ち込む時があります。孫たちが時々来てにぎやかなのは救いです。
せっかくこの地に来たので、楽しいことを見つけていこうと思います。直売所も楽しいですし、自分から何か始めないと、充実した人生は送れませんよね。

原発事故でふる里を追われ、6年になろうとしております。世の中はすっかり忘れていますが、私たちの心の傷は深くなっている人が多いです。東電からの賠償金をめぐり、心ない言葉に傷ついています。私もまた、嫌な思いをするのが怖いので、ふる里のことはこちらからは言いません。
 
ふる里は、生まれ育ち、結婚、子育てと、人生のすべてでした。人間関係までも、すべて無くすということは、言葉に言い表せません。原発事故の罪深さをひしひし感じています。この思いは、賠償金というお金で消され、国も東電も、世間の記憶から消そうとしています。事故は収束したかのように持っていこうとしています。つくづく、国って、大きな企業は守るけど、個人には冷たいと思います。広い海原に放り出された私たちは、どう生きていけば幸せを感じられるのか、解らないでいるのです。」


【この事実を多くの方に】
皆さま、「もし私が福島の被災者だったら? 同じ体験を受けたら?」。2011年3月11日からの被災者の体験を自分の身に当てはめて考えたら? あまりにも酷すぎることですよね。これ以上、苦しめてほしくないです。どうぞこのブログを多くの方にお知らせください。そして苦しんでおられる福島の方々を皆様の手でお救い下さいますように。


【本をご紹介いたします】
『アヒンサー 未来に続くいのちのために原発はいらない』1号~6号 各100円(送料別)
〈発行〉PKO法「雑則」を広める会 
電話 0422-51-7602(佐藤様)/049-215-0289(小田様)

1号(大人の人に伝えたいこと。原発7つの本当のこと。放射能とは。他)
2号(私、子どもを産んで大丈夫ですか? マル秘にされた試算―原発の原点。他)
3号(被爆医師肥田氏の証言。大量の死の灰で汚染された日本列島。他)
4号(仙台日赤病院呼吸内科医―放射能の影響とこれからのこと。他)
5号(北海道がんセンター院長―みんな催眠術にかかっている。目、覚ましてくださいよ! 他)
6号(こだま医院院長―低線量内部被ばくの話。他)


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2016-12-09 06:34 | 福島の被災地の現状