2011年3月に発生した福島原発の事故発生後、現在も仮設住宅等での避難生活を強いられている被災地の方々の状況をお伝えすると共に、支援の呼びかけなどを行わせて頂いております。


by momofukuoka
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「被災者の今」、そして心からの「お願い」

今年も残り1か月半となりました。社会情勢も自然も、私たちの心と生活が追いついてはいけないほど、目まぐるしく変動しています。私たちの環境を取り巻くすべての状況から落ち着きと静けさが消え、人間の力を超えた大きな力が、宇宙を揺り動かしているように感じます今日この頃です。

私たち地球人は、大切なことに目覚めなければならない時を迎えているような気が致します。1回限りの人生をいかに生きるか、いかに社会に貢献するのか、人を愛し、人やあらゆる生命の尊厳に膝を曲げ、小さな命を尊び敬いながら、互いに生きる幸せを求め合うのか、それとも、他者を抹殺しながら、地球の崩壊を招くのかが、今、人類全体に問われているような気がします。地球の崩壊か、地球の再生か――愛にあふれた輝く地球に再生するのか――が、今、一人一人が天から問われているような気が致します。皆さん、手を取り合って、この地球を造り変えませんか? 今、崩壊か、救いか、大切な時を歩んでいると思います。

今日も「被災者の今」を伝えさせてください。と同時に、今日は「私の願い」も書かせていただきます。よろしくお願い申し上げます。


【被災地の今】
今日は復興についてお知らせ致します。災害があって、3年8か月を過ぎた福島の被災地ですが、復興住宅の建設は遅々として進まず、被災者は困っております。住宅建設は、わずか20戸、30戸くらいずつしか進まず、膨大な数の被災者を受け入れるためには、あまりにも少なすぎる復興住宅です。作業員が少ないからという理由のようですが、このまま被災者をこれから先も何年も放置して良いのでしょうか?

2年の予定で建てられた仮設住宅は、場所により、杭は腐り、カビが生え、ネズミの繁殖で食べ物等も荒らされ、困っている仮設もあります。4畳半1間の、陽が当たらず、湿気の多い仮設に、これから先、何年も住み続けなければならない状況を、皆様は、どうお感じになられますか?

しかも、復興住宅に住むためには条件があります。風呂以外は、全部自己負担です。つまり、エアコン、ガスコンロ、全部の照明器具(つまりソケットはついていますが、電球はないのです)、家具は当然のこと、何もないのです。おまけに家賃を払わなければならなくなります。(将来は収入に応じて支払いを請求されます。しかし安くはありません。)それも、誰でもが入居できるわけではなく、津波被災者優先、高齢者優先、申請して通った人とか、所により条件があります。また1か所に多くの住宅が建設されたとしても、同じ部落の人がまとまって住むことができず、20戸ずつ、町ごとに区切られてしまいます。これは行政の方針なので逆らえないとのことです。(私の考えでは、部落の人がまとまって住めば、家族もまとまって入居できるし、仲間や顔見知りとも入居できて、支え合い、助け合えるでしょうし、村の行事やお祭りも一緒にできて、何かと好都合と思うのです。部落が異なるとお祭りもできず、賠償問題も絡んで(部落ごとに賠償が違います)、人間関係においても難しくなる、と被災者の体験から聞いております。)

津波で被災した人への支援金のあり方についてお知らせいたします(南相馬の被災者の話です)。災害後、津波被災者は、お見舞金として100万円を1度だけ受けました。それっきりです。今回、復興住宅に入る人には、申請した人に50万円が出るという。新築した人には、申請すれば200万円出るという。津波被災者の土地は住めないということで、南相馬の津波被災者の土地は、1坪1万円~2万円で買い上げてもらうことになりました。原発で汚染されて帰れない小高区の人も、申請すれば、復興住宅に入居はできるが、月10万円の精神的賠償金を受けているので、支援金はありません、とのことです。


【私の願い】
2011年の6月から、私は福島被災者の支援を始めました。朝日新聞の小さなコラムを見て、大熊町の夫婦に支援をしたのがその始まりでした。私は普通の主婦です。

当時、私は体も悪く、足も悪く、外出ができない状態でした。しかし私は、「今の自分に何ができるのか?」を考えました。歩けないけど、手があるではないか? 話せるではないか? なら、私は電話を使うことができる。そう思って、新聞を通して支援しようと思った夫婦の避難場所を知るために、104の番号案内を通し、福島県庁などに電話をし、無事、夫婦に品物を届けることができました。そうして、大熊町の方々が避難しておられる裏磐梯の5つのホテルに。それから役場や施設、学校の方々に。そして順次、双葉町、富岡町、楢葉町、浪江町、南相馬、広野町、川内村、都路、葛尾村、飯舘村、そして相馬市の一部に支援の手を広げることができました。

これができたのは、心を寄せてくださった全国の方々、暖かく優しい、人を大切に思っていただいたたくさんの方々の行動のおかげでした。支援は友から友に口コミで広がりました。今でも多くの方々が心を寄せてくださっておられます。パソコンもできない、体が弱い一主婦の力です。働くにも限界があります。それを支えて行動に移してくださったのは、全国の善意ある皆様でした。私がしていることは、電話や被災者方が我が家に訪れてくださった時の情報をお知らせし、支援者と被災者の仲立ちをつなぎ、ご縁をつなぐことだけです。

ブログの協力者も現れ、今では英語版ブログのために翻訳してくださる協力者もいます。私の願いは、皆様に、「被災者を皆様の手で幸せにしてください」「元のように普通の生活ができるようになるまで支えてあげてください」「人生の友になってください」ということです。私の体力は弱って参りました。年齢も73歳になりました。一人でするのには限界があります。被災者のために、どうか皆様、このままで終わらせないで下さい、と心からお願い致します。私はいずれ去る身です。しかし、皆様には私の志を引き継いでいっていただきたいのです。すでにご紹介をさせていただいた方には、お繋した方の幸せを願って、その方との関わりを大切にされ、見守っていただきたいのです。友となり、仲間になっていただきたいのです。私がお繋ぎしました方々を、末永く見守っていただきたいのです。

支援活動当初、私を支えてくださったホームドクターの言葉を思い出します。「支援活動は自転車のレッスンに例えられる。自転車に乗れるようになるには、支えてもらう必要がある。早く手を放してしまったら、乗れるはずの人も乗れなくなり、怪我をしてしまう。乗れるようになるまで、大丈夫と思えるまで支えてやりなさい。一人で走り出せるようになったら、手を放してやりなさい。人間には何事も“遊び”(ゆとり=必要最低限+アルファ)という部分がなきゃ、生きていけないよ。人間はギリギリではダメ。支援だって同じだよ。志を貫きなさい。」

皆様も志を貫いていただきたいのです。錦織圭選手のように、羽生結弦選手のように。多くのスポーツ選手、ご自分の志を貫こうと思って励んでおられます方々のように。被災者支援においても、願わくは、志を貫いていただきたいのです。ご家庭の都合もございますでしょう。今の社会において、経済的な状況もおありになられるでしょう。無理はされなくてよいのです。お電話1本でもよいのです。「お元気ですか?」のお声に、生きる力になることもあると思いますので、よろしくお願い申し上げます。


【被災者の状況】

福島原発被災者は、国や東電から得るべき賠償金を未だに得ていません。移り住むだけの資金ももらえず、仮設から出たくても資金がないために、行き場がない状態です。原発を恐れて避難したはずの被災者を、資金を出さず、被曝の地に返す方針です。「除染した、安全だ」と言って。

福島被災者への物資支援は少なくなりました。仮設住宅の自治会長さんに聞くと、「今は全く来なくなった」と言います。本当にそうです。「なぜ未だ支援物資が必要なの?」とお思いになられるでしょう。しかし、これが現実なのです。買うお金が無くて、困っておられるのです。ですので、支援をしていただくと、助かるのです。そして何よりも「忘れていませんよ」という思いが、絶望状態にある被災者にとって生きる力になるのです。少なくても結構です。よろしくお願い申し上げます。疑問、質問をお問い合わせください。


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【支援品をよろしくお願い申し上げます】
支援が必要な状況は変わっておりません。皆様の優しいお気持ちをどうぞおよせください
福岡百子
携帯 080-5547-8675          
f.mom.1941@ezweb.ne.jp
(恐れ入りますが、これらの連絡につきましては
AM10:00~PM5:30までの間に頂けますようお願いいたします)

なお、こちらのリンク先には現在被災地から要請を受けている、具体的な支援品のリストを掲載しております。併せてご覧いただければ幸いです。

※当ブログは福岡氏より委託を受けた、前野賢一郎(maeken24@ybb.ne.jp)が更新作業等の管理・運営を行っております。

なお、英語版ブログ Reality of Fukushima (Voice of Momoko Fukuoka )http://momfukuoka.blogspot.jp/もあります。
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by momofukuoka | 2014-11-15 10:20 | 福岡百子からのメッセージ