2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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皆様へのお願い

新春のお慶びを申し上げます。もっと早くから新年のご挨拶を申し上げたかったのでしたが、体調を崩してしまいまして、こんなにご挨拶が遅くなってしまいましたことをどうぞお許しくださいませ。昨年末、呼吸が困難となり、私自身が難病(「線維筋痛症」と膠原病の「シェーグレン症候群」)に罹っていたことが解りました。現在はままならない自分の現状の中で、福島の被災者の方々を皆様のお力におゆだねする時期が来たのだと受け止めております。どうかブログをご覧の皆様が私の志を引き継いで、福島の被災者が幸せになる日まで、支えていってくださいますよう、心からよろしくお願い申し上げます。

支援者も被災者も、天がご縁を結んでくださった大切な私たちの肉親と思っております。天は一人一人の人生を大切にし、命を大切にし、一人一人が幸せであることを望んでおられると思います。私たちも天の志を自分の志にし、互いを家族と思っていただけたらと思います。誰一人として不幸になってはならないと思います。ご縁で結ばれた私たちは、皆様兄弟姉妹です。今後ともこの志を大切にされて、世界の平和のためにお尽くしくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

私は不定期かもしれませんが、ブログは書き続けて参りたいと存じます。可能な限り、被災者の方々と連絡を取り続けて参りたいと思います。すでに被災者の方々とご縁を結んでいただいた方は、末永く見守っていただければ、有難く存じます。皆様お一人お一人の力は大きいでした。皆様がいらしたからこそ、大きな力になれました。国内だけでなく、海外にも波及することができました。本当に有難うございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。

今日は皆様に被災者を託す上で、最近の福島の動向をまとめさせていただきたいと思います。


【福島被災者の現状】(すべて被災者方から直接伺った話です)
・国は被災者を可能な限り、平成29年度春に故郷に戻すと決めたそうです。

・仮設住宅の入居は29年春までとし、基本的に仮設住宅は壊していくそうです。

・それまで、被災者は各自、自分で家を見つけるようにと言われているそうです。

・復興住宅への入居者は国が決めており、津波に遭った人と居住困難区域の人が優先です。

・復興住宅については県に託されているため、市町村は、自治体の長といえども口出しすることはできません。したがって不都合があっても、県の取り決めに従わざるを得ないようです。

・復興住宅の土地交渉は遅々として進まず、戸数は不十分であり、入居者は4つの町(大熊、双葉、富岡、浪江)に限定されており、くじ引きで決められるために、限られた戸数の復興住宅に、4つの町の知らない人同士が住むことになり、最初からコミュニティを作り直さなければならず、皆様大変なようです。(仮設で一緒に生活した友とも離れなければならず、復興住宅に入居して孤独死した、という話も聞きました。また、同じ復興住宅に住みながら、4つの町の人が共に住むのは、各々の町のお祭りも異なるので、どうまとめていくかが大変だ、ということも聞きました。なぜ、町ごとに住めないのか、市町村の意見を県は聞かないのが不思議と思いました。)

・大熊、双葉、富岡、浪江以外の市町村は帰還できる町だと国は判断し、全市町村に帰ってもらうことを決定しました。壊れた自宅は自分たちで直すこととし、原発20キロ圏内で居住困難の人のためには、楢葉、川内村、都路、葛尾村等のそれぞれの町村に1カ所(数軒のみ)復興住宅を建てることにしたそうですが、それも、計画の話はあっても未だ未建設のようです。

・東電の賠償金が支払われるのは、原発より20キロ圏内と決められたため、それ以外の人には賠償金はありません。20キロ圏外に自宅がある方は、放射線量がいまだに高いせいで住めなくても帰れなくても、土地家屋の賠償も、日々の生活費も1銭ももらえないために、今後の生活を思って途方に暮れています。

・国が津波被害の人に対しての支援と、20キロ圏外の人に対しての対策を緊急にしなければ、被災者は困窮状態で、壊れた家も建て直せない状態です。ですから、国は県まかせではなく、本気になって対策本部を造り、オリンピックの前に福島被災者救援をしていただきたい、と私は切に思っております。

・被災者方は、自分たちも何とかしなければ、と弁護団の助けを得て裁判で訴えようとしていますが、受け入れてもらえず、苦労しています。

・中間貯蔵施設の土地交渉についても、国は「買い取る」と言わず、「30年後には帰るようになるかもしれないから貸してください」との個人交渉だそうです。被災者は、「国が“もう帰れない”とはっきりと言って対応してくれればよいのに、やたら“30年後”と希望を持たせるのです。我々は死んでしまっているとしても、孫の代のことを考え、先祖の土地を荒らしてはいけないと思うと、複雑です」とおっしゃっていました。

・双葉郡の方々は役場の事を行政区と表現しています。そして局長様の事を行政局長と表現しています。被災者方の話では、「行政局長、行政区は、国の方針、命令に逆らうことができない。逆らえば、地方交付金が減らされる。」

・被災者の帰還に先立っての国のやり方は、酷い、汚い、と私は思っています。国は、帰還させようとする町の放射線量が高くても、人体に害を及ぼす可能性のある数値だと知っていても、「安全だ」と宣言し、まず行政区の一部を帰します。そして住民には、「行政区があるから大丈夫」と言います。

・私は「今年の4月、大熊町の行政区の一部が大熊町に帰ることになった」と聞いて驚き、役場の職員の身を案じています。

・被災者の話です。「新聞などで公表される放射能の数値は実際の3分の1の数値です。地元で我々が測ると、その3倍になります。」

・「学校や役場は除染を3回しました。しかし我々の家は1回です。山は除染していません。山から風が吹いたら、線量は高くなります。家の中でも0.3~0.4マイクロシーベルトある。田畑は0.8、地域によっては11マイクロシーベルトの所もある。自宅に戻って作業をして帰ってくると、身体がもの凄くだるくなる。それなのに、国は29年春に帰ることを目途にしている。」(葛尾村)

・被災者にとって問題なのは、避難先(現住所)の住民票が取れないことです。故郷から住民票を移動すると、被災者としての扱いがなくなり、被災者の恩典がなくなることです。このために被災者は、仕事においても子供の学校や塾においても苦労したと聞いております。浪江町の馬場町長は、国に3度頼みに行った。「被災者には住民票に代わるものを作ってください」と。しかし聞いてもらえなかった、と伺いました。皆様、これが今の被災者の現実です。


【支援のお願いです】
被災者には、食品、生活消耗品、義援金は、今でも有難い贈り物です。ご連絡をいただければ、送り先をお知らせいたしますので、よろしくお願い申し上げます。
心から感謝申し上げつつ。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2016-01-25 21:37 | 福島の被災地の現状