2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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復興住宅の現状

日本には春夏秋冬という四季があり、季節折々の花が咲き乱れ、清々しい空気、心地よい風や肌寒さを感じながら、春や秋の訪れに、四季の喜びに心を弾ませることができます。しかし最近は、気候変動に戸惑いを感じることが多くなったような気がします。

今日は、福島原発被災者の復興住宅の様子についてお知らせしたいと思います。福島原発被災者については、国は原則、被曝した自宅を除染してそこに帰す、という目標のようですので、復興住宅建設に対しても積極的でないように感じます。すでに災害があって5年目になりました。ですのに、現実を知って、私は「考えられない」「ありえない」「ここ、日本でしょ?」と、怒りと悲しみを感じています。国の対応は、常識では考えられないほど、あまりにも非道です。5月に入って町の関係者から伺った情報をお知らせいたします。


【被災者の声】
「国は、福島県内全部の仮設住宅住民を(どこの市町村も)、2016年3月までに帰還させるつもりでいます。しかし2日前の新聞では、“1年延長”と言っていたので、1年延期すると思います。何事についても、長期的な視野ではなく、1年毎の更新だからです。“仮設住宅入居期限は来年の3月まで”と決めるのは、国です。国から県に知らせ、県から各市町村に知らせが来るのです。」

「楢葉町の元の人口は7000人でした。現在は各所に散ってしまいました。いわき市に13か所、会津に1か所の仮設があります。国は楢葉町について、全住民を楢葉に帰す予定としているために、楢葉町以外の場所に復興住宅を作るつもりはありません。楢葉町内に復興住宅を52戸作る予定です。しかしそれはいまだに建っていません。この復興住宅に入居できる対象者は、津波被害を受けた人と、自宅の無い人です。今、4月6日~7月5日まで、3ヶ月試し宿泊が行われています。その後、帰還宣言の話が行われると思います。」

「川内村の元の人口は3000人でした。川内村では、受けられる原発賠償が3種類に分かれています。

①30km圏内の人(平成24年8月で精神的賠償が打ち切られた人)
②2015年9月までで精神的賠償打ち切りの人
③2015年9月以降も精神的賠償が続く人(自宅に住めない人)

川内村下川内仮設には②と③とに該当する50戸の方が住んでいます。川内村に復興住宅は25戸建ちました。6月1日から住めるようになります。したがって今まであった下川内仮設の自治会は解散となりました。復興住宅25戸のうち、下川内仮設からは15戸、他の町にある仮設から10戸入居予定です。川内村住民のための復興住宅はこの25戸以外は作らないのです。しかし、来年の3月までは仮設にいて良いとのことです。

つまり、来年の3月までに復興住宅に入るか、自宅に帰るか、ということになるのです。他の町に川内村の復興住宅は作らないのですから。復興住宅は、カーテン、照明器具、ガス台は全部自腹です。家賃が発生します。カーテンは規格外もあるようです。2階建て、平屋Aタイプ、Bタイプがあり、どこに入居できるかわからないのです。入居するために費用が50万円くらいかかると聞いています。」

「復興住宅は県が責任を持っているので、どこにどの町の人が何戸入るかは県で決めます。被災者たちは、“町ごと・部落ごとにまとめて入居させて欲しい”と希望しているが、その声は通りません。復興住宅は4町村が混合して入居することになる。同じ部落、顔見知り同士なら支え合い、孤独にもならずに済むのに、被害者はまた、さまざまな苦しみに直面することになるのです。町によってお祭りも違い、賠償問題も違い、仮設で親しくなった友とも離れることになるからです。」

「私は7人家族で、1つの仮設に家族全員が住めないので、3つの仮設を借りて住んでいます。87歳の父(要介護肺気腫)・夫(病身)・私(病身)・長女(脳性まひ、知的障害)・長男(大学を断念し働いています)・次男(中学生)・三男(小学生)の家族です。今日まで仮設で支え合いながら生きてきました。家族で話し合った結果、復興住宅に入居することを決意しました。子供たちは“窓があり、部屋があるだけで幸せ”と言う。“テレビうるせー!と言われないで済む”“寝ていても足を踏まれずに済む”“こたつに入ってごろんとしたい!”
“5年前に亡くなった母さんのお位牌はカラーボックスの上にある。真先に母さんの仏壇を買いたい!”・・・“1戸に住めないので2戸借りよう”と結論しました。」

「復興住宅は5月末までに出来る予定です。申し込んだので、当たれば5月末に通知が来る予定です。→その後説明会がある。→復興住宅の家賃は各々収入に応じて決められるので家賃決定を待つ→3ヶ月分まとめて払う→合同庁舎に行って鍵をもらいに出向く。鍵をもらったら20日以内に引っ越すようにと言われました。」

「今は、どこに住めるのかはわからない。復興住宅を借りるのに、自分達で保証人を決めないといけない。幸い私は引き受けてくれた人がいたので助かった。これから住む復興住宅は店も病院も不便な所。ここは孤独死になっても判らない所と思った。でも私たちは、玄関から外に出ると仲間に出会うから、それでも良いと思った。復興住宅に入居するには、年寄りには困難です。自ら役場に出向いたり、説明会に出向いたり、合同庁舎に行ったりと、めんどうくさいことがいろいろあって、年寄りや独り暮らしの人は、あきらめた人がいます。」

「復興住宅入居には、いろいろと条件を求められます。くぎを打てない、引っ越すときは元通りに直すこと、カーテンは規格外、電気の差し込みはあるが、照明器具も何も無い、空っぽです。すべて揃えなければなりません。自腹で。 」


【もっと温かな配慮を】
皆様、復興住宅に入居されます方々は、津波ですべてを失われた方、また原発で自宅を失われた方、5年近く苦悩にあえいで来られた方々です。収入も乏しく、心身傷ついておられます方々です。国はどうしてもっと温かい、心ある配慮ができないのでしょうか? どうして国民の悲しみが、叫びが、通じないのでしょうか? 私は不思議でなりません。

皆様、福島原発被災者の方々のために暖かい手を差し伸べて下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。
そして、一人でも多くの方々に福島被災者の現状をお伝え下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。


【支援品のお願い】
不安定な生活の中、健康を損ない、困窮されている被災者が多くいらっしゃいます。生活消耗品、食品、義援金のご支援をお願いいたします。ご支援いただけます方は、被災地をご紹介申し上げます。ご不明な点は、福岡までお問い合わせください。どうぞよろしくお願い申し上げます。心から感謝申し上げつつ。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
支援が必要な状況は変わっておりません。皆様の優しいお気持ちをどうぞおよせください
〈問い合わせ〉
福岡百子 携帯メール f.mom.1941@ezweb.ne.jp  FAX 047-346-8675
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましてはAM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします。体調によりすぐにお返事できない場合もございますが、必ず返信させていただきます)

※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-05-25 01:22 | 福島の被災地の現状