2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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原発に奪われた被災者の幸せ

今年の夏の異常なまでの猛暑には、体調を崩され、どうにもならない異常な疲れとだるさに正常な生活がおできになれなかった方が多かったのではないでしょうか? 会う人ごとに、「私だけが具合が悪いのかと思っていたけど、今年はやっぱり普通じゃないですよね」の言葉が多いでした。そしてまた今度は急な冷気。あまりの気温の変化に風邪も引きやすくなり、台風シーズンにもなりましたので、皆様、体調管理に十分お気をつけ下さいますように。

【いまだに粗末にされ続ける私達の人生と命】
今年は戦後70年。戦争の歴史、特攻隊の命、原爆投下における悲惨さ、沖縄の犠牲と苦悩等、連日テレビを通し、たくさんの犠牲のもとに成り立ってきた日本の現実を知って、胸を痛め、ご冥福をお祈りし、ご遺族方に心を合わせた日々でした。「2度と繰り返してはならない!」「誓います!」と歴代の総理、市長、関係者の方々は公に国民の前で誓います。そして犠牲者に向かって約束し、祈ります。私達はこの誓いの姿を何年も聞き、何年も見て参りました。

しかし私は思います。「歴史から学びます」「誓います」と言っているのに、人の命を脅かすあらゆる苦悩の問題がどうして何一つ解決されないのでしょう? 解決への希望が感じられないだけでなく、ますます人の命が粗末にされ、蟻地獄にでも引き込まれたように、日本だけでなく、世界の至る所がズルズルと大きな魔の力によって引きずり落とされているように感じているのは私だけでしょうか? 皆様、まずこの現実に目覚めませんか?

一人一人の力は小さいかもしれません。しかし気がついた人同士が手をつなぎ、志を一つにして助け合い、志を示し続けるなら、「小さいこの火種」はやがて心ある人の魂に触れ、輪は輪を呼ぶことでしょう。私達の力と手で、今の世界を本来の“命を大切にし、一人一人の命が輝き、生きていることが苦しみではなく幸せと言える地球”に変える努力をしていきませんか?


【1冊の本に出会い、受けた衝撃】
最近、恩師から一冊の本をいただきました。それは、写真家であり映画監督の本橋成一氏の写真集『アラヤシキの住人たち』(農文協出版、2015年、税込み1728円)です。この写真集は、北アルプスの麓、長野県小谷村の山の中にある真木集落で住んでおられる方々を紹介したものです。

真木集落は江戸時代からあるとされる集落でしたが、1972年に廃村となりました。車も入ることのできない山道です。今、集落には5軒の茅葺きの古民家が残っており、そこで、羽仁もと子氏の“生活が教育”という精神で創立された自由学園の宮嶋信先生を中心に、心身にハンディキャップをもった方と健常者が生活しています。その様子は写真集に収められるとともに、2015年5月に映画として公開されました。

一人一人の活き活きとした姿、瞳の輝き、今の私達とは異なる次元の別世界で生きている姿に、初めは違和感さえ覚えましたが、写真集を見ているうちに、私達が失ってしまったものを思い出させていただき、目から鱗が落ちるような衝撃を受けました。心の豊かさ、共存、自然とのふれあい、魂の崇高さ、心の清さ、人情、心の温かさ、命の輝き、人間の尊さ、共存の有り難さ、性格の多様性の有り難さ・・・などなど私が今すっかり忘れてしまっていたことを次々と思い出させてくださったこの写真集は、宝物と言える本でした。同時に私は福島原発被災者の村人たちを思いました。


【のどかで平和だった福島原発被災者―すべてを奪った原発】
川内村、都路、葛尾、津島は山村で、標高670~800メートルの所にあります。12月に降った雪は春まで溶けず、雪が溶けるまでは危なくて町には出てこられない、と聞いております。村人は厳しい自然を受け入れ、順応し、穏やかで忍耐深く、愛情にあふれ、互いを思いやり、互いを大切にし、家族を大切にし、平和で幸せであった、と言います。水道は無く、山の湧き水を飲料水(井戸水)とし、川の水は透き通り、魚もいっぱい泳いでいた、と言います。生活はカイコ、木炭、シイタケ栽培、和牛、畜産、花畑など、山菜も豊富にあってのどかで静かで幸せだった、と言います。「病院やお店は少なく、不便です。しかし私は大好きな村で、最高の場所だった」と被災者はおっしゃいました。

しかし原発はすべてを一変し、村人の何もかもを奪い、何もかも幸せすべてを奪い取ってしまいました。ふるさとを失い、自分の家に二度と足を踏み入れられなくなってしまった人もおられます。のどかな村が敗戦の時のようになってしまいました。草が生い茂り、廃墟のようになってしまった所もあります。助け合っていた仲間や家族も一緒になれず、原発は生活のすべてを、家族の営みを、人の幸せを何もかも奪ってしまいました。

しかもこの責任を誰もとっておりません。国は平成29年3月の帰還宣言を目標と掲げただけで、そのための被災者の生活補償、放射線量の低減を積極的に行うこともなく、賠償金支払いを出し惜しみしています。政府が陣頭に立って問題解決に携わるどころか、現場のことは各市町村長と東電に丸投げし、被災地に関する取り決めは環境省に任せています。各市町村への国からの交付金は国が決めていて、国の方針に沿わない町は交付金が減らされると聞きました。町役場としては財源がないと身動きがとれないので、国の方針を受け入れないわけにはいかないとのことです。役場の人の立場も気の毒と思いましたが、同時に、住民を助けるためにあるはずの役場が今は国の御用機関になり、村人達は問題があっても解決する所も相談する所もなく、苦悩し、あえいでおります。こうして苦悩している福島原発被災者を今、誰に救っていただけるのでしょうか?

もう福島原発被災者のことを本気で救っていただける人はいないのでしょうか? 「月日が自然に解決する」「被災者自身が自分達で解決したらよい」、多くの方がそんな思いで被災者を見ておられるとするならば、あまりに悲しすぎませんか?


【ブータン国王のメッセージ】
大震災後、初の国賓として来日されたブータン国王夫妻(11月15日~20日)のことを私は時々思い出し、ブータン国をうらやましく思います。国民総生産(GNP)でなく、「国民総幸福量(GNH)」の概念に基づいて国づくりをしておられるということを。70万人の人口の97パーセントが「幸せ」と答えているとのことです。国王のお言葉です。「お互いを思いやることから始めよう。基本的な人間としての価値観、共感、高潔さ、正義感、これらを大切にしなければなりません」「よく勉強して欲しい。でもそれ以上に、良い人間であって欲しい」(慶応大学での講演)。「私達の中に人格という龍が住んでいるんです。自分の龍を養いなさい。管理しなさい」(相馬市立桜ヶ丘小学校で)。大津波に飲まれた原釜地区で、手を合わせた国王は姿なき犠牲者達に語りかけました。「お悔やみ申し上げます。私達は常にあなたがたと共にあります。」


【最も苦しい時期にある被災者】
皆様、震災から4年半を経た今、被災者は精神的に最もまいってしまっています。信頼した国から見放され、肉親と離れ、住居も決まらず、健康を害し、気力も体力も衰えてしまったのです。どうぞブータン国王のように、「常にあなたがたと共にあります」というお気持ちを持ち続けてくださいますように。そして被災者に手を差し伸べて下さいますようにお願い申し上げます。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
ご支援をいただけます方は、被災者をご紹介いたしますので、福岡百子までご連絡くださいませ。
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM11:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。なお、すぐにご返事ができない時もありますので、申し訳ございませんが、再度ご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-08-30 09:24 | 福島の被災地の現状