2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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被災者からの手紙――「現実を知ってほしいです」――

新年のお慶びを申し上げます。昨年はお世話になりまして、有難うございました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今年も被災者の方々からたくさんのお便りや写真も届きました。「避難生活も4年目となりました。まだ先が見えません…」と悲しく辛い便りが多いでした。

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この写真は、仮設住宅を照らす初日の出です。わかりにくい写真かもしれませんが、私はこの写真に様々な思いを感じました。今年も家族バラバラで元旦の朝を迎えなければならない被災者の悲しみ。「くじけず、がんばれよ!」と励ましを与えているような、元旦の天からの光! 私たち支援者も、この元旦の光のようでありたいと思いました。皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。

今日も福島被災者の現実を伝えさせていただきたいと存じます。新年早々ではありますが、今も変わらない現実の写真と、被災者からの便りを、本人の了解をいただきましたので、ご紹介させていただき、被災者への理解を深めていただければと存じます。


【浪江町の方からの便り】
「故郷に戻れない正月は4度目を迎えます。避難して丸4年になりますのに、まだこうして忘れないで気にかけていただき、ありがとうございます。皆様に感謝の気持ちを伝えたく、手を合わせております。…今まで当たり前だったことが全て否定され、できたものができなくなり、気がつけば、『私は誰? ここはどこ?』といった途方に暮れた毎日です。請戸(うけど)漁港は私が生まれ育った港ですが、子供の頃から、沖を通るフェリーを見て、いつか乗ってみたいと思いながら生活してました。その港が津波で流され、130隻くらいあった船が7隻になりました。一部落全滅です。津波だけなら立ち直れたのに、すぐに原発の放射能で、目に見えない物との戦いです。そして、関連死が後を絶ちません。宮城県の三陸あたりは復興のテレビを見ますが、私たちの所は映りません。我が家は海から少し離れた高台なので家は残っています。時々、2時間かけて家の掃除に帰りますが、道路は草に覆われ、庭はイノシシが穴を掘ったり、動物の棲み家です。原発で働いている人は、『私たちの浪江は30年帰れない』と言いますが、国は避難指示を早く解除したいでしょう。若い人は帰りません。死の町に若い人は住みません。一口では言い切れませんので、こんな話は止めましょう。」

「いまだに震災のままの場所があります。今でも変わっていません。変わり果てた故郷…。1冊のアルバムにしました。写真の一部を送ります。正月早々、こんな写真を見たくないでしょうが、現実を知ってほしいです。2年前に撮った写真ですが、今も変わっておりません。」

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「浪江町のあった真ん中です。大きな石が流され、車も見ての通りです。」

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「船が陸上に上がってひっくりかえっています。120隻以上の船が陸上がりしました。私の実家も津波で流され、兄、姉も流され亡くなりました。いまだ遺骨が見つかりません。」

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「ガレキはあちこち山になっています。前方、左奥の木が立っている所が海です。」


【奥様を津波で亡くされ、一人、仮設におられる方】
「私の家は津波で流され、妻も亡くなりました。一人で遺骨と共に住んでおります。原発のためにお墓に入れることができません。せめて温かいおしぼりで、遺影の写真に語りかけながら毎朝拭いております。家内の遺骨といつも一緒です。食事をするときも遺骨と一緒、遺骨にしゃべりながら生活しています。今年は金婚式でした。妻は生前、金婚式は日光に行きたい、と言っていたので、写真と遺骨を持って行ってきました。周りはカップルばかりで淋しかった。」


【飯館村の借り上げ住宅の方】
「『被曝を避けて、故郷を離れたら?』と言われます。しかし私たちは離れるわけにはいかないのです。国は私たちの土地、家屋を買い上げてはくれません。それどころか、故郷は自分たちで管理するように言われました。いつ帰っても良いように、故郷を、田畑を自分たちで管理しなければなりません。放っておいたら、草が生い茂ってしまいます。我々は手入れをしなければなりません。だから離れるわけにはいかないのです。通える距離にいなければならないのです。自分の土地の維持管理は死ぬまで自分たちでしなければならないのです。」


【驚くべき現実】
皆様、このたび被災者から聞いて私は驚きました。被災者の方々が自宅から離れられないことの理由が、単に「自宅に帰りたい」という個人の思いだけではなかったのです。国が、被災者の土地(田畑)の管理を被災者に託すという政策をとっている、という現実があるのです。それは、放射線量が高くて住める状態ではない地にいずれは被災者を帰すためです。いまだに放射線量が高いために4時間くらいしかいられない場所にある自宅に、被災者は通っているのです。田畑が荒れては困るからです。しかも何年先に帰れるかわからない所、30年先かもわからない所にです。被災者は国の方針に逆らうこともできず、黙って耐えています。被災者をすべて(放射能汚染が心配で帰還をためらう被災者の方をも)いずれは帰還させるという方針を国がとっているのは、帰還させれば賠償金を打ち切ることができるからではないかと思います。

皆様、福島の現実はあまりにも酷いとは思いませんか? 私たちは被災者の現実をあまりに知らなさすぎる、とは思いませんか? 私たちはもっと福島を直視し、被災者を理解しようではありませんか。そして苦悩する福島の被災者に救いの手を差し伸べてくださいますよう、お願い申し上げます。福島の被災者はいまだ物資支援を必要としておられます。生活消耗品、食料品、義援金などをよろしくお願い申し上げます。


【生きる力アドバイス】(13回目)
朝、目覚めた時から幸せ探しをいたしましょう。気に入ったノートに、気づいた幸せを書き留めましょう。幸せとは命があること、動けること、食事があること、排便できたこと。太陽の暖かさ、風、雨、虫の音色・・・書き留めたら、それを心ゆくまで味わいましょう。最初は気がつかないかもしれません。書き留めているうちに、私はたくさんの幸せに囲まれていることに気づき、心温かくなるでしょう。


【支援品をお願い申し上げます】
毛布、ホカロン、マスク、老人用紙パンツ、トイレットペーパー、洗剤などの日用品、水、米、調味料、乾物、缶詰、駄菓子、お茶、くだもの、野菜などの食料品はたいへん喜ばれます。経済的にひっ迫している被災者は少なくありません。被災地の送り先をお知らせいたします。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
支援が必要な状況は変わっておりません。皆様の優しいお気持ちをどうぞおよせください
福岡百子
携帯 080-5547-8675          
f.mom.1941@ezweb.ne.jp
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましては
AM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします)

なお、こちらのリンク先には現在被災地から要請を受けている、具体的な支援品のリストを掲載しております。併せてご覧いただければ幸いです。

※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2015-01-13 08:54 | 福島の被災地の現状