2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

2016年3月31日までに・・・

12月14日、間もなく衆議院議員総選挙、最高裁判所裁判官国民審査の投票日です。一人でも多くの方が投票に行かれ、国民主体の政治になりますよう、願ってやみません。
さて、今日も被災地の今を伝えさせてください。今日は寒さに向かう仮設住宅、2016年3月31日までに帰還や引っ越しを迫られている被災者についてお伝えいたします。


【寒さに向かう仮設住宅】
災害当初、仮設住宅は「2年もてばよい」という計画で、住宅専門でない建築会社でも建てられるように、建築マニュアルに基づいて建てられた、と聞いております。そのため、大手住宅建築会社の仮設住宅はきちんとしているが、そうでない仮設住宅は、最初から隙間風が入ったり、湿気が多かったり、床が抜けたりして、問題が多い仮設もあった、と聞いております。木造建築の所もあれば、プレハブの所もあり、鉄骨むき出しの所もあります。窓が無く風通しの悪い所、外を通る人から中が丸見えの所、壁が薄く話し声が筒抜けの所など、仮設での生活はストレスがたまる一方だとも聞きました。仮設住宅がある場所は不便なところが多く、山の中であったり、あぜ道より低い田畑にあるために、雨が降ると水が溜まる仮設、湿気で結露が多くカビが生え寒くてやりきれない仮設、夏になるとサウナ風呂のように暑くてやりきれない仮設があります。仮設にもよりますが、被災者の皆さんの苦悩は半端ではありません。しかも仮設は4畳半1間、家族の人数によっては2間、そんな中で4年近くも耐えて、いまだ住居が見つかるまでは耐え抜かなければなりません。

被災者の言葉です。
「3畳半と4畳半の2間しかない(夫婦二人です)。それに台所とトイレ、風呂場、何も置けない。段ボールに入れたり出したりして生活している。タンスのタの字も置けない。置いたら寝る所がない。精神的におかしくなってくる。だから自殺者も出る。慣れるなんていうことはない。早くこの生活から解放してほしい。だんだん苦しくなってくるよ。助けて欲しいよ! あと2年我慢しなきゃいけないんだよ。計6年も我慢だよ。もう我慢できないよ!」

悲痛な叫びでした。1日も早い解決を! どうして国は被災者を放っておくのでしょうか?

東北の冬は早く、お盆を過ぎた頃から寒さに向かう仮設もあります。すでに雪が降り、凍結し、買い物には出かけられなくなった所もあります。湿気と結露とカビで悩まされ、毎日、天井から滴り落ちる水を拭きながら生活している所もあります。「窓は寒いので、ビニールを張り、床も冷えるのでアルミを張って冬を乗り越えるようにしています」と言う被災者もいます。買い物にも行けず、高齢者、病人の多い仮設、経済的に恵まれない方には、食品、生活消耗品(トイレットペーパー、洗剤、ホカロン)、下着、毛布などは有難い支援品です。


【2016年4月を帰還目標にされた被災者】
国は一様に2016年4月の帰還を目標にしたようです。そのために除染作業に資金を投じ、放射線量が高く、泊まることができないでいた被災者の家の家財の処分を、東電も国も積極的に手伝うようになりました。4年近く放置した家はカビが生え、ネズミやハクビシン、イノシシ、サル、ヘビなどに荒らされ、住める状態ではなく、建て替えなければならない状態です。国も東電も、家財の処分は手伝ってくれるとしても、建て替えや修理の費用まで出してくれるとは聞いておりません。被災者は「交渉中だ」と言っております。小高区も楢葉も、どこも被災地の放射線量はいまだ高く、第一原発ではいまだ放射能が漏れていると聞いておりますのに。どうして被災者の被曝のことに目を向けず、一方的に2年後の帰還宣言をし、何もかもそれに合わせようとするのでしょうか?

放射能の問題への対処は、まず、第一原発の放射能流出、拡散された汚染状況を確認し、被曝への安全対策を行い、あらゆる面で確認には確認を重ね、後世の子孫に悔いを残さないよう責任を持ち、年数をかけても人命と生活を守ることを最優先とするべきではないでしょうか? これは責任をなすりつけ合うことではなく、党派を超えて、世紀の出来事として解決すべき問題です。あらゆる資金を投じて原発被災者の命と生活を守り、いつまでも仮設住宅に封じ込めることなく、早く普通の人間らしい生活に被災者を戻すこと。これが何よりも最優先ではないでしょうか? 国の資金もこのために使われるなら、国民も納得するでしょう。むしろ国の資金が国民の命と生活を守ることに使われていないことが国民の怒りになっているのではないでしょうか?

国が2016年4月を帰還目標にしているために、仮設住宅も2016年3月31日までは居住できる、と言われているとのことです。その後はいくつかの仮設住宅は取り壊される、と聞きました。帰還する人は帰還するように、引っ越す人は引っ越すように、その時に被災者は迫られるようです。かといって、復興住宅の建設も遅々として進んでいません。国としては2016年までに十分な数の復興住宅を完成させる予定とは思いますが。

ある被災者家族の実情です。7人家族で、父は病身、要介護。夫は被曝手帳保持者、生活のために単身で原発に働きに行っています。娘は知的障害者、他3人の息子。40代の妻が多くの病気を持ちながらも一生懸命家庭を支えています。これまで、会津の雪多い仮設住宅を3戸借りて、家族が支え合い生きてきました。彼女は、「来年は復興住宅に入居しようかと思います。復興住宅は5畳半3部屋、リビング3畳、クローゼット一つ、和室には押入れがあります。エアコンのカーテンもガス台も電球も無いけど、仮設よりも良いです。足を伸ばせるし、やっと我が家を持てます。7人なので1戸では足りないので、2戸借りるつもりです」と嬉々としていました。しかし私は思いとどまらせました。「狭い復興住宅を2戸借りて入居するのはやめたほうがよい。中古でもよいから、家族そろって住める家、もっとゆとりのある家を探した方がよい。国の流れに身を任せないで下さい。将来のことをちゃんと考えてください」と私は申し上げました。

原発被災者は、仮設住宅で生活されてこられた方々は、早く今の状況から解放されたいのでしょう。「足を伸ばしたい」「近隣に気を使うことなく話をしたい、テレビを見たい」「自分の家を持ちたい」「押入れ、クローゼットが欲しい」など。今まで我慢に我慢をしてこられた方の「解放されたい気持ち」が焦りとなって、狭く不便な復興住宅への入居を選んでしまう――このことが、後に大きな悔いとならなければよいが、と私は心配しております。復興住宅の建設も、入居する人の立場に立って建てて欲しいと思うのですが。


【生きる力アドバイス】(11回目)
目標をもって生きること、これはとても大切なような気がします。一人一人には自分にしかなし得ない特技があると思います。細かいことが好きな人、人と会うのが好きな人、静かに瞑想するのが好きな人、掃除をするのが好きな人、土いじりが好きな人、赤ん坊が好きな人、人の世話をするのが好きな人。一人一人が自分の得意とする技があり、得意分野があると思います。その技を互いに出し合い、生かし合い、支え合って、他者を喜ばせるために奉仕し合ったら、素敵な世の中にならないでしょうか? そして自分も輝くのではないでしょうか?


【支援品をお願い申し上げます】
寒さが厳しくなってまいりました。毛布、ホカロン、マスク、老人用紙パンツ、トイレットペーパー、洗剤などの日用品、水、米、調味料、乾物、缶詰、駄菓子、お茶、くだもの、野菜などの食料品のご支援をよろしくお願い申し上げます。義援金もよろしくお願い申し上げます。被災地の送り先をお知らせいたします。


--------------------------------------------------------------------------------------------------------
【支援品をよろしくお願い申し上げます】
支援が必要な状況は変わっておりません。皆様の優しいお気持ちをどうぞおよせください
福岡百子
携帯 080-5547-8675          
f.mom.1941@ezweb.ne.jp
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましては
AM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします)

なお、こちらのリンク先には現在被災地から要請を受けている、具体的な支援品のリストを掲載しております。併せてご覧いただければ幸いです。

※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------
by momofukuoka | 2014-12-10 09:29 | 福島の被災地の現状