2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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悪環境で耐える被災者の方々

【仮設住宅の環境】
皆様、今日は「住まい」ということについてご一緒に考えていただけますでしょうか? 人だけでなく、どんな動物にも、魚にも、鳥にも、草木にも、どんな小さな虫にも、生きていくためには、自分の身を安心して休めるねぐら(住まい、場所、私の家というのが)あると思います。皆様、今日は仮設住宅の現状についてお伝えいたします。この仮設住宅を、「私の家」、毎日生活する「ご自分の家」として、具体的にご自分がそこに住むことを想像して考えていただけますでしょうか?

住まいには、ある程度、息抜きができる空間が必要でしょう。四方窓が無く、穴倉のように太陽の光が入らなかったり、風通しが悪くじめじめしていたり、隣の音が丸聞こえだったり、私の部屋で話す内容が隣の家に筒抜けだったりする住まいで、心安らいで暮らせるでしょうか。それが仮設住宅です。隣から「うるさい」と言われることに怯え、好きな音楽も聞けず、楽器も弾けず、テレビの音量も小さくし、夫婦同士の話し声も小声で、子どもが騒ぐたびに注意を受け、思いっきり声を上げられない、気兼ねをしながらの生活、それが仮設住宅での生活です。

多くの場合、仮設住宅の生活には、家具や布団を押入れに収めても、なおテーブルを囲んで家族が団らんできるスペースがありません。夜、他人に足を踏まれる心配なく、安心して寝ることができるだけの、ゆとりある寝床がありません。何よりも辛いことは、「ここにいつまで住めるのか」がわからないことです。永住が許されない家にいて、いつ「出て行ってください」と言われるかもしれず、自分の家が定まらず、見つけることもできず、常に緊張と不安のうちに過ごす日々。仮設住宅を出て行きたくても、そのための補償はなく、また自費で別の住処を見つけるとしても、住民票を移すと現在受けている補償も受けられなくなるため、被災者は動くに動けず、将来の計画を描くことさえできない状況です。

皆様、今、ご自分の住まいをお持ちの皆様は、上記の状況をどのようにご覧になるでしょうか? もし万一、皆様がそのような状況に「長年耐えてください」と国から言われ、その状況に置かれ続けたら、どのようにお感じになるでしょうか? 私たち人間が住むためには、ある程度の環境、住まいの空間、息抜きをするスペースが、どんな人にも必要ではないでしょうか?

皆様、考えられないことかもしれませんが、福島原発被災者の方々は、4年以上も悪環境の中で耐えておられるのです。 繰り返しになりますが、さらに仮設住宅の状況をお伝えさせていただきます。

4畳半ひと間の生活、場所により、窓は小さいのが一つしか無い、という所もあります。まわりに生活必需品を置き、寝る時のスペースを作るのがやっと、と言います。床は地面に近いため、湿気が多く、カビが発生し、底冷えします。そのため、布団も湿気で重いと言います。秋から春にかけて、所により結露で天井からしずくが垂れ、壁も床もびしょびしょになり、床の拭き掃除が日課になるそうです。所により、すでに早くから床が抜け、隙間風で寒く、新聞紙を詰めるなど工夫して生活していると言います。洗濯物を干すスペースも不十分です。

所により、外を歩く人から室内が丸見えの所があり、目と目が合うことがあり、安心して寝ていられないという人もおられました。隣との壁は薄く、隣で何をしているか、手に取るようにわかる、という所もあるそうです。仮設住宅はプレハブが多く、子どもたちの学校も工事現場のようなプレハブの所もあり、寒いと言います。


【仮設住宅に住む被災者の声】
被災者の方々は、「仮設住宅にいるだけで息が詰まりそうになり、気がおかしくなりそうだ」と言います。

ある被災者は「日中、仮設にはいません」とおっしゃるので、「お仕事ですか?」と私が尋ねますと、「違います。仮設の4畳半の中では気も心もおかしくなってしまうので、毎日外を歩き回っています。67歳なので仕事を探してますが、年齢を言うと断られるのです。」

被災者は言います。「住まいが決まらないと、仕事も見つけられない。」「住まいが定まらないと何一つ前に進めない。家族もバラバラのまま、亡くなったおふくろ、夫のお骨を納める所も、お墓さえ決められない。」

「復興住宅はまだ建っていません。復興住宅には制限があります。誰でも入居できるわけではありません。津波と原発のために自宅に帰れない人が優先です。」「しかも入居するためにはカーテン、電球、ガスコンロ、家賃等、相当の金額がかかります。」

田村市船引町には4つの仮設があり、主に都路の方々の施設ですが、大熊町、浪江町、双葉町、ときわ町の方々も避難しておられます。「最近、ようやく復興住宅の土地が船引に確保されたそうです。できあがるのは、来年秋以降とのことです。いまだ一年以上、先です」とのことでした。

ある被災者の 言葉を思い出します。「国が我々被災者の土地を買い上げ、別に村を作って、“ここに住んで再出発してください”と言ってくれたら、我々はどんなに感謝し、希望をもって歩んだことでしょう。あの時そうしてくれていたら、今頃はそれぞれが活気ある村、町になり、前に向かって歩んで、国のためにも貢献できる街づくりもできていたかもしれないのに。」

しかし現実には、「自分の土地は自分で探し、自分で住居を探しなさい」と言われています。そして、見合った資金は出してもらえず、住んでいた家を失った被災者は住む家も無く、十分な収入の得られる仕事がないために生活費も無い。困窮する被災者は「我々はどうやって生きていったらよいのか?」と嘆いています。若い人は将来を考え、家を求め、親から離れていきました。仮設は行き場のない老人、一人暮らしの人が多くなりました。復興住宅にも入れず、若い家族とも離れ、淋しく暮らす仮設住宅の老人たちには、自立という言葉は酷な言葉です。彼らには、同じ境遇、同じ体験者の仲間との支え合いが、生きる支えになっております。このような方々に、生活消耗品や心優しい食料品などを少しでも届けていただけましたら有り難く思います。


【小さな支援をお願いいたします】
生きる力を失った方々、失望しておられます方々に、小さな支援でよいのです。「忘れてませんよ」「お体を大切にされてくださいね」の思いが入った小さな消耗品や食品の小包が、どんなに彼らに嬉しい宝物になることでしょう。社会が忘れつつある今、あなたの手で、お一人でもお救いくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。お志がおありになられます方は、被災者をご紹介申し上げますので、私、福岡百子までお問い合わせくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
“皆様の手で、幸せを作っていきましょう!”


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
支援が必要な状況は変わっておりません。皆様の優しいお気持ちをどうぞおよせください
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。体調によりすぐにお返事できない場合もございますが、必ず返信させていただきます)


※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-06-09 23:55 | 福島の被災地の現状