2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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被災者の声を聴いてください

このたびは私の健康のことでご心配いただき、たくさんの方々からの心温まるお便り、そしてお祈りを、本当に有難うございました。皆様が福島被災者の方々を身内のようにお感じ下さり、「支援を継続しますのでまかせてください」とのたくさんのお便りをくださり、本当にうれしいでした。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

間もなく3月11日を迎えようとしております。丸5年です。被災者の生活は災害の時のまま、変わっておりません。「逃げろ!」と言われて逃げた自宅は、5年の歳月が流れ、崩れてネズミの棲家になり、草木が生い茂ったあばら家になってしまいました。皆様、お店も病院も無く、夜になると真っ暗で家の灯りが見えない村に、町に、あなた様は喜んで帰れるでしょうか? 1年後には被災者は帰るように促されているのです。ほとんどの原発被災者は賠償金も止まり、平成29年までに仮設住宅や借り上げ住宅から出なければならず、残る1年の間に自分で自分の住居を探さなければならないのです。

国民の反対を押し切って建てた原発。事故が起きて「逃げろ」と言われて、村や町を追われた被災者。今度は、線量高く汚染されてしまった村や町、荒れ果てた我が家に帰れと言われ、修理やリフォームは自分でするようにと言われても修理するお金もきちんと出してもらえない被災者。村や町にはかつての企業も店も無く、働く場が無い。仕事も無ければ、収入も無い。若い人は帰りたくても生活ができない、帰れない。国は荒れた被災地を本気で再建しようとしていない。現地の住民の声に本気で耳を傾け、現場を見ることをせず、国の方針、目標が先行し、決定していくのです。まさかと思われるでしょう。しかし悲しいことに、これが福島原発被災者の現状です。

このたび寄せられた被災者の声を聴いてください。

【双葉町の被災者】
「僕たちは避難でなくて、家を追い出された。追い出されてそのままです。」
「国と東電が生きる社会に憤りを感じる。」「言葉だけの復興。実質的でない。」
「被災者の声を聞かない、一方的な進め方。」
「仮の町を造って、“しばらく(30年なら、30年)ここに住んでいただけませんか?”と言ってくれればよいのに。」

【大熊町の被災者】
「国は大熊の我々に対し、帰れるとも、帰れないとも言わない。帰れないと言えばよいのに、それも言わない。」
「国がはっきり言わないために、いつ解除になるかわからないということで、土地自体を売り買いもできず、固定資産税がゼロ。」
「復興住宅は年寄り、身体障害者、子どものいる人が優先、我々夫婦は未だ。」
「今、仮設にいるが、いつまでいられるのかわからない。仮設は平成29年3月まで、と言われているが、行き場が無いので、仮設に居られる間は居ようと思う。」
「大熊町の自宅は、毎月1回入れる。自宅に入るためには、町に申請書を出して、許可書と免許証を提示してから入れる。5時間という規則です。中は、あの時のまま、足の踏み場もない。ネズミがすごい。物置もイノシシと牛がサッシを壊して入っている。今、牛やイノシシは来ないが、泥棒が入る。自宅に帰っても何もできないけど、見てくるだけです。」

【楢葉町の被災者】
「自宅に帰ってみて、“良かった”“ホッとした”気持ちはある。仮設住宅は隣とは板1枚なので、気を使っていた。精神的には帰ってきて楽。しかし生活面では不便。」
「帰ってきた人は少ない。自宅から3km歩いたところに1戸。あとはだれもいない。」
「自宅から役場まで30分歩いた。歩いても誰もいない。」
「楢葉の診療所が2月1日から始まった。29年4月からこども園(幼稚園)が始まると言う。」

【川内村の被災者】
「川内村は賠償金有りの20km圏内は20パーセント。賠償金無しの20km圏外は80パーセントです。5年間放置された自宅は、住めない状態です。仮設も29年3月までで、帰村するように言われている。“引っ越しのために5~10万円出す”と言う。あと3~5年の猶予が欲しい。」
「復興住宅は、わずか25戸、川内村にあるだけです。」
「川内村は、ファミリーマートが町に1軒あるのみで、あとは移動販売が来るのみです。」
「仮設の住民の8割~9割が、このままで生活したいと言う。」
「80歳、90歳の高齢者は、今さら動きたくないと言う。」
「仮設には友がいる。安否確認ができる。たいてい病院に週3回通院している。人工透析をしている人もいる。」
「足手まといになりなくない、と80歳、90歳の人が列車に飛び込んだり、首つりしたり、死んでいく。」
「3万、4万の年金では生活をやっていけない」
「被災者は5年間、国に振り回されてきた。いい加減にしてくれ、という気持ちです。好きなところで暮らさせてくれ、と言いたい。」
「災害後、セシウムの話ばかりで、楽しい話が無い。」

【葛尾村の被災者】
「普通、カボチャは横に伸びるものだが、自宅の畑のカボチャは上に伸びた。ひまわりのように。気持ちが悪いので、全部捨てた。羽が半分白いカラスを二本松で見つけた。黒猫もあちこち白い毛が生えている。浪江町の希望の牧場の牛の中に、白斑のある牛がいた。」
「自宅の倉庫の前は、“除染を1度した”と言うが、今でも11マイクロシーベルトある。」
「今、葛尾村は避難区域だが、29年春には避難指示を解除すると言う。」
「役場の職員10人くらいは、もう浄化設備工事などの立ち会いのために帰っている。」


2012年11月15日~26日の間、原発事故の被災地を調査した国連人権理事会の専門家アナンド・グローバ氏が11月26日に調査結果を報告しました(国連人権理事会、特別報告者のプレスステートメント http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/2422/ )

グローバ氏は、日本の国に対し、どうあるべきかを指摘し、健康について、居住の環境について、被災者への情報のあり方について、被災者の声を吸い上げることの大切さを訴え、放射線量の安全数値について、原発作業員への配慮について、食品の安全基準について等、多くのことを日本政府に早急に施行するよう要請しました。国連専門家の要請に対し、私たち日本は何をしてきたでしょうか? 皆で国に問うても良いのではないでしょうか。国は国連の要請に応えていないような気がします。あれから5年も経ちました。皆様、私たちの仲間、同胞を救うため、立ち上がりましょう。

福島の方への支援物資(食品、消耗品、義援金)をよろしくお願い申し上げます。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2016-03-03 11:53 | 福島の被災地の現状